世界的に見れば成長産業の漁業。その波に乗って経済的に成功を収めた国の代表格がノルウェーだ。日本の回転寿司でおなじみになったサーモンだけでなく、サバなども世界各国に売りさばく漁業大国になった。成功の裏には、魚の付加価値を最大限に高めようとする国家レベルの方針があった。その秘密を現地で取材した。
機械化が進むノルウェーの多くの漁船には、機器のメンテナンスを担当するエンジニアが乗船している。(写真:Johan Wildhagen)
機械化が進むノルウェーの多くの漁船には、機器のメンテナンスを担当するエンジニアが乗船している。(写真:Johan Wildhagen)

 「ルールを作って皆で守る。そして生まれた利益はきちんと平等に分配する。答えはとてもシンプルだ。しかし実に難しい。我々も苦労の連続だった」

 8月上旬。ノルウェー西部の漁業都市・ベルゲンに拠点を構える同国最大の漁業販売組合「Norges Sildesalgslag」を訪ねた。組合の実質トップを務めるクヌート・トルグネス氏に成功する漁業の秘訣について聞くと、上のような答えが返ってきた。

大学出身のエンジニアが漁師志望

 ノルウェーは2017年の水産輸出額が1000億クローネ(約1兆4000億円)前後と、10年前の約3倍まで拡大する見込み。最新テクノロジーを駆使するサーモン養殖に並び、漁業の急成長を支えているのが、サバやタラなどの漁獲だ。

 Norges Sildesalgslagはサバやアジなどを漁獲する遠洋漁業者をとりまとめており、組合員の平均年収は50万~60万クローネ(約690万~830万円)と日本の漁師の約3倍。驚くべきことに、船内にはフィットネスジムやミニシアター、システムキッチンに小さなパーティールームなどを備え、まるでクルーズ船のような豪華設備となっている。

トレーニングジムやミニシアターなど船員向けレジャー施設が船内に完備されている。(写真:Norges Sildesalgsla提供)
トレーニングジムやミニシアターなど船員向けレジャー施設が船内に完備されている。(写真:Norges Sildesalgsla提供)

 船には最新のクレーン機器などが搭載され、船員による肉体作業は少ない。「力持ちよりも、機械を管理する大学出身のエンジニアの割合が多くなっている」(クヌート氏)という。

 さらに「漁師はみな金持ちになってしまった。新規参入の希望者は格段に増えた。国が漁業ライセンスを厳しく制限しているから、なかなか受け入れることは難しいので困っている」とクヌート氏は続ける。人手不足に苦しむ日本から見たら、実に嬉しい悩みにも聞こえる。

漁業販売組合Norges Sildesalgslaのクヌート氏。漁獲管理に必要なのは、情報の透明性だと訴える
漁業販売組合Norges Sildesalgslaのクヌート氏。漁獲管理に必要なのは、情報の透明性だと訴える

 しかし、なぜノルウェー漁業は上手くいったのか。冒頭の「ルールを守る」という言葉がカギとなっている。

 かつてノルウェーも苦難の時代があった。1960~70年代には数多くの漁師が小型船に乗り、ニシンやタラを根こそぎ取り尽くしてしまっていた。年々海の魚の数は減り、漁師の生活は苦しさを増していった。「ニシン枯渇から学ばぬ日本の漁業」で紹介した日本の状況に似ていた。

 このままではいけない。そこで、政府や漁業販売組合などが中心になって1970~80年代に大胆な改革が行われた。その中心となるのがIQ(個別割り当て)方式と呼ばれる漁獲管理のルール導入だった。

 IQ方式では、一つひとつの船が一年間に漁獲できる上限量が定められる。他の船と漁獲競争をする必要がないので、収益を最大化するためには、1グラム当たりの単価が安い稚魚は避け、脂の乗り切った大きな魚のみを漁獲するように動機づけられる。この方式により、乱獲が抑制され、海の資源維持につながっている。目の前に魚が泳いでいても焦って捕らない。将来の自分たちのために、小さな魚は海に残す余裕が生まれた。

 この方式の運用で一番大切なのは、漁獲量を偽って報告する違反者を出さないこと。そのために、Norges Sildesalgslagは漁獲量を徹底して透明化するシステムを作り上げた。同組合のホームページを見ると、ノルウェー近海での漁獲情報の報告ページがある。そこには、どの漁船が、いつ、どの海域で何トンの魚を捕ったのか。一匹当たりの平均サイズは何グラムか。漁船ごとの詳細な漁獲情報が全世界にリアルタイムで表示されている。

