突然のトップ交代――。そう聞いて思い起こされる企業の一つが2016年5月、カリスマ経営者・鈴木敏文会長(当時)が退任したセブン&アイ・ホールディングスだろう。日経ビジネス7月10日号の特集「社長解任 誰がクーデターを起こすのか」では、「政変」の代償として、セブン&アイのグループ内、とりわけ持ち株会社と事業会社のあいだに溝が生じている現実を詳報した。

 その溝の象徴といえるのが百貨店事業会社、そごう・西武の営業する「そごう神戸店」だ。関西における中核店舗だが、井阪隆一社長らセブン&アイの新経営陣は、就任からわずか半年でライバル会社への譲渡に踏み切った。正しい選択だったのだろうか。検証すべく、現地に足を運んだ。

JR三ノ宮駅からのぞむそごう神戸店
JR三ノ宮駅からのぞむそごう神戸店

 JR三ノ宮駅を降り立つと、歩道橋を渡ってすぐの好立地にそびえ立っていた。1933年開業の「そごう神戸店」。阪神大震災では半壊の憂き目に合うなど歴史の荒波を乗り越えてきた、そごう・西武の中核店舗だ。

 正面から見ると道路に沿って丸みを帯びた建築デザインが印象に残る。まさに三宮地区の顔ともいえる神戸店だが、今年10月には、阪急阪神百貨店を傘下に持つエイチ・ツー・オーリテイリング(H2O)に譲渡される予定だ。

 そごう・西武はここ数年、早期退職者の募集や店舗閉鎖といったリストラを続けてきた。2006年に同社買収を決断したセブン&アイの鈴木敏文・前会長は、百貨店の商品力をグループ全体に波及させることを考えていたが、むしろ百貨店自体の事業再生に苦戦し、グループ収益の足を引っ張る存在になっていた。

 

 このため、鈴木氏に代わってセブン&アイ・ホールディングスのトップになった井阪隆一社長にとっては、当然、百貨店の立て直しは優先順位の高いテーマだ。そこで、2016年10月、百貨店事業の経営資源を関東に集中させると発表。神戸店も例外ではなく、近隣の西武高槻店(大阪府高槻市)と共に手放されることになったのだ。

最後の大規模改装は2002年

 本館に足を踏み入れてみる。清掃は隅々まで行き届いており、清潔そのものだ。ただやはり建屋や設備の古さは否めない。各階に備え付けられたトイレは旧式のものが多い。エスカレーター周辺のタイルはくすみ、ひび割れしているように見える箇所もある。最後の大規模改装は02年までさかのぼるという。

 こうした状況を目の当たりにしてみると、いくら黒字を維持しているとはいっても、神戸店の譲渡は既定路線であり、だからこそ、しばらく積極的な設備投資は控えられてきたのではないか――そんな印象を受ける。

 だが、意外な事実があった。逆に積極投資する攻めの戦略があったのだ。そごう・西武では16年夏ごろまで、神戸店をめぐって数百億円規模の投資を伴うリニューアル計画が持ち上がっていた。

 「リストラ続きのそごう・西武にとって、久しぶりの攻めの施策になるはずでした」

 ある関係者は、同計画についてこう語る。

 リニューアルの肝と位置づけられていたのが、本館の斜め裏にある自社所有の土地だ。広さは3000平方メートル超。現地まで実際に歩いてみると、道路を1本隔ててはいるものの、本館から3分もかからない。だが、それだけ繁華街の中心にありながら、いまは立体駐車場としてしか使われていない。

そごう神戸店の裏手にある土地は、現在は4階建ての立体駐車場として使われている。まわりにオフィスビルが立ち並ぶなか「宝の持ち腐れ」といっても良い景色が広がる
そごう神戸店の裏手にある土地は、現在は4階建ての立体駐車場として使われている。まわりにオフィスビルが立ち並ぶなか「宝の持ち腐れ」といっても良い景色が広がる

 この土地、そごう・西武が一度は手放した経緯がある。バブル期の過剰投資がたたって経営難に苦しんでいたそごう(当時)が、1996年、民間都市開発推進機構に売却したのだ。

 興味深いのは、この土地を買い戻したのが2006年12月であることだ。そごう・西武がセブン&アイ傘下に入った、ちょうど半年後なのだ。

セブン&アイ傘下入りの象徴

 当時を知るセブン&アイ関係者は「思い入れのある土地だと聞かされた鈴木敏文会長(当時)が『それなら買い戻せばいい』と即決した」と明かす。頼りがいある親分が助けてくれた――。グループの一員となった象徴として、この土地の買い戻しはそごう・西武社員に強く印象づけられたことだろう。

 この土地にビルを建設すれば、たとえば本館を建て替えるあいだの代替店舗として活用できる。本館の建て替えが終わった後は、低層階にグループのイトーヨーカ堂を食品スーパーとして入居させられる。駅からの近さを考えれば、中層階はオフィスとして、高層階はマンションとして分譲することも可能だ。

 しかもこの地域では現在、神戸市が大規模な再開発計画を進めている。一帯を一般車両が原則として出入りできない、歩行者中心の公園として整備するのが柱で、実現すれば、この土地と本館との行き来は現在より格段にスムーズになる。

神戸市が進めている再開発計画のイメージ図。原則、歩行者と公共交通機関しか行き来できない公園として整備することで、周辺の商業施設などをより自由に回遊できるようにする狙いがある
神戸市が進めている再開発計画のイメージ図。原則、歩行者と公共交通機関しか行き来できない公園として整備することで、周辺の商業施設などをより自由に回遊できるようにする狙いがある

 それでも、セブン&アイの新経営陣はH2Oへの譲渡を決めた。

 セブン&アイは何故、一大プロジェクトが進められていた神戸店の譲渡を突如決めたのか。それは「日経ビジネス」7月10日号の特集で詳報している。

 もちろん、プロジェクトがすべて思い描くままに進んだ保証はない。たとえば現在の本館が建っている土地のうち、道路に面した一部は借地だ。しかも持ち主はライバル百貨店グループの阪神電気鉄道。そごう・西武を利することになるプロジェクトに、地主として反対した可能性は大いにある。

熟議された形跡は無く

 だとしても、プロジェクトの是非、譲渡の是非について、セブン&アイとそごう・西武のあいだで熟議するべきではなかったか。特集でも報じた通り、今回の譲渡の意思決定にそごう・西武側はほとんど関与していなかった。ある関係者は「そごう・西武の社長だった松本隆氏ですら、譲渡を知らされたのは発表当日の朝だった」と証言する。

神戸市郊外にあるそごう西神店。当初はH2Oへの譲渡の対象とされたが、17年5月の「基本合意」では除外された。交渉が難航している現実が浮かび上がる
神戸市郊外にあるそごう西神店。当初はH2Oへの譲渡の対象とされたが、17年5月の「基本合意」では除外された。交渉が難航している現実が浮かび上がる

 「商号は当面そごうのままで営業していくと聞きましたが、本当でしょうか。正直、阪急に変わってくれたほうが集客は見込めるのですが……」

 記者が神戸店を訪れた6月上旬、アパレルメーカーから神戸店に派遣されていた男性社員はこう漏らしていた。譲渡があまりに唐突だったことで、店頭では確実に戸惑いの声が上がっている。譲渡の是非はともかく、その決定プロセスについては、セブン&アイ社内で改めての検証が必要ではないだろうか。

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