6月末の東京都議会議員選挙で自民党は大敗し、安倍晋三首相が意欲を燃やしていた憲法改正の動きが止まるかとの見方も出始めた。しかし、安倍首相は年末までに自民党の改正案とりまとめというスケジュールを変えず、このまま突破する構えだ。憲法改正はどう動くのか。シリーズで憲法改正について考える。第1回は改正の中核、9条問題について防衛・憲法問題に詳しい石破茂・前地方創生大臣に聞いた。

都議選で自民党は大敗しました。憲法改正の動きに影響はあるでしょうか。

石破:都議選で自民党は政策論争で敗れたわけではありませんでした。築地か豊洲か、震災や高齢化対策をどうするかという議論にはならずに終わったことは残念なことです。都民・国民の目には「自民党は誰を見て仕事をしているのか」と映ったのではないでしょうか。森友、加計問題と続いて、自民党はそれなりに説明したけれども「分かった」と理解してもらえるところまでは至らなかった。

<b>石破 茂(いしば・しげる)氏</b><br /> 1979年、慶應義塾大学卒業。同年、三井銀行(現・三井住友銀行)入行。父親は元参院議員・自治大臣の二朗氏。81年、衆院議員初当選。防衛庁長官、防衛大臣、農林水産大臣、自民党政務調査会長、幹事長、地方創生担当大臣などを歴任(写真:菊池 一郎、以下同)
石破 茂(いしば・しげる)氏
1979年、慶應義塾大学卒業。同年、三井銀行(現・三井住友銀行)入行。父親は元参院議員・自治大臣の二朗氏。81年、衆院議員初当選。防衛庁長官、防衛大臣、農林水産大臣、自民党政務調査会長、幹事長、地方創生担当大臣などを歴任(写真:菊池 一郎、以下同)

 しかし、憲法改正の動きを止めるべきではないと思います。優先順位を考えながらやっていけばいい。例えば、グレーゾーン事態(注参照)への対応にしてもまだ十分ではありません。そうしたことをまず解決しながら進めていけばいいと思います。

注:グレーゾーン事態とは 有事(戦争)ではないが、警察だけでは対応できないような事態を指す。例えば、尖閣諸島など離島に機関銃などで銃武装した集団が上陸したり、公海上で民間船が襲撃されたりするようなケースでは、海上保安庁や警察では対応できない可能性がある。

 公明党は確かに都議選後、「(憲法改正について)政権が取り組む課題ではない」と言い出しています。しかし、そう言われたから止めようということではよくありません。自民党内には、2012年の党憲法草案策定にかかわっていない若手議員が半分はいます。こういう人たちを巻き込み、党内の議論を活発にして、スタンスを固める必要があると思いますね。

「9条2項」は変えるか、削除すべき

憲法改正の動きが進むかどうかは見通しにくいですが、9条についての考え方をもう少し詳しくお願いします。

石破:9条は1項で「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する」として、法的に武力の行使を禁じています。

 そして2項で「この目的を達するために陸海空軍その他の戦力は有しない。国の交戦権は認めない」といって、実力的にもその行使を禁じています。

 しかし、「国権の発動たる戦争」とは何ですか。それは相手に対して最後通牒を発し、宣戦布告をして行う正規の戦争です。日華事変のような宣戦布告もない「事変」はそこに入りません。だから「武力の行使」という言葉を使っています。

 また、「国際紛争」とは国家間の争いです。そこでいう「国」とは一定の領土を持ち、共有するアイデンティティーのある国民がいて、統治の仕組みのあるものです。アルカイダ、イスラム国は「国」ではないのです。だから、ここでは、国家間の領土争いなどで戦争や武力行使はしないと言っているわけですが、今、世界の問題になっているテロとの戦いが抜け落ちる可能性があるのです。

2項についても、かねて問題点を指摘されていますね。

石破:そうです。まず、「その他の戦力」とはなんでしょう。これは陸海空軍のような正式な戦力ではないが、それに類するものです。あえて言えば、「ヒットラーユーゲント」(ヒットラーが青少年を中心に組織した武力集団)のような準軍隊的なイメージでしょうか。

 「交戦権」というのは、国家は戦争時に人を傷つけても傷害罪にならず、ものを壊しても器物損壊罪にならない。そして、兵士が捕虜になったらきちんと捕虜としての処遇を受ける、そうした諸々を含むものだといいます。

