7月2日に実施された東京都議会議員選挙は、ごぞんじの通り、小池百合子都知事の率いた「都民ファーストの会」の圧勝に終わった(参考記事はこちら)。

 今回は、選挙の結果からあれこれ感じたことを書くことにする。
 分析や提言をするつもりはない。
 あくまでも印象をお伝えすることに徹するつもりだ。

 結果を見て驚いたのは、私の事前の予断が、珍しく、おおむね当たっていたことだった。

 この5年ほど、いや、10年かもしれないが、私の選挙予測は、毎度毎度、見事なばかりにハズれていた。

 で、開票速報特番の画面を眺めながら、毎回、私は、自分の分析・予測能力の低さと、願望的思考のもたらす認知の歪みの大きさを思い知らされてきた次第だ。

 それが、今回は、さほど外れていない。
 詳しく述べる。

 私が事前になんとなく抱いていた予感は、自民党の敗北、都民ファーストの勝利、民進党の消滅、公明党の退潮、共産党の躍進といったところだった。都民ファーストが議会第一党になるかどうかについては、微妙なところだと考えていた。

 実際の結果は、自民党の大惨敗、都民ファーストの歴史的大躍進、民進党の消滅危機、公明、共産の現状維持(共産は2議席増加も得票率は横ばい)といった感じで、さほど大きな違いはない。

 もっとも、私が予感していた自民党の「敗北」は、「前回の怪我勝ちに対する正常化局面としての負け」を反映した、議席数にしてみれば、せいぜい10前後の敗北で、いくらなんでも議席を半減させる以上の大惨敗を喫するという読みはしていなかった。

 その意味では、予測を外していたことになる。
 とはいえ、得票率の推移を見る限りでは、自民党の負けっぷりは、世間で言われているほどひどい惨敗ではない。

 たしかに議席数を見ると、選挙前の57議席から半分以下の23議席に落ち込んでいる。
 この数字からは、自民党は、都民に見捨てられたようにさえ見える。

 が、得票率は、前回から14ポイント減の22.53%で、半減というほどの減り方はしていない。
 にもかかわらず、これほどひどい負け方をした原因は、ひとつには、候補者の割り振りを誤ったことがある。たとえば、稲田防衛大臣が応援に入って不適切発言をした板橋区をはじめ、目黒区などでも、2人の自民党候補が揃って当落のボーダーライン付近に並ぶ共倒れの形で落選している。これらの事例を含めて、自民党の候補は、次点で落選しているケースが多い。

 ということは、選挙区ごとの候補者の配置と人数のところで失敗していたわけで、これは、選挙戦が始まる以前の、候補者擁立の時点で戦略を誤っていたことを示唆している。

 もっとも、自民党の候補の多くが次点で落選した理由の大きな部分は、公明党の選挙協力が得られなかったことから来ている。してみると、敗北の源は、候補者の割り振りや選挙区対策以前の、公明党との関係構築の失敗に求めなければいけないのかもしれない。

 振り返ってみれば、今年の3月13日に、公明党が、都民ファーストの会と政策合意を結んで、お互いの候補者を推薦しあうなど、選挙協力を行うことを発表した折、安倍首相は、少なくとも表面的には、動揺を見せていなかった。

 むしろ、毅然とした態度で、事態に対処していたと言って良い。
 NHKが当時報じていたところによれば、翌14日に持たれた安倍首相と二階幹事長の会談で、二階氏が、

「党が一丸となって、勝利のために懸命に戦い、底力を見せたい」

 と述べたのに対し、安倍総理大臣は、

「公明党抜きで勝負するいい機会であり、党をあげてしっかりやってほしい」

 と述べ、党をあげて選挙戦に臨むことを確認したことになっている。

 後知恵で振り返ってみればということではあるが、すでにこの時、自民党の中枢は、状況を見誤っていたことになる。

 つまり、政権中枢部は、ここ何回かの選挙での圧倒的な勝利を経て、自らの支持基盤は盤石のものだという思い上がりを抱くに至っていたわけだ。

 なぜ「思い上がり」という言葉を使ったのかというと、今回の都議選の大敗北ではっきりしたように、自民党のここ数年来の選挙における勝利の大きな部分は、公明党の選挙協力によってもたらされたものであるからだ。

 おそらく、どの選挙でも、ボーダーラインで当選した何十人かの議員は、公明党がもたらした分の基礎票が敵方にまわれば、落選していたはずの人々だ。

 ということは、「公明党抜き」の自民党は、圧倒的な第一党ではないということなのだ。
 安倍首相が、3月の段階で
 「公明抜きで勝負するいい機会」
 と言ったのは、あるいは、アタマのどこかに、改憲勢力として同一歩調を求めるためには、公明党よりも、日本維新の会なり、小池新党なりと組んだ方が話が進めやすいという考えがあったからなのかもしれない。

