「首脳会談」を巡って米朝の駆け引きは続く(写真:AP/アフロ)
「首脳会談」を巡って米朝の駆け引きは続く(写真:AP/アフロ)

前回から読む)

 米朝首脳会談は開かれるのか。戦争は避けられるのか。3つのシナリオで読み解く。

5月までに米朝首脳会談

米朝首脳会談の可能性が急浮上しました。

鈴置:北朝鮮を訪問した韓国の特使団が3月8日、ワシントンでトランプ(Donald Trump)大統領に会い、米朝首脳会談を開きたいとの金正恩(キム・ジョンウン)委員長の意向を伝えました。

 米国は直ちに応じました。トランプ大統領は「(非核化に)合意できるまで(対北)制裁は続けるが、(米朝首脳)会談は計画中だ」とツイート

  • Kim Jong Un talked about denuclearization with the South Korean Representatives, not just a freeze.
  • Also, no missile testing by North Korea during this period of time.
  • Great progress being made but sanctions will remain until an agreement is reached. Meeting being planned!

 ホワイトハウスのサンダース(Sarah Sanders)報道官も「彼(トランプ大統領)は金正恩からの会談の要請を受け入れる。場所と日時は今後決める」と語りました。ツイートでも読めます。

  • greatly appreciates the nice words of the S. Korean delegation & Pres Moon.
  • He will accept the invitation to meet w/ Kim Jong Un at a place & time to be determined.
  • We look forward to the denuclearization of NK. In the meantime all sanctions & maximum pressure must remain

 なお会談時期に関し、韓国の特使、鄭義溶(チョン・ウィヨン)青瓦台(大統領府)国家安保室長はトランプ大統領との面談後の会見で「大統領は『(2018年)5月までに金正恩と会い、完全な非核化を成し遂げる』と語った」と述べています。

トランプ大統領の誤解

では、米朝首脳会談の開催は確定的ですね。

鈴置:まだ、微妙な点があります。トランプ大統領が「北朝鮮が全面的な非核化に向け大きく動き出した」と理解――誤解したフシがあるからです。

 先に引用したツイートでも、わざわざ「金正恩が韓国と非核化を話し合った。凍結ではない」と強調しています。

 韓国の特使、鄭義溶・室長は会見で「金正恩は非核化を約束した」と語っています。大統領もそう説明され、真に受けたと思われます。

  • I told President Trump that, in our meeting, North Korean leader Kim Jong-un said he is committed to denuclearization.
  • Kim pledged that North Korea will refrain from any further nuclear or missile tests.

 でも、金正恩委員長の言う「非核化」とは、核とミサイル実験の一時的な停止を意味するに過ぎないと見られます。

 少なくとも北朝鮮から戻った当日のソウルでの鄭義溶・室長の説明では「対話が続く間は、追加の核実験や弾道ミサイルの試射など戦略的な挑発を再開しない」ということでした(「『時間稼ぎ』の金正恩に『助け舟』出した文在寅」参照)。

 鄭義溶・室長もトランプ大統領に「核・ミサイル実験はもうしない」と説明したと明かしていますが「対話が続く間は」との条件も伝えたとは言っていません。

 トランプ大統領を米朝首脳会談に応じさせるため、特使が金正恩委員長の発言を都合よく誤訳して伝えるのではないか、との懸念が韓国では語られていました。

 米朝の仲介役を務めることで外交的な主導権を握る、というのが文在寅(ムン・ジェイン)政権の基本戦略です。

 中央日報の金玄基(キム・ヒョンギ)ワシントン総局長は「『何も見えない』仲立ち外交の危険性=韓国」(日本語版、3月7日)で「仲人口」(なこうどぐち)が韓国を危うい立場に陥れかねないと危惧していました。

韓国の仲人口を牽制

「仲人口」が破綻すると、どうなるのでしょうか。

鈴置:まずは、米朝首脳会談が不発に終わる可能性があります。早速、韓国の「仲人口」を牽制するかのような発言がホワイトハウスから飛び出しました。

 3月8日、匿名の高官が電話でメディア各社と会見し「完全な非核化という結果にのみ合意する」と語りました。「交渉で北朝鮮の核施設に対する検証を要求するのか」との質問には「完全な非核化のためには当然、実施する」と答えました。

 VOAの「米高官『北朝鮮の完全な非核化だけに合意する』」(韓国語版、3月9日)で読めます。

 ただトランプ大統領も、金正恩委員長に非核化するつもりなど全くないと分かっていて、会談する可能性もあります。

 トランプ政権は戦争の覚悟まで固めて北朝鮮の核問題に臨んでいる。しかし、その決意が金正恩委員長に伝わっていないのではないかとも懸念しています。

 米国としては、金正恩委員長との会談をトランプ大統領の本気度を伝える場に活用できるのです。平和的に解決するためにはもちろん、軍事的に解決するためにも「意思の通告」――最後通牒の場が必要不可欠です。

