大規模なサービス残業の実態が発覚したことなどを受けて、宅配最大手ヤマト運輸が構造改革に着手している。ヤマトはなぜ、危機に直面したのか。6月上旬に著書『宅配がなくなる日』(日本経済新聞出版社)を上梓した、フロンティア・マネジメントの松岡真宏氏と山手剛人氏は、時間価値の激変が背景にあると話す。そして、今後は「宅配ボックス100万台時代」に向けて大競争が始まると予測する。(聞き手 大竹剛)
松岡真宏(まつおか・まさひろ)<br/> フロンティア・マネジメント 代表取締役。外資系証券などで10年以上にわたり流通業界の証券アナリストとして活動。2003年に産業再生機構に入社し、カネボウとダイエーの再建計画を担当し、両社の取締役に就任。2007年より現職。著書は『<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/453232033X/" target="_blank">「時間消費」で勝つ!</a>』(共著、日本経済新聞出版社)、『<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/479422088X/target="_blank">時間資本主義の到来</a>』(草思社)など(写真:陶山勉、以下同じ)
松岡真宏(まつおか・まさひろ)
フロンティア・マネジメント 代表取締役。外資系証券などで10年以上にわたり流通業界の証券アナリストとして活動。2003年に産業再生機構に入社し、カネボウとダイエーの再建計画を担当し、両社の取締役に就任。2007年より現職。著書は『「時間消費」で勝つ!』(共著、日本経済新聞出版社)、『時間資本主義の到来』(草思社)など(写真:陶山勉、以下同じ)

宅配最大手ヤマト運輸で、2年間で約190億円もの残業代が未払いだったという、サービス残業の実態が明らかになりました。4月には構造改革の計画を公表していますが、ヤマトはなぜ、このような窮地に追い込まれてしまったのでしょうか。

フロンティア・マネジメント 松岡真宏代表取締役(以下、松岡):いわゆる「ラスト・ワン・マイル」というか、ビジネス工程の最後の部分というのは、一般的に一番単純に見えるものですが、実はそこでの改革が最も遅れがちなんですね。例えば、エアラインでもチケットを発券して、搭乗口で確認するという工程は、古くから全く変わっていないでしょう。最近になって、ようやくスマートフォンに表示したバーコードを読み取れるようになるなど変化してきましたが、宅配便のラスト・ワン・マイルは基本的に誕生してから変わっていません。

 そうした中で、商品を選び、代金を支払うといった購買プロセス、企業側から見ればビジネス工程の上流は、アマゾンをはじめとするネット通販やスマートフォンなどの登場によってどんどん効率化していきました。それによって、消費者は気軽に、単価の安い商品までも注文し、宅配で自宅に送るようになりました。

 こうした変化が急速に起きる一方で、ラスト・ワン・マイルのビジネスモデルだけが根本的に転換できておらず、現場が頑張ってしまったということだと思います。環境変化に耐えられず、もっと早くから現場が「このままでは荷物を運べなくなる」と騒いでいれば、おそらく、問題が顕在化するのがここまで遅れなかったはずです。しかし、ヤマトなど宅配を手掛ける物流企業の経営者も、組合を含む従業員側も、制度疲労のまま頑張ってしまった。そのツケが、ここにきて一気に噴出しているということでしょう。

近著「宅配がなくなる日 同時性解消の社会論」(日本経済新聞出版社)では、ヤマトをはじめとする宅配業界が抱える問題を、「同時性」という切り口で分析しています。宅配業界における「同時性」とは、荷物を届ける人と、受け取る人が、同じ時間に同じ場所にいることです。かつては主婦など家族の誰かが家にいることが多く、この同時性が成り立つことを前提に宅配便のビジネスモデルは構築されていたのですが、最近では共働き家庭や単身世代が増えて、そもそも家で荷物を受け取れる可能性が下がっている。もはや、「同時性」が成り立つという前提が崩壊してしまった。

松岡:以前、コンシェルジュが常駐しているマンションに住んでいたことがあるのですが、私が家にいなくても、何でも受け取ってくれるから、ものすごく便利なんですね。だから、ネット通販だけではなくて、北海道でも銀座でも、買ったものをどんどん、家に送ってしまうようになりました。そこでは、家で私自身が受け取るという同時性を、コンシェルジュが解消してくれていたわけです。最近、普及が始まっている宅配ボックスは、まさにコンシェルジュと同じ役割を果たしています。

 同時性が解消されて便利になると、家に送る荷物の価値はどんどん小さくなるんです。私は1980年代に東京で学生をしていたのですが、愛知の実家に帰ったときは、いろいろと段ボールに荷物を詰めて東京に送っていました。昔の宅配便というのは、物の価値とか思い出とかがたくさん詰まった荷物を運んでいたんです。

