あらゆる産業のあり方を大きく変える可能性を秘めるAI(人工知能)。機械学習によって加速度的に賢くなるAIを、人類はどう使いこなすべきか。日本を代表する将棋の棋士とAIベンチャーのトップが未来を語った。
(写真=陶山 勉)
(写真=陶山 勉)

羽生善治氏(以下、羽生):1年前のCES(世界最大の家電見本市)でトヨタ自動車のブースに展示されていた機械学習による自動走行のデモンストレーションをビデオで見ました。交差点のような場所をミニチュアカーがぶつからずに行き交っていました。システムを作ったのがプリファード・ネットワークス(PFN)さんと聞き、いつかお話ししたいと思っていたんですよ。

西川徹氏(以下、西川):私と岡野原がコンピューターサイエンス関連の最先端技術を開発するプリファードインフラストラクチャーという会社を創業したのが2006年です。

 岡野原は機械学習やAI(人工知能)を、私は処理スピードの速いコンピューターの研究を担当してきました。技術のビジネス活用を目的に2014年に設立したのがPFNなんです。

岡野原大輔氏(以下、岡野原):これまで機械学習は、バーチャルの世界でしか使われてきませんでしたが、これが今、現実の世界でも使われ始めています。最も分かりやすいのが自動運転で、僕らはさらに産業用ロボットやライフサイエンスの分野でも機械学習の技術を実装しようとしています。まだ一般の人の元には届いていませんが、あと数年くらいで実現するのではないかと思っています。

経験の「集約」がAIの強み

<b>羽生善治</b> Yoshiharu Habu<br /> <b>1970年生まれ。85年にプロデビューし19歳で竜王位獲得。96年に史上初の七冠独占達成。現在は三冠(王位、王座、棋聖)。</b>(写真=陶山 勉)
羽生善治 Yoshiharu Habu
1970年生まれ。85年にプロデビューし19歳で竜王位獲得。96年に史上初の七冠独占達成。現在は三冠(王位、王座、棋聖)。(写真=陶山 勉)

羽生:私がNHKの番組のリポーターとしてAIを取材して思ったのは、サイバー空間でやっていたことをリアルの空間に落とし込もうとすると、物理的や社会的、法律的な制約が出てくるということです。

 だからこそ、AIをどのような形で導入するかという最初の一歩がすごく大事だと思うのですが、何か青写真はあるのですか。

岡野原:自動車分野では、どのような時に事故が起きるのかをシミュレーターで機械に学習させています。でも、実際にはシミュレーターと現実との間の差が埋まらないと活用はできません。

 ですから、世界を走る10億台ものクルマから事故の状況やヒヤリハットのデータを集めて機械に学ばせれば、事故を防ぐ方法を学べるのではないかと考えました。ここで重要な役割を果たすのが「ネットワーク」なんです。

西川:人と違うAIの能力は、ネットワークでつなげられる点です。人間は複数の脳をくっつけて大きくすることはできませんが、コンピューターはネットワークでつなげれば、膨大な情報を持つストレージにアクセスすることも、複数のプロセッサーを並べてスキルアウト(能力を増大)することもできるようになります。

岡野原:つまり、経験を「集約」できるんですよ。人間は他人に経験の内容を伝えられても、経験そのものは共有できませんよね。でもコンピューターなら、データを基に経験を再現できるので、学習スピードも速くなる。10台の機械が互いに経験を共有できれば、1台でする10分の1の時間で学習できる。これが機械の持つ可能性なんです。

羽生:自動運転では、例えば2019年1月1日に全てのクルマを自動運転に切り替えることができるなら、とても安全なような気がするんですよ。それこそ交通事故やそれによって亡くなる方が1桁2桁、いや3桁減る可能性もあるのではないかと。

