今回は「見過ごされる問題」について、取り上げようと思う。問題の全体像を捉えるためにちょっとばかり表やグラフが多くなるので、どうかご了承のほどを。

 先週「2017年版 自殺対策白書」が公表され、「若者の自殺率(※)の深刻さ」と「女性の自殺率の高さ」を指摘。メディアは厚労省の発表どおり、この2つの問題点を見出しをつけたうえで大々的に報じた(※自殺率、自殺死亡率とは、人口10万人当たりの自殺者数のこと)。

一番大きな問題は?

 若者の自殺率の高さはこれまでにも問題視されてきたが、特に20代の死因のほぼ半数が「自殺」というのは、かなりの衝撃である。2位の「不慮の事故」の3~4倍。欧米の主要国の同年代の若者はいずれも事故死のほうが多く、これは極めてゆゆしき事態である。

死因順位別にみた年齢階級・死亡率・構成割合
死因順位別にみた年齢階級・死亡率・構成割合
出典:厚生労働省「2017年版 自殺対策白書」、以下同。図表の赤丸は筆者。原本はこちら 本図は「第1-9表 平成27年における死因順位別にみた年齢階級・性別死亡数・死亡率・構成割合」より、「総数」を抜粋
先進国の15~34歳の若い世代での「自殺」と「事故死」の比較
先進国の15~34歳の若い世代での「自殺」と「事故死」の比較
「第1-10図 先進国の年齢階級別死亡者数及び死亡率(15~34歳、死因の上位3位)」

 また、諸外国の自殺率は、総数ではリトアニアが30.8で最も高く、次いで韓国が28.5、日本は総数では6番目に高い。男女別では、男性が12位、女性は3位。

 日本の年間自殺者数は男性が7割を占め、諸外国をみても男性の方が自殺率は高い。しかしながら、諸外国と比較すると、以下のグラフのように女性の自殺率の高さが目立つ。

主要国の自殺死亡率
主要国の自殺死亡率
「第1-38図 主要国の自殺死亡率」

 これらがメディアで大きく報じられた内容である。

 ふむ。確かに白書に記されているとおり(こちら)「我が国の年間自殺者数は男性が7割を占め多く、諸外国をみても男性の方が自殺死亡率は高くなっているが、諸外国との比較でみると、我が国の女性の自殺死亡率の高さが 目立っている」。

男性の問題も見逃せない

 ただ、男女の死亡率の格差は国により異なり(理由に関してはさまざまな意見あり)、日本の男女格差は昔から欧米諸国より低いとされていて、女性の自殺率が高いのは、実は今始まったことではない。

 女性の自殺率は1947年以降、変動はあるもののあまり変わっていない一方で、男性は1990年代後半から急増し、男女差が拡大(こちら)。全体的に自殺率は減少に転じているものの、広がった格差はいまだひらいたまま。つまり、女性の問題もさることながら、男性の問題も見逃してはならないのである。

自殺者数の長期的推移
自殺者数の長期的推移
「第1-2図 自殺者数の長期的推移(人口動態統計)」
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 この白書では男性の自殺率の高さの構造的な部分の世界比較に触れていないのだが、実は日本は独特だ。

自殺の「中年齢化」が進む日本

 WHOの報告によれば、2000年以降は自殺者の高齢化が進み、高齢化が進む多くの先進国で「75歳以上の男性」の自殺が増加(Change in the age distribution of cases of suicide)。一方、日本では40代~50代男性の自殺者が多く、これは経済状態の悪い途上国と似通った傾向である。平成28年も「40歳代から60歳代の男性の自殺者で全体の約4割近く」を占め(今回の白書にも記されている。こちら)、年齢別に死因に占める自殺者の割合を比較すると、ご覧の通り30歳前後~50歳前後で男性のほうがずっと多いことがわかる。

死因順位別にみた年齢階級・性別死亡数・死亡率・構成割合
死因順位別にみた年齢階級・性別死亡数・死亡率・構成割合
「第1-9表 平成27年における死因順位別にみた年齢階級・性別死亡数・死亡率・構成割合」より、男女別の部分を抜粋、赤丸は筆者
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 要するに、「中高年の男性問題」はかなり深刻なのに、白書ではその点が言及されていない。なぜか日本では「男性問題」より「女性問題」にばかりスポットがあたりがちだが、「自殺」という極めて重要な問題でもなおざりにされてしまったのだ。

 確かに全体的な傾向をみれば、自殺者数は減り、中高年の自殺者も減少傾向にある。

 だが、先進国である日本が、いまだに経済状態の悪い途上国と似通った傾向を示しているのは なぜか?

