主力の洋紙市場が縮小する中、事業構造の変革を加速させている。 培ってきたパルプ加工の技術を生かして「総合バイオマス企業」への脱皮を目指す。 とりわけ力を注ぐのは軽量・高強度で用途も幅広い「CNF(セルロースナノファイバー)」だ。

紙の原料であるパルプから作る新素材「CNF(セルロースナノファイバー)」を手にする日本製紙の研究員ら(写真=稲垣 純也)
紙の原料であるパルプから作る新素材「CNF(セルロースナノファイバー)」を手にする日本製紙の研究員ら(写真=稲垣 純也)

 「自動車からおでんまで」。それが日本製紙が新素材の「CNF(セルロースナノファイバー)」を顧客に売り込む際のキャッチフレーズだ。

 CNFは紙原料のパルプの繊維をナノ(ナノは10億分の1)メートル単位に細かく解きほぐしたもの。炭素繊維に続く日本発の新素材として注目が集まる。多様な特性を持ち用途は幅広い。製紙メーカーとして磨いてきた技術や生産ノウハウを活用できるため、「紙・板紙と並ぶ事業の柱に育てたい」と日本製紙の馬城文雄社長は意気込む。

注目を浴びる“夢の素材”

 CNFが注目を浴びるのは高い強度と軽さを実現する“夢の素材”だからだ。樹脂と混ぜて固めれば、鉄の5倍の強度、5分の1の重さの高機能プラスチックになる。強度は炭素繊維に一歩劣るが、リサイクル性では勝るといい、軽量化が進む自動車分野での採用がとりわけ期待されている。さらに繊維を3ナノメートル程度まで細かくすれば透明になるため、ディスプレーにも利用できる。酸素を遮断する能力は食品包装材にも適している。

 それだけではない。圧力をかければ一時的に流動性が高まる性質もあり、特殊な増粘剤になる。ゲル状なのに噴霧できる液体や、むらなく塗れて液だれしない塗料ができる。温度変化にも強く、食品添加物としてコンビニエンスストアのおでんの「もち巾着」に使えば、もちを適度な固さに維持する。

 CNFの実用化は既に始まっており、日本勢は市場をリードする立場にある。2015年以降、ボールペンのインクや音響板などでCNFを使った最終製品が世界に先駆けて商品化された。

 日本製紙は、子会社の日本製紙クレシアが15年10月にCNFを使った介護おむつを発売。CNFは銀などの金属イオンが付着しやすいため、消臭効果を3倍に高めることができた。

 製紙メーカーをはじめ、化学や機械メーカーがこぞってCNFの開発に参入する中、日本製紙はそのトップランナーといえる。経済産業省によると、11年までのCNF関連の特許出願件数で、日本製紙は世界首位の64件。全体の約1割を占めた。CNFの世界的権威である東京大学の磯貝明教授、京都大学の矢野浩之教授と組み、07年から製造方法と用途の開発を進めてきた成果だ。

世界最大の製造ラインが稼働

 日本製紙はCNFの量産でも先行する。世界最大の年産500トンの製造ラインが宮城県石巻市で4月に稼働。島根県江津市や静岡県富士市でも17年度、新たなCNF製造ラインが動き出す。巨大市場が生まれる可能性に期待しているからだ。

CNFの新ラインが3カ所で稼働する
●日本製紙のCNF関連拠点
<span class="nl_b">CNFの新ラインが3カ所で稼働する</span><br /><span class="nl">●日本製紙のCNF関連拠点</span>
(写真=CNF増粘剤・CNF透明フィルム:稲垣 純也、CNF樹脂:京大NEDOプロジェクト、クリームコロッケ・化粧品・スマートフォンディスプレー・自動車:アフロ)
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 経産省は30年に、関連産業を含むCNFの市場が1兆円になると予想する。もちろん日本製紙がCNFへの先行投資を実らせるには、多くのハードルを乗り越える必要がある。

