日経ビジネス5月1日号の特集「さらば老害ニッポン 10の提言」では、各分野の識者に超高齢化社会を迎える日本の課題や、高齢者を取り巻く状況について分析してもらった。2007年に著書『暴走老人!』(文芸春秋)を発表し大きな反響を呼んだ芥川賞作家の藤原智美氏(61)は、「キレる老人」の問題は「10年前に比べてより深刻化している」と警鐘を鳴らす。我々はどのように課題と向き合うべきなのか、藤原氏に聞いた。

「キレる老人」が社会問題化し、頻繁に報道などでも取り上げられるようになっています。まず、シニア層を取り巻く問題について、藤原先生はどのように考えておられるのでしょうか。

藤原:まず、高齢者の様々な問題については、環境や制度を論じる前に個人の問題としてあると考えています。高齢者というのは若い頃と比べて、確実に身体的に衰えている。これは自分でも把握できますよね。だから、健康を維持するために散歩をしたり、スポーツクラブに通ったりする。ヨガの教室などでは生徒の平均年齢が70歳という教室もあるくらいです。

<b>藤原智美(ふじわら・ともみ)氏</b><br /> 1955年、福岡市生まれ。92年に『運転士』(講談社)で芥川賞を受賞。2007年に『暴走老人!』(文芸春秋)を発表し、大きな話題を集める。近刊に『日本の隠れた優秀校』(小学館)がある(写真:的野 弘路、以下同)
藤原智美(ふじわら・ともみ)氏
1955年、福岡市生まれ。92年に『運転士』(講談社)で芥川賞を受賞。2007年に『暴走老人!』(文芸春秋)を発表し、大きな話題を集める。近刊に『日本の隠れた優秀校』(小学館)がある(写真:的野 弘路、以下同)

 ただ、身体に比べてより見えにくいのが、思考力やメンタルの部分です。これらも体同様に、ストレスへの耐性や克服する力というものが弱くなっていく。メンタルが「老化」するということですよね。しかし、自分自身がそれを自覚することは非常に難しい。本来であれば身体と同様に鍛えていくことが必要なのに、それができていない人が多いのです。

 だから、体はピンピンしているのだけど、思考力や心は弱っているというアンバランスな状況が生まれてしまうのです。特に影響が顕著なのがコミュニケーション。ボキャブラリーや考えることだけでなく、人と会って会話をして、顔の表情を動かすこと。こうしたことが十分にできなくなっていくということです。

『暴走老人!』の中でも、コミュニケーション不全というか、他者と満足にやり取りできない高齢者の実例などが取り上げられていましたね。

藤原:表情筋をうまく動かせないから喜怒哀楽があまり表に出ない。その結果いつもブスッとした表情で生活して、身振り手振りも落ちてくる。そうすると表現力自体が、自分が頭の中で思っているのとは全く異なってくるわけです。それについて本人は自覚していないし、周りから見たら怒っているようにしか見えない。

 加えて、60代に入って仕事をリタイアすると、現役時代のコミュニケーションの場を失うわけですよね。体を動かさないと体力が落ちていくように、コミュニケーションを維持し続けないとその力は弱っていく。その悪循環が他者と満足にコミュニケーションが取れず、それが時に暴発して「キレる」ということにつながってしまうのだと思います。

10年で事態はより深刻に

藤原先生が『暴走老人!』を書かれたのは2007年。10年経って状況はどのように変わってきたのでしょうか。

藤原:状況はより深刻になってきていますよね。高齢者の数が増えて本の中で書いたような問題点が増えているのに、何か改善が進んだかというとほとんど変わっていない。「キレる老人がいるのだ」という社会的認識は広がっているとは思いますが、それに対する手立ては模索が続いているということでしょう。

藤原:例えば今ではすっかりスタンダードになったスマートフォン(スマホ)やSNS(交流サイト)。独居老人だってスマホは持っていますが、20~30代が自由に使いこなしているように使えているわけではない。つまり、若い世代のようなスタンダードからは完全に外れているということです。SNSの世界にも乗っていけていない。

 だから、高齢者にスマホを渡して、一人暮らしだけどスマホで外の世界と繋がっているから大丈夫ということは全くないわけです。やはり土台はリアルな世界の中で、どれぐらい他者と繋がりを持って、どれぐらい喜びを持って生きているかが重要なのだと思います。その繋がりの上にSNSが補完的に存在するというのがあるべき姿ではないでしょうか。

役所などの公共施設や小売店、病院などでのトラブルの多さについては、どのように捉えられていますか。

藤原:高齢者がたくさん来るところはトラブルが多い。だから、役所や店舗の側も非常に気を使うし、過剰に接客するということですよね。それでは解決にならないと考えています。単に、いわゆるキレる閾値を下げているだけで、「これまでは一礼していたのに今日はしない、けしからん!」ということになるわけです。だから、先ほどの話に戻りますが、表面的な配慮ということではなく、やはりリアルな人間関係をどれだけきちんと構築するかが大事なのです。

