ついに成功してしまった――北朝鮮は2016年6月22日、中距離弾道ミサイル「ムスダン」2発の発射実験を実施。うち1発は高度1000km以上に到達、水平距離400kmを飛行して日本海に落下したことが確認された。4月以降北朝鮮はムスダンの発射実験を繰り返していたが、成功と思われる飛行は今回が初めてである。ムスダンは射程距離が最大4000km程度と推定されており、日本のほぼ全域を射程に収め、かつ米軍基地のあるグアムも攻撃可能である。

今回発射試験に成功した「ムスダン」中距離弾道ミサイル。基地ではなく専用の車両から発射するので、衛星などで発射の兆候を検知するのは困難だ。(画像:朝鮮中央通信映像からキャプチャー)
今回発射試験に成功した「ムスダン」中距離弾道ミサイル。基地ではなく専用の車両から発射するので、衛星などで発射の兆候を検知するのは困難だ。(画像:朝鮮中央通信映像からキャプチャー)

 この発射成功により、北朝鮮は今後のミサイル開発にとって重要な、2つの技術を習得したと考えてよいだろう。大気圏再突入に必要な熱防護材の技術と、高性能の液体ロケットエンジンを実現する2段燃焼サイクル技術である。

異常なペースで発射実験を繰り返し、成功をもぎ取る

 中距離弾道ミサイル(IRBM)は、弾道飛行で目標に到達するミサイルのうち、射程距離が3000~5000km程度のものである。北朝鮮は1990年代初頭に、旧ソ連の開発した潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)「R-27」の技術情報を入手して、ムスダンの開発を開始した。ムスダンという名前は米国が付けたコードネームであり、北朝鮮は「火星10号」という名称を使用している。

 開発はかなり難航した模様だ。発射実験を目指した動きが出てくるのは開始から20年以上を経た2013年4月である。この時は、ムスダンが発射基地に搬入されただけで発射はしていない。

 最初の発射実験は今年2016年4月15日に朝鮮半島東岸の元山(ウォンサン)で行われたが、発射直後に機体が爆発して失敗した。

 しかしその後、北朝鮮は異常なペースでムスダンの発射実験を継続する。

 最初の失敗から2週間後の4月28日に2回目の試験を実施。この時は午前と午後にそれぞれ1回の発射を行ったが、共に爆発して失敗。1カ月後の5月31日にも試験を行うが、また失敗に終わった。

 そして前の失敗から3週間後の6月22日午前に2回の発射を実施。最初に発射したムスダンは150km飛行したものの、爆発して失敗。だが次に発射された通算6基目のムスダンが、はじめて高度1000km以上に到達し、水平距離400kmを飛行して日本海に着水した。この発射を北朝鮮は「高度1403.6kmに到達し、完全な成功」と発表した。明らかに「事故原因を調べて根本的な対策を施してから、再度発射試験を実施」ではなく、「その都度、その場でできる対策を講じて、とにかく成功するまで打ち続ける」という態度である。

 水平飛行距離400kmは、ムスダンの射程から見ると8分の1~10分の1程度だが、到達高度が高かったことからすると、遠くに飛ばないようにわざと高く打ち上げたとみて間違いない。

6月22日の発射時の映像。全長は母体となったR-27よりも約2m長く、搭載推進剤の量を増やして射程を伸ばしている。噴射炎が3本見えるが、中央が主エンジンの、両脇の小さな噴射炎は姿勢制御用小型エンジンのもの。この形式はR-27の4D10エンジンと同一である。(画像:朝鮮中央通信映像からキャプチャー)
6月22日の発射時の映像。全長は母体となったR-27よりも約2m長く、搭載推進剤の量を増やして射程を伸ばしている。噴射炎が3本見えるが、中央が主エンジンの、両脇の小さな噴射炎は姿勢制御用小型エンジンのもの。この形式はR-27の4D10エンジンと同一である。(画像:朝鮮中央通信映像からキャプチャー)

弾道ミサイルに必要な3つの技術

 弾道ミサイルの開発には最低でも、1)確実に動作するロケットエンジンの技術、2)正しく目標に向けて飛行を行うための誘導制御技術、3)大気圏外から目標へと突入する際に弾頭を保護するための熱防護技術――の3つの技術が必要だ。

 これまでに北朝鮮は、「銀河3号/光明星」の打ち上げで、エンジン技術と、誘導制御技術を手にしたことを世界に示した(北朝鮮のロケット、今回の打ち上げの注目点 警戒は必要だが、ICBMに直結はしない:2016年2月8日、参照)。

