オフィスに入ると、ごま油の芳醇な香りがした。視線の先に、料理レシピ動画を制作する「キッチン兼スタジオ」が10台以上並ぶ。美しく見える光の当て方、わかりやすい野菜の切り方……。ベンチャー企業であるデリー(東京都品川区)のオフィスは、料理動画制作のノウハウの固まりである。

大量の料理動画はこのキッチン兼スタジオで作られる(写真:吉成 大輔)
大量の料理動画はこのキッチン兼スタジオで作られる(写真:吉成 大輔)

 デリー(東京都品川区)が運営する料理レシピ動画サービス「クラシル」。サービス開始からわずか1年半で、月間1億7000万回以上再生されるメディアへと成長した。

クラシルの料理動画イメージ。1分でレシピが分かる動画が利用者の支持を集める
クラシルの料理動画イメージ。1分でレシピが分かる動画が利用者の支持を集める

 月間1000本以上のレシピ動画を配信し、累計本数は約1万本。日経ビジネスの取材に対し、堀江裕介CEO(=最高経営責任者)は8月23日にレシピ動画数が世界一になったことを明かした。スマートフォン向けのアプリダウンロード数も「間違いなく世界最大級」であるという。アプリは米アップルの「App Store」で総合ランキング1位、レビュー点数も5点満点で4.8点と高得点を維持している。

 5月には“珍事”も起きた。同社のレシピ動画の効果で、5月の豆苗出荷量が前年同月比で60%増加(豆苗シェア1位の村上農園の調査)。異例である。

 ここまで熱狂的な支持を集める理由はどこにあるのか。意外にも、堀江CEOは「(動画の品質などの)コンテンツ力ではない」と言う。

 オンラインの料理動画サービスは、この数年で米テイスティや米テイストメイドなどが次々に生まれ、国内でも競合がひしめく。クラシルが描く今後のマネタイズと世界展開とは――。

(聞き手は島津 翔)

堀江さんは過去に「動画コンテンツにこそ成長の余地がある」と発言しています。動画に注目した理由を改めて聞かせてください。

<b>堀江裕介(ほりえ・ゆうすけ)</b> dely(デリー)代表取締役 CEO  25才。2014年、慶應義塾大学在学中にdelyを設立、代表取締役に就任。2度の事業転換を経て16年2月からレシピ動画サービス「kurashiru(クラシル)」を運営。17年3月、当時24才で累計約40億円の資金調達を行ったことから、世間の注目を集める。17年4月、Forbesによる「アジアを代表する30才未満の30人」に、 メディア・マーケティング・広告部門で唯一の日本人として選出(写真:吉成 大輔)
堀江裕介(ほりえ・ゆうすけ) dely(デリー)代表取締役 CEO 25才。2014年、慶應義塾大学在学中にdelyを設立、代表取締役に就任。2度の事業転換を経て16年2月からレシピ動画サービス「kurashiru(クラシル)」を運営。17年3月、当時24才で累計約40億円の資金調達を行ったことから、世間の注目を集める。17年4月、Forbesによる「アジアを代表する30才未満の30人」に、 メディア・マーケティング・広告部門で唯一の日本人として選出(写真:吉成 大輔)

堀江裕介CEO(以下、堀江):デリーは2014年に創業しました。当時はキュレーションメディアの全盛期で、すでにメディアがたくさん立ち上がっていた。一方で、ブロックチェーンやAI(人工知能)、仮想通貨などのテクノロジーは今ほど盛り上がっておらず、ビジネスを始めるのが難しい時期と言われていました。

堀江:ただ、メディアの潮目は変わっていた。ゲームでもニュースサイトでも、どんどんリッチコンテンツ化(動画や音声などを利用した情報提供の総称)し始めていました。15年くらいから、中国のニュースサイトも一気に動画化に舵を切った。つまり、これは当然と言えば当然ですが、人間はよりリッチなものを望んでいる。 これがはっきりしてきました。

 大学生で起業したので、資金はない。そんな僕らでも戦えるものって何だろう。参入障壁が低く、将来的に時価総額1000億円以上狙えるものって何だろう。それを考えたときに、「動画だろう」と。

 コンセプトは、安く作れて既存メディアを置き換えられるもの、かつ、コンテンツが資産化していくもの。言い換えれば、古くならないもの。ファッション動画は5年経って古くなったら誰も見なくなる。いろんなジャンルを試しましたが、その答えが料理でした。「食」って古くなりませんから。

 レシピサイトの「クックパッド」を動画で置き換えてやろうと。それがサービスのスタートです。

一方で、堀江さんが事業を考えていた頃はCGM(消費者生成メディア)の全盛期でもあります。大量のコンテンツを生み出すには、消費者にコンテンツを作ってもらったほうが手っ取り早い。おっしゃったクックパッドも、レシピを消費者が投稿する仕組みを採用しています。あえて、自社でプロが作る動画コンテンツにこだわった理由は?

