ゲーム用半導体というニッチ業界の1社だった米エヌビディアが、AIで躍進を遂げることができた理由はどこにあるのか。

 同社の最大の強みであるGPU(画像処理半導体)。同時に複数の計算をこなす「並列演算」が得意で、もともとはグラフィックコンピューティング向けの半導体だ。同社はこのGPUが、大量のデータを同時に学習しなければならないAIに向いていることにいち早く気付いた。

 「千載一遇のチャンス」。AIの登場をこう捉えたエヌビディアのジェンスン・フアンCEO(最高経営責任者)は、経営資源の多くを一気にAI関連ビジネスに振り向けた。

 ただし、それによって同社は多大な“犠牲”を払った。その一部始終を、フアンCEOが語った。

(聞き手は島津 翔)

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エヌビディアのGPUはゲームやスーパーコンピューターの世界でシェアも高く、世界的に有名でした。そのGPUが、AI、特にディープラーニング用で力を発揮すると気付いた。ただし、「気付く」のと「ビジネスにする」のとでは大きな違いがあります。

ジェンスン・フアンCEO:5年ほど前、エヌビディアは米国のスタンフォード大学などと、グーグルの初期ブレインプロジェクトに参加しました。このプロジェクトで、AIにおけるGPUの可能性をエヌビディアの全社員が認識したのです。ディープラーニングを進化させるのはGPUだと。

<b>ジェンスン・フアン氏</b><br /> エヌビディア共同創業者兼CEO(最高経営責任者)<br /> 1963年、台湾生まれ。LSI Logic でエンジニアリングやマーケティング、および総括経営に携わった後、米AMDでマイクロプロセッサーの設計に従事。オレゴン州立大学で電気工学理学士号、およびスタンフォード大学で電気工学修士号を取得。1993年、エヌビディアを共同創業<br /> (写真=林 幸一郎)
ジェンスン・フアン氏
エヌビディア共同創業者兼CEO(最高経営責任者)
1963年、台湾生まれ。LSI Logic でエンジニアリングやマーケティング、および総括経営に携わった後、米AMDでマイクロプロセッサーの設計に従事。オレゴン州立大学で電気工学理学士号、およびスタンフォード大学で電気工学修士号を取得。1993年、エヌビディアを共同創業
(写真=林 幸一郎)

 ただ、後から考えると、これは必然だと分かりました。

 私たち人間の頭脳は世界一の並列コンピューターなんです。見て、聞いて、匂いをかいで、考えて……ということを同時にできる。しかも、異なる考えを頭の中で同時進行させることができる。

 一方で、GPUはコンピューターグラフィックスのために生まれました。世界で最も並列演算が得意な半導体です。

 ここで、人間の思考というものを考えてみましょう。思考すると、人間は心の中にイメージを作ります。「メンタル・イメージ」という言葉がそれを表しているでしょう。「赤のフェラーリ」を想像する時、頭の中でそのイメージを作っているわけですから。つまり、思考していると、我々は脳の中、あるいは心の中でグラフィックを描いているとも言える。そう考えると、思考というのはコンピューターグラフィックスと似ていると考えることができます。

なるほど。

ファン:だから、グラフィックに最適化されたGPUが、人間の脳を模したディープラーニングに向いているというのは必然なんですよ。

 我々はそこで深く考えました。このディープラーニングという手法は、単に新しいアルゴリズムではない。ソフトウエアの開発を革命的に変え得るものであると。全く新しいコンピューターへのアプローチなのだと。過去50年間で全く解決できなかった多くの問題を解決できるものだと。

 興奮しましたよ。この事実に気付いた時は。そこから、全社でディープラーニングを追求する方向に動いたわけです。

動き出して1年で数千人のチームに

革命的だと気付いてから、フアンCEOが投資を決断するまでの時間は。

ファン:すぐですよ。ディープラーニングは新しいアプローチですからね。GPUのアーキテクチャーからコンピューターシステムのアーキテクチャー、演算のアルゴリズム、ソフトウエアの開発ツール、その使い方、ノウハウまで、その全てを変えなければなりません。

 ですから私はエンジニアたちに「全員がディープラーニングを学んでくれ」と伝えたのです。すぐに大勢のエンジニアが私の声掛けに賛同してくれました。最初は数十人でチームを作りましたが、半年後には数百人になりました。そして1年後には、数千人のチームになりました。そして発見から5年ほどたった今、エヌビディアは全員がAI関連の仕事をしています。

1年で数千人……。

ファン:それを可能にしたのはエヌビディアという企業の風土かもしれません。新しいものを学ぶことが好きなエンジニアがそろっていて、企業の伝統に対しても挑戦的であるのが当社だからです。

 私には4つの戦略がありました。1つは、先ほどお伝えしたアーキテクチャーです。ディープラーニング向けに製品を丸ごと作り直したのです。

 2つ目の戦略は、ディープラーニング向けに作り変えた製品を、AIのプラットフォームにすること。そのために、「GeForce TITAN(ジーフォース タイタン)」シリーズという製品を開発しました。比較的安価で、どの企業でも導入できるようにしようと。つまり、世界中でもどこでも誰でも使えるものが必要だと思ったのです。