 そうではなくて、単純に、安倍首相が、自民党単独で選挙に勝ち続けられると考えていたのだとしたら、やはり、彼はどこかの部分で驕り高ぶっていたと評価せざるを得ない。

 今後の課題は、自民党が驕り高ぶった党総裁をこのままいただく形で先に進むのか、それとも、ここで一旦自分たちの足元を見つめて、再出発をはかるのかどうかだと思うのだが、まあ、これは私のような者が上から説教をカマすようなことでもないので、各自しっかりと考えてほしい。出直すなら出直す、突っ走るなら突っ走るで、それぞれ、ふさわしい未来が待っていることだろう。

 もうひとつ、これはメディアではなぜなのかあまり取り上げられていない話題なのだが、私は、今回、むしろ、民進党の負けっぷりの方により強い印象を受けている。
 「なんだこれは」
 と思っている。
 「バカじゃないのか」
 と。

 自民党の敗北には、さきほども書いた通り、前回の大勝からの調整局面としての自然減の意味がある。
 これに加えて、公明党との選挙協力の解消による戦術的な敗北分を勘案すれば、今回の負けは、たしかに歴史的な大敗ではあるものの、政党としての自民党本体が受けたダメージは、議席数の減少分ほどには大きくない。

 得票率の減少分について、関係者は、この半年ほどの不祥事続きの政権への評価として、厳粛に受け止めなければならないはずだ。が、考えようによっては、お灸を据えられたのが、国政選挙でなく、地方の議会選挙であったことは、党の本体にとって、幸運でさえあったとも言える。この結果を受けて、気分を引き締めてかかることができれば、次にやってくる国政選挙では、そんなにひどくは負けないだろう。

 引き比べて、民進党の負けっぷりには、まったく擁護できるポイントがない。
 二大政党制が機能している国では、マトモな政党は、敗北に終わった選挙の次の選挙では、多少とも負け分を取り戻すことになっている。逆に言えば、勝った次は負け、負けた次は勝つことで、二つの政党は、自分たちの立っているチェックアンドバランスの土俵を踏み固めている。

 政党そのものの内実が特に変わっていなくても、有権者の中には、ライバル政党への過度の権力の集中を懸念して、前回負けた側の政党に投票する層の人々が、必ずや一定数現れることになっている。世界中どこの国でも、二大政党制は、そういうふうにして、前回負けた側の陣営が体制を建て直し、前回勝利をおさめた側の陣営が敗北することで、全体としてバランスを維持し、長い目で見た安定を実現している。

 そのデンで行けば、前回の選挙で壊滅的な大惨敗を喫した民進党は、ふつうにやってさえいれば、黙っていても、少なくとも前回失った議席の半分ぐらいは回復して当然だったはずだ。

 が、そういう次第にはならなかった。

 この状況の中で、彼らは、前回のケチョンケチョンの踏まれた毛虫的な敗北からさらに得票を減らし、議席を減らし、諸派みたいな扱いの泡沫政党に転落している。
 ライバルであるはずの自民党が議席の半分以上を失っているにもかかわらず、である。

 このことはつまり、民進党が、この半年ほど、野党側に吹いていたはずの風(政権の中枢に続発するスキャンダルや閣僚の失言)を、まったく生かすことができなかったことを意味している。

 自民党の敗北が、ただちに国政をゆるがす政局にならないのは、負けたのが自民党であるところまではその通りだとして、勝ったのが国政の場における当面のライバルである民進党でなく、一地方政党であるに過ぎない都民ファーストの会だからだ。

 この先、都民ファーストの会が、どういう手順で党組織を整えて行くのかはともかくとして、何らかの形で国政に関与する政党に成長していくのだとしても、今回の都議選で示したそのままの大きさで国政の舞台にデビューできるとは限らない。というよりも、現実的に考えれば、自民党の別働隊みたいな形で、一定数の議席を確保することができたのだとしても、独立した政党として、確固たる政策と支持層と基盤を持てるようになれるだろうか。人材的にも、資金の上でも、ブレーンの質量でも、国政に打って出ることは簡単ではない。

 地域政党が一から国政に打って出る場合、維新の会がそうせねばならなかったように、候補者のほぼ全員を公募の形で募集することになるわけだが、残念ながら、公募で集まった議員は、どこの政党の例を見ても、質が高くない。

