「今回の不正はなぜ発覚したのか?」

 「親会社から赴任した新工場長が生産会議に出席し、おかしな言葉が使われていることに気付いた」

 神戸製鋼所と持分法適用会社の神鋼鋼線工業は2016年6月9日、緊急の記者会見を開いた。神鋼鋼線工業の100%子会社である神鋼鋼線ステンレスの工場で、日本工業規格(JIS)の標準強度を満たしていないばね用鋼線を一部、JIS規格品として出荷していたという。

 会見には、神戸製鋼の梅原尚人副社長と神鋼鋼線工業の藤井晃二社長、そして不正に気づいた神鋼鋼線ステンレスの渡辺省三常務兼工場長の3人が出席。深々と頭を下げて陳謝した。

左から、渡辺・神鋼鋼線ステンレス工場長、藤井・神鋼鋼線工業社長、梅原・神戸製鋼副社長
左から、渡辺・神鋼鋼線ステンレス工場長、藤井・神鋼鋼線工業社長、梅原・神戸製鋼副社長

 渡辺工場長が不正に感づくきっかけになった「おかしな言葉」というのは、この工場で普段から使われていた「トクサイ」という言葉。「特別採用」の略だ。

 特別採用とは、サイズなどが顧客の当初の要望から外れている不良品でも、顧客が購入を希望する場合は「トクサイ」として販売を認めることを指す。当初の仕様から外れた不良品だったとしても、品質に問題がなければ顧客は十分に使える可能性がある上、安く譲り受けられるというメリットがある。こうした工場独自の「ローカルルール」は、どこの工場にでもよくあることだ。

 トクサイはあくまで顧客が希望し、交渉が成立した場合のみ許可されるものだ。もちろん、トクサイを認めた場合でも、JIS規格から外れていればJISマークを付けて出荷することはできない。

「強度のトクサイなんてあり得ない」

 ところが渡辺工場長が日々の生産状況を報告する会議に出席した時、「強度のトクサイ」という言葉が使われていた。強度不足は品質に関わるため、いかなる場合でも出荷は認められない。そこで気づいた。「何かおかしなことが起きている」と。

 「トクサイという言葉の定義がいつからか曖昧になっていたようだ」(渡辺工場長)。トクサイは本来、ごく限られた特別なケースにのみ許されるものだが、いつからか「トクサイならOK」という拡大解釈につながった可能性がある。こうした事象は決して対岸の火事ではない。

 もう少し具体的な不正の中身を見ていく。

 JIS法違反のあったばね用鋼線は、その名の通り、ばねの材料となるステンレス製の線材だ。神戸製鋼などの調査によると、検査記録が残っている2007年4月から2016年5月までの間、合計で55.5トン分のJIS規格外品を規格品として、ばねメーカーや問屋に出荷していた。それらの用途は、ゴミ箱など家電・家庭用品等向けが79%、給湯器等のガス設備向けが12%、自動車向けが5%だった。残りの4%は、ばねメーカーや問屋での出荷記録が残っていなかったり、ばねメーカーが廃業していたりして、いまだ不明だ。

 該当のJIS規格品を材料として使う場合、30%の強度(具体的には引っ張り強度)の余裕をもたせて設計するのが一般的だという。神鋼鋼線ステンレスが出荷していた規格外品は、少なくとも規格の96%の強度を備えていた。そのため「使用中の毀損リスクは極めて低いと考えられる」(藤井・神鋼鋼線工業社長)という。

 と、ここまでは、一般紙の記事にも、おおよその内容が掲載されていた。ここからはもう少し突っ込んで、不正が起きた現場の状況を見ていきたい。

 「この現場で自分が働いていたら、同僚の不正を見破れていただろうか?」。そんな視点で読み進めていただければと思う。

 今回の不正を主導したのは、ある役職に付く人物。現在、分かっているだけでも、2001年頃から同じ役職に付く人が同様の手口で不正を働いていた。その間、何人もの人物がその役職に就いてきたが、その度に次の代へと受け継がれた。

兼務してもいい仕事、兼務してはいけない仕事

 工場には工場長の下に、(1)製造部、(2)品質保証室、(3)環境防災安全室、の3つの部署があった。製造部の中にはさらに製造課、業務課、技術課がある。製造課に所属するのは、生産ラインで機械を動かしたりモノを運んだりするスタッフ。業務課に所属するのは、日々の調達や生産管理などを担当するスタッフ。そして、技術課に所属するのは、製品の設計や生産ラインの設計など技術にまつわる仕事を担当するスタッフだ。製品の品質にかかわる設計を担当する人も、技術課に所属する。

 製造部で生産した製品が規格をクリアしているかを検査するのは、品質保証室の仕事だ。完成した製品(巨大なボビンに糸のように巻きつけられたステンレス製線材)の一部を工場とは別棟にある検査室に持っていき、特殊な機器を用いて引っ張り強度などの品質を調査する。この実務を担当するのが検査係。この工場では、検査結果を一旦、所定の用紙に書き込み、その数字をさらにパソコンに打ち込んでデジタル化するのが手順になっていた。

 業務課や技術課などのスタッフは通常、生産現場ではなく事務所にいる。神鋼鋼線ステンレスの事務所スタッフは、管理職も含めて十数人と少ない。そのため兼務者が多かった。品質にまつわるところでは、技術課で品質設計を担当する担当部長が、品質保証室の室長を兼務。その下で検査係が働いていた。

 ここまでの説明で、不審な点を見つけられただろうか?

 不正は次のような手順で実行されていた。

 検査係が検査を実施する際は、多くの人がいる製造現場や事務所ではなく、別棟にある検査室に行っていた。出た検査結果を用紙に記入し、その後、パソコンに入力する。検査結果を改ざんしていたのは、このパソコン入力のタイミングだ。

 強度の達成率が規定の96%程度であれば、基準をクリアする数字に書き換えて登録していた。この指示をしていたのが、品質保証室長。改ざんについて認識していたのは、品質保証室長と検査係の2人だけだった。

 検査室がもっと多くのスタッフの目に付く場所にあったなら、不正に手をかけづらかった可能性がある。これが1つめの不審点だ。

現場が閉じていると感覚が麻痺する

 2つめは、品質をどう製品に作り込むかの設計をする人物(製造担当部長)が、品質保証室の室長を掛け持ちしていた点にある。つまり、自分で作ったものを自分でチェックしていたため、客観的な視点が入りづらい状況にあった。

 さらに、検査結果を自動でデジタル記録するなどの対策も必要だったかもしれない(もちろん、コストの問題はあるが…)。手で用紙に書き、それをパソコンに入力するというのは二度手間だし、入力ミスや改ざんなどの問題を引き起こす可能性が増す。

 最初に誰が、どんな動機で不正を始めたかは現時点では判明していない。当該製品は不良品の出やすい製品だった。そのため不正をしなくても、全体の6%は廃棄処分になっていた。今回、不正の対象になった製品は全体の0.75%。本来、6.75%出ていた不良品を、不正を働くことによって6%にしたところで、それほどのメリットはなかったはずなのだ。

 「廃棄処分を少なくしろという圧力もなかったと聞いている。ほんの少しの廃棄を無くすために、なぜ不正まで働いたのか。今後は辞めた人も含めてヒアリングを進め、解明していきたい」(藤井・神鋼鋼線工業社長)

 他人が聞けば「そんな簡単なこと、どうして気づけなかったのか」と思うことでも、閉じた現場に長くいると感覚が麻痺し、気づけなくなることは多い。いかに多くの目を光らせ、自浄作用を維持し続けるか。この課題はどんな業界のどんな職場にも突きつけられている。

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