新たなEV戦略「ロードマップE」を発表した独フォルクスワーゲングループのマティアス・ミュラーCEO(最高経営責任者)
新たなEV戦略「ロードマップE」を発表した独フォルクスワーゲングループのマティアス・ミュラーCEO(最高経営責任者)

 2年に一度開催される欧州最大規模の自動車展示会「フランクフルト国際自動車ショー」。一般公開に先立って12日から始まった報道関係者向けイベントで注目を集めたのは、独大手自動車メーカーが相次いで発表したEV(電気自動車)シフトの加速だった。

 今回の自動車ショーに合わせ、フォルクスワーゲン(VW)グループ、ダイムラー、BMWの独大手3社はいずれも、EVに関連した新しい戦略を公表した。

■VWグループ

  • EVの新戦略「ロードマップE」を発表。2025年までにEVを50車種、プラグインハイブリッド(PHV)を30車種の計80車種を投入
  • 2030年までに新たに200億ユーロ(約2兆6000億円)をEV開発に投資
  • 遅くとも2030年までに、VWグループのラインナップ約300車種すべてにEVタイプを投入
  • EV用の電池調達に、2025年までに500億ユーロ(約6兆5000円)投資

■ダイムラー

  • 2022年までに「メルセデス・ベンツ」すべてのラインナップにEVモデルを投入
  • 小型車「スマート」の全モデルを2020年までに電動化

■BMW

  • 2025年までにEVを12車種、PHVを13車種の計25車種を投入
  • 小型車「ミニ」のEVを2019年に発売

 各社の報道関係者向けのプレゼンテーションでも、多くの時間がEV関連の話題に割かれた。その風景は、ディーゼル車の最新モデルを競って発表していた2年前の同イベントとは全く異なるものだ。

 2015年のVWによるディーゼル不正問題は、前回の自動車ショーの開催中に発覚した。騒動はその後、VW以外のメーカーにも広がり、2年経った現在も収束していない。ディーゼルに対する風当たりは強まり、欧州では大都市で悪化する空気汚染問題の“主犯”扱いにされている。この結果、英国やフランスは2040年までにディーゼル車とガソリン車の販売を禁止する方針を示したほか、今回の自動車ショー直前には中国も同様の措置を検討していることが明らかになった。

 ドイツ勢のEVシフトが、ディーゼル不正に端を発した事業環境の急変に突き動かされた動きなのは事実だろう。ただし、各社の戦略転換が単純に開発資源を従来のディーゼルからEVに再配分しているだけだと見ると、変化の本質を見誤る。

「プラットフォーム企業」への転身を加速

 派手なEV戦略発表の陰で目立たないが、VW、ダイムラー、BMWの3社はいずれも、ビジネスモデルの改革を加速している。従来の「自動車開発・製造・販売」というハード主体のビジネスから、カーシェアリングサービスなどのプラットフォームサービスを総合的に手がけるモビリティ企業への転身を図っている。

 今回の自動車ショーでその変化を特に印象づけたのが、ダイムラーだ。

ダイムラーの記者発表会の様子。完全自動運転車「スマート ビジョンEQフォーツー」によるカーシェアリングサービスの様子は11:15頃から見ることができる

 12日、ダイムラーは報道関係者向けのイベントで、小型車「スマート」の完全自動運転を実現するコンセプトEV「ビジョンEQフォーツー」を活用し、未来のモビリティの世界を披露した。

 披露したのは、完全自動運転車を使ったカーシェアの未来。ベースとなるのは、ダイムラーが現在欧米で提供中のカーシェアサービス「car2go(カーツーゴー)」だ。

自宅まで迎えに来る完全自動運転車

 利用者がスマートフォン(スマホ)のアプリで配車をリクエストすると、無人のスマートが自宅まで迎えに来る。スマホで事前に設定しておくと、スマートの車体の色や、車内で聞く音楽などの設定を利用者の好みにパーソナライズできる。

ダイムラーが発表した完全自動運転のコンセプト車「スマート ビジョンEQフォーツー」
ダイムラーが発表した完全自動運転のコンセプト車「スマート ビジョンEQフォーツー」

 乗車中も、スマートは周辺からの配車リクエストを受け付けている。同じ方面に向かいたい別の利用者を発見した場合は、同乗させるかどうか尋ねてくる。スマホには同乗させた場合の目的地までの追加の所要時間や料金が(割り勘によって)どの程度安くなるかなどの情報が示される。同乗を承諾した場合には、スマートがスマホの情報などを解析し、互いの共通の話題などを提案する。車内にはパーティションがあり、まったく会話を交わさなくてもいい。

 利用者を目的にまで運ぶと、料金はスマートフォン経由で決済される。車に充電が必要になった場合には、最寄りの充電所まで自動的に移動する。深夜など、人を乗せない時間がある場合、荷物などの配送にも利用できる。

 1台当たりの稼働率を現在のカーシェアリングサービスよりも上げ、市中を走る車全体の数を抑制する。ダイムラーによれば、現在ベルリンではカーツーゴー用のクルマが1000台超配備されているが、コンセプトサービスの世界が実現されると、500台程度で現在の水準のサービスを提供できるという。

 これらはコンセプト段階のサービスだが、実際には完全自動運転車のスマートを除くと、既に大半が取り組んでいるサービスや仕組みである。例えば、2008年に開始したカーツーゴーは、欧米を中心に30都市以上に広がり、会員は260万人に達する。カーシェアサービス以外にも、スマホ向けの配車サービス「マイタクシー」などを手掛けており、プラットフォーム型のサービス提供のノウハウを蓄積している。

