北朝鮮は2月12日午前7時55分(日本時間)、 朝鮮半島の付け根の西側にあたる平安北道・亀城(クソン)市の飛行場から弾道ミサイル「北極星2号」を発射した。ミサイルは朝鮮半島を西から東に横断して高度550kmに到達し、発射地点から約500kmの日本海に落下した。

 「北極星2号」は、昨年8月に発射実験に成功した潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)「北極星1号」の陸上発射型らしい。ここで注目すべきは北極星2号の推進剤だ。「北極星1号」に引き続き、「北極星2号」は、固体推進剤を使用していたのである。

北極星2号発射の様子(朝鮮中央テレビからキャプチャー)。一度圧搾空気で上に打ち出してから、空中で着火している。噴射炎と噴煙は間違いなく固体推進剤特有のものだ(※本文参照)。
北極星2号発射の様子(朝鮮中央テレビからキャプチャー)。一度圧搾空気で上に打ち出してから、空中で着火している。噴射炎と噴煙は間違いなく固体推進剤特有のものだ(※本文参照)。

 固体推進剤は、ミサイル内に充填した状態で長期の保管が可能で、その状態から着火すればすぐに打ち上げることが可能だ。意味することは重大である。北朝鮮は、小さいながらも“火を付けたらすぐに飛んでいく”有事即応型の陸上発射型弾道ミサイルを手に入れたのだ。弾道ミサイルを車両に乗せて移動し続ければ、ミサイル配備状況の監視は難しくなる。発射準備態勢に入ったところを叩く、という、従来の液体燃料を使ったミサイルでは可能だった対応ができなくなるのだ。

 ここで、北朝鮮が小型の核弾頭の開発に成功すれば、日本は「どこにいるか分からない、命令一下すぐに発射できる核ミサイル」の射程内に、国土の主要部分が含まれることになる。

 「北極星2号」の実験成功で、朝鮮半島の情勢は新しい段階に入ったと考えねばならない。容易なことではないが、周辺国は、なんとしても北朝鮮の核兵器開発を止める必要がある。

 今回は「ロケット開発」の視点から、この事態に至るまでを振り返ってみよう。

弾道ミサイルの推進剤は、液体から始まって固体が主流に

 ミサイルやロケットの推進剤は、大別して液体推進剤と固体推進剤の二通りがある。

 液体推進剤は、燃料と酸化剤(地上のエンジンでの、空気中の酸素に相当する)が別々の液体で、ロケットエンジンの燃焼室内で混合・燃焼させて燃焼ガスを噴射して推力を得る。

 「いざというときにすぐ撃ちたい」=有事即応性が重要なミサイルでは、窒素と水素の化合物であるヒドラジン、あるいはヒドラジンと硝酸を混ぜた赤色硝酸を推進剤に、四酸化二窒素を酸化剤に使用する。これらは常温で液体なので、ミサイルに詰めた状態である程度の期間は待機できる。しかし、同時にこれらの推進剤は毒性があり、かつ腐食性も強い。このため、長い間入れておくとタンクが傷むので、無制限に充填しっぱなしというわけはいない。充填作業自体も危険性が高く、取り扱いが難しい。

 一方、固体推進剤は、ポリブタジエンという合成ゴムに燃焼温度を上げるアルミニウム粉末と、酸化剤である過塩素酸アンモニウムを練り込んで固めたものだ。

 こちらは腐食性はなく、数年単位の長期間の継続的な保管が可能だ。ただし、材料の確実な混合や、異常燃焼の原因となる気泡を作らずにミサイル本体へ推進剤を充填して固化させる技術、長期保管中の推進剤の品質管理などに、高度のノウハウを必要とする。

 弾道ミサイルの歴史は第二次世界大戦末期にナチス・ドイツが実用化した「V2」ミサイルから始まる。V2は燃料に水を混ぜたエタノール、酸化剤に液体酸素を使用していた。その後1940年代から50年代にかけて、米ソを初めとした世界各国で液体推進剤の弾道ミサイルが開発されたが、1960年代以降は、より簡便な固体推進剤の使用が主流になっていった。

 北朝鮮はどうだったのか。この国は旧ソ連の液体推進剤を使用するミサイルの技術を入手して、ミサイルと衛星打ち上げロケットの両方へと展開してきた。昨年6月には、旧ソ連の「R-27」潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)に基づく「ノドン」より一回り大型の「ムスダン」中距離弾道ミサイルの発射実験に成功している(「北朝鮮、ムスダンの開発の異常なペース」2016年6月30日、参照)。

日本製粉体機器の密輸から固体推進剤研究が始まった

 その一方で、北朝鮮は1990年代前半から、固体推進剤の技術開発にも手を染めたようだ。

 固体燃料の製造には、アルミニウムの粉末を製造するジェットミルという粉砕機、さらにアルミや過塩素酸アンモニウムの粉末を粒状を選別するふるい分け機、粒度分布測定器などが必須だ。