 自殺者をひとりでも減らすためには、もっと40~60歳代男性が抱える問題を掘り下げる必要があるはずなのだ。

 今から3年前の2014年。世界数十カ国の大学・研究機関の研究グループが参加し、共通の調査票で各国国民の意識を調べ相互に比較している国際調査である「世界価値観調査」が、ショッキングな報告をしていた。

 近年、男たちが死と向き合うような危険な状況にさらされる事態が激減した欧米諸国では、男性の幸福感が女性と同等になったのに対し、日本ではいまだに女性の方が幸福感が圧倒的に高く、日本の男性の幸福度はイラク、エジプトなど国内紛争や戦争が行われている国々と同じだったのである。

 実はこの結果を用いたコラムを当時、私は書いているのだが(「“セクハラやじ”と『5人に1人が結婚できない』ニッポン社会の未熟度」)、2014年は日本で歴史的な出来事があった年(ちょっと大袈裟ですが……)。

 なんと2000年に内閣府が「2014年版男女共同参画白書」を発行して以来、初めて男性特集が組まれ、以下のような「男性問題」がわかったのである。

 ※以下、コラムから抜粋。

お父さんの悲哀に冷たい世間

  • 共働き世帯は年々増加傾向にある一方で、男性の長時間労働は改善されていない。
  • 非正規の男性の未婚率は、30~34歳が84.5%、35~39歳が70.5%、40~44歳では57.6%
  • 週60時間以上就業している者の割合は、就業形態を問わず女性より男性の方が多い。
  • 平均所得は女性で増加傾向、男性では正規・非正規など雇用形態や学歴を問わず減少。
  • 「現在、幸せである」とする女性の割合が、男性の割合を上回った。
  • 「現在、幸せである」とした割合を、世帯収入別に見ると、男性は300~450万円未満がピークであるのに対し、女性は世帯収入が高くなるほど幸福度が高い。
  • 妻が「自営業主・家族従業者」の場合に夫の幸福度が最も高く、妻が「主婦」の場合に、夫の幸福度は低い。

 などなど。お父さんたちが300円で牛丼を食べているときに、銀座の高級レストランで優雅にランチする奥さま方をみて、「男はつらいぜ!」と誰もがなんとなく感じていた状態を数値化。「男性は300~450万円未満がピークであるのに対し、女性は世帯収入が高くなるほど幸福度が高い」という結果も、なんとなくわかる(詳しくは書きません。理由は聞かないでください…)。

 で、おそらくこれらをまとめた役人の方たちも、お父さんたちの「悲哀」を世間に訴えたくて、「男性特集」を組んだはずなのだ。

 ところが、メディアの反応は薄かった。「男性特集」の内容を報じた大手メディアは、当時私が調べた限り毎日新聞と日本経済新聞だけだったし、テレビも取り上げた番組は見当たらなかったのである。

 このときは私はこの問題を論じるにあたり、「正社員と非正規の格差問題」と、「過去の“男性の役割”を求め続けられる男性の息苦しさ」に言及したのだが、今、改めて考えを巡らせると、もっともっとさまざまな要因が複雑にからみあっていて、事態は改善するどころが深刻になっているようにさえ感じている。

  • 「戦後やむにやまれぬ事情」で企業ファーストで制定された労働基準法をそのまま使い(参照「有休取得妨げる『アリバイ労働』と『戦後特例』」)
  • 「残業上限100時間未満」などと過労死を合法化させ、
  • フルタイム労働者の年労働時間は1990年以降まったく変わっていないばかりか、
  • 1976年には17%だった平日10時間以上労働の割合は2006年には42.7%まで増加し
  • 管理職の割合は8.2%から、3.2%と半分未満に減少し(1980年と2005年の比較)

 おまけに……、正社員の賃金はこの20年間、ほとんど変わっていない。

戦後から何が変わったのか

 ……ん? いったい戦後から“ナニ”が成長したんだ?
 お父さんたちの職場は、発展途上国となんらかわらないじゃないか。

 さらに今後は、正社員との賃金格差の大きい40歳以上の非正規社員が増える。
 日本のこの異常な「男性問題」は、何に起因しているのか。
 なぜ、経済大国の“はず”なのに、「中高年の自殺率」は発展途上国並みに多いのか?
 なぜ、紛争に巻き込まれているわけじゃないのに、強制的に戦闘参加を強いられている国並の「幸福感」しか、男性たちは感じることができないのか?

 その謎を紐解くには、もっともっと中高年の男性にスポットをあてるしかない。

 え? 「価値観の違う若い世代が増えれば、職場も変わるだろう」って?
 いやいや、その期待される若者たちでさえ絶望し、死に至っているではないか。

平成28年における自殺未遂歴の有無別自殺者数の割合
平成28年における自殺未遂歴の有無別自殺者数の割合
「第1-35図 平成28年における自殺未遂歴の有無別自殺者数の割合」
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展望のなさをどう救う?

 ただでさえ男性の自殺予防は難しい。
 悩みがあっても他人に相談をするのをためらう傾向は男性の方が高く、ご覧の通り自殺予防の介入が可能な自殺未遂も少ない。

 職場のストレッサー(ストレスの原因となるもの)とそのストレス度(どれくらいストレスを感じか)の大規模な調査では(筆者らによる)、もっともストレス度が高かったのは「将来への展望のなさ」。

 仕事の要求度や切迫度、長時間労働などのストレス度も「将来の展望がない」ほど強く、精神健康も悪かったのである。

 私たちの足下には、俎上にあがらない問題が溢れている。社会問題はプライオリティをつけるのが難しい上に、歴史的、文化的背景も影響する。ただ、今日本でおきている多くの問題は、将来への展望のなさ、に起因している部分が多い。「この問題をどう解決すればいいのか?」。こう考え続けることもまた、小さな解決につながると信じている。

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