世界初の「全自動衣類折り畳み機」として注目を集めてきた「ランドロイド」が、開発開始から10年を経て、いよいよ5月30日に予約販売を開始する(年内出荷を予定)。“メカ好き記者”として、以前から注目していた画期的な製品だ。
販売が間近に迫る中、ランドロイドを開発・販売するベンチャー企業、セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ(東京都港区)の阪根信一社長に、開発にかける「思い」や「世界初の製品」を生んだ発想法を聞きに行った。
「衣類を畳む。たったそれだけのことに、先端技術をいくつも投入して、10年の歳月をかけてきました」。阪根社長は、洗濯ものを手に持って、長身を「くの字」に折り曲げながら、ランドロイドの仕組みを説明してくれた。 ランドロイドは、大きめの家庭用冷蔵庫ほどの装置で、洗濯して干し終えた衣類を「ドサッ」と投入すると、内部のカメラと人工知能(AI)が衣類の形や大きさを認識して、小回りの利く複数のロボットアームで折り畳み、種類別に仕分けをしてくれる(下の写真)。あらかじめ登録しておけば、着る人別にも仕分けをしてくれるスグレモノだ。
大手企業も熱視線
なるほど、便利には違いない。ところで気になる値段はというと…。「一番安いモデルで、税別で185万円です」。広報担当者に尋ねると、涼しげな顔でそんな返事が返ってきた。予約販売を始めるモデルは、「ベータ版」という位置づけということもあり、今はまだ庶民には手が出ない“高嶺の花”。だが、量産化が進んでいけば、折り畳み専用モデルで20万円以下、並行して開発している洗濯乾燥機との一体型モデルで30万円以下にできるように、設計・開発を進めてきたという。
4人家族の洗濯した後の衣類を1人で畳んだ場合、一生に費やす時間は合計で1年を超える(同社試算)。「家事と仕事の両立が大変」と日頃からこぼす30代女性の同僚に「いくらなら買いたいか」尋ねると、「50万円でも“即買い”する」と興奮気味に返事が返ってきた。価格がこなれてくれば、大きな市場が開けるのは間違いない。
煩わしい家事から解放してくれる画期的な製品に、大手企業も熱い視線を注いでいる。昨年11月には、共同開発のパートナーであるパナソニックと大和ハウス工業、そしてSBIインベストメントが運営するファンドなどを引き受け手とした第三者割当増資に踏み切り、60億円にのぼる資金を調達。開発を一気に加速させてきた。
イノベーションを生む 「3つのフィルター」とは?
大手企業も巻き込みながら、誰も実現できなかった新しい市場を生み出す――。
阪根社長にはなぜそんな芸当が可能だったのか。会って話を聞くうちに、「この人の頭の中をのぞいてみたい」という思いが募った。 イノベーションを生むために、何か秘訣があるのか尋ねてみると、「2つのルールを自分に課してきた」と明かしてくれた。1つ目は、開発目標を設定する際に「『3つのフィルター』をクリアすること」。2つ目は、目標を達成する方法を「“ゼロベース”で考えること」だという。
1つ目の、開発目標を設定する際の「3つのフィルター」(下の図)とは、阪根社長いわく、①「人々の暮らしを豊かにすること」、②「技術的に難しいこと」、③「世の中に存在しないこと」の3つ。 阪根さんは、自社を「世の中にないモノを創り出す技術集団」と定義している。そして、高い競争力を持つ製品を生み出すために、開発する製品(開発目標)を決める際、数多くの候補をこの「3つのフィルター」で整理して、絞り込んでいる。①と②をクリアできるものは、特許の申請状況などを調べて、誰も手を着けていないこと(③)を確認できて初めて、開発目標に据えるのだという。
実際にこうした方法で、ランドロイド以外にも、鼻から挿入していびきや無呼吸を解消する医療用チューブや、カーボン素材を使用した超高精度・超軽量のゴルフクラブのシャフトなど、前例のない製品を生み出してきた。