堀江:クックパッドには200万レシピが掲載されています。よく投資家に「置き換えるって言うけど、全部動画にできるの?」ってよく聞かれるんですが、僕は「それは違う」と反論します。

 料理と食材で、1000通りも想像できないですよね。1000通り想像できたとしても、それぞれに10のレシピがあれば、十分、消費者は満足できるはずです。グーグルで検索して実際にクリックするのって、上位10件くらいでしょう? つまり、動画が1万本あれば十分なんです。クックパッドの200万レシピのうち、トラフィックが集まるのは上位1〜5%のコンテンツだけですよ。残り95%以上は要らない。動画化する必要なんてないんですよ。

 それから、コンテンツにとって「プロかプロじゃないか」は正直、あまり関係ないと思っています。よく取材で「なぜクラシルの動画は愛されているんですか」と聞かれますが、僕は「うちのコンテンツに競争優位性はありません」と答えています。

コンテンツではなくシステムで勝負が決まる

堀江:もちろん、コンテンツをより良くする努力はしているし、信頼が大事だということも分かっています。でも、カレーを作る動画なんて、うちが作っても競合の「TASTY(テイスティ)」が作っても品質はほとんど同じです。

 そうじゃない。適切なコンテンツを適切なタイミングで適切な場所に置く。そこで勝負が決まるんです。こういったシステムの優位性が今後のビジネスでは圧倒的に大事になってくる。うちはそこに集中しています。

 例えば、「同じカレーを作る」という意味ではコンテンツに差異はありません。ただ、「なんで今日カレーを作るの?」「なんでこの時期なの?」「なんでアプリのこの位置にこのカレーの動画を表示するの?」という視点で見ると全く違ってきます。それがシステムの優位性という意味です。

 もちろん、コンテンツという意味でも企画段階では工夫しています。例えばテイスティの動画は面白いけど実用的ではない。だって、スイカを半分に切って器にしてウオッカを入れるなんて、(多くの人には)参考にならないじゃないですか。

 日本人が知りたいのは、冷蔵庫の中に入っている食材でいかにその日の晩ご飯を作れるか、ということですから。だからうちは最初から実用的なものに絞りました。だからこそ、検索性を考えて、ある程度、本数を増やす必要がありました。

 これは8月24日に正式に発表しますが、料理動画の本数で世界一になりました。僕らは最後発です。なのに、なぜこんなことができたか。最初から適切なコンテンツをユーザーにどの程度の本数を届けなければならないか計算して、そこに向かって全力で走ったからです。自社のアプリにコンテンツを蓄積して、検索性を高める。その方向は最初からぶれていません。

同業他社は、SNSのFacebookやInstagramなどに動画を掲載する「分散型メディア」として注目を集めました。なぜ、クラシルはそこに向かわなかったのですか。

(写真:吉成 大輔)
(写真:吉成 大輔)

堀江:これも、当社が動画本数で世界一になったことと関連しています。他社は分散型を標榜して、FacebookなどのSNSにファースト・プライオリティを置いた。そこで見られるにはどうすればいいか。話題になればいいので、派手なものを置く。さっきのスイカにウオッカのような動画です。

 しかも、バズることを考えたら、1日に3、4件しか投稿できない。多くの動画を投稿すると、Facebookのアルゴリズムの仕組みによって、ユーザーに届きにくいような表示になるからです。つまり、リーチが伸びなくなる。だから彼らは1日に3、4件しか動画を作らなくなった。

 僕らはアプリに主眼を置いたので、そんなことに関係なく1日に50件程度の動画をつくり続けた。つまり、僕らは広辞苑を作っていましたが、彼らは週刊誌を作っていた。

サービス開始1カ月で気付いたこと

堀江:僕らがアプリに向かったときに、色んな方から必ず失敗すると言われました。「世の中の流れは分散型だ」と。極端なことを言えば、みんな「自社サイトもアプリも全部なくなる」と思っていた。でも、今はどの競合もアプリを作り始めている。その間に、うちはアプリで絶対的な立ち位置を獲得していました。こちらの戦略が正しかったわけです。

なぜ分散型ではない、と思ったのですか。

堀江:動画サービスを始めて1カ月ほどで気付いたんです。同じようなコンテンツをFacebookに出しているのに、日によって再生回数が全く違う。これはFacebookのアルゴリズムに動かされているなと。

つまり、Facebook側に再生回数をコントロールされてしまう。

堀江:そうです。一時期、バイラルメディア(インパクトや話題性のある動画や画像からなるブログメディア)が注目された時期があり、国内でもサービスがどんどん立ち上がりました。でも、一つも上場した会社はありません。

