今回は「小さいことかもしれないけれど……」というテーマでアレコレ考えてみようと思う。

 と、なんだかまどろっこしいテーマ設定になってしまったのだが、実は先日、アラサーの女性たちと座談会をさせていただく機会があった。そこで「ナマの声はすごい!」と改めて感動するとともに、「こ、これは! 上司たちに伝えなきゃ」というか「これは知っておくべき衝撃の事実だ!」ということがあり、それをテーマにしようと思った次第だ。

 ただ、“衝撃の事実”であることは間違いなのだが、おそらく多くの人たちが

 「そんな小さなことで騒ぎまくるのか?」

 と呆れ、

 「おまえはいつも女性差別、女性差別って騒ぎ立てやがって!」

 と、総攻撃を受けそうなことでして。ええ、かなりの確率で。いや、ほぼ確実に、です。

 しかしながら、これからお話することは「一事が万事」的問題だと、個人的には確信している。

 なので、なるだけ「ナマの声」を正確に伝えつつ、その問題点を普遍的なカタチで考えてみようと思うので、おつき合いいただければ幸いです。

 エクスキューズはこれくらいにして、まずは座談会の説明からしておきましょう。

 参加者は4人。一般企業に正社員として勤める30代で、全員未婚の女性である。

 私が連載をしている日経ウーマンオンライン主催で、「女性の賞味期限」というちょっとばかり意味深なテーマで、自由に普段感じているモヤモヤをざっくばらんに語り合う目的で集まってもらったのだ。

「賞味期限」は何を意味するの?

 なぜ、「女性の賞味期限」というテーマ設定で、座談会を実施したのか?

 ウーマンオンラインでは、読者から毎週相談を募り、それについて私とニケ(私の分身です)が一緒に考えていくという体裁をとっているのだが、2年間にわたる連載の中でもっとも読まれた記事が、「悲鳴をあげる体と『女の賞味期限』」という記事だった。

 30代がボリュームゾーンのウーマンオンラインで、なぜ「賞味期限」というタイトルの記事が読まれたのか?
 その謎を探ろうと座談会参加者を募り、アラサー女性たちのナマの声を2時間びっちり聞かせてもらったというわけ。

 結論からいうと、彼女たちにとっての「賞味期限」とは、「このままでいいのか? いいわけない」というモヤモヤの“記号”だった。

 賞味期限を感じている問題は、大きくわけると3つ。

・結婚できない・しない私と「女の賞味期限」

・一般職30代、迫るキャリアの「賞味期限」どうすれば

・働き続けたい…「体の賞味期限」どう折り合い付ける?

 「結婚・出産」「仕事・キャリア」「体・美容」……、どの内容も「うんうん、私もそうだったよ」というものだった。

 そう。かくいう私の30代も“モヤモヤのるつぼ”で。
 「どこかおかしいのかも」と自分で自分が心配になるほど、不安とモヤモヤに翻弄され続けた。

 この年になってみると、それが「一人の女性」である自分と、「一人の働き手」としての自分の狭間での迷いであり、すべてが自信のなさと、職業アイデンティティを確立できていない歯痒さだったことに気付く。

 結婚や出産に積極的になれない自分と、キャリアにもバリバリになれない自分……。
 少しでも認められたくて精一杯がんばっている一方で、「努力が足りないんじゃないのか? これでいいのか? このままでいいのか?」と変化を求め、自己嫌悪する。

 何一つ解決できないないまま時間だけが経っていくことに、感情が割れてしまうのだ。

 なので座談会に参加した女性たちの話を聞きながら、「時代は変わっても、人の心というのは変わらない」ということを改めて痛感した。

 と同時に、“寿退社”が死語と化し、同僚や後輩が“出産ラッシュ”という話をナマで聞くと、職場の変化が手に取るように感じられた。もちろん育休復帰後の働き方・働かせ方は、予想どおり問題山積だったが、それでも「女性たちが働き続けられる環境になりつつある」と確信できた。

 ところが、である。

 ひとつだけ「ええっ? ま、マジ?? いまだにそんな会社があるのか??」と衝撃を受けたことがあった。
 それがまさしく今回「男性上司に伝えねば!」と思ったこと。

その一言で堤防決壊!

