今年1月、文部科学省で、違法な再就職のあっせんを組織ぐるみで行っていた天下り問題の責任をとる形で、文科事務次官を退任した前川喜平氏。今年5月には、一連の加計学園問題について記者会見を開き、「行政のあり方がゆがめられた」などと語った。

 日経ビジネス8月28日号9月4日号の「敗軍の将、兵を語る」では2号にわたり、「天下り問題」と「行政のゆがみを正すことができなかった」ことなどについて前川氏が真摯に思いを述べている。日経ビジネスオンラインでは、敗軍の将に収録できなかったメディア対応の経緯やメディアへの思いについて、インタビュー形式で紹介する。

<b>前川喜平(まえかわ・きへい)</b><br />1955年奈良県御所市生まれ。79年3月東京大学法学部卒業後、文部省(現文部科学省)入省。大臣秘書官、初等中等教育局財務課長、初等中等教育局長などを経て、2014年7月文部科学審議官、16年6月文部科学事務次官に就任。17年1月、天下り問題で依願退職。祖父の前川喜作氏は産業用冷凍機大手、前川製作所の創業者。(撮影:的野弘路、以下同)
前川喜平(まえかわ・きへい)
1955年奈良県御所市生まれ。79年3月東京大学法学部卒業後、文部省(現文部科学省)入省。大臣秘書官、初等中等教育局財務課長、初等中等教育局長などを経て、2014年7月文部科学審議官、16年6月文部科学事務次官に就任。17年1月、天下り問題で依願退職。祖父の前川喜作氏は産業用冷凍機大手、前川製作所の創業者。(撮影:的野弘路、以下同)

5月の記者会見で、「総理のご意向」などと書かれた文科省の内部文書を「本物」と認め、「公平公正であるべき行政のあり方がゆがめられた」「あったことをなかったことにすることはできない」などと証言したことが、結果として、加計学園問題をここまで大きくしました。

前川:まさか、この問題で国会に出て答弁することになるとは思っていませんでした。行きがかり上、こうなってしまったというか、乗りかかった船でここまできちゃったところがあります。

周到に準備を重ね、覚悟を持って告発に踏み切った、というわけではなかったと。

前川:もちろん、行政がゆがめられている、これは不当なことだ、おかしい、国民が知るべき真実なのではないか、という気持ちは確かに持っていました。だからこそ、記者会見の前の段階でいくつかのメディアからアプローチを受けた時に、いろいろなことをお話ししたわけです。

 私は、こういう事実があったんですよ、ということをありのままに述べておしまいだと思っていた。今でもそう思っているんですけれど、最初はそれを天下の公器であるNHKに話せばいいだろうと思っていました。

「黒塗り」で報じたNHKの意地

 一連の加計学園問題は、「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向」などと書かれた文科省職員が作成したとされる内部文書の存在が明るみになって以降、大きく発展していった。

 この内部文書を、分かりやすい形で最初に報じたのは、5月17日の朝日新聞朝刊1面。同記事は、「『獣医学部新設に係る内閣府からの伝達事項』という題名の文書には、『平成30年(2018年)4月開学を大前提に、逆算して最短のスケジュールを作成し、共有いただきたい』と記載。そのうえで『これは官邸の最高レベルが言っていること』と書かれている」と伝えた。

 しかし前川氏は、この文書を最初に“スクープ”していたのはNHKだったと話す。

前川:私へのアプローチが特に早く、一番取材していたのはNHKです。あれは、5月の大型連休前だったと思いますが、私の自宅前にNHKが待ち構えていて、私が家を出た時につかまえられ、そこで観念して、カメラの前で話しました。

 NHKの記者さんはかなり早い時期に、恐らく現役の職員から内部文書を入手していたようで、その後に朝日新聞が確認に来た時に持っていたものも、それよりももっと詳しいものも持っていたわけです。

 そこで私は、一部の文書は私が見たものと同じだと言いましたし、それから、個人名は出しませんでしたが、内閣官房の複数の人から獣医学部新設について働き掛けがあった、ということもお話ししました。

 それからしばらく時間が経って、NHKが初めて文書をちょろっとだけニュースに出したのが5月16日の夜。あれは、変なニュースでした。

 あのニュースは、加計学園の獣医学部新設に関して、文科省の大学設置審議会が審査しています。いろいろと課題があるので、とにかく実地調査をすることにしています。そんなニュースだったんです。

 これは国家戦略特区で認められたものです、というようなただし書きというか、説明が付いていたと思うんだけれど、その最後の映像に、ちらっと「9月26日」の日付入りの文科省の内部文書が映っている。