 これは高齢者に限った話ではないですが、地域のコミュニティーが崩壊寸前で、老人会や消防団などの組織率もどんどん下がっている。現代人というのはあらかじめ用意された繋がりではなく、趣味や人生のテーマなどで共通項のある仲間を意識的に求めていますよね。高齢者も、老人会に行ったって面白くないわけですよ。だから行かない、仲良くなろうとも思わない。

 そういう状況を見ていると、実は老人が嫌いなのは老人自身なんだと思ったりしますよね。例えばJR横須賀線なんか乗ると、向かい合わせの4人席にお年寄りが4人乗っているけど、ブスッとして全然話そうともしない。昔は他人同士でもそういう場で会話が弾むようなシーンがあったと思うのですが・・・。

お互いに不機嫌そうで、話しかける雰囲気でもない。

藤原:そう。実は、自分もそうなのですが、相手が不機嫌そうで、すぐ怒りそうだし・・・ということですよね(笑)。

国の抜本的な社会設計が必要

キレる老人に関しては、極端な形では犯罪に走る事例も目立ちます。こうした社会不安の増大という意味でも、問題は非常に根深いと思うのですが。

藤原:ものすごく大きいですよね。社会不安ということでもそうですが、経済的にも医療や介護の問題に関連しても、社会的な損失やコストは非常に大きいのです。逆に言えば、そうした高齢者を生み出さないようにするために、国家が果たすべき役割はより重要になってきていると感じています。

 例えば教育。19世紀以降、国家運営の一つの柱は教育だったと思いますが、それは21世紀も続いていきます。子供の教育は国家を成長させ、支えていく柱ですから。それでは、高齢者はどうかといえば、平均寿命が80代まで延びてきている状況で、もうすぐ死ぬから放っておけばいいということでは全くないわけですよね。

 そうであれば、子供の教育に匹敵するような場所や、退職してから死ぬまでの時間をどのように過ごしてもらうかというノウハウを国が公的に提供するような仕組みが必要だと考えます。

 自分からそれを積極的に求めていくバイタリティーや資産のある高齢者はいいけれど、そうでない多くの人は取り残されてしまう。それが結果的に、甚大な社会的損失を招くことになってしまう。だからこそ、国は高齢者に対して、学びやスポーツ、娯楽や趣味などを提供する場と機会を提供しなければならないと思います。

藤原:国家財政が逼迫されるような事態は避けなければならないですが、医療や介護といった社会保障費については、むしろ心身ともに健康な高齢者が増えれば、そうしたコストが減るというメリットも大きいです。実際にいくつか実験的な施策で効果が上がっている事例もある。そうした社会設計を本格的に導入していくべきでしょう。

団塊の世代はまだ、「老人」ではない

団塊の世代が全て75歳以上の「後期高齢者」になる「2025年問題」も議論されています。藤原先生はどのように考えておられますか。

藤原:「老人=団塊の世代」というイメージは強いですが、僕に言わせると、まだ老人ではないですよね。以前ある民間の老人ホームに取材に行く機会があったのですが、そこで感じたのは「老人というのは社会の中で見えないところにいる人たちだ」ということだったのです。

 つまり、街中を出歩かない、百貨店などで色々な買い物をしない、部屋に閉じこもって一日中過ごしている。そういう人たちですよね。団塊の世代については、まだ多くの人々はそうではないですよね。消費の担い手でもあるし、産業の世界でバリバリ働いている人も中にはいる。社会の中で目に見えるところで活動しているわけですよね。

 それでは、あと5年、10年経った時にどうなるでしょうか。団塊の世代が後期高齢者になり、老人ホームに入居する。体が弱り、身動きが取りづらくなる。そうして街の中から、社会の中で老人の姿が見えなくなる。そうした時には医療費や介護費はとんでもない額に膨れ上がるでしょう。その社会的コストは本当に深刻になると思います。

そうした問題を控えている今、我々はどのように高齢者と向き合うべきなのでしょうか。

藤原:個人の立場では、まず高齢者とはどのようなものであるのかをきちんと理解し、接するということが大切でしょうね。例えばコミュニケーション力が落ちている、人付き合いが下手になっていることを想像して向き合うということです。

 それから、行政や企業の側も、施設のバリアフリーなどハード面だけではなく、ソフト面をどのように充実させていくかが重要でしょう。過剰に接客するということではなく、高齢化社会の中で、どうすれば高齢者とうまく接して、サービスを回していけるかを考える。それこそが今求められていることだと思います。

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