8月10日、英国のリスクコンサルティング企業であるVerisk Maplecroftが公表した2017年度版現在奴隷指標(Modern Slavery Index 2017)は、昨年欧州連合(EU)加盟国の約3/4の国で「現代の奴隷」リスクが増加したと報告した。

 2015年に施行された英国現代奴隷法(Modern Slavery Act 2015)は、サプライチェーンにおける強制労働や人身売買といった「奴隷制度」を特定し、排除するための取り組みを企業に求めている。英国で事業活動し年間売り上げが3600万ポンドを超える場合、奴隷的労働が、サプライチェーン上で行われていないことを確認し報告することが必要だ。既に日本企業の多くが、対応状況に関する声明をホームページ上で公開している。

 この法律は経済のグローバル化を背景に制定された。世界に展開するサプライチェーンによって引き起こされる奴隷的労働の防止を意図した内容だ。英国内のみならず、拡大したサプライチェーンに含まれる国や地域まで含め、奴隷的な労働による、人権侵害の撲滅をめざしている。英国外の企業でも、本社所在地に関係なく適用される。

もはや新興国だけの問題では無い

 EU諸国でリスクにさらされているのは、戦火を逃れてEU諸国へやってきた移民だ。今回の発表による衝撃は、リスクが高まっているのは新興国ではなく英国に代表される先進国が含まれる点だ。EU域内でサプライチェーンを展開している日本企業は、直接的にリスクが増加する。EU域内のサプライヤーまで含めた確認が必要だ。新興国サプライヤーで行っていた「持続的な調達」を実現するサプライヤー管理を、従来リスクが低いとされていた国々のサプライヤーまで拡大して管理するのは負担が大きい。そして、こういった問題はEU諸国だけにとどまらない。

 奴隷指標では、アジアで中国、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイといった国々を「非常に高リスク」又は「高リスク」に分類している。多くの日本企業と密接な関係を築き、サプライチェーンに組み込まれた企業が多い地域だ。こういった国々のサプライヤーには奴隷的な労働を排除し、持続的な調達を実現させる取り組みを続けなければならない。加えて日本国内における奴隷的労働にも注意を払わなければならない。

日本の奴隷的労働の兆候はブラック企業にある

 日本では、公式的には移民の流入が問題になっていない。だからといって奴隷的労働発生のリスクが低いかといえば、話は別だ。日本でも奴隷的労働か? と感じさせる労働の存在が明らかになっている。国内に奴隷的労働? と違和感を覚えるかもしれない。日本では「ブラック企業」と称されている企業がある。ブラック企業とは、厚生労働省のホームページによると、次の3つの一般的な特徴が示されている。

  • ①労働者に対し極端な長時間労働やノルマを課す
  • ②賃金不払い残業やパワーハラスメントが横行するなど企業全体のコンプライアンス意識が低い
  • ③このような状況下で労働者に対し過度の選別を行う

 こういった特徴は、1つひとつは奴隷的労働に定義される「強制労働」には該当しない。しかし、違法な長時間労働に加えて、そういった働き方を強いるパワーハラスメントが行われた場合、強制労働と酷似した状況と想定される。拘束して働かせているのではないから、強制労働には当たらないとする考え方もあるだろう。発注企業とサプライヤーは異なる企業であり、現状に対する見解のミスマッチが発生する可能性が高くなる。この点に関しては、発注する際にコミュニケーションを十分に行って、見解のミスマッチを排除しなければならない。

サプライチェーンで日常的に発生する無理強い

 サプライチェーン上で、発注する企業はサプライヤーに対し、Q(品質)C(コスト)D(納期)を決定して発注する。サプライヤーに行った指示が、見解のミスマッチによって奴隷的労働を助長する可能性がある。まず短納期対応。需要動向がわかりづらい現代では、サプライヤーが見積もりした納入リードタイムが確保できずに発注するケースがある。程度の差こそあれ、身に覚えのある人も多いはずだ。

 短納期対応の要求に対して、サプライヤーが「指示通りには対応できません」と回答できれば奴隷的な労働は起こらない。しかし、買い手の購買力が強い場合、サプライヤーの営業パーソンが、無理なリードタイムでも受注してしまう場合もあるだろう。そんなときも、せっかく受注できたからと「頑張って」責任をまっとうする意志は尊い。

 しかし、サプライヤーに短納期対応を強いるのは顧客1社ではない。需要動向の不透明感によって、需要が確実になる受注をしてからサプライヤーへ発注するはずだ。発注したら、短納期対応で納入日の前倒しを依頼される。これはどんな企業でも直面している問題だ。すべての顧客から同じように短納期対応を同じように強いられたら、どうなるだろうか。

 人口減少によって、人手不足はあらゆる企業や業界で顕在化している。従業員が頑張って持てる以上の力を発揮するにも限度がある。複数の顧客の無理な要求が重なり生じた強制力が、サプライヤーの奴隷的労働を助長する可能性を想定しなければならない。顧客の無理強いが重なった結果、サプライヤーの従業員に何らかの問題が発生した場合、すべての顧客が奴隷的労働の共犯になるかもしれないのだ。

サプライヤーの対応範囲拡大でリスクも増加する

 こういった傾向は、サプライヤーの生産現場だけの問題ではない。製品設計に代表される技術的な対応を含め、従来よりも受注範囲を拡大してきたサプライヤーは多い。自分たちの付加価値を高めて売り上げを伸ばし、利益拡大を狙っている。

 顧客からの要求内容が高度化すれば、対応には相応の時間が必要だ。受注範囲の拡大に合わせて、対応する人員も増員すれば問題ない。しかし、人手不足によって、増員は簡単には実現しない。従来の人員構成で対応すれば、一人当たりの負担は確実に増加する。もし理不尽な要求を無理強いすれば、これまた奴隷的労働を強要したと判断されかねない。

 こういった考え方は、最近になって登場したわけではない。昭和31年に制定された下請代金支払遅延等防止法(通称下請法)は、発注側である親事業者に11項目の禁止事項を課している。昨年の12月には、関係法令の運用強化も行われた。

 このような法律が制定される背景には、購買力の強い大手企業が下請け企業に対し、優越的な地位を乱用し、一方的に利益を確保してきた歴史がある。近年では、製造業だけではなく、小売企業が公正取引委員会から下請け法違反で勧告を受ける事例が相次いでいる。

 小売企業の摘発増加を、下請法に対する認識不足が原因だと指摘する専門家が多い。法律の内容ではなく、企業としての行動が問題である。優越的地位によって無理な対応を強いている企業姿勢こそ問題だ。奴隷的労働の芽は、あらゆる企業の現場とサプライチェーン上にある。今、奴隷的労働を正しく認識した対応が、新興国のサプライヤーだけではなく国内におけるサプライヤーに対しても求められているのだ。

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