 もちろん、今でもそういう荷物はあるでしょう。しかし、アマゾンがあって、スマホがある世の中では、価値が大きい商品とか、思い出が詰まった荷物とかではなくて、シャンプーといった数百円レベルの安い物が非常に増えました。それは、消費者にとって非常に良いことだと思います。ただ、それを支える仕組みが、思い出を送る仕組みと同じものを使っていることが大きな問題なんだと思います。それを変えずに、一生懸命頑張りますというのは、非常に辛いですよね。

 本のタイトルには「宅配がなくなる日」と付けましたが、今の宅配便が完全にゼロになるということを言っているのではありません。ただし、運んでいる荷物の価値が小さくなっているのだから、サービスやインフラも、もっと価値を落としたもの、廉価なものにしていく必要があるでしょう。

経済活動を道徳で縛る発想は全体主義的

今の宅配便の仕組みは完全にオーバースペックであって、もっとコストを落とした別のインフラが必要だというわけですね。

松岡:いわば、エコノミークラスの料金の人を、ファーストクラスに乗せて運んでいるようなものです。しかも、ヤマトは構造改革の一つの柱として、運賃の値上げを発表していますよね。これは、私から見ればファーストクラスが埋まってしまったから値上げをしますと言っているのであって、根本的な解決にはなっていません。エコノミークラスの料金の人を、適正なコストで運ぶ新しいネットワークこそが必要でしょう。

 それともう一つ。ヤマトの問題が大きく報道されるようになってから、不在にするのはドライバーさんに申し訳ないという声が大きくなって、再配達がなくなるように家にいようという機運が高まりましたが、私はこうした動きには疑問です。もちろん、汗をかきながらシャンプーのような単価の安い荷物を再配達してくださるドライバーさんは、本当に気の毒で申し訳なく思います。しかし、経済活動を道徳で縛るような発想は、経済発展にとって正しい姿なのでしょうか。

 経済発展というのは、結局、欲望をいかに満たしていくかと企業側が努力することで実現するものです。それを消費者に我慢しろというのは、社会主義的だと思いますよ。

それでは、具体的にはどのような宅配ネットワークが必要なのでしょうか。

松岡:そこで重要になるのが、「同時性の解消」という観点です。具体的には、宅配の“セルフサービス化”による同時性の解消です。やはり、一番可能性があるのが宅配ボックスというソリューションだと考えています。

 このアイデアは山手が出してくれました。私は最初、コンビニや百貨店、スーパーなどの店舗に宅配ボックスを設置して、それらを荷物の受け取り拠点にすることを考えました。それによって、荷物を取りに行くことが動機付けになり、店舗で買い物もしてくれるかもしれない。

 ただ、それでも現在の宅配総数は約40億個ですから、全然足りません。

自販機型ビジネスで宅配ボックスは広まる

山手剛人(やまて・たけと)<br/>フロンティア・マネジメント 産業調査部シニア・アナリスト 1999年ウォーバーグ・ディロン・リード証券(現UBS証券)に入社。2003年に同社最年少でシニア・アナリストに就任し、小売セクターの調査を担当。2010年にクレディ・スイス証券に移籍。2017年より現職。
山手剛人(やまて・たけと)
フロンティア・マネジメント 産業調査部シニア・アナリスト 1999年ウォーバーグ・ディロン・リード証券(現UBS証券)に入社。2003年に同社最年少でシニア・アナリストに就任し、小売セクターの調査を担当。2010年にクレディ・スイス証券に移籍。2017年より現職。

フロンティア・マネジメント 山手剛人シニア・アナリスト(以下、山手):今、宅配総数の約2割が再配達だと言われています。つまり、約8億個ですよね。一方、コンビニ店舗も含め、商業施設や駅に宅配ボックスを設置したとしても、せいぜい、約2億~3億個しか賄えないと試算しました。2億個とすると5%分ですから、足りません。

 そこで、どうするかを考えました。ヒントとして着目したのが、ソフトドリンクの自動販売機です。自販機は今、全国に約250万カ所に設置されています。それと同じ数だけ設置できないとしても、仮に、1カ所あたり10個くらいの宅配ボックスを100万カ所設置できれば、全国で1000万個分、365日で36億5000万個、取り扱うことができます。

ただし、その宅配ボックスを誰が設置するのかという問題もあります。

山手:その通りで、可能性があるとしたら、自販機と同じようなフランチャイズ方式でしょう。遊休地を持っている個人や個人事業主などに対して、企業が宅配ボックスを置くフランチャイズのパッケージを提供するというものです。自販機もコンビニも、パッケージの内容を企業が競いあってオーナーを獲得していったからこそ、非常に多くの自販機や店舗が全国に普及しました。それと同じように、宅配ボックスも企業が設置を競い合い、かつ、設置する個人もメリットを得られるようなビジネスモデルを構築できれば、普及は加速すると思います。