 今回、都民ファーストの会から当選(幾人かの他党からの乗り換え組を除けば、50人あまりの全員が初当選であるわけだが)した議員の中にも、必ずや「身体検査」の甘さが、あとになって取りざたされることになる人間が何人かは出てくるはずだ。

 はやい話、当選が決まったその日のうちに、党首が自ら辞任することを表明したことに対して、異議を鳴らすなり真意を質すなりする議員が一人も出なかったことからして、今回の55人(追加公認を含む)の都議会議員は、「お人形さん」以上のものではないのだろう。だって、誰がどう考えても、選挙が終わったその日に、党首が辞任を表明するのはおかしい。

 では、その党首とのツーショットで選挙ポスターを作って戦ってきた選挙戦は、あれはフェイクだったのかということになる。

 小池都知事は、自らが党代表を退く理由について

 「二元代表制などの懸念があることを考えると、私は知事に専念し、代表は野田氏に戻したい」

 と記者団に語っている。
 この理由そのものは、もっともな話に聞こえる。

 が、もし、二元代表制などの懸念がアタマにあったのなら、はじめから代表に就任しなければよかっただけの話で、この説明だと、選挙を前に小池都知事が記者団を集めて代表に就任する旨を発表してみせたこと自体がまるごと説明不能になる。

 仮に党の実権を握っているのが、小池代表であるのなら、自らが代表を降りて、その座を野田氏に譲ることは、二元代表制への批判をかわすための目くらましだということにもなれば、非民主的な「院政」による党支配ということにもなる。

 そうではなくて、もともと党の実権が野田数氏にあったとするのであれば、自らの代表就任は選挙用のパフォーマンスに過ぎなかったということになる。

 いずれにしても、この間の、小池都知事の、自民党への離党届の提出、政党の立ち上げ、代表への就任と辞任という一連のパフォーマンスは、すべてがうさんくさい。

 さらに、手続き的にも、党代表を野田氏に譲るにあたって、公認選挙を経たわけでもなければ、党の幹部会にはかったわけでもない。党内外に説明した形跡もない。選挙選挙でざわつく状況の中で、たった1日の間に、まったくの個人的な決断で、恣意的に、極めて非民主的に権力の移譲がおこなわれている。到底公党の代表を選任する手順とは思えない。

 別の角度から見れば、都民ファーストの会は、自分たちの政党の代表が、突然辞任して、何の説明もなく次期代表を指名していることに、何の疑問も感じない議員たちが集まっている政党であるわけで、これは、とてもではないが、国政に打って出る政党の体制ではない。

 新代表に就任した野田数氏について、7月3日のハフィントンポスト(http://www.huffingtonpost.jp/2017/07/03/kazusa-noda_n_17374158.html)は、共産党東京中央委員の情報として
《9月には地域政党「東京維新の会」を設立。10月の都議会では「日本国憲法は無効で大日本帝国憲法が現存する」との請願に賛成した。「日本国憲法は占領憲法で国民主権という傲慢な思想を直ちに放棄すべきだ」と主張する内容で、請願の紹介議員も務めたが、反対多数で不採択となった。》
 という話を紹介している。

 なんだかめまいのするような話だ。

 小池都知事の行動原理について、以前私は

あざとい
いかがわしい
うさんくさい
えげつない
おしつけがましい

 という小池百合子五原則を提唱したことがある。
 今回、一連の経過を観察した結果として、新たに5つの新傾向を発見したことをお知らせして稿をおさめることにする。

 小池百合子氏のメディア対応5原則

質問を:はぐらかす
実績を:ひけらかす
記者を:ふりまわす
原則を:へしまげる
幻想を:ほのめかす

 以上です。参考にしてください。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

小田嶋隆氏のコラム執筆5原則…
なんてコメントが殺到しそうです。しないかな。するといいな。

 当「ア・ピース・オブ・警句」出典の5冊目の単行本『超・反知性主義入門』。相も変わらず日本に漂う変な空気、閉塞感に辟易としている方に、「反知性主義」というバズワードの原典や、わが国での使われ方を(ニヤリとしながら)知りたい方に、新潮選書のヒット作『反知性主義』の、森本あんり先生との対談(新規追加2万字!)が読みたい方に、そして、オダジマさんの文章が好きな方に、縦書き化に伴う再編集をガリガリ行って、「本」らしい読み味に仕上げました。ぜひ、お手にとって、ご感想をお聞かせください。

■変更履歴
記事掲載当初、本文中で「首相が応援に入った板橋区」としていましたが、正しくは「稲田防衛大臣が」です。お詫びして訂正します。野田数氏についてウィキペディアを引用しておりましたが、ソースとしては不適切と判断し、ハフィントンポストに差し替えました。本文は修正済みです [2017/07/07 8:15]
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