 でも実際は、当分は人間が運転するクルマと混在しているわけじゃないですか。その時に、安全をどう担保するかがすごく難しい問題ではないかと思います。

岡野原:その通りですね。羽生さんに見ていただいたビデオでは、1台だけ赤いクルマが危険運転をしていました。あれは僕が操縦していたんですが(笑)、あの状況がまさにそう。学習したことと違う動きに柔軟に対応できるようにするのは容易ではありません。相手が何を考えているかを想像することは、まだ人間のようにはできません。

 動物なら、例えば馬は生まれて数分で立ち上がれますし、人間は絵本でも本物でもそれが象であると認識できます。これは、遺伝的な進化の過程でそういった知識が組み込まれているんですね。コンピューターではそうした側面は未熟と言わざるを得ません。

羽生:これから先、例えばクルマ以外のところでAIとかディープラーニングが目に見えて進んでいきそうな分野ってあるのですか。

<b>西川 徹</b> Toru Nishikawa<br /> <b>プリファード・ネットワークスの創業者で社長兼CEO。1982年生まれ。東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。</b>(写真=陶山 勉)
西川 徹 Toru Nishikawa
プリファード・ネットワークスの創業者で社長兼CEO。1982年生まれ。東京大学大学院情報理工学系研究科修士課程修了。(写真=陶山 勉)

西川:例えば産業用ロボットがあります。人間は物のつかみ方を一度覚えればそれで済みますが、機械は試行錯誤しないとうまく取れるようになりません。でも、世界中のロボットをネットワークでつなげれば、物をつかむというモデルをすぐに作れるようになるのではないかと考えています。

羽生:確かに、知覚についてはこれからすごいことが起こるんじゃないかと思います。だって、人間の視力はどんなによくたって2.0。機械なら7.0でも10.0でも、何百倍、何千倍にすることができる。耳でも鼻でも同じですよね。それがつながって回るようになれば、ものすごいことができそうですね。

西川:人と違ってものすごく小さな物から大きな物までつかめるようになるなど、可能性は膨らみます。

音楽や絵画でもAIが創作

<b>岡野原大輔</b> Daisuke Okanohara<br /> <b>プリファード・ネットワークスの創業者で取締役副社長。1982年生まれ。東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。</b>(写真=陶山 勉)
岡野原大輔 Daisuke Okanohara
プリファード・ネットワークスの創業者で取締役副社長。1982年生まれ。東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了。(写真=陶山 勉)

岡野原:まだ見えていないAIの応用先として、クリエーション(創造)があります。人の下手な絵を格好いい絵にしてくれるなど、人間の創作活動のハードルを下げるという方向性です。

 演奏が難しいバイオリンしかなかった時代は、人間にとって音楽の創作活動は難しかったかもしれないけれど、ピアノの登場でハードルが下がった。これと同じように、音楽や絵画なんかでAIによる創作が世の中にあふれるようになるのではないかと思っています。

羽生:創造というのは、99%は過去にあった何かの組み合わせだと思うんですよね。ですからそうした意味での創造はAIでもできるようになるような気がします。

 将棋の世界では、AIが新しい発想やアイデアのきっかけになるということが既に起こっているんですよ。今、膨大な数のソフトが日々、対戦しているのですが、その中から創造的な作戦や戦法とかが生まれているんです。

西川岡野原:そうなんですか!

羽生:はい。でも、あまりに膨大な量のデータなので、ソフトを作った人はそれに気付いていない。棋士が見て初めて、「これって今までにないすごい戦法だよね」と分かる。

岡野原:それは面白いですね。そのひらめきみたいなものを人と機械が共有できれば、これまで以上のアイデアが生まれそうです。

羽生:PFNさんは「Chainer」という機械学習ソフトを無償で公開していますよね。公開する理由や意図はどこにあるのですか。

西川:僕らはディープラーニングの研究開発はいろいろな人がやった方がいいだろうと思っているんです。僕らはまだ60人くらいしかいないので、アプリケーション、具体的にはクルマやロボットに実装するところで勝負すればいいと。

 僕らの予想では、ディープラーニングはいろいろな分野で使えて、しかも成功するという状況がしばらく続きます。であれば、いろいろな分野で試してもらった方が世の中のためになる。

