熱を加えることなく物理的に日本酒を濃縮し、アルコール度数を約2倍にした世界初の酒「concentration 作 凝縮 H」(以下「凝縮 H」)が、2017年3月に発売された。

 販売元は三重県鈴鹿市にある、1869年(明治2年)創業の酒蔵・清水清三郎商店。三菱ケミカルと共同で開発を進め、同社が開発した「ゼオライト膜 KonKer(以下、ゼオライト膜)によって同蔵の純米酒「作 穂乃智」のアルコール度数 を30 度までアップさせた。

 醸造酒は発酵によってアルコールやうまみ、香り成分を生み出す酒。だが発酵のみでアルコール濃度を高めるには限界がある。蒸留酒は加熱で濃度を高めることができるが、熱によってうまみや香り成分が変性してしまうことも多い。

 そこで、三菱ケミカルは水とアルコールの分子の大きさの違いに着目。結晶構造の中に分子サイズの細かな穴がたくさんある鉱物の一種「ゼオライト」を通すことで、水分だけを除去することに成功したという。「三菱ケミカルが開発したということで『化学反応を使って濃縮している』と誤解されがちだが、分子の大きさの違いを利用した純粋に物理的な作用で、水分子だけを取り除いた。アルコール分が濃縮されているだけでなく、『作 穂乃智』がもつうまみや香り成分も2倍に濃縮されている」(三菱ケミカル 機能化学本部の和賀昌之本部長※所属部署名は取材時)。

 日本酒を濃縮し、アルコール度数30度にした新しい酒は、いったいどんな味がするものなのか。新商品発表会兼試飲会で実際に体験した。

ゼオライト膜で約2倍に濃縮した度数30度の「concentration 作 凝縮 H(375ml)」(5000円)。酒税法上、22度以上の酒は日本酒にカテゴライズされないため、瓶のラベルには「雑酒」と記載されている
ゼオライト膜で約2倍に濃縮した度数30度の「concentration 作 凝縮 H(375ml)」(5000円)。酒税法上、22度以上の酒は日本酒にカテゴライズされないため、瓶のラベルには「雑酒」と記載されている
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三菱ケミカルグループが開発したゼオライト膜「KonKer(コンカー)」
三菱ケミカルグループが開発したゼオライト膜「KonKer(コンカー)」
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コンカーを使用してエタノールを濃縮した場合のモデル図。セラミック基材の上にゼオライトを膜状に形成したもので、見た目は単なるパイプのよう。液体を満たした容器の中にそのパイプを入れ、パイプの中を真空にすると、外側の液体から水分だけが中に引き込まれる。外側にはその液体の成分が濃縮されて残る
コンカーを使用してエタノールを濃縮した場合のモデル図。セラミック基材の上にゼオライトを膜状に形成したもので、見た目は単なるパイプのよう。液体を満たした容器の中にそのパイプを入れ、パイプの中を真空にすると、外側の液体から水分だけが中に引き込まれる。外側にはその液体の成分が濃縮されて残る
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予想を裏切る衝撃の味! その先にさらなる衝撃が待っていた!?

  さっそく「凝縮 H」を試飲した。成分が凝縮されているということで、日本酒の古酒のような味わいを予想していたが、ひと口飲んで衝撃を受けた。日本酒というより、蒸留酒のような強いアルコールの刺激。熟成させた古酒のようなクセは一切ない。というより、強いアルコールに隠れ、日本酒独特の味わいはほとんど感じられない。最初に浮かんだ感想は、「これは食中酒には向かない」ということ。ウオッカやテキーラのように、ショットグラスで味わうべき日本酒なのかもしれない。同じように試飲をしている周囲を見ても、誰もが戸惑いの表情で、首をひねっている。

 その反応を予想していたかのように出されたのが、おつまみのプレートだった。通常の日本酒であれば塩辛いものが中心だが、意外にもようかん、チーズ、チョコレート(カカオの原産国別に3種類)という、ティータイムかワインのつまみのようなラインアップだ。

  「これを食べて『凝縮 H』を口に含んでみてほしい」というアドバイスに従って、まずチーズから試した。驚いたことに、先ほどはアルコールの強さに隠れていた “日本酒らしいうまみ”が一気にはじけ出すイメージ。“甘いフルーツの香り、後味はすっきりとキレが良い”という、元の純米酒「作 穂乃智」の特性が増幅されて感じられる。

