太陽節軍事パレードに登場した新型ICBMと運搬車両(朝鮮中央テレビよりキャプチャー)
太陽節軍事パレードに登場した新型ICBMと運搬車両(朝鮮中央テレビよりキャプチャー)
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 米国との関係が緊迫する中、北朝鮮は4月15日に平壌で軍事パレードを実施した。

 発射実験が最近相次いだことから、メディアの報道はSLBM(潜水艦から発射する弾道ミサイル)に集まっているが、最も注目すべきは、射程1万km級と目される新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)が登場していることだ。

 これだけの射程があれば、北朝鮮から北米大陸の大半を射程に収めることが可能になる。

 先に言っておくと、このICBMはまず間違いなくモックアップ、実物大の模型だ。では、単なるこけおどしだから心配は要らないのか? そうではない。パレードでのお披露目は北朝鮮が世界に向かって「このサイズのICBMに核弾頭を搭載するまで技術開発を止めない」という宣言であり、その意味するところは重大だ。米トランプ政権は、北朝鮮に対して「核兵器開発を止めよ」という圧力を掛けているが、北朝鮮はそれに応じず、「どんどん賭け金をつり上げるぞ」と意思表示をしているのだ。

突如登場、ロシアの「トーポリ」に似た新型ICBM

 4月15日は、北朝鮮建国の父とされる故・金日成主席の誕生日で、同国では「太陽節」という最大級の祝日である。パレード会場となった平壌の金日成広場には、金正恩朝鮮労働党委員長以下の国家首脳部が列席した。

 今回のパレードで公開された主なミサイルは以下の通り。

  1. 2016年8月に発射に成功した潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)「北極星1号」
  2. 今年2月に発射試験に成功した「北極星1号」の陸上発射型「北極星2号」
  3. 2016年6月に発射試験に成功した「ムスダン」中距離弾道ミサイル(IRBM)
  4. 初公開となる「ノドン」準中距離弾道ミサイル(MRBM)の弾頭に弾頭に空力操舵面が付いたノドン改良型ミサイル
  5. 開発中の液体推進剤を使用する3段式弾道ミサイル「KN-08」
  6. 初公開の中国の「東風21」MRBMと類似の固体推進剤を使用すると思われるMRBM
  7. 同じく今回が初公開となる射程1万km級と目されるICBM

(※詳しくは「北朝鮮のミサイル、固体推進剤で脅威度急上昇」:2017年2月21日、及び「北朝鮮、ムスダンの開発の異常なペース」:2016年6月30日、を参照。特に、固体推進剤を使うICBMがどれだけ脅威なのかをご存知ない方には、前者をぜひお読みいただきたい)

 この中で注目すべきは、7つめの新型ICBMだ。

 新型ICBMは、打ち出し用の筒状構造物(キャニスター)に搭載されていたため、ミサイルの外観は不明だが、キャニスター及びキャニスターを搭載する運搬車両が外見、サイズ共に、ロシアのICBM「トーポリ」と酷似していた。

 トーポリ(ロシア語でポプラを意味する)ICBMは、旧ソ連が1977年から開発を開始して、1985年から配備したものだ。全長21.5mで固体推進剤を使用した3段式、打ち上げ時重量45トンで、1トンの弾頭を搭載できる。運搬車両から直接発車するので、打ち上げ時は車両の焼損を避けるため、キャニスターから高圧ガスでICBMを空中に射出した上で推進剤に点火するコールド・ローンチ方式を採用している。

ロシアが配備しているICBM「トーポリ」(ロシア語版Wikipediaより)
ロシアが配備しているICBM「トーポリ」(ロシア語版Wikipediaより)
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こちらはトーポリ発展型の「トーポリM」。北朝鮮の新型ICBMの運搬車両は、こちらに類似している。
こちらはトーポリ発展型の「トーポリM」。北朝鮮の新型ICBMの運搬車両は、こちらに類似している。
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未完成のICBMを公開したのは米国へのサイン

 北朝鮮がこうしたことをやるのは初めてではない。過去に何回も、開発中のミサイルのモックアップをパレードに登場させたことがある。

 2012年の太陽節軍事パレードではコード名「KN-08」というICBMを、2015年パレードではその改良型と目される「KN-14」ICBMを、それぞれモックアップで見せつけた。共にムスダンの技術を発展させた液体推進剤を使うICBMと推定されており、全長約16m。射程距離はグアムを狙うことが可能な6000km程度らしい。これらは現在開発中と目されており、使用すると思しき液体ロケットエンジンの燃焼試験映像も公開している。

