空前のAI(人工知能)ブームが到来している。政府が6月にまとめる成長戦略の中にも、2020年の東京五輪・パラリンピックまでにAI同時通訳などを実用化する方針が盛り込まれる予定だ。

空前のAIブームである。トヨタ自動車も今年1月、AI搭載車のコンセプトを披露した
空前のAIブームである。トヨタ自動車も今年1月、AI搭載車のコンセプトを披露した

 今回のAIブームは、3度目だととされている。第1次ブームは1960年代。50年代にコンピュータが生まれ、「あと10年も経てば、コンピューターは人間の能力を抜くだろう」と言われていたが、結局、花開かないまま終わってしまった。

 第2次ブームは、1980年代。国や企業が巨額の予算を投じ、「第5世代コンピュータ」を開発した。今度こそ人間の能力を抜くだろうと期待されたが、実を結ばなかった。

 今回の第3次ブームの訪れは、爆発的に普及したインターネットとともに、大量のデータを使った「機械学習」が広がり始めたことがきっかけだった。

 さらには、大量のデータをもとにコンピュータが自ら特徴を把握する「ディープラーニング」が開発された。これがいよいよ新しい時代を切り開くのではないかと言われている。

AIにおいて、日本企業は米国企業より大幅に遅れている

 昨年6月、政府は「名目GDPを2020年までに600兆円まで増やす」という目標を掲げ、成長戦略の基本的な方針を発表した。現在のGDPはおよそ500兆円だから、あと3年で100兆円伸ばすということだ。

 具体的に、どうやって100兆円も増やしていくのか。成長戦略の中核となるのは、「第4次産業革命」だ。その柱の一つが、インターネット・オブ・シングス(IoT)、ビッグデータ、人工知能(AI)、ロボットなどの分野である。これらを集中的に伸ばすことで、約30兆〜40兆円の付加価値をつくりだすという。

 これらの技術が本格的に実用化するのは、2040年代になるだろうと言われている。現在のAIは「特化型人工知能」だ。例えば、昨年、AI囲碁ソフト「アルファ碁」が囲碁棋士である韓国のイ・セドル九段と5連戦し、4勝1敗で勝ち越したことが大いに話題になった。しかし、アルファ碁は囲碁はできるが、将棋やチェスはできない「特化型」のソフトだ。

 一方、人間は囲碁のみならず将棋もチェスもできるし、テニスも水泳もできる「汎用型」だ。2040年代に入ると、AIが人間と同じように汎用型になるだろうと言われている。

 ところが、ここで重大な問題がある。今、AIと言えば、世界的な主役になっているのはGoogleやApple、IBM、マイクロソフトなどの米国企業だ。日本の代表的な企業が一つもない。

 4月16日付の日本経済新聞朝刊の社説「科学技術立国の堅持へ大学改革を」に、非常に重要な指摘があった。

「日本の科学研究はこの10年で失速し、この分野のエリートの地位が揺らいでいる」。英科学誌「ネイチャー」は3月、日本の科学研究の弱体化を厳しい表現で指摘した。
 同誌によれば、この10年間に世界で発表された論文数は80%増えたが、日本は14%増にとどまる。日本の世界シェアは2005年の7.4%から、15年には4.7%に低下した。

 日本の科学研究が、年々落ち込んでいるというのだ。来たるAI時代に向けて、日本企業はやっていけるのだろうか。

日本企業が米国企業に勝てない理由

 日本企業は、なぜAIで遅れをとっているのか。

 それは、日本の経営者の多くが60代であり、発想が古いからだ。AIでイノベーションを実現できるのは、やはり20代中頃から後半くらいの柔軟な発想が必要なのだ。米国では、そういった若い技術者が発言権を持っているから、どんどんアイデアや意見を出し合い、AIの開発に成功している。

 日本では、若い技術者たちの発言権が全くない。発言権があるのは、50〜60代ばかりだ。その結果、起こってしまったのが東芝の問題だ。なぜ、東芝が倒産寸前にまで追い込まれたかと言えば、経営陣の発想が古すぎたからだろう。

 彼らは新しい時代の変化に全く対応できなかった。これは東芝だけの問題ではなく、日本企業全体に言える話だ。ネイチャーは、こういった危機感を示している。

 僕は1984年に「マイコン・ウォーズ」(文春文庫)という本を書いた。マイクロソフトの副社長・西和彦さんに取材するために米国を訪れた時、西さんはこんなエピソードを話してくれた。

 1978年のこと、西さんは大学の図書館で目にした記事でビル・ゲイツ氏を知り、ぜひとも会ってみたいと思ってコンタクトを取ったそうだ。ビル・ゲイツ氏は23歳という若さで、すでにその分野で頭角を現していたのだ。

