米朝首脳会談の決定を報じる新聞を読む韓国の市民( 写真:AP/アフロ)
米朝首脳会談の決定を報じる新聞を読む韓国の市民( 写真:AP/アフロ)

 北朝鮮はこれまで米国に、①米韓合同軍事演習の中止と在韓米軍の撤退、②敵視政策の放棄と③核保有国としての認定を求めてきた。それを“棚上げ”して米朝首脳会談を提案したのは、北朝鮮にとって「外交敗北」。「最大限の圧力」を続けてきた安倍・トランプ戦略の勝利だ。朝鮮半島をめぐる国際関係の力学が変わるかもしれない。

 ただし、気になる事実がある。北朝鮮の通信社と労働新聞は9日にも10日にも、米朝首脳会談を提案したことについて一切報道していないのだ。「金正恩委員長が米朝首脳会談を提案、世界を揺るがす」と、なぜ伝えないのか。

 北朝鮮メディアは、米国やドナルド・トランプ大統領をなお非難している。3月10日も「核保有の正統性」を強調し「対米対決」を呼びかけていた。

 北朝鮮の首脳部が「非核化の約束」をどう報道させるのか、注目だ。報道内容から、米朝首脳会談に対する金正恩委員長の本気度を知ることができる。北朝鮮の報道機関は、金委員長の指示と許可なしには何も報道できない。過去の表現にならえば、「トランプが頭を下げ、白旗を掲げて首脳会談を求めた」とでも言うのかもしれない。

 北朝鮮の首脳部は数年前から「核兵器の完成を宣言し、これ以上実験しないと約束し、米朝交渉に臨む」との戦略を立てていた。つまり首脳部は、米朝関係を正常化することなしには生き残れないと理解している。

韓国を仲介に選んだのはなぜか

 加えて、なぜ北朝鮮の指導者は、韓国高官にトランプ氏への伝言を頼んだのか。北朝鮮は、韓国を「米帝の傀儡政権」としており、国家としての存在を公式に認めてはいない。その韓国にトランプ氏へのメッセージを託したら、国内は動揺するだろう。中国やロシアの首脳に託すならともかく、「敵対勢力」の高官に「依頼」したのだから、威信とプライドを失う行為だ。だから、国内で直ちに報道することができないのか。

 北朝鮮が、米国への仲介を中国とロシアの首脳に頼まなかった事実から、中ロ首脳との関係が最悪だと分かる。北朝鮮は、中国とロシアに何度となく裏切られてきた。直近では、中国が国連制裁に協力し、貿易と石油供給を制限した。北朝鮮はこれを「裏切り」として怒っている。

 金委員長は、平昌(ピョンチャン)五輪に派遣した妹の与正(ヨジョン)氏を、米国のマイク・ペンス米副大統領と会談させ、米朝首脳会談を直接申し入れればよかったのだ。しかし、この機会を自ら葬ってしまった。これが、その後の「外交完敗」につながっている。

ビジネスマンの勘が生んだ“逆サプライズ”

 一方、トランプ氏は3月8日、金委員長からのメッセージを伝えた韓国政府高官に、「米朝首脳会談に応じる」と即答した。金委員長にとって、予想外の反応だっただろう。トランプ氏のビジネスマンとしての勘が、「即時受諾」して金委員長に「逆サプライズ」する行動を取らせたのだ。

 政治と外交の極意は「サプライズ」だ。金委員長は、南北首脳会談と米朝首脳会談というサプライズを仕掛けた。ここまでは大成功だった。サプライズがあると、人々は感動する。

 これに対してトランプ氏は「逆サプライズ」を仕掛け、金委員長から主導権を奪ってしまった。なかなかの交渉上手だ。

 トランプ氏は、支持率の低迷と中間選挙の行方に悩んでいた。そこに、自分の人気と評価を上げ得る話題が飛び込んできた。普通の大統領なら、国務長官や担当者との相談に時間をかけるが、トランプ氏は相談せず「即断した」。相当な決断力だ。

軍の動向に要注意

 日米韓3国の情報機関が関心を寄せるのは、北朝鮮軍の動向と意向である。金正日時代は「先軍政治」を採っており、軍人が威張り散らし、党や政府高官の言うことを聞かなかった。金委員長は、軍人の力を抑えるために「処刑」や「処罰」を繰り返した。

 最近になって、金委員長が軍をようやく掌握した兆候がある。北朝鮮軍の創建記念日を変更し、「先軍政治」を事実上廃止した。軍を抑える自信が生まれたのだろうか。

拉致問題の解決を日米共通の利益に

 米朝首脳会談を引き出したのは、安倍晋三首相とトランプ氏の信頼関係を礎とする対北朝鮮戦略の成果だ。安倍首相は、「石油制裁が効果的だ」とトランプ氏に教えた。

 米朝首脳会談を、拉致被害者を帰国させるよう働きかける機会にすることが大事だ。米国に、「拉致被害者の帰国なしには、北朝鮮との国交正常化に応じない」と言わせるべきだ。

 同盟を維持するには、共通の価値と利益が欠かせない。日米同盟強化のためにも、拉致問題解決を日米共通の価値と利益にすべきだ。

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