ただ正直な印象を言えば、少し厳しすぎる目標を課している気もした。そこまで開発目標を絞り込んでしまうと、事業のチャンスを自ら狭めることになりはしないか。そんな疑問をぶつけると阪根社長は、にこやかだった表情から一転、眦(まなじり)を決してこう説明してくれた。
「急がば回れではないですが、我々のような規模の小さな開発型のベンチャー企業は、初めにこれくらい厳しく目標を絞り込んで、そこに経営資源を集中させないと、飛躍的な成長につながるような革新的な製品は生み出せない。製品に圧倒的な競争力がなければ、資本力のある企業が追随してきた時に、競争に飲み込まれてしまい生き残れません」。なるほど、何事も始めが肝心と言うが、事業の入り口の「目標設定」で妥協しないことが、最も安全で確実な「生き残り策」というわけだ。
上述の「3つのフィルター」は、それぞれ①「強いニーズがある」、②「参入障壁が高い」、③「先行者利益を得られる」と言い換えることができる。 つまり、商品化できれば確実に売れて、マネされにくく、特許やブランディングによって他の追随を許さない「独り勝ち」の状況を作れる、そんな分野にしか経営資源を割かないということなのだ。
「世の中にないモノを創り出す技術集団を目指す」と聞いて、最初は「この人は“夢見がちな”ロマンチストなのかな」とも思ったが、話を聞くうちに、したたかで現実的な戦略眼の持ち主であることが分かってきた。
目標を達成する方法を「ゼロベース」で考える
ただ、そこまで聞いても1つの疑問が残った。3つのフィルターをクリアする「いいネタ(開発目標)」が仮に見つかったとしても、それを商品化できる技術やノウハウが自社になかったらどうするのか。そう尋ねると、「その発想自体が、多くの企業が新製品や新規事業の開発目標で失敗する原因なんです」と、すかさず釘を刺されてしまった。
「多くの企業は、新しい事業を考える際に、『既存の経営資源』や『得意なこと』を生かせるものはないか、と考えがちです。でもそうやって発想した時点で既に、『顧客ニーズ』や『革新性』といった、最も大事なものから離れ始めているんです。自分たちが“今できること”に縛られていたら、イノベーションなんて起きません。足りないものがあれば、それを手に入れる方法を柔軟に考えればいいんです」
阪根社長が「自分に課してきたルール」の2つ目が、ここで登場する。目標を達成する方法を「“ゼロベース”で考える」ことだ。目標はあくまでも「ニーズ」や「革新性」に基づいて設定し、それを実現するために「いつまでに」「何が必要か」を考えて、1つずつ手を打っていく。こうした、「目標から“逆算する”」発想が、イノベーションを生む秘訣なのだという。
資金がなければ調達する方法を考え、技術がなければそれを知る人を探し出して協力を求め、場合によっては採用する。 実際に、10年に及ぶランドロイドの開発では、そんな「逆算思考」でいくつもの課題をクリアし、商品化にこぎつけた。
ランドロイドが生まれたのは「飛行機の窓側の席」?!
最後に帰り支度をしながら、事業や商品のアイデアは一体どんな瞬間に生まれるのか聞いてみた。いわく、「飛行機に乗っている時」だという。
「不思議と窓の外の空や雲をぼーっと眺めている時に、課題をブレイクスルーできるようないい考えが浮かぶんです。だから、飛行機で移動する時は絶対に窓側の席を予約して、本を読んだりパソコンをいじったりも一切しないで、何時間でも外の景色を見ています」
やはり、イノベーションを起こす人には、独特の思考回路があるようだ。
と、ここまで書いたところで、この原稿を出張から戻る機内でアクセクとまとめている自分に気が付いた。しばし手を止めて、窓の外をぼーっと眺めてみたものの、いいアイデアが浮かぶどころか、気持ちよくウトウト…。気が付いた時には、羽田だった。
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