 僕は先日、Googleで上級科学研究員を務めるグレッグ・コラド氏に会った。40代前半だと思うが、非常に若いという印象を持った。彼は「Googleは“AIファースト”だ。これから自動翻訳や画像認識などのAI中心に開発を進める」と言った。

 こういった中で、日本の技術は米国に追いつくことができるのだろうか。

 僕はまだ希望を持っている。

 別の日に、東京大学の松尾豊准教授と会って話を聞いた。彼は日本のAI研究のリーダーの一人だ。僕は彼に、「なぜ、日本はAI技術の開発がこんなに遅れているのか」と聞いたら、「日本企業で権限を持っているのは50〜60代で、若い世代に発言権がないからだ」と答えた。僕のそれまでの認識と同じだった。つまり、組織構造の問題だということだ。

AIの発達で仕事の49%が失われる

 AIが普及すると、たくさんの仕事が取って代わられてしまうという懸念もある。悲観論ではあるが、2040年代には、世界人類の90%が仕事を失うという話もある。

 そういった事態に備え、ヨーロッパでは、所得保障制度の一つであるベーシックインカムが必要だという意見がかなり出ているという。

 具体的に、どんなことか。AIが発達すれば、従業員の仕事は全てAIがやり、企業には経営者しか要らなくなってしまう。すると、人件費を削減できるから、企業は相当な利益を稼ぐことができる。国はそこから税金を取り、全国民に一定額のベーシックインカムを支給するというのだ。オランダなどでは、かなり真剣に検討されているという。

 さらには、こんな話もある。2年ほど前、イギリスのオックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授と、カール・ベネディクト・フレイ博士が、野村総合研究所との共同研究で驚くべき試算を発表した。

 このままAIの開発が進むと、日本で働いている人の約49%の仕事は、10〜20年後にはAIに代替されるというのだ。

 確かに多くの仕事が奪われるかもしれないが、同時に新しい仕事も生まれるだろう。例えば1800年前後にイギリスで起こった第一次産業革命では、蒸気機関が発明されて、蒸気船や蒸気機関車、産業用機械などが仕事をするようになった。その一方で、「機械に自分たちの仕事が奪われる」と危惧した職人たちが、工業地帯で機械を破壊する「打ち壊し運動」が起こった。

 しかし、その運動は長くは続かなかった。産業革命によって、今までになかった他のやるべき仕事が増えてきたからだ。

 このように、AIの普及については悲観論と楽観論がある。先ほどの松尾准教授は、楽観論を唱えている。「どんどん新しい仕事が生まれるだろうから、雇用喪失の心配はそれほどないのではないか」と言う。

 AIを扱える人間と扱えない人間の格差が非常に大きくなるのではないかという指摘もある。今、実に様々な意見が飛び交っているのだ。

 新しい仕事がどんな仕事なのかは、まだ明確にはなっていない。AIに代替されない仕事にはいくつかの特徴があると言われている。一つは「創造的な仕事」だ。創造する力、想像する力を要する仕事である。

 二つ目は、コミュニケーション能力が必要な仕事だ。AIには、相手を理解したり説得したりする仕事はできないとされているからだ。

 三つ目は、頻繁に発生しない「非定型の仕事」。データが蓄積できないから、AIでは代替できないのだ。例えば、企業買収などの仕事がこれに含まれる。

若者は権力者を倒すことに興味がない

 日本政府も、AI時代の対策として、ベーシックインカムについてはすでに考えているはずだ。AIがどんどん普及していけば、ほとんどの仕事はAIがやり、人間は仕事をしなくてもベーシックインカムで生活できる世の中になる、というシナリオも、可能性の一つとしてはあるだろう。

 そうなると、人間は何をすればよいのか。芸術や創作などといった創造力を要する仕事や、地域や社会のために働くNGOやNPOのような活動が盛んになるのではないかと思う。

 後者については、もうすでに兆候がある。例えば、僕は数年前に、NPO法人フローレンスで代表を務める駒崎弘樹氏に面白い話を聞いた。

 「自分たちの遠い先輩たちは、社会を変えるためには権力者を倒さなければならないと言った。しかし、僕たちはそんなことには興味がない。総理大臣など、隣に住んでいるおじさんのようなものだ。むしろ、僕らはNPOをやることで社会を変える」

 今、ベンチャービジネスをやっている経営者、特に若い世代は、金儲けを目的としていない。社会を変えることを目指している。すでにそういう価値観が根付きつつあるのだ。日本の若者の価値観は確実に変化している。僕がまだ日本が米国に追いつけると希望を持っている理由はここにある。

 人間の仕事がAIに取って代わられてしまったら、人は何に生き甲斐を求めればいいのか。自由になった時間をどのように過ごせばよいのか。そういったところも問題になるかもしれない。

 本格的にAIが普及する時代には、僕は生きていないだろうが、一体どんな社会になるだろうか。非常に興味深く、様々な分野の専門家の話を聞きながら想像を巡らせている。

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