 素材ビジネスの最大の市場は自動車。炭素繊維は発明から半世紀が経過し、ようやく自動車への本格採用が始まるところだ。CNF1兆円市場の青写真は、炭素繊維の歴史の半分の期間で、自動車市場を開拓することが前提となる。日本製紙に勝算はあるのか。

 日本製紙CNF研究所の河崎雅行所長は「ほとんどの自動車メーカー、関連部品メーカーがCNFに興味を持ってくれている」と話す。その背景にあるのは国の強力なバックアップだ。

事業資産の組み替えを急ぐ
●2015年度以降の主な新規投資・資産売却
<span class="nl_b">事業資産の組み替えを急ぐ</span><br /><span class="nl">●2015年度以降の主な新規投資・資産売却</span>
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 政府は日本の成長戦略として掲げる「日本再興戦略」に14年からCNFの利用促進を盛り込んだ。特定の新素材を指定するのは異例。国主導で結成した「ナノセルロースフォーラム」には、自動車、電機、住宅などの企業や、研究者、自治体など300以上のメンバーが参加する。農林水産省や経産省、環境省などがCNFの政策を議論する「ナノセルロース推進関係省庁連絡会議」も定期的に開かれている。

 国を挙げてCNFを後押しするのは、木材パルプだけでなく、植物なら何でも原料になり得るから。資源小国の日本にはうってつけの素材だ。

 経産省は各地域との連携で「おらが村のCNF」の開発を推進。竹林面積が日本一の鹿児島県では、薩摩川内市で放置竹林をCNFに利用する研究が進む。愛媛県でもかんきつ類の絞りかすを原料に採用しようとしている。

 「地域の裏山が夢の新素材を生む宝の山に変わるかもしれない。CNFはアベノミクスの地方創生の切り札」(経産省素材産業課)との声も上がる。

クリームコロッケにも応用

 日本製紙はこの商機を捉えようと様々な手を打っている。

 昨年10月には新素材販売推進室を新設。CNFなどの新素材を拡販する営業部隊で、約10人のメンバーの半数は研究部門の出身者だ。紙容器などの研究から同室室長に転じた小浜裕司氏は「顧客から、特定の材料と混ぜやすいようにCNFの改質を求められることも多い。研究と営業の出身者がタッグで営業すれば、顧客の要望に対応しやすくなり、新たな商売のタネを引き出すことができる」と話す。

 例えば食品メーカーから要望があったクリームコロッケへの応用。通常の増粘剤は温度変化に弱く、約70度で粘度が3分の1程度まで低下する。水分が蒸発して膨張し、衣が破れやすくなる。一方、温度変化に強いCNFなら「クリームがこぼれないクリームコロッケ」を実現できる。

 日本製紙が現在CNFのサンプル品を提供している相手は500社程度。「当社からの売り込みではなく、相手先から『CNFを使ってみたい』と提案されるケースが多い」(小浜氏)という。

 CNF事業の拡大に向けたもう一つの施策は前述した生産ライン。49ページの図のように、用途に合った特徴を実現できるように製造方法を各拠点で変えている。小浜氏は「CNFのラインアップをここまでそろえているのは日本製紙だけだ」と胸を張る。

 まず自社グループ内で商品化しているおむつ向けCNFの本格生産を石巻市で4月以降に始める。食品や化粧品の増粘剤として以前から手掛けていた「カルボキシメチルセルロース」の製造設備・販路を生かし、江津市で製造するCNF増粘剤も拡販する。河崎所長は「20年ごろには、各ラインをフル稼働させたい」と話す。

 本命の自動車向けCNFは富士市の拠点で開発する。京大が開発した、樹脂と混合しながらパルプ繊維を解きほぐす製法を採用。原材料費を10分の1に引き下げられる可能性があるという。まずは射出成型品での採用を目指し、多様な自動車部品向けにCNFの可能性を探っていく。

 経産省によると、炭素繊維の主流である「PAN系」の1kg当たり製造コストは3000円。射出成型品として使われるガラス繊維は200〜300円だ。対抗するためには、CNFも500円以下に引き下げることが求められている。