松岡:宅配ボックスの普及に市場原理を導入するというのは、非常に重要な視点だと思います。ヤマトは宅配ボックスをオープン型にして、その宅配ボックスを各社で共有しましょうという戦略を描いているようですが、私は企業が競争し合わないとダメだと思います。企業も個人も、儲けようというアニマルスピリットで競争するからこそ、社会的な課題の解決が進むのだと思います。

 それこそ、アマゾンのような購買プロセスの川上で圧倒的な力を持つ事業者が、設置に乗り出すかもしれません。既に、アマゾンは米国などで独自のロッカーを設置しています。中国では、荷物の受け取りだけではなく、送ることもできるスマート宅配ボックスなるものを各社が設置を競い合い、既に4万カ所以上に普及しています。

こうした宅配ボックスを本気で設置していくと、既存の宅配事業と競合することにもなりかねません。人手不足問題の解消という観点からは必要でしょうが、将来的には従来のような“ファーストクラス”の宅配事業は縮小せざるを得なくなるかもしれません。

松岡:ヤマトをはじめとする宅配事業者は、既存のネットワークが非常に巨大なので、なかなか変更することは難しいかもしれません。既存の宅配ネットワークを縮小するというリスクがあるとすれば、宅配ボックスを本格的に普及させようというインセンティブは、あまり働きにくいですね。

「宅配のLCC」が必要になる

米国などでは、個人が隙間時間を使って荷物を運ぶというサービスも登場しています。個人が隙間時間を利用して自分のクルマに他人を乗せて目的地まで送る、ウーバーの宅配版といったサービスです。

松岡:確かに海外ではそうしたサービスも登場していますが、日本でどこまで可能かは分かりませんね。そこまで人件費の安い人があふれているという状況でもないでしょう。

山手:ウーバー的に、人々が隙間時間を利用して荷物を運ぶという仕組みも、結局のところ現在の宅配の延長で、それでは「同時性の解消」につながりません。誰かが、荷物が届くのを待っていなければなりませんから。むしろ、自販機を250万台も普及させた日本には、フランチャイズ方式で宅配ボックスを普及させる潜在的な力があると思います。

アマゾンは、当日配送の一部や、1時間、2時間というスピード配送を実現する「プライム ナウ」向けの配送網を、自前で構築し始めています。実際の配達は物流会社に委託していますが、ヤマトなど既存の宅配ネットワークとは別の仕組みです。1時間で届けるといったスピード配送は、注文した個人も急いでいるために、配達を待っていて確実に受け取ることを前提にしています。そこでは、むしろ崩壊し始めている「同時性」が成立しているとも言えます。

松岡:今後、荷物を受け取るための時間に消費者がどれだけお金を払うかで、サービス内容は分かれていくのだと思います。

 私たちは、時間の価値は大きく2つに分かれると考えています。「節約時間価値」と「創造時間価値」です。前者は、要するにあまり楽しくないから、できれば節約したい時間です。後者は、楽しいからずっと続けていたいと思うような時間です。

 宅配の荷物を待つというのは、基本的には面倒臭い時間ですから、節約時間価値ですよね。つまり、多くの人は短くしたい、もしくはそもそも、待っていたくないと思うわけです。ヤマトの時間指定枠は6月19日から変更になり、午前中、午後2~4時、午後4~6時、午後6~8時、午後7~9時となりました。午後0~2時が廃止され、1時間枠の午後8~9時が2時間枠の午後7~9時に変更になったのですが、2時間も待ちたくないと思うのが、多くの消費者の正直な気持ちではないでしょうか。宅配ボックスのニーズが高まっているのは、そのためです。

 その一方で、今すぐ欲しいというニーズもあります。待ちたくないので、1時間で持ってきてくれれば、その分、お金は払ってもいいという消費者もいるわけです。

山手:プライム ナウの1時間配送は、年会費とは別に1回890円の配送料がかかります。もしかしたら、商品の値段よりも配送料の方が高くなるかもしれない。非常に付加価値の高い、上澄みの部分ですよね。だからこそ、自社の経営資源を投じるだけの価値があると判断しているのだと思います。

松岡:今後、ニーズごとに宅配のネットワークは細分化していくことになると思います。エアラインの世界でも、かつてはフルサービス・キャリアだけでしたが、そこにローコスト・キャリア(LCC)が登場して勢力を急拡大するなど、ニーズごとにサービスが細分化していきました。宅配の世界でも、LCC的なネットワークが今後、不可欠になるでしょうし、ニーズをとらえて急速に台頭する新しいサービスも登場してくるのではないでしょうか。

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