緊張高まる朝鮮半島、“着火”するのはトランプか習近平か、駆け引きは続く(写真:AP/アフロ)
緊張高まる朝鮮半島、“着火”するのはトランプか習近平か、駆け引きは続く(写真:AP/アフロ)

 4月16日の北朝鮮のミサイル発射が失敗し、トランプが失敗はカウントしない、報復しないと言ったので、どうやら北朝鮮有事は少しだけ遠のいたようだ。しかも、米国はTHAAD配備について、次の大統領が判断すべきだ、として先送りを示唆した。中国に対しての譲歩と見ていいだろう。為替操作国認定も先送りにしており、これが北朝鮮制裁に対する協力への見返りであることも公式に述べている。かわりに、中国は北朝鮮をなんとかせい、と押し付けられた格好だ。

 中国はより厳しい北朝鮮制裁を強いられることになり、石油(重油)禁輸や金融制裁に踏み切らざるを得ないだろう。中国の石油禁輸などの制裁計画案は昨年のうちにすでに策定されている。中国による石油禁輸は2003年2月に一度3日間、“パイプライン補修のため”の名目で行われたが、この圧力によって北朝鮮を米中朝の三者協議に引きずり出し、それが六者協議につながったことを思えば、これを実行すれば、効果はあるかもしれない。だが、この措置は、北朝鮮を本気で追いつめることになり、下手をすれば北朝鮮が暴発しかねない。中国はそういう事態にどのような対応を想定しているのだろうか。

金正恩に「中国亡命」を説得中?

 改めて言うと、中国の同盟国としての北朝鮮の今の体制の存続が中国の根本利益に当たる。なので、米国主導の南北統一や体制変革は絶対に容認できない。ぎりぎり容認できるとしたら金正恩個人の排除までだ。一応米国側は北朝鮮のレジーム変革には興味を持っていない、と言明しているので、そのあたりは中国に配慮している。

 中国の理想としては、中国側の説得に応じて、金正恩政権が核兵器の全面放棄をすることだが、それが簡単にできたら苦労はしない。体制を存続させながら、もう少し性格の穏当な「話し合いのできる」指導者に交代させることができれば、米中ともに納得できるだろう。嘘か本当か、中国当局が金正恩に自国に亡命するように説得中という情報も韓国メディアから流れているが、もし万が一、米国の攻撃前に金正恩が中国に亡命すれば、次の後継者選びおよびその後の情勢は中国主導の展開になるやもしれない。後継者としては過去マカオで中国の庇護下にあり、今は米国の庇護下にあるハンソルが、筆頭にあがることになるだろう。もっとも、金正恩がそんな説得に応じるようであれば誰も苦労はしまい。

 ところで、米国のような超軍事大国にとって北朝鮮のミサイルが本当に脅威かというと、そうではないだろう。ロシアの軍事専門家も、今の北朝鮮に米国本土に核弾頭をぶち込めるミサイル技術はない、と見ている。せいぜい届くとしたら、佐世保や岩国あたりの在日米軍基地である。ミサイル実験の失敗も、本当に北朝鮮の技術的問題のせいだけなのか。米軍によるジャミングのせいという可能性もゼロではないだろう。

 米国にとって、北朝鮮の脅威とは北朝鮮の兵器がイランやシリアに流れることである。シリアで使われた化学兵器も金正男を殺害した毒薬もサリンだった。シリアの生物化学兵器技術は、30年来の軍事協力関係がある北朝鮮が提供したといわれている。この上、小型核弾頭までシリアに持ち込まれてはえらいことなので、米国としては強硬策に出た。