 一方、2項には「芦田修正」と呼ばれるものがあります。終戦直後に憲法改正特別委員会委員長になられた芦田均先生(のち首相)が改正草案に加えられたものです。先ほどの1項で規定しているのは、「国際紛争を解決する手段」としての戦争や武力行使であり、それはしないとしています。そして2項では当初、「陸海空軍その他の戦力は有しない。国の交戦権は認めない」という案になっていたのですが、その前に「この目的を達するために」という言葉を入れたのです。

 これによって自衛のためであれば、戦力を保持することは可能であるという解釈が導き出せることになります。しかし、政府はこれまで、この芦田修正の立場をとっていません。2項を全面的な戦力不保持と解しています。ただ、国家には本来自衛権があるとして、自衛隊を保持しているのです。

 自衛隊を「戦力」といわず、「自衛力」と説明しているのはこのためです。しかし、自衛隊の憲法上の存在をあいまいなままにしている元凶と思います。だから、私は改正するなら2項も変えるか削除すべきだと思っています。

国民の95%は自衛隊容認、理解して貰える

安倍首相は、9条に3項として自衛隊を明記したいとしています。存在を書くだけなら、現状と変わらないのではと受け止める向きが多いかと思いますが、そうではないと。

石破:総理がどのような文言を入れようと考えておられるかは分かりません。が、例えば「国の独立並びに国際平和を維持するため、陸海空の自衛隊を保持する」と書くとします。そうすると、「陸海空軍その他の戦力は有しない。国の交戦権は認めない」としている2項とどうつながるのですか。そこが私にはよく分かりません。

自民党は2012年に党としての憲法改正草案を作成しています。そこには自衛権の明記や国防軍の保持を盛り込んでいます。

石破:憲法改正を提議するなら、自民党としてこの草案をなぜ掲げないのかと思います。草案の策定には私も関わりましたが、9条の2項を変えようということに異を唱えた議員はいなかったと記憶しています。

 今、世論調査では国民の95%が自衛隊は合憲だといっています。だから自衛隊を憲法の中にしっかりと位置づけることに反対する人はいないでしょう。私も当然、賛成です。

 政府もこれまで一貫して自衛隊は合憲であるとしてきました。であれば、なぜ2項との“矛盾”を固定化するような改正をするのでしょう。

「戦力を不保持、交戦権を認めない」とした2項を変えることは、国民の理解が得にくいし、加憲までしか容認しない公明党への配慮もある、ということでしょう。

石破:95%の人が自衛隊を認めている中で、3項を入れるだけではない(2項の削除・改正を含む)改正は、そんなに国民に受け入れられない話なのでしょうか。もっとしっかりと説得して理を尽くしていけば分かって貰えるのではないでしょうか。少なくともその努力は続けるべきです。

国防軍として正確に規定すべきとも仰ってますね。

石破:自衛隊のルーツは1950年、朝鮮戦争が勃発した際に発足した警察予備隊です。当時、米軍が朝鮮半島に渡ってしまったので、日本が赤化(共産化)されるのを防がなければいけないという目的のために作られたのです。これが52年に保安隊になり、54年に自衛隊として設立されました。

 気をつけないといけない点はここにもあるのです。警察予備隊はあくまでポリスリザーブなのです。警察組織というものは法律の書き方に特徴があって、やっていいことを記述します。これこれをやっていいと。

 一方、独立を守る軍となると、これはやってはいけないことを法律に書きます。やってはいけないこと以外は国際法や国際慣習に従うという中で、独立を守るのです。今、自衛隊は後者でしょうが、ルーツから言えば前者とも見えるのです。

憲法は集団的自衛権を否定していない

現行憲法では、集団的自衛権の行使に課題があるというのが安倍首相の考えのようです。どうすべきとお考えですか。

石破:まず今、世界の平和や安全を脅かす国が出てきた時、国際連合が制裁などの決議をしても、拒否権を持つ国が拒否をしたら国連は動きません。その場合は、自分の国は自分で守ってもいいということになっていますが、自国だけでは足りない時に集団的自衛権が必要になるのです。

 平和安全法制では、日本が集団的自衛権を使う際の要件として「存立危機事態」というものがあります。これは、「日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」というものです。
 安倍首相は、現在の憲法では集団的自衛権の行使は、この「存立危機事態」に限られるというお考えです。だから、それ以上に集団的自衛権の行使を認めるには憲法改正が必要ということのようです。

 しかし、9条のどこにも「個別的自衛権はいいが、集団的自衛権はだめ」とは書いてありません。それは政策の選択として判断するもので憲法から導く結論ではないのです。つまり私は、集団的自衛権は現憲法下においても容認されるものだと思っています。そういうことを含めて憲法改正については議論をすべきだと考えています。

 年末にかけて自民党の案を作るということですからこれからの重要な課題ですね。

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