 さらに、2014年から「Mercedes me(メルセデスミー)」と呼ぶ顧客管理の仕組みを導入。自動車の販売からアプリまで、ダイムラーグループのサービスを利用するための顧客IDを一つに統一した。この結果、ダイムラーの顧客が、どんな車に乗り、どんなアプリを利用しているのかといった情報を一元管理できるようになった。

ダイムラーはEVのコンセプトモデル「EQA」も発表した
ダイムラーはEVのコンセプトモデル「EQA」も発表した

 従来は、顧客データの管理は、販売したクルマに紐付いており、顧客のアプリの利用動向までは把握できなかったという。未来のカーシェアのように、顧客の好みにあわせたサービスを提供するためには、「どのクルマが売れたか」ではなく、「どの顧客が何を利用したか」という情報管理が不可欠。「顧客ごとの情報を今から蓄積し、今後のモビリティサービスに役立てる」とダイムラーの経営戦略部門でバイスプレジデントを務めるウィルコ・スターク氏は言う。

スーツでなく、ジーンズでプレゼン

 EV車の開発は、昨年専用ブランド「EQ」を発表。2022年までに「メルセデス・ベンツ」すべてのラインナップにEVモデルを投入することを表明している。完全自動運転についても、自動車部品メーカー大手の独ボッシュと共同開発が進んでいる。

 ダイムラーは、「コネクテッド(Connected)、自動運転(Autonomous Driving)、シェアリング(Sharing)、そしてEV(Electric Vehicle)の4つの要素を組み合わせた総合力が、将来の自動車メーカーの競争力を左右する」と見ている。同社はこの4つの頭文字をとって「CASE(ケース)」と呼ぶ戦略を企業変革の合言葉にしている。

 「4つの要素が同時に高いレベルで実現できなければ、次世代のモビリティ競争では勝ち抜けない」とダイムラーのスターク氏は言う。

 ダイムラーの変化を象徴するように、ディーター・ツェッチェCEO(最高経営責任者)も、最近はスーツではなく、ジーンズとスニーカー姿でプレゼンテーションに登壇するようになった。旧来の堅い、自動車メーカーから、よりオープンなイメージを演出するためだ。「些細に見える変化だが、現場に与える影響は小さくない」とスターク氏は言う。戦略と共に、ダイムラーの企業文化も変わりつつある。

BMWが発表した新型EVのコンセプトモデル「BMWiビジョンダイナミクス」
BMWが発表した新型EVのコンセプトモデル「BMWiビジョンダイナミクス」

 もちろん、変化を遂げているのはダイムラーだけではない。ライバルのBMWも、今回のショーに合わせてモビリティ企業への変革を進めている。

 同社は2年前、「デジタルサービス&ビジネスモデル」という名称の新組織を立ち上げた。この部門を中心に、ダイムラー同様に顧客データベースを改革。今年から「BMW ID」という名称の顧客管理システムを開始した。「我々もアマゾンやグーグルのように、ログイン情報から顧客の様々なデータを取得できるビジネスが展開可能になる」と同部門のバイスプレジデント、ディーター・メイ氏は言う。

ネット企業のような発想を組み込む

 EV開発では、小型車「ミニ」の電動モデルを2019年に投入するほか、2025年までにEVを12車種、PHVを13車種の計25車種を投入する方針。カーシェアサービスでは、「ドライブナウ」を欧米で展開。そのほか、駐車場探しを支援する「パークナウ」の展開地域も欧米から中国へと拡大する。

 「プラットフォームサービスを提供する企業としての基礎ができつつある」とBMWのモビリティ&エネルギーサービス部門のバイスプレジデントを務めるバーナード・ブラッテル氏は言う。

 VWグループも、2016年12月にカーシェアサービスを提供する新会社を発足させており、同社が中心となってグループ全体のカーシェア戦略を担う。自動運転はグループのアウディが中心となって開発を進める。間もなく自動運転の「レベル3」機能を搭載した新型A8をドイツで発売する。今回のショーでは、完全自動運転を実現するコンセプトモデル「Aicon(アイコン)」も披露した。

アウディは完全自動運転車のコンセプトモデル「Aicon(アイコン)」を展示
アウディは完全自動運転車のコンセプトモデル「Aicon(アイコン)」を展示

 「何よりもスピードが大切。新技術を他社に先行して市場に投入することで、経験値を積み、次の発展に活かしていく」(アウディの自動運転部門のクリスチャン・ハートマン氏)。「自社にサービスを囲い込むのではなく、パートナーと連携して提供していく」(BMWの自動運転部門バイスプレジデントのエルマ・フリッケンスタイン氏)。モビリティ企業への転身を進める3社の取材を続けていると、ネット企業の担当者に話を聞いているような錯覚に陥ることがある。

 もちろん、伝統的な自動車メーカーからの意識転換は決して容易な作業ではない。「サービスを開発する我々の時間軸は数週間単位。しかし、それを搭載する自動車開発は今も2年以上のタイムスパン。こうした意識のギャップをどう埋めていくかが最大のチャレンジ」とBMWのメイ氏は言う。

 ディーゼル不正問題は、いまだに収束しておらず、今後も独自動車メーカー各社にとっては大きな課題として残るのは間違いない。しかし、戦略の方向性を定めたら、トップダウンでやり遂げるのが、ドイツ流だ。ディーゼル問題という自らの失策を乗り越え、プラットフォームサービスという次の舞台での勝負に賭けている。

 着実にモビリティ企業へと転換を進めているドイツ勢。日本の自動車メーカーはどう対応するだろうか。

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