国境に派兵、航空便とワタリガニ漁船は停止

 そういう状況で、中国が北朝鮮有事をどのぐらい具体的に考えて準備しているか。これは米国系華字ネットニュース・多維がまとめていたので参考にさせてもらう。

 4月15日の太陽節に起き得る有事に備えて中国は中朝国境に兵力15万を配備した。これは公式には否定されている。だが、難民の大量流入を防ぐための国境警備強化は従来からあるマニュアルどおりである。同時に、北京・平壌間の航空便を停止した。航空会社側は「チケットが売れていないので取り消した」と説明しているが、実際のところは有事警戒といえる。今後も長期的に続くとすれば経済制裁の意味もあろう。また延坪島付近の中国漁船も姿を消した。これは違法漁業だが、ワタリガニの季節の今頃は、中国漁船でにぎわっているのが常である。漁民がいちいち北朝鮮情勢に気を配っている可能性は低いので、これも当局の指示で出漁を抑えられたと見られている。

 中国としては4月15日前後に、何かが起こる可能性は低いとみていたが、それでも相応の警戒はしていた。14日夜に王毅外相はロシアのラブロフ外相と電話会談し、シリアおよび朝鮮半島における共通の関心事の“戦略的コミュニケーション”を行った。細部の内容は公開されていないが、要するに、半島問題については戦略的に手を結ぼう、ということらしい。

 中国が想定する北朝鮮有事リスクは、①北朝鮮の核兵器がコントロール不能になって、東北部が核汚染の危機にさらされる、②大量の難民が押し寄せる、③有事の影響で地縁政治と大国関係が変化する、の主に三つだ。北京に核ミサイルがぶち込まれる、というリスクもゼロではないが、中国も数千発と推計される核弾頭を地下施設に隠し持っている核兵器大国である。中国が北朝鮮に先制攻撃する意思は今のところなく、いくら北朝鮮が中国に腹を立てたからといって、いきなり核攻撃をしかける可能性はさすがに低かろう。

 リスクの中で最も懸念されているのが、実際のところ、有事そのものよりも有事後の地縁政治および大国関係の変化、つまり北朝鮮の体制が変化し、半島における米国の軍事プレゼンスが強化されることにあるといえるだろう。逆にいえば、これが米国側の最終目的であろうと見られているので、これを防ぐためには、半島で微妙に利害対立のあるロシアとの意思疎通、連携は不可欠となる。

ロシアの発言を中国が対米牽制に利用

 トランプ政権は発足当初、親ロシア人脈の台頭が注目されていたが、最終的にはロシアコネクションスキャンダルによって弾劾の可能性をおそれたトランプが、「プーチンに弱みは握られていない」ことを証明するためにシリア・アサド政権の攻撃に踏み切った、という見方がある。シリア攻撃に反対していたバノンは国家安全保障会議(NSC)メンバーから外され、更迭が噂され、トランプ政権の方向性はロシアを宿敵とする従来の共和党路線に立ち返る可能性が濃厚となった。

 そういう状況で、中国はすかさずロシアとの関係強化にテコ入れしてきている。ロシアは北朝鮮問題に対しては「米国が金正恩政権転覆を考えているならそれは受け入れらない」という立場を明確にしている。さらにロシアメディアは「北朝鮮が米国を攻撃できる能力は実際のところないのに、米国が北朝鮮に戦争をしかけるようなことがあれば、2021年までの期限がある中朝友好協力互助条約に従って中国は再び米国と戦うことになる」というロシアの軍事専門家の意見などを報じ、中国メディアもこれを転電している。トランプスキャンダルを握っているという噂もあるロシアの発言を中国も対米牽制に利用しているともいえる。

 ちなみに、中ロが合同でTHAADに対抗するミサイルシステムを構築する噂が一時流れたが、これについては、ロシアの軍事専門家が環球時報のインタビューに「可能性は低い。中ロが同盟関係になる可能性も低い」と答えている。中ロも根本的には利害対立関係にある。ただし、中ロで“米ペンタゴンの危険な選択”に対抗していく方針は言明している。

 米国は西大西洋地域に配備されている三つの空母戦闘群を半島付近に向かわせた。北朝鮮が今後、核実験を行えば、米国としては先制攻撃もあり得る、という牽制を形で見せているわけだ。半島有事の可能性はいったん遠のいたかもしれないが、なくなったわけではない。だからこそ、中ロとも空母・カール・ビンソンに対しては偵察艦を出しており情報収集に動いている。