 映っているんだけれど、この文書が何であるかという説明はなくて、しかも、「官邸の最高レベルが言っている」という部分が黒塗りをされている。爆弾みたいな文書を、本当にさり気なくぱっと映したのです。

なぜ、NHKは肝心の部分を黒塗りにして出したのでしょうか。

前川:出せなかったのでしょう。上からの圧力があったのでしょう。私に接触してきた記者さんは、ものすごく悔しがっていました。それで、社会部の取材してきた人たちが、せめてこれだけは映してくれと言って、最後にちらっと映したと。自分たちは取材で先行している、という意地ですよね。それをめざとく見ていたのが朝日新聞です。

 朝日新聞も私のところに来ていました。その段階で、(NHKが持っていた)日付入りの文書そのものは持っていなかった。でも、別のサマリー版の方は持っていました。それは、私も含めて広く省内に行き渡っていたものなので、文書の真正性について本物だというふうに証言しました。それを朝日は5月17日の朝刊の紙面で出したんですね。

 そうしたら、菅(義偉)官房長官はその日の記者会見で、日付も入っていない、誰が作ったのかも分からない、怪文書みたいなものだ、というふうに仰った。そこで、朝日は恐らく猛烈に取材したのでしょう。

 NHKが持っていた9月26日の日付入りの文書を入手して、翌18日の朝刊の紙面にそれを出した。今度は日付も入っている、誰が作ったのかも書いてある。しかしそれは、すでに16日の夜にNHKが映していたものと同じものだったのです。

NHKに頼まれた「記者会見」

 ここまで、前川氏は各メディアの取材に協力をしていたものの、各紙の紙面に名前が踊ることはなかった。唐突に名前が踊ったのは5月22日の読売新聞朝刊。「前川前次官 出会い系バー通い 文科省在職中、平日夜」と題された記事は、こう書き出している。

 「文部科学省による再就職あっせん問題で引責辞任した同省の前川喜平・前次官(62)が在職中、売春や援助交際の交渉の場になっている東京都新宿区歌舞伎町の出会い系バーに、頻繁に出入りしていたことが関係者への取材でわかった。教育行政のトップとして不適切な行動に対し、批判が上がりそうだ」

 前川氏はその3日後の5月25日、都内で記者会見を開き、「行ったのは事実」と認めた上で、「女性の貧困を扱う報道番組を見て、(出会い系バーに通う女性の)話を聞いてみたくなった」「実地調査の意味もあり、行政上、役に立った」などと話した。

なぜ、歌舞伎町のその店舗に行ったのでしょうか。

前川:テレビ番組で見た時に、関心を持ちました。番組で紹介されたお店があの店だったかどうかは定かではありません。だけど、ここかなと思い入ってみたら、こんな感じだったかなと。歌舞伎町を正面から入って目に付くところにある、分かりやすい場所です。

 実地調査というのはあまり適切な言葉ではなかったと思っています。でも、私の知らない世界をいろいろと知ることができる、様々な事情を抱えた女性のリアルな話が聞ける、という点で、非常に興味を持ちました。

キャバクラやクラブではなく、出会い系バーだった理由は?

前川:私はキャバクラやクラブというのはあまり関心がなくて、要はすべてコマーシャルなものですよね。女の子が付いてその子が何か身の上話をしたとしても、結局それは商売ですよね。最後にはメールアドレスを教えてと言われ、教えた途端に毎週のように営業のメールが来るとかね。私も行ったことがないとは言いませんが、興味は持てません。

出会い系バーへの入店自体が批判の的となりました。会見翌日の26日には、菅官房長官が「常識的に言って、教育行政の最高の責任者がそうした店に出入りして、小遣いを渡すようなことは、到底考えられない」とコメントしています。

加計学園の獣医学部新設に関する主な経緯
加計学園の獣医学部新設に関する主な経緯
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前川:まるで少女買春をしたみたいに言われていましたが、そんな事実は全くありませんし、この件については言い訳をするのも何かなと。法に触れるようなことをしたわけではなく、何が悪いんだと思っています。

 愉快か不愉快かと言われると、不愉快です。こういう形で人格をおとしめるというやり方は、やっぱり非常に問題があると思います。

 メディアが公人に対して、プライバシーにかかわることを根掘り葉掘りやるのはいかがなものかと思わないでもないけれど、市民目線や国民目線で指弾するのはまだ許せるというか、分かります。しかし、権力を持っている人間がそれをやるのはおかしいと思う。