 2003年6月、粉体関連機器のメーカーであるセイシン企業(本社東京)が1994年3月に北朝鮮にジェットミルを初めとしたこれらの機器合計30台以上を輸出したことが判明した。警視庁の調査によると、輸出にあたっては、朝鮮総連の傘下団体である在日本朝鮮人科学技術協会が機器を手配し、北朝鮮系の機械商社が取り引きの中間に入った。機器は、当時定期的に新潟港に寄航していた貨客船「万景峰92号」で、北朝鮮へと送られた。

 その後長い間、北朝鮮の固体推進剤研究の実態は、表に出てこなかった。ノウハウの確立を目指して、基礎的な実験を延々と粘り強く続けていたものと推測される。

固体推進剤をSLBMに適用

 固体推進剤実用化の具体的な動きは密輸から20年近くを経て、2010年代に入ってからSLBMの開発に現れた。

 SLBMはミサイルを圧縮空気で海中から海面上に打ち出し、空中で着火するコールド・ローンチという発射方法を使う。2014年10月以降、北朝鮮はこれに関連する試験を繰り返した。

 そして2015年5月、北朝鮮は「北極星1号」SLBMを潜水艦から発射することに成功したと発表し、静止画像を公表した。が、この時は画像そのものがかなり不自然で、偽造であった可能性が高い。このため本当に北朝鮮がSLBM発射に成功したかどうかは判然としなかった。

 この時点では、「北極星1号」は旧ソ連の開発した液体SLBM「R-27」のコピーではないかと推測されていた。つまりはノドンより大型のムスダンと同じだ。

 ところが2016年3月、北朝鮮は突如、固体推進剤を使用したロケットモーターの地上燃焼試験の様子を公開した。映像の固体モーター断面図には、SLBMを海中から打ち出すためのアダプターが書き込まれていた。このあたりから、世界は北朝鮮が固体推進剤のSLBMを開発していることに気付き始めた。

 2016年8月24日、北朝鮮は、SLBM発射能力を持つ新浦級潜水艦から「北極星1号」を発射した。北極星1号は500kmを飛行して日本海に落下した。固体推進剤の噴射はアルミ粉末が燃焼するので強烈な光を放つ。また噴煙はアルミが酸化したアルミナ粉末を大量に含むので白い。このため液体推進剤の噴射とは容易に区別できる。公表された映像では、海面から飛び出したSLBMの噴射は、明らかに固体推進剤のものだった。

 これにより、北極星1号が固体推進剤を使用していること、そして飛行距離と軌道から、北極星1号はR-27やムスダンよりも小さく、現在実戦配備されているノドン(射程1300km、弾頭重量700kg)と同規模であることが分かった。

固体推進剤と移動発射で“戦力として使える核”に

 それでも、この時点では、“北朝鮮が固体推進剤を実用化した”としても実際的な脅威は小さかった。北朝鮮はまだSLBM発射可能な新浦級潜水艦を1隻しか保有していない。また、SLBMは、位置を知られずに海中に潜み「いつ、どこから核兵器を撃ち込まれるか分からない」という恐怖を相手に与えるところに存在意義がある。北朝鮮が核の恐怖で圧迫したい相手は米国であり、太平洋から米本土に狙いを定めるには北極星1号は射程が短すぎる。

 もちろん日本にとっても北極星1号は脅威だが、北朝鮮からすぐ隣の日本を狙うなら、運用に潜水艦が必須のSLBMは無用だ。地上発射型弾道ミサイルのほうがずっと簡単である。

 しかし今回、北朝鮮は北極星1号を陸上発射型に改造した北極星2号の発射実験を成功させた。北極星2号は、キャタピラ式の車両から、SLBMと同じコールド・ローンチ方式で打ち上げられた。また、推定射程が1300kmということは、日本の領土の主要部をほぼカバーできる。

北極星2号の運搬車兼発射施設(朝鮮中央テレビからキャプチャー)。キャタピラ式であり、道路インフラが貧弱な北朝鮮国内でもかなり広範囲の移動が可能と推定される。
北極星2号の運搬車兼発射施設(朝鮮中央テレビからキャプチャー)。キャタピラ式であり、道路インフラが貧弱な北朝鮮国内でもかなり広範囲の移動が可能と推定される。

 北極星2号は北朝鮮領内を常に移動して位置の特定を防ぎつつ、命令があればすぐに発射する、という運用が可能だ。この北極星2号に核弾頭の搭載が可能になれば、日本は常に、どこにいるか分からない核ミサイルが日本を狙っている可能性を考慮しなくてはならなくなる。