 きっかけはひとりの参加者の次の言葉だった。
 「女性限定の仕事ってありますよね~」――。

 女性限定というキーワードが出た途端、「あるある!」と女性たちが日頃のうっぷんを、まるで堤防が決壊したかのごとく口にしはじめたのである。

 「雑用は必然的に女性がやることになる。男性は見てみないふりをする」
 「女性だけでローテーションを組まされ、お茶出しをさせられる」
 「女性は社員に毎日配られるおやつの買い出しに行かされ、3時になると各階にもっていかなくてはならない」
 「ゴミ捨ては女性の仕事」
 「男性はどんなにゴミがたまっても、絶対にゴミ捨てにいかない」
 「今の会社に5年間いるけど、一度も男性がゴミを捨てたとことを見たことがない」
  etc.etc。

 以前、男女雇用均等法世代の先輩女性たちをインタビューしたときに、

 「総合職で入ったのに、上司から『キミの仕事リスト作っておいたよ』と渡されたメモに、一日三回のお茶くみ、朝の机の掃除、夕方のゴミ出しと書かれていて、がっかりした」

 と嘆いていたのと全く同じ。

 つまり、20年以上前、いや40年以上前の“ザ・昭和の総合職の女性”が憤っていた問題と同じ問題に、4人中3人の“平成”のアラサー女性たちが苦悩し、「それが当たり前になっている」と断言したのだ。

 いわく、

 「同僚の男性たちが、そういうときだけオジさんたちの仲間になる。年配の管理職の女性も『自分たちのときはもっと大変だった』というだけ」

 だと。

 「20代のときは、本来の仕事自体が下っ端の仕事だったから仕方がないと思っていました。
 でも、今はキャリアアップしたいと思っているのに、なぜ、当たり前のように女性限定の仕事になっているのか。私だって、3時に会議をしたいときがあります。外回りしたいときだってある。自分の仕事をもっとしたいです」

 こう憤慨していたのである。

 「そんなの上に言えばいいじゃないか」って?
 はい、そのとおりです。

 私も同じように彼女たちの話を聞いていて思ったし、彼女たち自身が先頭にたって“女性限定の仕事”を“みんなの仕事”にすればいいのでは? とも思った。

 だがあの場で、私はどうしても言えなかった。その一言を放った途端、それまでせっかくホンネをぶちまけてくれていた彼女たちの心の扉が一気に閉じてしまいそうで、言えなかった。

 彼女たちがただ単に文句をいってるわけではなく、自分でどうにかしたいと必死でもがいていることはそれまでの話からも明らかだったし、何よりも彼女たち自身が“そんな小さなこと”に不満を抱く自分に自己嫌悪していたのだ。

 「こんなことに不満を感じてしまう自分は、心が狭いんじゃないか」
 「こんな小さなことすら変えられない自分は、ダメな人間なんじゃないか」

 誰にだって「抱きたくない感情」がある。
 その抱きたくないネガティブな感情に打ち勝てない自身への嫌悪感に苛まれている彼女たちに、刃となる言葉は言いたくなかったし言えなかったのである。

 お茶出しも、お菓子配りも、ゴミ出しも、物理的には5分程度しかかからない“小さな仕事”だ。
 たった5分。たかが5分。されど5分……。その“たった5分”がとてつもなく大きな負担となる。

 寝る前に5分で書く日記を続けるのがいかに難しいか?
 朝の5分のストレッチがめんどくさいのはなぜか?

 自分のためのたった5分でも、ルーティンにするのは極めて難しい。
 まして、それが暗黙裡に「やらなくてはならない」と押し付けられる“5分”だったら?

 その負担感が半端ないことは容易に想像がつくことだろう。

Twitterでも大きな話題に

 「でも、それってたまたま座談会に参加した人の会社の話でしょ?」

 いやいや、そうでもないから問題なのだ。

 座談会の翌日。参加者のひとりからメールがきて、数か月前にTwitterで話題になっていたことを教えてくれた(こちら)。

 記事によれば、

 「パート先のエラい人に『20年くらい前まではね、毎日10時と3時に女性職員がお茶やコーヒーを入れて全員に配ってたんですよ』と話しかけられたので、面倒くさいやつキタ!と身構えたら『だから僕はね、本当はコーヒーに砂糖とミルク入れたいのに恥ずかしくて言えなかったんです』と。」

 とあるTwitterユーザーが呟いたところ、6000件以上リツイートされ、

 「いまだに私は朝・昼・夕の3回お茶くみしてます」
 「就職して20年以上になるが、未だにお茶を入れている」
 「20年前と変わったのはお茶は要らないという人が増えただけで、いまだにお茶くみは今も女性の業務であることが暗黙の了解となっている」

 という反応があったというのだ。

 また、20歳~59歳の女性2000名を対象に行った「働く女性のホンネについての調査」(こちら)でも、25.6%が「雑用(コピー取りやお茶くみなど)を任されやすい」と回答。

 さらに、厚労省の男女雇用均等法のQ&A にも、お茶くみに関することが掲載されていたのである。

Q.男性社員は忙しいので、お茶くみや掃除等の雑用は女性社員に任せていますが、何か問題はあるでしょうか?

A.男性労働者は通常の業務のみに従事させ、女性労働者についてのみ通常の業務に加えてお茶くみ・掃除等を行わせることは均等法に違反します (※出典はこちら

 なんとも……。

 要するに、わざわざ厚労省が「男女雇用均等法」のHPに載せなければならないほど、いまだに“女性限定の仕事”が存在し、わざわざ「それは法律違反です!」と指摘しないと止めようとしない時代錯誤の会社が存在しているのだ。

 男性の家事の代名詞といえば「ゴミ出し」で。家庭でできて、職場ではできないのはいったいなぜ?
 家では女房が恐いからやるけど、会社では「女房(=女性)がやればいい」ってことなのだろうか。

 それとも家庭ではゴミ捨てをすれば、とりあえずは妻から評価されるが、職場でゴミ出ししても誰も評価しない。だからやらないってこと?