個別船の漁獲情報もホームページ上で開示

 さらに、こうした漁獲情報を基にノルウェーや近隣国の加工業者が参加するネットオークションが開催され、漁船が出航している間に魚の購入業者は決まる。そして、漁船は母港に戻る前に買い手が待つ港へ向かい、水揚げとなる。その時に改めて漁獲した魚の重量をチェックする。

 漁業販売組合のホームページ上では、サバやアジなど魚種ごとに、ノルウェー漁船に割り当てられた総漁獲枠と、現在までに漁獲された量などもリアルタイムでアップデートされている。例えば8月29日時点では、ノルウェー漁船全体のサバの割り当て量は23万7818トン。その時点までに漁獲された量は7109トン。残る枠は23万0709トン。つまりこれから秋冬のサバ収穫シーズンに向けて、多くの漁船が漁獲枠を温存していることが見て取れる。

漁業販売組合Norges Sildesalgslaのホームページからは、どの漁船が何時に何トン魚を捕ったのかといった情報が随時アップデートされる
漁業販売組合Norges Sildesalgslaのホームページからは、どの漁船が何時に何トン魚を捕ったのかといった情報が随時アップデートされる
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 さらに船名をホームページ上で打ち込むと、船ごとの割り当て量と今までの漁獲量までが世界中の誰でも見ることができる。

 一方の日本。一部の魚種を対象に漁獲可能量(TAC)と呼ぶ、国内の漁業者全体で守る漁獲上限が定められている。しかし個々の船の上限はない。そのため、毎年漁が解禁となると、ライバル船に先を越され上限に達する前に、我先にと漁場に向かい、獲れる限りの魚を獲る。例え十分に成長していない稚魚であったとしても。その結果、漁場は毎年貧しくなる。ノルウェーとの違いは明らかだ。

 IQ方式の成功に加え、ノルウェー漁業の成功を支えた要因は、漁師の数を減らしたことにある。1980年代に2万5000人いた漁業専従者は今では9000人まで減っている。1970年代の乱獲時代に政府は漁船数の削減を計画した。IQ方式の導入とともに、漁獲枠を与えるライセンスを小規模の非効率的な漁業者には与えないことにし、漁船の集約を促した。「効率化を進めるためには、つらい歴史があった」とクヌート氏は振り返る。

 漁業者が減ったことにより、一人当たりの漁獲量は増え、所得が増え、漁船に最新鋭の設備を入れられるようにった。頭数が減ったことで漁獲管理が容易になり、漁場は守られた。そして漁業はノルウェーを代表する成長産業へと様変わりしていった。

ベルゲン市内の魚市場。漁獲管理を通じて漁場を守ったからこそ、豊かな海の幸を享受できる
ベルゲン市内の魚市場。漁獲管理を通じて漁場を守ったからこそ、豊かな海の幸を享受できる

漁業生産量が4割に落ち込んだ日本とは対照的

 翻って日本はどうだろうか。

 日本でもIQ方式をマサバなどで試験導入したが、大規模な実施にはつながっていない。小型の古い漁船が多く、漁獲量を船上で測定し、衛星通信などで即時に報告する機能を備えていないものが多い。

 日経ビジネスのインタビューに答えた水産庁の長谷成人長官は「日本に多い定置網などの漁法では、意図した魚種以外が網の中に入ることが多く漁業管理は難しい。ノルウェーに比べて魚の種類も豊富。管理方式をそのままぽんと持ってくれば、全てうまくいくとは思っていない」と答えている。

 確かに条件は違う。日本では漁獲量全体の8割を18種類の魚種が占めるのに対し、ノルウェーの場合は7種。獲れる魚の種類が少ないと、漁獲の管理も比較的容易ではある。しかし、これまで本格的な対策を怠ってきた漁業政策への言い訳にも聞こえる。

 日本の漁業界はこれまで漁業者の生活を最優先し、厳格な規制を導入してこなかった。その結果、資源の枯渇が進み、漁業生産量は30数年で4割まで減ってしまった。

 長期的な青写真を描き、漁業関係者に納得してもらい、大胆な漁船削減や漁獲制限などの痛みの伴うルールを導入する。こういった調整をすることが、行政や業界団体の役割ではないだろうか。このままではノルウェーとの差は開くばかりだ。

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