 ただし、当初はこうした言い訳がしたくて記者会見を25日に開こうと決めたわけではありません。

なぜ25日に記者会見をしたのか、という問いへの答えは端的に言うと何でしょうか。

前川:それは、各メディアから求められたから、です。まず、NHKに頼まれました。数週間前に自宅前で応じたインタビューが放映されていなかったので、記者さんに「どうするのか」と聞きました(編集部注:その映像は未だにオンエアされていない)。

 すると、「記者会見をしてくれないと、NHKは今まで取材したことを出せない。記者会見があれば、それはどこのメディアも報じるので、NHKもニュースにすることができる。だから記者会見をしてください」と言ってきました。

 もう一つは、ちょっと話題になっている東京新聞記者の望月衣塑子さんからメディアを代表して頼まれた、ということもあります。

詩織さんのほうがよほど勇気がある

前川:読売新聞の記事が出た22日の夜あたりから、私の自宅前にメディアが殺到している状態になってしまっていました。ですが、その時点で私はもう自宅を抜け出して、ホテル住まいをしていたのです。本当にもぬけの殻で、私は父親と一緒に住んでいるんだけれど、父親もホテルに行くと言って、誰もいない状態でした。

 誰もいない家の前で各社がずっとこのまま待ちぼうけを食わされるのはたまらないということで、望月さんが私の自宅前にいる各社の合意を形成し、代表して(元文部省官僚で京都造形芸術大学教授の)寺脇研さんに電話をかけ、「前川さんに記者会見をするように伝えてくれ。メディアの総意である」と言ってきたのです。

 寺脇さんが私にそれを伝えてきたのが24日の朝だったと思います。翌25日というのは、私が取材に応じた「週刊文春」の発売日です。これに合わせて、25日の朝日新聞朝刊に私のコメントが載ることも、それから25日夜にTBSの「ニュース23」でインタビューが放映されることも決まっていました。それらが一斉に出るので、同じ日に記者会見もしましょう、ということがバタバタと決まっていったというのが実情です。

 だから、何か勇気を出して発言したとか言われているけれど、私は大して勇気を出していない。

 レイプ被害に遭った詩織さんという方が、官邸につながる警察の幹部を顔を出して告発されていますが、彼女の方が私よりも100万倍、勇気があると思います。私が現職中に加計問題を告発したとしても、それよりもよほど勇気がいることだと思いますし、彼女が問題提起をした権力の闇の方がずっと根深い気がします。

一方で、NHKや読売新聞について、今、何を思いますか?

前川:残念に思う半面、現場の記者さんにはシンパシーも感じるんです。要するに、大きな組織の中では、組織の論理で動かざるを得ないという。自分に重ね、ちょっと、同情したところもあるんです。みんな、組織の中で四苦八苦しながら生きているんだなと。

 読売新聞の社会部長も、心の底から、あの解説を書いたのかどうかは分かりません。組織の中で仕事をしている以上、しょうがないというところもあると思うんです。私だって、心にもないことを国会で答弁したことはありますから。

 誰だって多かれ少なかれ、「面従腹背」で生きているわけです。ただ、面従腹背しているほうが、まだマシだと思います。

 身も心も組織にささげるというか、空っぽになって、言われるがままに動く。心を失ったロボットみたいになってしまっているような、そういう人も結構いますから。だから、それよりは、本当はそうじゃないと思い、苦しみながらも、苦しみを押し殺して仕事をしているような人のほうがいいな、と思います。

高校中退を防ぐことが貧困の解決に

今は、何をしているのですか?

前川:福島市や神奈川県厚木市の自主夜間中学に、定期的にボランティアで通っています。それから、中退防止に力を入れている高校では、「キッズドア」という団体がやっている土曜学習の支援ボランティアをしています。

 ここは必ずしも成績のよくない生徒が来る高校なのですが、その生徒たちが自主的に自分たちの学力を高めたいと土曜日の午前中に集まってきて、勉強をしているわけです。その土曜日の学習会に参加して、生徒のいろいろな質問に答えてあげたり、分からないところを一緒に考えてあげたりする、そういうボランティアです。

 この高校は中退率がものすごく高かったのですが、キッズドアが支援するようになってからは、中退率が激減しています。やはり、自学自習のサポートが効いているんですよね。

 高校中退を防ぐことは、ものすごく大事なことだと思っています。98%以上の子供が高校に進学していますが、そのうちの5%くらいは卒業できずにドロップアウトしている。高校中退というのは1つの人生の転落の始まりで、出会い系バーで出会った女性も、かなりの割合で高校を中退しています。

 出会い系バーでは、両親が離婚していると、高校中退をする率が高いということにも気がつきました。やっぱり、高校中退をいかに防ぎ、卒業させて社会に出してあげる。少なくとも、そういうふうにしてあげることが、貧困問題の解決につながっていくのだと思っています。

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