  周囲からも驚きの声が上がっていた。さらに「チーズよりチョコレートのほうが合う!」「いや、ようかんのほうが」「チョコレートなら(3種類のうち)これ!」など、マリアージュの好みにも個人差があることが分かって興味深かった。試しに元の「作 穂乃智」と一緒に同じつまみを味わってみたが、味のマジックは生まれなかった(そもそも「凝縮 H」を味わったあとでは、もとの日本酒がまるで水のように感じられた)。

  だが三菱ケミカルといえば、三菱グループに属する国内最大・世界第5位の規模を有する総合化学メーカー。一方、清水清三郎商店は従業員数15人と小規模だが、国内外の品評会やコンテストで数えきれないほどの受賞歴を持つ実力派の酒蔵だ。なぜこの2社がコラボし、新しい酒を作ったのか。

初回生産量が少ないということで、グラスの底にほんの少量注がれた凝縮 H(手前)。凝縮される前の日本酒「作 穂乃智」(奥)と比べると、色味が濃いのが分かる
初回生産量が少ないということで、グラスの底にほんの少量注がれた凝縮 H(手前)。凝縮される前の日本酒「作 穂乃智」(奥)と比べると、色味が濃いのが分かる
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凝縮 Hの味わいを引き出すために用意された、相性の良いつまみ。上から時計回りにようかん、チョコレート専門店「ダンデライオン」のチョコレート3種、コンテチーズ
凝縮 Hの味わいを引き出すために用意された、相性の良いつまみ。上から時計回りにようかん、チョコレート専門店「ダンデライオン」のチョコレート3種、コンテチーズ
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日本酒に新しい味わい方のカテゴリーを作りたい

 和賀本部長によると、凝縮 Hは2016 年春に開催された伊勢志摩サミットに向けて、日本の技術力をアピールすることを目的に開発した製品だという。そのため地元の三重県で、国内外の品評会やコンテストで数えきれないほどの受賞歴を持つ実力派の酒蔵・清水清三郎商店に協力を依頼した。「凝縮 H」は伊勢志摩サミットの席上で試作品が提供され、話題を呼んだそうだ。

 ただし、日本酒を濃縮するためにはさまざまな課題があった。市販の清酒の平均的なpHは4.2~4.7程度で酸性だが、従来のゼオライト膜は耐酸性が低かった。また含水率が高い物質だと構造が壊れるという問題もあった。そこで幅広い食品に応用できるようにゼオライト膜の構造を根本から再設計。水分85%、pH4.5の日本酒の脱水に成功してできたのが「凝縮 H」だという(同技術の初商品化は2014年3月に香川県の西野金陵から発売された「琥珀露」)。

 清水清三郎商店の清水慎一郎社長は、「“日本酒の食後酒”という新しいカテゴリーを提案したい」と意気込む。「日本酒ブームとはいえ、まだまだ飲まず嫌いの方も多い。グラッパやリモンチェッロのように、食後酒の感覚で味わってもらうことで、ワイン好きの方が日本酒の魅力に気が付くきっかけになれば」と期待を寄せる。

  「ゼオライト膜は低温で脱水でき、食品や飲料のおいしさや香りを保ったまま濃縮できる世界初の技術。ワイン、茶、だしなど幅広い液体の濃縮に応用可能で、今後は濃縮が不可能と思われていた液状食品の常識を覆していく可能性を秘めている。透過させるだけなのでエネルギーに負荷をかけず、エコで効率良くうまみ成分を残せるのも利点だ」(和賀本部長)と、三菱ケミカルの期待も大きい。すでに海外では不作で糖度が低いブドウ果汁でワインを作る際、同じ方法で凝縮してから醸造することで自然な甘さに調整する方法が、実用化に向けて研究が進んでいるという。

 清水清三郎商店では2017年中に1000本を製造販売。500万円の売り上げを想定している。販売店は当面1カ所(はせがわ酒店パレスホテル東京店)のみとのことだ。

「凝縮 H」を味わうために作られた特製グラス(8000円~1万円)を紹介する、清水清三郎商店の清水慎一郎社長
「凝縮 H」を味わうために作られた特製グラス(8000円~1万円)を紹介する、清水清三郎商店の清水慎一郎社長
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(文/桑原恵美子)

日経トレンディネット 2017年4月24日付の記事を転載]

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