動揺が広がる北朝鮮

米朝首脳会談が開かれるということで「米国は非核化の要求を放棄した」と言う人もいます。

鈴置:北朝鮮ではそう説明し始めたようです。内情を知る人によると、普通の人はもちろん労働党の幹部も米国の空爆を恐れ、動揺が広がっていた。ここで嘘でもいいから「米国は非核化の要求を降ろした」つまり「戦争はない」と宣伝しないと体制が持たない。

「米国が非核化要求を放棄した」と主張するのは北朝鮮関係者ということですか?

鈴置:その立場になくても「対話=妥協」と勘違いしている人がいます。現在、米政府が対話の場を作ろうとするのは、決意をなんとか伝えたいからです。交渉により妥協するからではありません。が、米国でもなかなかそれが理解されない。

 そのためでしょう、米政府系メディアのVOAが「対話」(talk)と「交渉」(negotiation)を区別して報じ始めました。3月8日、エチオピアでティラーソン(Rex Tillerson)国務長官がこう発言しました。

  • We are a long ways from negotiations. We need to be very clear-eyed and realistic about it.
  • I think the first step, and I’ve said this before, is to have talks.

 これを引用したVOAの「ティラーソン長官『北朝鮮との交渉は遠くにある』」(韓国語版、3月9日)は「初めの一歩は、前にも言ったように(交渉ではなく)対話なのだ」と「交渉」という単語を補って訳しました。

2つの廃棄の交換

では、米朝首脳会談は実施しても決裂する……。

鈴置:金正恩委員長が核を完全に放棄しない限りは。そうなれば戦争の可能性が一気に増します。北朝鮮もそれは分かっている。

 しかし、このままだと経済制裁と軍事的な圧迫で体制が崩壊しかねない。追い詰められたあげく「対話」に打って出たのでしょう。

「対話」に出ようが、決裂すれば逆効果です。

鈴置:可能性は低いけれど、金正恩委員長が生き延びる道があります。本当に核を放棄することです。もちろん朝鮮人民軍からは強い反対の声が出るでしょう。

 ただ、軍をなだめるために核放棄と同時に、米韓同盟を廃棄させれば何とか体制を維持できるかもしれません。

 鄭義溶・室長が金正恩委員長の発言として伝えた中に、以下の1項目があります(「『時間稼ぎ』の金正恩に『助け舟』出した文在寅」参照)。

  • 軍事的な脅威が解消され、体制の安全が保障された場合、核兵器を保有する理由がない。

 「軍事的な脅威が解消」とは在韓米軍の撤収、さらには米韓同盟の廃棄を指します。核と米韓同盟の廃棄を交換しようとの申し出です。鄭義溶・室長は当然、トランプ大統領に伝えたでしょう。

どうせ、米韓同盟は持たない

米韓同盟の廃棄を米国が飲むでしょうか。

鈴置:トランプ大統領なら飲むでしょう。そもそも「日本や韓国は自分で守れ」という公約を掲げて当選した人です。

 就任後は「韓国は歴史的に中国の一部だった」と語りました。韓国を米国の勢力圏外の国と公言したのです(「『韓国は中国の一部だった』と言うトランプ」参照)。

 この発言を韓国メディアは「トランプの暴言」と片付けました。でも、米国の安全保障の専門家の多くが、はっきりと言うかは別として「米韓同盟はもう長くは持たない」と考えている。

 韓国は米国を離れ中国に吸い寄せられていく。米国もそんな韓国を守る経済的、精神的な余力を失いました。

 2月16日に米商務省が提示した、鉄鋼の輸入制限案の1つが「53%の関税」という過激なものでした。対象となった12カ国は中国やロシアなど仮想敵国がほとんど。

 しかし、韓国は米国と同盟条約を結んでいるというのに12カ国の1つに入ったのです(「北より先に韓国に『鼻血作戦』を発動する米国」参照)。

 韓国では不満の声が上がりました。が、米国からは「韓国が『仮想敵リスト』に入った」ことへの違和感は聞こえてこなかった。

日本の安保環境は激変

結局、米朝首脳会談は……。

鈴置:不発に終わるか、実現しても米国が「最後通牒」を手渡す場になるか。あるいは、平和的に解決したとしても米韓同盟が消滅の危機に瀕するか――。いずれにせよ、日本を取り巻く安保の環境が激変します。

(次回に続く)

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