 Facebookのアルゴリズム変更で、リーチが伸びなくなったからです。一時期、Facebookはコンテンツを提供する企業を優遇しましたが、今は昔ほどじゃない。コンテンツを生む主体がたくさん集まったからです。つまり、どのプラットフォームでもそうですが、最初はみんなコンテンツがほしいから優遇する。でも集まったら利益率を下げる方向に調整する。バイラルメディアは伸びなくなったんじゃない。プラットフォーマーに伸びを止められたんです。

 この歴史を見れば、分散型メディアも必ず同じ運命をたどると予想できます。

 つまり、メディアたるものは、自分たちがアルゴリズムを手にしてコントロールしなければ絶対に安定的成長が望めない。外的要因に左右されるようなビジネスは安定成長できないんです。

料理動画だけでなく、全てのメディアに当てはまる指摘ですね。

堀江:アルゴリズムは決定的に重要です。例えば、なぜFacebookとTwitterにこれだけの差が付いたか。Twitterは新着順、投稿をタイムライン形式で並べる方式にこだわっています。一方でFacebookはどのユーザーにどのコンテンツをどう届けるかという仕組みにこだわった。とにかくデータに基づいた意思決定をずっと続けてきたわけです。結果はFacebookの勝ち。仕組みが勝ったわけです。

 もちろん、圧倒的に強いコンテンツを持っているのであればコンテンツにこだわればいい。でも、そうでないなら仕組みで勝負すべきでしょう。

有料課金モデルは安定的ではない

マネタイズの戦略を教えてください。デリーは売上高、利益ともに非公開ですが、今はまだ投資フェーズと理解していいですか。

堀江:はい。マネタイズするということは、ある意味でユーザビリティを阻害することにつながりかねません。広告を表示することが利用者にとっていいことばかりではない。僕らはまだユーザー側を見ています。ユーザービリティを阻害しない範囲で収益化しているのが現状です。

今後のマネタイズの方法は。

堀江:3つあります。1つ目は今でも取り組んでいるタイアップ広告です。先ほどユーザビリティの話をしましたが、料理動画の場合は広告を自然に表示することができます。つまり、レシピでヤマサの醤油を使う、料理の隣にキリンのビールを並べる、といった具合に。これはすでに当社の大きな収益源になっています。

 2つ目も広告ですが、トラフィックが伸びるごとに収益が上がる仕組みを考えたい。つまり、グーグルなどが得意とする「アドネットワーク」(広告配信可能な媒体を複数束ねて広告を配信するネットワーク)」の動画版を作りたいと思っています。

 最後の3つ目は有料課金。これも面白い仕組みを考えようと思っていますが、まだ本格的に取り組もうとは思っていません。まずは広告モデルをしっかりとやりたい、という段階です。

ただ、広告には景気に左右されやすいという弱点もあります。収益安定化を目指すなら課金モデルは必須では?

堀江:僕はその考え方には懐疑的です。

単月での黒字化は来年に

 当初、僕も有料課金が売上高の6〜7割になるだろうと思っていました。でも、有料課金=安定とは言えない。例えば、アクティブユーザー(ある一定期間にサービスを利用したユーザー)数が1000万人の2つのサービスがあったとします。どちらも月額500円だったとして、急に一方が250円に割り引いたとする。すると、ユーザーは完全に一方に流れます。これは極端な例ですが、有料課金も明らかに外部要因に左右される。

 僕個人は、どんなに景気の波があったとしても、自社できちんとしたアルゴリズムとプラットフォームを持っていれば、広告のほうが安定的な収益源だろうと見ています。

今後の事業計画は。黒字化はいつですか。

堀江:単月での黒字化は来年のどこか。これは間違いなくそうなります。

その先のマイルストーンは。

堀江: グローバル展開です。国内で成長しつづけ、米国とインドで日本発のベンチャー企業としてどこまで戦えるか。時間がないので、そこが来年以降考えければならないポイントです。

それでは、IPO(新規株式公開)はその後ですか?

堀江:IPOはまだ考えていないんです。小さい成功は望んでいません。利益はどんどん投資に回したい。やりたいビジネスは無限にありますから。今は正直迷っていますが、まだ未上場企業であり続けても良いと思っています。

将来的に目指している事業の規模感は。

堀江:国内だけだと広告と有料課金で売り上げは200億〜300億円が天井でしょう。時価総額は3000億円を目指しています。グローバル展開を含めると規模感は正直つかめていません。世界には料理動画の市場が盛り上がっていない国もまだまだあるので、進出していきたいと思ってます。だから、(将来の事業規模は)今は分からないというのが答えです。

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