コスト20分の1に圧縮

 試験プラントしかなかった昨年度のCNFの製造コストは1万円程度。製造ラインがフル稼働すれば「1kg当たり1000円に近づく」(河崎所長)。生産ラインの効率化も進め、30年までに500円以下に引き下げることを目指す。

 製紙メーカーとしては王子ホールディングスに次ぐ国内2位の日本製紙だが、パルプの生産量ではシェア約4分の1を占める首位。馬城社長は「30年には(CNFの1兆円市場のうち)パルプと同水準のシェアを日本製紙で獲得する」と意気込む。

 日本製紙がCNFにここまで力を入れるのは、既存事業の苦戦が続く中、従来の事業構造のままでは未来が見えないためだ。

 不採算の海外事業の整理などで、17年3月期の売上高は1兆円の大台を割る見通し。さらに足元でも、円安や中国による石炭生産の抑制などが重なり、原材料費が大幅に上昇。日本製紙を含む製紙各社は相次ぎ値上げを打ち出した。

紙・板紙事業の不振で1兆円の大台を割り込んだ
●日本製紙の売上高と営業利益
<span class="nl_b">紙・板紙事業の不振で1兆円の大台を割り込んだ</span><br /><span class="nl">●日本製紙の売上高と営業利益</span>
注:2016年度は見通し
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 それでも代理店と卸商が絡む複雑な流通構造を持つ製紙業は、値上げの浸透に時間がかかる。加えて、国内証券アナリストは「紙の需要が構造的に減退する中、すんなりと値上げは通らない」と指摘する。

 馬城社長は「17年3月期の業績の下振れは避けられない。18年3月期までの現中期経営計画の目標(売上高1兆1100億円、営業利益500億円)も達成には一歩届かない」と明かす。

 日本製紙は紙製品の中でも新聞紙や印刷用紙といった洋紙事業への依存度が高い。しかし、リーマンショック後の各企業の広告削減や、電子メディアへの移行に伴い、市場は右肩下がりだ。一方、安定成長を見せている段ボール、おむつなどの衛生紙事業では他社の先行を許している。

主力の新聞用紙などは右肩下がり
●紙製品の内需の推移
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注:2016年は速報値。17年は見通し
出所:日本製紙連合会
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 段ボールは王子ホールディングスやレンゴーが原紙から箱まで一貫して手掛け、販売力も強い。衛生紙では日本製紙もティッシュやトイレットペーパーの「クリネックス」ブランドが浸透しているが、アジア圏での大幅な市場拡大が見込まれるおむつは「グーン」ブランドの大王製紙が強い。

 日本製紙は東日本大震災でグループの6工場が操業停止。特に主力の石巻工場の復旧には1年半を要し、その分、構造改革は立ち遅れた。挽回を期して左上の表のように不振事業の売却と再投資を矢継ぎ早に実行してきた。

 つまり日本製紙にとり、業績浮上に向けた新分野の開拓は待ったなしの状況だ。その動きはCNFだけにとどまらない。1月に公開した新素材「ミネルパ」。パルプに亜鉛などの無機物を混ぜることで、消臭、抗菌、難燃など様々な機能を付与できる。

 無機物の添加は従来パルプの10%程度だったが、ミネルパは90%まで引き上げることを可能にした。その秘密は無機物をパルプに吹き付ける細かい泡。本来は古紙再生の際に紙についたインクを取り除くものだった。

新製品開発推進委員会で発掘された新素材「ミネルパ」。燃えない紙や放射線を遮断する紙を実現する(写真=稲垣 純也)
新製品開発推進委員会で発掘された新素材「ミネルパ」。燃えない紙や放射線を遮断する紙を実現する(写真=稲垣 純也)

 まず想定されているのは壁紙への応用だが、開発者の福岡萌氏は「放射線を遮断する紙も実現できる。社外の意見も取り入れながら様々な可能性を追求したい」と話す。

 新分野では売電事業もある。18年3月に石巻市で400億円を投じた火力発電所を稼働させる予定。既存設備と合わせた18年度の売電事業の経常利益は70億円規模を見込む。3年後には秋田県でも火力発電所を稼働させ、さらに20億円を上積みする計画だ。