 ここまでの経緯を通して、北朝鮮の技術者は優秀で粘り強いことが伺えるが、その資質は核兵器開発でも発揮されている。

 2006年8月の初の地下核実験は、TNT火薬0.8キロトン相当の爆発という失敗に終わった。が、2008年5月の実験は3~5キロトン相当、2013年2月の実験は6~7キロトン相当、2016年1月の実験は6キロトン相当、2016年9月の実験では10キロトン相当と、着々と威力を増している。

 この核兵器はいつ、北極星2号に搭載可能なぐらいに小型化されるのか――韓国国防省は、2016年1月の核実験では小型化技術の試験を行ったと分析している。2016年2月14日には、韓国統一部の洪容杓(ホン・ヨンピョ)長官が韓国国会において「ノドンに核弾頭搭載は可能だと考えている」と答弁した。ノドンと同クラスの北極星2号にも核兵器は原理的に搭載可能だし、北朝鮮にその能力はあるということだ。

経済制裁の強化以外の方法はないが

 ミサイルが完成してしまった以上、これ以上の脅威を防ぐために、国際社会は北朝鮮の核開発を徹底して抑止しなくてはならない。が、それは容易なことではないだろう。北朝鮮は1990年代以降一貫して核兵器開発の意志を捨てたことはなく、金正恩体制になってからはむしろ開発のピッチを上げてきている。おそらく多国間の枠組みの中での平和的な交渉で、北朝鮮の核兵器開発を止めることは難しいだろう。

 ここで思い出されるのは、イスラエルが「自国を攻撃する核開発を阻止する」という名目でイラクの原子炉を攻撃・破壊した、オシラク作戦(1981年6月7日)のような強硬手段だ。とはいえ、北朝鮮は、米国・ロシア・中国という3つのスーパーパワーの緩衝地域に位置する。それぞれに北朝鮮の扱いについて思惑がある以上、強硬手段実施への合意形成は極度に困難と思われる。

 となれば、経済的に北朝鮮を締め上げて、核兵器開発に資金が回らないようにしていくしか方法はない。かつては友好関係にあった中国と北朝鮮は、金正恩体制になってから対立を深めている。それでも中国は北朝鮮から石炭を買い入れており、2016年の輸入額は前年比12.5%増の11億8094万ドルだった。

 が、今回の北極星2号発射の翌日の2月13日、中国は北朝鮮産石炭1万6296トンを「水銀含有量が基準を満たしていない」として北朝鮮に返送する決定を下した。品質へのクレームはおそらく口実であり、中国としては「今の態度を続けるなら経済的に締め上げる」というサインを北朝鮮に送ったものだろう。中国は2月18日には、北朝鮮からの石炭輸入を今年いっぱい停止すると発表し、さらに北朝鮮を経済的に締め上げる方針を明らかにした。中国が、具体的にどの程度まで経済制裁を強めるかが、今後の動向に大きく影響することは間違いない。

 また、韓国の洪容杓・統一部長官は2月14日の国会答弁で、北朝鮮が韓国・北朝鮮合同で運営していた開城工業団地について、「開城工業団地に流れる資金の70%が朝鮮労働党に流れており、核開発や大量破壊兵器の開発に使われたことが確認された。巨額の資金が流入する団地を再開すれば、北朝鮮の大量破壊兵器開発を阻止という国際社会の協調から韓国が逸脱するとの印象を与えかねない」と答弁した。韓国は今年4月の大統領選挙を控えて、一部の大統領候補が北朝鮮との融和路線を唱えて「開城工業団地を再開する」と主張していたが、北極星2号の発射でブレーキが掛かった格好だ。

トランプ、プーチン、習近平…

 米国、中国、ロシア、韓国、日本――このすべての関係国が、北朝鮮が核兵器と固体推進剤を使った弾道ミサイルを揃えて実戦配備することを望んではいない。それが緩衝地域としての北朝鮮の価値を毀損し、地域を不安定化させるからだ。金正恩体制下でいったん核兵器搭載の弾道ミサイルが実戦配備されれば、それがどちらに向けられるか分かったものではないという恐怖もある。

 おそらく、これからしばらくの間、北朝鮮への経済制裁強化の動きが続くことだろう。が、そうなれば、金正恩体制の北朝鮮は核兵器開発のためにより一層、国内のリソースを絞り上げることになるのは間違いない。それは、今も国家レベルの経済的困難による生活苦にあえぐ北朝鮮の国民が、さらなる生活苦に直面することを意味する。

 固体推進剤ミサイルと核技術の合体は、かくもやっかいな事態を招いている。しかも、ロシアにプーチン大統領、中国に習近平主席という、専制的な指導者がキーマンになっている中で、よりによって米国にトランプ大統領が誕生した。彼は膠着状態を動かすワイルドカードになるかもしれないが、それはそれで想像するだに恐ろしい。極東の一角に存在する地上の地獄は、まだまだ続く。

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