米グーグルが公開した「TPUポッド」。AIのためにソフトウエア企業が半導体を独自開発する時代になった
米グーグルが公開した「TPUポッド」。AIのためにソフトウエア企業が半導体を独自開発する時代になった

 今年4月に米グーグルが発表した論文の中の文章に、ある外資系半導体大手の幹部は驚いた。「グーグルと競合する2社への挑戦状ともいえる強烈なメッセージが感じられた」からだ。

 「競合」とは、AI(人工知能)用半導体の主流を争う相手を指す。AIをより効率的に動かすため、半導体大手やIT(情報技術)大手が火花を散らしている。論文に書かれた文章は次の通りだ。

 「TPU(グーグルが独自開発する半導体)の開発プロジェクトは実際、FPGA(回路の構成を自由に変更できる半導体)で始まったが、我々はそれを放棄した。FPGAはその当時のGPU(画像処理半導体)と比較して性能面で競争力がなかったからだ。そして、(今では)TPUは、GPUより高速に動作する。FPGAとGPUを越えて、TPUは大きな利益をもたらす」

 競合する2社とは、米国の半導体大手であるエヌビディアとインテルに他ならない。

 連載の4回目までで見た通り、エヌビディアはAI用の半導体で一歩リードしていると言っていい。AIビジネスを展開する多くの企業が、エヌビディアの主力製品であるGPUを使っているからだ。そんな中でグーグルは自社開発したTPUがGPUより高速であることを強調している。

 グーグルは、TPUがGPUより最大で30倍高速だと指摘。論文発表後の5月、グーグルは実際に第2世代となるTPUを発表した。64個のTPUを接続した「TPUポッド」の演算回数は1秒間に1.15京回(1京は1兆の1万倍)にもなる。これまでの常識を覆すような猛烈なスピードだ。

 わざわざGPUと比較する以上、グーグルにエヌビディアへの対抗心があるのは明らかだ。

矛先のもう1社はインテル

 グーグルのTPUは、ASIC(特定用途向け半導体)の一種。特定用途に向けて開発されているため、消費電力量を抑えられるなどのメリットがある。

 ただし、エヌビディアのディープゥ・タッラ副社長はこう反論する。「ASICは半導体というハードウエアに100%依存し、(後からプログラムを変えるなどの)ソフトウエアへの依存は0%。つまり、AIが進化してもプログラムを書き換えられない。AIがどんどん進化する時代には向いていない」

 グーグルの矛先のもう1社はインテルだ。

 インテルはAI用半導体として有力視されているFPGA大手の米アルテラを約2兆円で買収している。つまり、AI用半導体の答えの一つとして、FPGAに“賭けた”わけだ。グーグルが「FPGAを放棄した」と記したのは、インテルを挑発しているとも取れる。

 インテルが狙うAI用半導体の主用途の一つは自動運転。今年3月には、イスラエルの自動車向け画像解析半導体メーカーのモービルアイを約1兆7000億円で買収すると発表したばかりだ。

インテルは独BMWと自動運転車の開発で提携
インテルは独BMWと自動運転車の開発で提携

 ただしこの買収に関しては、「モービルアイはプロセッサーを持っていない。インテルはソフトウエアを持っていない。AIでの遅れも感じている。そこで買収が成立したわけだが、モービルアイの開発環境は閉鎖的だ。我々のほうが何年も先を行っている」(エヌビディアのロブ・チョンガー副社長)との声もある。

 自動運転車の開発でインテルは独BMWと提携しており、BMWのドイツ本社は日経ビジネスの取材に対し、自動運転車の開発に当たって、インテルが買収したアルテラのFPGA技術を活用することを明かした。

インテル幹部「まだ勝負は分からない」

 「まだAI用半導体のデファクトスタンダード(事実上の標準)は決まっていない。我々はAI用半導体のメインストリームが何になるかを現時点では想定していない。これが主流だと今の段階から打ち出すよりも、時流を読んでどの半導体が主流になっても対応できるようにする」。インテル幹部はこう反論する。

 インテルは言わずと知れた半導体世界最大手。パソコン用のCPU(
中央演算処理装置)で世界を席巻し、コンピューター業界の序列を変えた張本人だ。AI用半導体に関しても、「その規模を生かした全方位の逆襲を始めようとしているのだろう」(前出の外資系半導体大手の幹部)。

 グーグルが言う通り、エヌビディアが得意とするGPUも、インテルが注力するFPGAも、AIに特化した半導体ではない。日本では富士通がグーグルと同様に、AI専用の半導体の開発を進めている。それが「DLU(ディープラーニング専用AIプロセッサー)」だ。

 「DLUはディープラーニングに必要な機能だけに特化することで、同じ計算処理に必要な電力消費を10分の1に抑制して、エヌビディアに対抗する」。富士通でAI基盤事業本部長を務める吉澤尚子執行役員はこう語る。

 スマートフォン向け半導体世界最大手の米クアルコムも、車載半導体で世界最大手の蘭NXPセミコンダクターズを買収。車載を次なるターゲットに定める。

 「まだクアルコムの出方は分からないが、車載AI用半導体を開発するための買収であることは明らかだ」。日系半導体メーカーのあるエンジニアはこう話す。

 AIを巡る世界制覇の攻防。半導体はその一つに過ぎない。AIと人間の攻防戦やAIを活用した既存事業を巡る攻防戦——。連載の6回から8回では、今、世界中で起こっている争いを描きながら、企業がAIを無視できなくなっている現状を追う。

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