中国の戦争肯定派、北の「支援」と「打倒」に二分

 ところで中国の一般人の間では北朝鮮有事に対して、どのような見方が多いだろうか。

 これはネットで軍事問題について討論をするのが好きなミリタリーオタクに限っての意見かもしれないが、半島で戦争が起こるなら、積極的に戦闘に参加すべきであるという意見が多い。中国世論は基本的には戦争に肯定的である。こうした積極参戦派の意見も二通りあって、北朝鮮に味方して参戦すべきだという意見と、米国と一緒に金正恩政権をつぶすべきだという意見に分かれている。

 北朝鮮応援派の意見は、「中国にとって北朝鮮は北の大門、この土地を守るために中国は歴史上、6回戦争をしてきた。この土地を守ることが中国の中心利益であり、米国に半島で勝手に軍事行動を起こすことを許してはいけない」というものだ。中朝友好協力互助条約を結んでいる以上、中国と朝鮮は軍事同盟関係にある、というのも根拠にある。

 米中協力派の意見は「金正恩の横暴は中国も手を焼いている。だが、米国に半島で単独で軍事行動を起こさせることだけは許してはいけない。それなら中国も一緒に戦争に、そして金正恩排除に参加して、米国に勝手にさせないようにするべきだ」。半島問題の本質が米中のどちらが北朝鮮に対して主導権を握るかという点にあるとすれば、どちらもあり得る、ということでもあろう。

 さて中国が今後、具体的にどのような展開を考えているのか。

 一つ重要な要素は5月9日の韓国大統領選挙である。韓国の大統領が親北朝鮮派の文在寅となれば、中韓ロの連携によって米国の軍事的行動を抑止し、北朝鮮を再び六カ国協議の席に戻すことができる確率は高まる、と少なくとも中国は期待を寄せている。

「六カ国協議」で時間稼ぎ、その先は…

 そう、いまだに六カ国協議なのだ。だから武大偉のような過去の人が、いまさらのように韓国を訪問したり、北朝鮮を訪問しようとしたり(北朝鮮側が拒絶してできず)している。六カ国協議では、北朝鮮の核問題は根本的に解決できないことは明白だ。できるとしたら、北朝鮮を核保有国と認定し、不拡散を約束させるぐらいだろう。核の完全放棄は、金正恩政権をつぶさないかぎり考えにくい。

 ちなみに中国内部には、北朝鮮はすでに核兵器保有国であり、そろそろそれを認めるのが現実的だという意見が少なからずあり、もし米国の方を多少なりとも説得できるとしたら、北朝鮮の正式な核保有国認定も視野に入れていそうだ。そうでなければ、六カ国協議は時間かせぎでしかない。

 いや、中国にとっては時間稼ぎでもいいのだ。では、いつまでの時間稼ぎだろうか。

 それは、中国にきわめて反抗的な金正恩を、中国主導の軍事行動によって排除するまで、ではないだろうか。2021年に中朝友好協力互助条約の期限が切れるタイミングは、習近平が引退する直前、もしくは三期目継続による長期独裁体制の確立を狙っている最中かもしれない。仮に従来の共産党システムを破壊して、長期独裁政権を築こうというならば、党内と人民を納得させるような政治的必要状況を作り出す必要がある。それが台湾進攻作戦ではないか、という人が多いが、こうなってきてみると、中国主導の半島有事も十分あり得そうな気がしてくる。

 ともに儒教を文化の基盤にしているから「中国人とは理解しあえる」と信じる日本人はいまだに多い。だが、習近平政権下の空前の儒教ブームは、政治に敏感な彼らの保身のための口パクにすぎず、中国人はとうに孔子を捨てていたのだ。 「つらの皮厚く、腹黒く、常に人を疑い、出し抜くことを考え、弱いものを虐げ、強いものにおもねりながら生きていかねばならない」中国人の苛烈すぎる現実を取材した。
飛鳥新社 2017年2月15日刊

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