 次の目標となるのは熱防護技術だが、今年の3月15日に北朝鮮の朝鮮中央通信は、熱防護材の地上試験を金正恩第一書記が視察したと報道した。この時の試験は、弾頭の形状に成形した熱防護材に、ロケットエンジンの噴射を吹き付けて加熱するというものだった。このやりかたでは、入射熱量に対する熱防護材の損耗具合は計測できるが、実際の大気圏再突入時には、熱防護材の先端で断熱圧縮された大気から発生する光による輻射がかなり効いてくるので、大気圏再突入の模擬実験としては雑で、不充分である。

 6月22日の成功について朝鮮中央通信は「試験の結果、システムを現代化した朝鮮式弾道ロケットの飛行動力学的特性と安全性および制御性、新しく設計された構造と動力系統に対する技術的特性が実証され、再突入区間での戦闘部の耐熱特性と飛行安全性も検証された。(原文ママ)」としている。

大気圏再突入時の実地試験も目的か

 ここからは私の推測となる。

 これまで打ち上げに成功していなかったので、今回のムスダン発射は、ムスダン全体システムの動作試験が主目的であったことは間違いない。と同時に、弾道ミサイル実現に必須の熱防護材の実地試験も大きな目的だったのではなかろうか。

 高度1000km以上に到達させて急角度で大気圏に突っ込ませるという軌道(通常の打ち上げよりも高く上げるので、ロフテッド軌道という)は、再突入時の弾頭に強い空力加熱がかかるので熱防護材の試験には好適だ。また、元山から北東に向けたロフテッド軌道では、ほぼ北朝鮮の海岸から見通せる範囲内を飛行するので、弾頭部に搭載した計測機器によって計測した大気圏突入時の温度や熱の貫入量などの各種データを、沿岸に配置した地上局を通じて無線で受信することもできる。

 これまでのロケット開発経緯から見るに、北朝鮮の技術者達は有能で粘り強い。弾道ミサイル開発に必須の熱防護材の基礎データを、取得しなかったとは考えにくい。

 3月の“雑”な試験も、その後に実際の打ち上げを通じて大気圏再突入試験を行う予定があったので、地上ではロケットエンジンの噴射を当てて「とりあえずは熱防護材が壊れないことを確認する」試験を実施したと解釈できる。

 この推測が正しいならば、今回の打ち上げで、北朝鮮は弾道ミサイルに必須の熱防護材開発のための基礎データを手に入れ、弾道ミサイル開発に向けて大きく前進したことになる。

ロシア由来の2段燃焼サイクルエンジンを国産化か

 もうひとつ、北朝鮮は今回のムスダン打ち上げで重要な技術を手に入れた可能性が高い。ロケットエンジンを高性能化する2段燃焼サイクルである。

 先に述べた通り、ムスダンは旧ソ連の開発したR-27SLBMを基本としているが、R-27のエンジンである「4D10」は非対称ジメチルヒドラジンと四酸化二窒素という、常温で液体の推進剤を使用する、2段燃焼サイクルのエンジンなのである。

 液体ロケットは燃焼室に燃料と酸化剤を吹き込み、燃焼させて発生したガスを噴射することで推力を発生する。燃焼室は高温高圧になるので燃料と酸化剤を吹き込むためにターボポンプを使う。ターボポンプの駆動するガスをどうやって得るかで、ロケットの燃焼サイクルが決まる。

 もっとも一般的なのが、別にガス発生器(ガス・ジェネレーター)という小さな燃焼室で燃料と酸化剤の一部を燃やし、得られた高温のガスでターボポンプを駆動するガス・ジェネレーター・サイクルだ。この方法ではポンプを駆動したあとのガスは捨ててしまうので推力発生に寄与しない。

 2段燃焼サイクルは、一部の酸化剤と燃料の全量を不完全燃焼させてターボポンプを回し、その後で不完全燃焼ガスと残る酸化剤と燃焼室に押し込んで再度燃焼させて噴射を行う。こうするとガスの全量が推力発生に使えるのでエンジン性能が向上する。その一方でポンプはガスジェネサイクルの約2倍の圧力を発生させねばならず、開発は難しくなる。