 あと、採用活動をうまく進めるという目的もあります。僕らも当初は名前が知られていなかったのですが、Chainerを出してからは、「日本でディープラーニングといえばPFN」と言われるようになりました。

羽生:この分野でも技術者の人だったり、プログラムを書ける人の数が足りないのですか。

西川:足りないですね。

岡野原:ただインターネットが登場してから変わってきてはいます。今では研究者が論文を公開すると、1週間後とか2週間後に別の国、別の企業や研究機関からその改良版が出るんです。

 笑い話ですが、学会で賞を取った人がプレゼンテーションで、「もうこれの改良版の改良版が出ているからそっちを使ってください」と言うくらい、日進月歩の世界なんです。

羽生:例えば企業として、情報はどこまでオープンにして、どこまでクローズにするのかといった、ルールというか暗黙の了解はあるのですか。

 というのも将棋の場合、対局が終わった後に棋士同士で、「ここが良かった」「あれが悪かった」といった意見を共有する「感想戦」があるんですね。そこには、ここまでは聞いてもいいけど、これは聞いちゃダメという暗黙の了解があって、それを踏まえて自由に話し合っているんです。

西川岡野原:へ~え。

羽生:ですからネットワークとかAIの世界ではどうなっているのかと。

人間が賢くなるために使えばAIは決して怖くない

岡野原:やはりオープンとクローズの両方の世界があります。米グーグルのような一部の企業だけが情報を持ってはいけないということで、オープン化を進めている組織もあります。グーグルは個人の写真データを数千億枚、1兆枚という規模で持っています。そこで既に様々な研究がなされている可能性はありますよね。

 AIの世界では、非常に優秀な一握りの研究者が論文などに書かれていないアイデアやノウハウを持っていると言われています。その人たちの採用合戦もし烈になっています。米国では、優秀な人材の採用には、メジャーリーガーと同じくらいの年俸が必要だとも言われています。

羽生:人材が欲しいがために会社を買っちゃうような世界ですね。

岡野原:ですからこれまでAIの研究をクローズでやっていた米アップルも、つい先日、オープンにすると言い出しました。研究者には論文で名を上げたいという心理があるので、優秀な人材にとどまってもらって能力を発揮してもらうためにも、そういう環境が必要だと判断したのでしょう。

西川:(アイデアやノウハウを)特許で守ることが難しいので、情報を公開して「我々は先進的な研究をしていますよ」と宣伝しながら、データと(データセンターなどの)計算資源を押さえることが重要なんです。我々がトヨタさんと提携したのも、自動車のデータを押さえたいということもあるんです。

学習方法を機械に学ぶ

羽生:将棋の世界でもソフトが強くなってきています。人間の棋士が朝から晩まで長時間の試合を毎日続けるのは不可能でも、コンピューターだとそれができてしまうんですね。

 ですから私が今、考えているのは、膨大なデータの中から機械が見つけ出した特徴を、人が学ぶことができないかということです。だいぶ先かもしれないですが、「学習する方法」を人が機械に学ぶ時代は来るのでしょうか。

岡野原:来ると思いますね。人間が最も学習しやすいのは、難しすぎず、簡単すぎない問題を与え続けられること。「フロー状態」と言いますが、これを機械がパーソナライズできればいいのだと思います。

西川:AIは人類の新たな道具だと考えればいいと思います。コンピューターのプログラミング言語が進化して、どんどん新しいアプリケーションが出てきたように、ディープラーニングも人間の想像力で発展させて、生かせばいい。むしろAIは人間にとって、楽しみの方が多いと思います。

羽生:これから機械がどんどん賢くなるのは目に見えているので、人間の知能も同時に上がっていかなければ、社会に導入する際に何らかのひずみが生じてしまうことになりますよね。

 だから、人間がより賢くなるためにAIの力を使うことができればすごくいいなと。AIを脅威に感じている人も多くいるでしょうが、そう考えれば怖くなくなるかもしれませんね。

(日経ビジネス2017年1月9日号より転載)

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