宅急便の生みの親にして、戦後有数の名経営者・小倉昌男氏。彼の自著『小倉昌男 経営学』は、今なお多くの経営者に読み継がれている。

 ヤマトグループは小倉氏が去った後も、氏の経営哲学を大切に守り、歴代トップが経営に当たってきた。日経ビジネス編集部では今年7月、小倉氏「以降」のヤマト経営陣が、カリスマの経営哲学をどのように咀嚼し、そして自身の経営に生かしてきたのかを、1冊の書籍『ヤマト正伝 小倉昌男が遺したもの』にまとめた。

 本連載では、ヤマトグループとは関係のない外部の経営者たちが、小倉昌男氏の生き様や経営哲学にどのような影響を受けてきたのかを解き明かす。『小倉昌男 経営学』の出版から約18年。小倉氏の思いは、どのように「社外」の経営者たちに伝わり、そして日本の経済界を変えてきたのだろうか――。

発売から約18年経った今も長く読み続けられている『小倉昌男 経営学』
発売から約18年経った今も長く読み続けられている『小倉昌男 経営学』
2017年夏に出版した、小倉氏“以降”の経営者たちの物語『ヤマト正伝 小倉昌男が遺したもの』
2017年夏に出版した、小倉氏“以降”の経営者たちの物語『ヤマト正伝 小倉昌男が遺したもの』

 ミドリムシ(学名はユーグレナ)を活用した食品や化粧品の販売、バイオ燃料の研究などを手掛けるバイオテクノロジーベンチャー、ユーグレナ。同社を率いる出雲充社長は、経営危機に直面した時に『小倉昌男 経営学』を知り、それ以降、繰り返し読み返しているという。本書をどのように読み返してきたのかについては、インタビュー前編「フェイスブック、アマゾンと宅急便に共通点?」で明かした。今の出雲社長の中に強く響く小倉イズムは何か。

<b>出雲 充(いずも・みつる)</b><br> 1980年生まれ。2002年東京大学農学部農業構造経営学卒業後、東京三菱銀行に入行。銀行員として働きながら、ミドリムシの研究を続け、2005年にユーグレナを設立。2012年に東京証券取引所市場マザーズに上場し、それから2年後の2014年に東京証券取引所第一部に市場変更。伊藤忠商事やJXエネルギー、ANAホールディングスなどの大企業と提携し、注目を集めている(撮影/的野 弘路、ほかも同じ)
出雲 充(いずも・みつる)
1980年生まれ。2002年東京大学農学部農業構造経営学卒業後、東京三菱銀行に入行。銀行員として働きながら、ミドリムシの研究を続け、2005年にユーグレナを設立。2012年に東京証券取引所市場マザーズに上場し、それから2年後の2014年に東京証券取引所第一部に市場変更。伊藤忠商事やJXエネルギー、ANAホールディングスなどの大企業と提携し、注目を集めている(撮影/的野 弘路、ほかも同じ)

「生き残り第一」と「安全第一」

小倉昌男さんは、長い経営者人生の中でいくつもの名フレーズを残しています。「サービスが先、利益は後」「安全第一、営業第二」「全員経営」などはその代表格でしょう。出雲社長にとって、小倉さんの言葉やそのエピソードで、最も印象に残っているものは何でしょう。

出雲社長(以下、出雲):一つだけ選ぶのはとても大変ですね。ただ、最近改めて感じ入ったのが、小倉さんが残した「安全第一、営業第二」という言葉です。

 小倉さんは若い頃、静岡の関連会社に出向します。なぜ事故が続くのか、その原因を探るために他社に視察に行くと、その会社には壁いっぱいに「安全第一、能率第二」と書かれた大きな紙が張ってあったというエピソードがあります。

 現場が仕事をする時、何を大切にすればいいのか。普通の経営者は「安全」「営業」「顧客満足」などの様々な要素について、「どれも大切だ」と言いがちです。けれど「何でも第一」と伝えている限りは、結局何も浸透しない。そこで小倉さんは、現場に「安全第一、営業第二」とメッセージを打ち出すようにしたわけです。何よりも大切なのは「安全」であってそれを超えるものはないと、優先順位を明確にしたのです。私はそのエピソードを何度も自分の中で反芻しました。

 当社は今、急速に成長しています。売上高は5年前の15億円と比べると、現在は150億円になりました。社員数もほぼ10倍。売り上げも、社員数も、そして取り扱うミドリムシの量も、この5年で10倍になったのです。

 販売量が増えれば、多様な複雑な問題にも直面します。これまでであればカバーできていたような小さなミスや事故が、決して無視することのできないリスクとなっていく。そんな時に、私たちは何を優先すべきなのか。私自身も社長として「最も大切にするのは何か」を明確に打ち出さなくてはならないタイミングを迎えていました。

 そもそも創業当初は非常に経営が苦しかったし、小さなベンチャー企業でしたから、正直、日々生き残ることに精一杯でした。「生き残り第一」であり「安全第一」だったわけです。

