スマートフォンやクラウドの利用が右肩上がりに増える中、光通信インフラには一層の性能向上が期待されている。研究開発の現場ではどんな技術革新が起こっているのか。NTTの研究所出身で、30年以上にわたり光ファイバー通信の高度化に取り組んでいる東北大学の中沢教授に最新の成果と今後を聞いた。

光ファイバー通信の性能を飛躍的に高める技術キーワードとして「3M」を提唱している。

中沢 正隆 Masataka Nakazawa
中沢 正隆 Masataka Nakazawa
1952年生まれ。山梨県出身。1980年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了(工学博士)。同年、日本電信電話公社(現NTT)に入社。茨城電気通信研究所にて光ファイバー中の非線形光学効果、フェムト秒パルスレーザー、ソリトン伝送、光ファイバー増幅器および超高速光伝送の研究に従事。1984~1985年、米マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。1999年、NTT R&Dフェロー。同年、東北大学電気通信研究所客員教授。2001年、東北大学電気通信研究所教授(現職)。この間、電気通信研究所所長、国際高等研究教育機構機構長、先端融合シナジー研究所所長、総長補佐、電気通信研究機構機構長などを歴任。IEEE、OSA、電子情報通信学会、応用物理学会の各フェロー。

 3Mとは、「マルチレベル(Multi-level modulation)」「マルチコア(Multi-core fiber)」「マルチモード(Multi-mode control)」の3つの"Multi"のこと。それぞれで10倍、トータルで1000倍の性能向上を目指す革新的な技術の総称だ。

 1000倍という目標は、今後のトラフィックの増加を見込んだもの。2030年の情報通信量は現在の1000倍になるという予測がある。3Mで光通信インフラを高度化し、爆発するトラフィックに備える。

3Mの発想に至った経緯を知りたい。

 最初に3Mを提案したのは2008年。当時、研究開発の現場における光ファイバー1本当たりの伝送容量は100T(テラ、10の12乗)ビット/秒の壁を超えられずにいた。大容量化は複数の波長を束ねるWDM(波長分割多重)技術がけん引していたが、多重化する波長数が増えるに従って光ファイバーに入力する光パワーがどんどん大きくなっていった。それが一定値を超えると、「ファイバーヒューズ」と呼ばれる破壊現象が光ファイバーのコア(光信号の通り道)に発生し、通信できなくなってしまう。これによる容量限界を打破するために3Mを産学官連携で提唱した。それから今に至るまで、日本はもとより欧米の研究機関も巻き込んで、高速大容量化を目指した熾烈な開発競争が繰り広げられている。

最初のMとなるマルチレベルは無線通信でいう多値変調のことか。

 その通りだ。無線通信に匹敵する高い周波数利用効率を達成するため、光ファイバー通信にもQAM(直交振幅変調)を導入する。限られた帯域の中では、周波数利用効率を高めるほど、全体の伝送容量も増える。

 光通信で多値変調の導入が可能になった理由の一つが、デジタルコヒーレント伝送技術の実現だ。受信側ですぐにデジタルデータに変換し、後はソフトウエア(DSP)による様々な信号処理技術を駆使することで、ほんのわずかな変化も検出できるようになった。

 商用レベルでは100Gビット/秒の光伝送システムでQPSK(位相偏移変調)が採用されている。これは4値だが、我々は既に2048値のQAM伝送に成功している。周波数利用効率は15.3ビット/秒/Hz(単一チャネル)と無線通信を超えるレベルだ。

 現在は4096値のQAM伝送に挑戦している。ただし、多値度はこの4096値でいったん打ち止めにするつもりだ。光源やDSPにかかる負荷が極めて厳しくなっているからだ。