パワフルに働き、健康的な生活を維持するには、正しい運動と食事、休養を取ることが大切だ。そこで、著名トレーナーの中野ジェームズ修一氏が誤った健康常識を一刀両断。効率的で結果の出る、遠回りしないための健康術を紹介する。今回は、「運動不足だな」と思った時に、誰もが思いつく手軽な運動、「ウォーキング」について語ってもらった。

 現代人の生活は便利になり過ぎ、日常生活の活動レベルが低くなっている。運動不足を解消する手段としてお勧めなのがウォーキング。最初は1回5分のウォーキングから始めて、次第に時間と距離を伸ばしていく。歩く速さ(運動強度)は最大速度(最大心拍数)の60~80%程度を維持すると、健康を増進する効果が期待できる

 一方、通常の歩き方でのウォーキングはどうだろうか。「ウォーキングを続けていると、だんだん長い距離と時間を歩けるようになっていきます。それ自体は体力が付いたことを意味するのですが、通常の歩く速さでは運動負荷が足りないので筋力の強化にはつながらないのです」と中野さんは言う。

景色を見たりしながら、ゆっくりペースでのウォーキングを長時間行うとケガの原因になる恐れも。(c)liza5450-123RF
景色を見たりしながら、ゆっくりペースでのウォーキングを長時間行うとケガの原因になる恐れも。(c)liza5450-123RF

ウォーキングだけでは下肢の筋力強化はできない

 例えば、こうしたケースがある。「以前、ある女性から週に2回、1時間半から2時間のウォーキングをしていたら、ある時から股関節に痛みが発生して歩けなくなったと相談を受けたことがあります。近所の整体院で診てもらったら、体の使い方が悪いからだと言われたそうです。確かにそうした理由もありますが、なぜそんな歩き方になったのかに注目しなければ問題は解決しません。根本的な原因は、筋力が低下しているからなんです。全く運動していなかった人ならば、通常の歩き方でも最初は筋力がアップするかもしれません。でも、その負荷に慣れてしまうと、筋肉はそれ以上大きくならないのです」(中野さん)。

 これをトレーニングの専門用語では「過負荷の原則」と言う。ある一定の質と量の負荷をかけなければ筋肉は成長しないという原理だ。その女性の歩き方をよく聞いてみると、花を眺めたり景色を楽しんだりしながら、速度も遅めで、散歩程度の歩き方だったという。それでは筋力が強化できず、距離と時間が伸びた分、股関節に負担がかかって炎症を起こしたのだ。

 「筋力強化につながらない歩き方で、脚を過剰に動かしてしまうから、関節が体重や地面からの衝撃を支えられなくなって痛みが出るんです。せっかくウォーキングをやるのであれば、コースに階段や歩道橋、坂道などを入れて、筋力強化を目指してほしいですね。負荷が上がった分、時間は短くなっても良いのです。下肢の筋力強化は、体力の低下で日常生活に支障が出るロコモティブシンドローム(*)を予防するうえでも大切ですから。もっと言えば、運動のために1時間取れるのであれば、30分は筋トレ、残りをウォーキングと分けて行うほうがいいと思います」(中野さん)

* ロコモティブシンドローム:2007年に日本整形外科学会が発表した概念で、運動器(骨、関節、軟骨、椎間板、筋肉、神経)に障害が起こり、立つ、歩くといった機能が低下している状態。運動器症候群とも呼ぶ。

1時間歩いたら、30分は筋力強化のエクササイズを

 つまりは、体力強化と筋力強化の両面を考えた運動が必要なのだ。中野さんによると、最近増えてきた24時間いつでも使えるスポーツジムの中には、ジョギングシューズのままトレーニングできる場所もあるという。「これまで1時間から1時間半のウォーキングをしていたのであれば、30分歩いてからジムに行き、マシンを使ったトレーニングをして帰ってくるほうが理想的な運動になると思います」と中野さん。

 しかもこれからは暑くなる季節。長時間のウォーキングは、熱中症の心配も出てくる。ジムであれば空調も利いているので、快適な運動による筋力強化が可能だ。

 夏に速歩きを継続するのが厳しい場合は、ウォーキングの運動効果を上げながら、負荷を適度に抑える方法として“インターバル・ウォーキング”を行う手もある。「通常の速度でのウォーキングと、速歩きを数分間隔で繰り返します。次の電柱まではいつものウォーキングで、そこからは少し速度を上げてという具合にして、できれば、最終的にはジョギング程度はできるようになってほしいですね」(中野さん)。

 ジョギングといっても、常に走り続けなくてもいい。息が切れてきたり、少しキツくなってきたりした時には歩き、心拍数が安定したらまた軽く走ることの繰り返しでも、日常の活動量が少なくなった現代人にとっては、筋肉と心肺機能への十分な運動刺激になる。

やや広い歩幅で歩けば活動量アップ

 ここまではウォーキングの速度や時間について説明したが、運動効果を上げるために加えて着目したいのは“歩幅”だ。「歩幅が狭ければ、運動量が少なくなるのは想像できると思います。適正な歩幅は身長の45~50%、と考えればいいでしょう。身長160㎝の人であれば72~80㎝、身長170㎝なら76.5~85㎝です。歩幅が狭い人は、下半身の筋力が弱かったり、筋肉に柔軟性がなかったりするケースが多いです。そういった人は、筋力や柔軟性を上げるための運動も必要になってくるのです」(中野さん)。

 ただ、歩幅が狭いからといって、無理に広くして歩く必要もない。過剰になると、それ自体が故障を発生させる原因になる。できる範囲で広めの歩幅で歩くことが、運度量を増やし、筋力の強化につながる。

 「歩幅を広げて歩いた時のほうが、より多くの筋肉が使われるようになります。東京大学名誉教授の宮下充正先生(*)は、分速50mで普通の歩幅で歩いた時と、分速100mで歩幅を広げて歩いた時に使われる筋肉の違いについて調べています。それによると、太もも前面の大腿四頭筋の一つである外側広筋、裏側にある大腿二頭筋、スネの前脛骨筋、そしてふくらはぎの下腿三頭筋のいずれも活動量が増えています。特に顕著に増えるのが大腿二頭筋です。ここは鍛えるのが難しく落ちやすい筋肉でもあるので、歩幅を広げて速めのスピードで歩くと、維持、強化に役立ちます。」(中野さん)

 誰もが簡単手軽に取り組めるウォーキング。しかし、中野さんが言うように一工夫加えるだけで、より効果的になり筋力アップもできる。漫然と歩くだけでなく、“運動”という意識を持って取り組もうではないか。

* 出典:「ウォーキングブック 科学に基づいたウォーキング指導と実践」(ブックハウス・エイチディ)
中野ジェームズ修一(なかの ジェームズ しゅういち)さん
フィジカルトレーナー/米国スポーツ医学会認定運動生理学士
中野ジェームズ修一(なかの ジェームズ しゅういち)さん 1971年生まれ。日本では数少ない肉体面と精神面の両方を指導できるトレーナー。卓球の福原愛選手など日本のトップアスリートだけでなく、高齢の方の運動指導も行う「パーソナルトレーナー」として活躍。日本各地での講演も精力的に行っている。近著に「正しいウォーキングの始め方」(だいわ文庫)、「世界一やせる走り方」(サンマーク出版)など多数。
まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。