経営が苦しい間は、どうしてもまず生き残ることを優先するものです。

出雲:日本では現在、大学発ベンチャーが1773社あります。この中で、ミドリムシを扱う当社が、初めて東証1部に上場させていただきました。売上高は年150億円になって、さすがに資金繰りに窮して明日潰れるといった状況は免れました。もちろん油断すると会社は一気に傾きますが、それでも当面は安心できる状況になったわけです。つまり、これまでのように「生き残り第一」かつ「安全第一」の、「生き残り第一」については最優先しなくてもいい環境になったわけです。

 であれば、今こそ改めて「安全第一」を徹底すべきと考えました。

 当社は沖縄の石垣島に工場があるのですが、工場の現場もずっと、「生き残り第一」と「安全第一」を、両方とも優先してくれました。けれど、生産量がこの5年で10倍になっているわけですから、現場は本当に大変なことになっていた。

 今年の頭にようやく石垣島の工場の拡張工事が一段落して、生産能力が10倍以上になって設備も新型のものに更新できました。であれば、これをチャンスと考えて、改めて「安全第一」なんだということを、年初に現場のスタッフに訴えました。「みんなも知っている通り、うちの会社は明日潰れるような状況は脱した。これまでは『生き残り第一』『利益第一』『効率第一』『安全第一』などと言ってきたけれど、今年は『安全第一』だけに絞る。安全以上に優先すべきものはないんだ」と話したのです。

 当社には現在、約8万8000人の株主がいらっしゃいます。株主の多さという点では、東証1部上場企業の約3000社の中でも、上から100番以内に入っています。大勢の株主がミドリムシに期待してくださっているわけです。

 経営者として、株主と約束した予算は達成しなくてはなりません。けれど、それよりも大事なのは安全なんです。安全が守られなければ、企業を安定的に成長させることはできませんから。事故などが起きてしまえば元も子もなくなってしまいます。

「きっと伝わっている」と社員に甘えない

出雲:もちろん、このメッセージを伝えるのは、経営者と迷いました。利益よりも稼働率よりも安全なんだと私が訴えて、現場が仕事をサボるようになったらどうしよううとか、社員が誤解するんじゃないか、と逡巡したものです。

 そもそも今までだって、「生き残り第一」であり「安全第一」が大事だと言ってきて、うまく回っていたわけです。事故もありませんでした。

 ただ、それは今思えば、単なるまぐれだったのかもしれません。生産量が急増して、工場の面積も広がって、新たに雇用した人も入ってくる。会社の成長に合わせて生産現場も刻々と変わっています。それだけに、やはり「安全第一」と明言していなければ、いつか大変なことが起きていたかもしれないのです。

 経営者の仕事は、社員に自分の方針や思いをきっちりと伝えることだと思います。「きっと伝わっているはず」と社員に甘えてはいけない。経営者が勝手に思い込んでしまうと非常に危険です。

 実際、私が今年「安全第一」を明確に示したことで現場の雰囲気はガラリと変わりました。「やっぱり安全第一だよな」とみんなが共通認識するようになったのです。

「ミドリムシにはロマンがある」

ヤマト運輸が宅急便を開発した後、儲かるとなると、他社が一斉に同じようなサービスを始めました。当時はクロネコに対抗して、ペリカンやカンガルー、小熊などをキャラクターに起用して新商品を投入し、宅配便市場の“動物戦争”が勃発したなどと言われたものです。

出雲:小倉さんはライバルの参入を厭わず、むしろ各社が参入して宅配便市場そのものが拡大すればいいと考えていらした。その中で自分たちが圧倒的なナンバーワンになるのだ、と。小倉さんほど胆力のある経営者であればこそだと思います。

 ただ私は動物戦争のような状況にならないために、どうしたら当社のビジネスがライバルと戦わないで優位性を保てるのかを考えています。

 私自身は、小倉さんのようなイノベーションを起こすことはできませんが、それでも科学技術で解決できることにはこれからも積極的にチャレンジしたいと考えています。

 小倉さんは、誰もがそれまで想像しなかった「宅急便」というサービスを生み出して、世の中を変えました。「経営はロマンだ」とおっしゃっていますが、まさに経営者としての半生はロマンそのものでしょう。

 私は、経営者としてのレベルが違いすぎる。けれど私たちが扱うミドリムシには、宅急便と肩を並べられるようなロマンが宿っていると思います。ミドリムシによって、世界の栄養失調に苦しむ人をなくしたり、ジェット燃料を生み出したりできるからです。

 当社が世界で初めて、ミドリムシからジェット燃料を作って、全日本空輸がそれを使って飛行機を飛ばす。そんな世界が実現すれば、きっと世の中のミドリムシに対する評判も高まるはずです。海外から調達した化石燃料に頼らず、国内で調達したエネルギーで飛行機が飛ぶようになるわけですから。それも、二酸化炭素削減にも一役買う。

 応援してくださる株主も大勢いらっしゃる。バイオテクノロジーで、昨日の不可能を今日の可能にしていく。ミドリムシが人と地球を健康にするのです。私たちはミドリムシによって、宅急便に続くロマンを描いていきたいと思います。

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