 なるほど。そういうことか。

性差別の問題じゃなくて、マネジメントの問題だ

 いずれせよ、私はこれは「性差別」という問題ではなく、「マネジメント」の問題だと考えている。
 マネジメント層が機能していないだけじゃないのか? と。

 だって、たった一言、課長なり部長が「お茶が飲みたい人は自分で飲む。ゴミ出しは、週代わりで全員で担当。部長の私もやります」といえば即クリアだ。

 だいたいこの20年で、

  • ・FAXはメールになり
  • ・固定電話は携帯になり
  • ・扇風機は冷房になり、
  • ・受付嬢は電話受付になった。
  • ・24時間連絡が可能になったし、
  • ・出来ちゃった婚はおめでた婚になったし、
  • ・社内結婚してもやめる必要がなくなった

 あげたらきりがないほど、私たちの社会や職場は変わり、さまざまな当たり前が、新しい当たり前に変化した。

 なのに、なぜかいまだに20年前と同じように、「お茶くみやゴミ捨てを女性がやって当たり前」とする会社が存在する。

 おそらくそういう会社は、早かれ遅かれ淘汰されて行くのだと思う。

 だって、全ては一事が万事。上司のたった一言で変えられることさえ変えられない職場は、他にもさまざまな時代遅れが横行し、おびただしい変化に対応できず、やがて果てる。

 実際、座談会でも“女性限定の仕事がある”と不満をもらした女性たちは、上司に不満を抱えていた。「何を評価されているのか? 評価基準がなんなのか?」と、上司にかけあっても納得ゆく答えが得られずにモヤモヤを募らせていた。

 そもそも管理職とは、何を管理するのが仕事なのか?
 私は管理職の真の役目とは、“環境を管理する”ことだと考えている。

 例えば部下のメンタルを、どんなに上司が「言動がおかしくないか? 顔色がおかしくないか?」と見張ったところで、何一つ解決しない。

 部下のメンタルが低下しないような環境になっているか?
 元気に働ける職場になっているか?

 と、人ではなく、環境を管理する。

 件のお茶くみや女性たちは、
 「ウツではない」し、
 「過重労働にもなっていない」し、
 「仕事を予定通りこなしている」かもしれない。

 でも、職場環境を見渡せば
 「お茶くみを女性だけがやっている職場」であり、「ゴミ捨てを女性だけがやっている職場」という景色が広がっている。

気持ちは変えられないが、環境は変えられる

 上司たちは例外なく部下のモチベーションをあげたい、やる気を引き出したいと願う。
 だが、自分の気持ちだってなかなかコントロールできないのに、他人の気持ちなど、コントロールできるわけがない。

 しかし、環境なら変えられる。そして、環境が変われば、人間は必ず変わる動物なのだ。

 もし、“アナタ”の部下たちに“女性限定の仕事”があるなら、“アナタ自身のマネジメント能力”を疑った方がいい。
 そして、トップの方は、“わか者”社員たちに「職場の意味不明」を聞いてほしい。

 当たり前に染まっている人には見えないことが、わか者、ばか者、よそ者にはよ~く見える。人は見えるものを見るのではなく、見たいものだけを見る。だからこそダイバーシティの重要性が叫ばれてるんですけど、ね。

 とにもかくにも職場崩壊は外からではなく、内から起きるもの。

 「ああ、やっぱりあの会社つぶれたんだ。今だに女性がお茶出してたもんね~」なんてことにならないように、お気をつけください。

『他人をバカにしたがる男たち』
おかげさまで“たちまち三刷”となりました!感謝、感謝でございます!
##エトキ
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他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)

●世の男性をいっせいに敵に回しそうなタイトルになっておりますが、内容は「オジさんとオバさんへの応援歌」です(著者より)

●本の前半部分で「ジジイ化している自分が怒られてる」と思っていたら、最終的に「がんばろうとしているオッサン(私自身)」を鼓舞してくれるものになっていて、勇気をもらうことができました。
(伊藤忠テクノソリューションズ代表取締役社長 菊地 哲)

●「ジジイの壁」にすがりつく現代企業人の病根の原因を学術的に暴き、辛辣なタイトルから想像できる範囲をはるかに超えた深い大作。
最終章では男女の別ない温かい眼差しに涙腺は崩壊寸前、気づくと付箋だらけに。
(ヒューマンアーツ株式会社 代表取締役 中島正憲)

●オッサンへのエール、読後感は、一杯目のビールの爽快さです。
(50代 マンネン課長から脱出組)

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