 旧ソ連は、1960年代に2段燃焼サイクルを世界に先駆けて実用化し、ミサイル用から衛星打ち上げロケット用に至るまでの様々なロケットエンジンに適用してきた。

R-27SLBMの構造図。タンクは3つに分割されており、上2つが酸化剤。下1つが燃料となっている。4D10エンジンは燃料タンクに食い込み、燃料に漬かった状態で使用する。1)弾頭、2)搭載電子機器、3)ゴム製衝撃緩衝材、4)下部酸化剤タンクと上部酸化剤タンクを結ぶ配管、5)タンク加圧系、6)酸化剤タンク、7)エンジン酸化剤供給配管、8)燃料タンク、9)4D10主エンジン、10)姿勢制御エンジン(画像:ロシア語版Wikipediaより)
R-27SLBMの構造図。タンクは3つに分割されており、上2つが酸化剤。下1つが燃料となっている。4D10エンジンは燃料タンクに食い込み、燃料に漬かった状態で使用する。1)弾頭、2)搭載電子機器、3)ゴム製衝撃緩衝材、4)下部酸化剤タンクと上部酸化剤タンクを結ぶ配管、5)タンク加圧系、6)酸化剤タンク、7)エンジン酸化剤供給配管、8)燃料タンク、9)4D10主エンジン、10)姿勢制御エンジン(画像:ロシア語版Wikipediaより)
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 北朝鮮は、1991年のソ連崩壊直後に、4D10エンジンを50基入手したという情報もある。このため今回の発射実験で打ち上げられたムスダンのエンジンが、4D10そのものなのか、4D10に基づく北朝鮮による独自開発品なのかは不明だ。ただし北朝鮮は2003年にムスダンを10数基程度配備(軍事パレードに登場、発射実績はなし)、その後イランに19基を輸出した、という情報があるので、ソ連製4D10エンジンは、そちらに使われた可能性が高い。

 R-27SLBMは、容積が限られる潜水艦の中に搭載するために、衛星打ち上げロケットでは考えられないトリッキーな設計を行って全長を短縮している。4D10エンジンは、燃料タンクの中にめり込み、燃料に“どぶ漬け”状態で配置されていて、その分全長を短縮しているのだ。自動車のガソリンタンクの中にエンジンを入れて、燃料漬けにしたまま運転するようなものである。恐ろしいとも、見事ともいえる割り切った設計だ。

 私は、連続5回の失敗の末に成功という実績から、今回の試験で発射されたムスダンに搭載されたのは4D10に基づいて開発された北朝鮮製エンジンだと推測している。

 1990年代初頭から研究開発が始まっていたムスダンの発射試験が、四半世紀後の2016年になったのは、SLBM特有のトリッキーな設計と、2段燃焼サイクルの4D10エンジンをコピーするのに手間取った結果、と推測する。4月以降の発射試験で、発射直後の爆発が相次いだのも、この「燃料タンクどぶ漬けの2段燃焼サイクルエンジン」に手こずった結果だろう。

国策だけに“アポロ並み”の速度で進む?

 熱防護材技術と、高性能の2段燃焼サイクルエンジン開発の足がかりを得て、北朝鮮が次に目指すのは、より大型の、米本土を直接攻撃できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発であることは間違いない。

 金正恩第一書記は、核弾頭を装備し、米本土に到達可能なICBMを保有することで米国と対等の立場で交渉するという意志を見せている。すでに北朝鮮の軍事パレードには、コードネーム「KN-08」と、KN-08の改良型らしきコードネーム「KN-14」という大型のICBMのモックアップが登場している。

 熱防護材技術が、これらのICBM開発の役に立つことは言うまでもない。エンジンはより直接的に、米本土を射程に収めるICBMの開発につながっている。KN‒08は、ムスダンに第2段と第3段を付加した3段式であると推定されている。ムスダン成功は、即KN‒08第1段の成功を意味するわけだ。さらにKN‒14は、KN‒08の第1段を強化して、性能を落とすことなく2段式にしたICBMらしい。今年4月に朝鮮中央通信は、4D10を2基束ねたと思しきエンジンの地上燃焼試験の映像を「新型大陸間弾道ミサイル用」として公表している。これはKN‒14の第1段用なのかもしれない。

 金正恩第一書記は、なりふり構わず最優先で国家のリソースをICBM開発に注ぎ込んでいる。アポロ計画がそうだったように、このような状況では技術は急速に進歩する。

 アポロ計画はケネディ大統領の演説から8年で月に人を送り込んだ。北朝鮮のICBM開発もそれぐらいのテンポで開発が進展すると考えて、対応していく必要がある。油断してはならない。

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