 この売電事業でも、新素材が事業拡大を後押しする。それが4月からタイの製紙会社と提携して生産に乗り出す燃料「トレファイドペレット」。木質ペレットを低温で焙煎して「半炭化」する。バイオマス(再生可能な生物由来の資源)燃料の比率を高められるため、固定価格買い取り制度に基づく売電価格を引き上げられるという。

 震災の直前、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトに参画して生産方法を確立。しかし、収益化のめどがつかないまま社内で眠っていた技術だった。

社内ベンチャーで新事業発掘

 ミネルパやトレファイドペレットなどの新事業は、15年に新設した「新製品開発推進委員会」が社内の知財や資産を見直して掘り起こしたものだ。

 同委員会はおおむね3カ月に1回の頻度で開催。主に若手社員から集まる事業化提案を全役員で審査する。有望な計画にはその場で予算をつけ、社内ベンチャーとして立ち上げる。社長からの“特命”が下るため、事業化のスピードが速いのが特徴だ。これまで各事業の初期予算として2億5000万円を投じてきた。

 新規事業を推進する一方、既存事業の見直しはまだ不十分だ。18〜20年度の次期中計には「紙・板紙の生産調整を盛り込まなければならない」と馬城社長は表明する。

 20年度までに痛みを伴う構造改革に取り組めば、芳賀義雄・前社長時代から提唱してきた「総合バイオマス企業」への変身が現実化する。30年にCNFが開く新時代に向け、日本製紙の新たな十年の計も見えてくる。

(寺岡 篤志)

INTERVIEW
馬城文雄社長に聞く
CNFを大黒柱に育てる

 問 CNF(セルロースナノファイバー)の収益貢献の見通しは。

(写真=稲垣 純也)
(写真=稲垣 純也)

 答  紙・板紙は今後も重要な事業だが、CNFはそれと並ぶ規模になる。まず増粘剤や機能性シートを2020年度までに製品化する。事業規模は数十億円が当面のメドだが、成長が期待できる自動車分野を開拓することで、30年度までに日本製紙の大黒柱に育てる。

 問  炭素繊維メーカーは、加工技術や販路の獲得のため、1次部品メーカーなど川下企業への資本投入を進めている。CNFでも同様の戦略を考えているのか。

 答  日本製紙もCNF事業において、ただの素材屋で終わらないスキームを確立しなくてはいけない。(企業買収により)バリューチェーンを伸ばしていく。自動車分野に限らず、海外で川下の企業の情報を集めている。既にボールを投げているものもある。資金面の制約でチャンスを逃さないよう、様々な資金調達の選択肢を持っておきたい。

 問  主力の洋紙事業は円安と原燃料高に苦しんでいる。

 答  原料コストと市況のバランスをとるには時間がかかる。このタイムラグが16年度の業績の足を大きく引っ張った。長期的にみれば、構造的な需要減も否めない。次の中期経営計画では、一歩踏み込んだ生産能力の調整も必要だ。

 生産調整は雇用への影響が少ない方法でやる。業界再編を考える前に、まずは段ボールなど需要が伸びている分野でも設備をむやみに増やさず、他社との提携によるOEM(相手先ブランドによる生産)を検討していく。

 ただし、汎用品は業界全体で一定の能力削減が必要だ。シェアの大きい日本製紙にしわ寄せが来るのはやむを得ない。

 問  紙事業の成長分野として、液体容器の原紙や紙コップで買収を仕掛けた。どのような成長を見込んでいるのか。

 答  こうした分野では17年度で450億円の売上高を目標としている。20~23年度には食品容器分野と統合して1000億円を目指す。

 問  利益構造はどう変わっていくのか。

 答  営業利益では現在、紙事業が6割を占める。だが、新素材が成長していけば、この比率は下がっていくだろう。新分野の開拓により、紙事業の比率は、20年度では5割、30年度には3割に下げたい。

(日経ビジネス2017年4月10日号より転載)

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