 これらと比較すると、今回の新型ICBMは、全長20m程度と大きい。トーポリと同程度の性能があるなら射程は1万kmで、北米大陸の大半を狙うことが可能となる。

新型ICBMを収めたキャニスター頭部には、開口部の継ぎ目が見あたらない。モックアップと考えられる根拠のひとつである(朝鮮中央テレビよりキャプチャー)
新型ICBMを収めたキャニスター頭部には、開口部の継ぎ目が見あたらない。モックアップと考えられる根拠のひとつである(朝鮮中央テレビよりキャプチャー)
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 これだけ大型のICBMの発射試験は確実に検知されるので、まだ新型ICBMが完成していない(打ち上げの実験段階に進めていない)ことはほぼ間違いない。また、KN-08/KN-14も開発中の現状で、さらに大型、それも有事即応性に優れる固体推進剤を使用して、コールド・ローンチ可能なICBMを同時並行開発するだけの国力が、北朝鮮にあるかどうかも分からない。

 しかし、たとえブラフであったとしても、北朝鮮が射程1万kmと目される新型ICBMのモックアップを軍事パレードに登場させた意味は大きい。米トランプ政権に対して「お前らがどうプレッシャーを掛けようが、米本土に到達するこのICBMに核弾頭を搭載するまで、我々は技術開発を続けるぞ」という明確なサインを送ったのである。

 強硬姿勢の表れとして、北朝鮮は翌4月16日朝に半島東海岸の新浦からミサイル1発を発射した(発射直後に爆発)。発射されたのは比較的小型の新型ミサイルと推定されており、「スカッド(ノドン)」改良型ではないかとの報道もある。

 また、17日にBBC記者と面会した北朝鮮の韓成烈(ハン・ソンリョル)外務次官は、今後ともミサイル発射実験を繰り返すと発言、「米国が軍事行動に出ればすぐに全面戦争になる」と警告した。

ミサイルはパワーゲームの賭け金をつり上げる道具

 こうした強気の姿勢は、先代の金正日朝鮮労働党中央委員会総書記以来の瀬戸際外交と考えて良いだろう。北朝鮮は1990年代と同様に、ぎりぎりまで危機感を醸成して、米国や周囲の譲歩を引き出そうとしている。

 核兵器は「使わないことに意味がある」という特徴を持つ兵器だ。北朝鮮も米国も核兵器を使えば世界中からの非難を浴び、特に国力で大きく劣る北朝鮮が核兵器を使用すれば、即体制崩壊につながるとと見て間違いない。だから北朝鮮としては、核兵器開発をいかに高いカードとして売りつけるかに腐心している。「全面戦争だ」と口には出すが、もし全面戦争になれば最初に滅ぶのは、現在の金正恩体制であることを、北朝鮮は熟知しているはずだ。

 北朝鮮の望みは、核兵器と、核兵器を米本土に送り込むことができるICBMを完成させ、なおかつそれを実戦に使用することなく恫喝に使って米国を交渉のテーブルに引きずり出し、金正恩体制の継続を米国に保証させること、と考えられる。

 北朝鮮の核兵器開発は、米国だけではなく、中国もロシアも、もちろん韓国も日本も朝鮮半島のパワーバランスを崩すものとして危険視している。核兵器開発の鍵を握るのは核実験だ。実験を繰り返すほど、核兵器は完成に近づいていく。

 だから米国は、今年3月末に北朝鮮が核実験を実施する徴候が現れてから、様々なラインを使って「北朝鮮が核実験を行うとの確証を得た時点で通常兵器による先制攻撃を行う」という情報をリークし、北朝鮮への圧力を強めていた。

 北朝鮮としては、米国という虎の尾を踏むことはできない。かつては後ろ盾となってくれていた中国との関係が悪化している今、核実験を実施して米国が通常兵器による攻撃をかけてきたなら、その後の体制存続のシナリオが描けないからだ。

 ここで、瀬戸際外交をさらに推し進める手段として、急浮上したのがICBMだ。

 ミサイルだけならば、米国の尻尾を踏まずに掛け金を釣り上げられる、と、おそらく北朝鮮は判断したのだ。太陽節軍事パレードでの新型ICBMモックアップ多数登場や、16日のミサイル発射は、そう考えれば符合は付く。

理性的なら核攻撃はない、が、理性を担うのは個人

 今回、日本では北朝鮮がいまにも核ミサイルを日本に打ってくるかのような言説が目立ったが、危機感醸成のために北朝鮮が切ることができる持ち札はまだまだある。よって、いきなり北朝鮮が最後のカード、核ミサイルを発射することはないだろう。

 次に注目すべきは、通算6回目となる核実験を北朝鮮が実施するかどうかだ。米国が「実施の確証があれば攻撃」というサインを送っている以上、北朝鮮としては米国が手を出さないという確実な証拠を手に入れない限り、核実験を実施せず、一層のミサイル実験を重ねるはずだ。

 ただし、これらの予想は北朝鮮が理性的であるという前提に立っている。

 複数の人間がコントロールに絡む普通の国家ならばともかく、現在、北朝鮮という独裁国家の理性は、金正恩という一個人の理性に依存している。個人が強いストレスのために理性を失うことはあり得る。

 言わずもがなだが、彼に理性が残り続けることを祈りたい。

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