 製品だけではなく、ソフトウエアもそうです。自前でディープラーニング向けのソフトウエアを組み込んだGPUを世界中で展開しました。このGPUを、米国のHPやデル、シスコシステムズが導入しました。

アマゾン、マイクロソフト、グーグル、アリババ…

 そして、我々はそのソフトウエアをクラウド上でも展開できるようにした。それを、米国のアマゾン・ドット・コム、マイクロソフト、グーグル、IBMが活用し始めたのです。中国の阿里巴巴集団(アリババ・グループ・ホールディング)も、百度(バイドゥ)もそうです。我々のGPUにどこからでもアクセスできるようになったわけです。

 戦略の3つ目はエコシステムを作ること。当社にAIラボというプログラムを設け、世界中のAI研究者を支援することを決めました。米国のスタンフォード大学、カリフォルニア大学、ハーバード大学、英国のオックスフォード大学、東京大学など世界中の大学を今では支援しています。

 ベンチャー企業もそうです。世界で2000社をサポートしています。日本のプリファード・ネットワークスもその1社です。我々のテクノロジーをベンチャーに提供し、アイデアを共有し、AI関連企業が1日でも早く成長する支援をしています。

それが結果的に市場を早く広げる。

ファン:結果的にはそうなるでしょう。

 そして最後の4つ目の戦略は、我々がAIの活用に自ら取り組んでいくことです。非常に難しい問題、AIがなくては解決できない問題を探しました。その1つが、自動運転だったわけです。

 お分かりかと思いますが、4つの戦略を実行するには莫大な投資が必要でした。

そこまで投資をする決断をすぐにできたのは、なぜでしょう。

ファン:千載一遇のチャンスだったからですよ。

チャンスだと思っても、すぐに決断できるかどうか……。

ファン:その通りで、人間はいくらでもチャンスに遭遇します。企業もそうです。コンスタントに、絶えず出会っていると言ってもいい。

チャンスを掴むには“犠牲”が必要

 それを手繰り寄せるためには何が必要か。まず常にチャンスに対して神経を尖らせておくということ。そして思慮深くあること。そして、準備体制をいつも整えておくこと。この3つが必要でしょうね。

 しかし、一番大事なのは意思でしょう。なぜなら、チャンスを掴むには“犠牲”が必要ですから。

その3つの条件は、経営陣だけが備えていればいいものでしょうか。それとも、エンジニアも?

ファン:企業を長期的に成功させるためには、今言った3つの心構えを全社的に保つ必要があります。それはエンジニアだけではありません。なぜなら、技術的な要素だけがチャンスとして訪れるわけではないから。時には市場で遭遇することもある。取引先からの情報がチャンスになることもある。

 ただ、そのチャンスをチャンスとして認識して企業を変革するのは、CEOの責任でしょう。

 なぜなら、先ほどもお伝えしたとおり、犠牲を伴うからです。

では、エヌビディアがAIにフォーカスしたことで犠牲になったものとは?

ファン:企業として投資できる総額には限界がありますから、AIへの投資を増やせば既存事業が手薄になる。また、別の新規事業としてフォーカスしていたものを緩める必要も出てきます。

卓球台を囲んだベンチャー時代と変わらないこと

(写真:林 幸一郎)
(写真:林 幸一郎)

 他のチャンスは諦めたということです。例えば、我々はスマートフォン向けのビジネスをもっと追求することができた。あるいは、ゲーム機とタブレットを開発するチャンスもあった。でも、それらからは1歩引きました。多くのビジネスチャンスを失いました。けれど、その犠牲によってAIにフォーカスすることができた。

 業績も犠牲にしました。短期的なチャンスを失いましたからね。ただ、業績で苦労するのはせいぜい数年だと予測していました。それに対し、AIがもたらす恩恵はすさまじい。一生に一度のチャンスですよ。絶対にフォーカスしなければならないと思いました。

犠牲を払うからこそ、意思決定は難しくなる。エヌビディアの意思決定の仕組みを教えてください。

ファン:まず、私の直属として20数人の部下が働いています。彼らは全員がリーダーシップと優れたインスピレーションを持ち、そして優先順位が私と基本的に一致しています。

 もちろん違うこともある。その調整こそが私の仕事なのです。その時の考え方はこうです。「エヌビディアがやりたいこと」ではなく「エヌビディアがやるべきこと」を選ぶのです。

 組織は完全にフラットで、階層はほとんどありません。私の仕事は経営することではなく、リーダーであることです。リーダーであることで、エヌビディアにいる素晴らしい才能を持つ人材が才能を十分に発揮できるようになるのです。

約20年前にフアンCEOがエヌビディアを創業した時と同じように見えます。少人数で卓球台を囲んで食事していた当時と。

ファン:面白いことを言いますね。だって、まだ直属の部下は20数人ですから、当時と何も変わっていませんよ(笑)。

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