5期連続で営業最高益と業績好調のセコム。東京五輪など商機も広がる。順風満帆なはずの同社に昨年5月、突然の社長交代劇が起こった。あれから1年3カ月、新生セコムについて語る。

(聞き手は 本誌編集長 東 昌樹)

日経ビジネス2017年8月7日・14日号 78~81ページより転載

(写真=村田 和聡)
(写真=村田 和聡)
PROFILE
[なかやま・やすお]1952年生まれ。76年東京大学法学部卒業後、日本銀行に入行。大分、名古屋支店長、政策委員会室長などを歴任。2007年セコムに顧問として入社後、常務取締役に就任。10年同総務本部長。16年5月11日、取締役会で社長就任が決議される。当時の前田修司会長と伊藤博社長は会長職、社長職を退き、取締役も辞任した。好業績の中、突然の退任劇についてセコムは「将来を見据え、コーポレート・ガバナンスの徹底、人心の刷新を図るため」と説明。

警備のプラットフォームに多様な機器をコネクトする。
東京五輪は警備1万4000人必要。旗振り役務める。

:日本銀行から2007年、セコムに転じました。「なぜ、日銀から」と疑問に思う人もいると思いますが、どのような経緯があったのでしょうか。

:人的なつながりです。私が一の子分と自認していますが、肌身を接して仕えた三重野康総裁(当時)とうちの創業者の飯田亮最高顧問は刎頸(ふんけい)の友、非常に親しい関係です。

 私は03~05年、日銀の名古屋支店長でした。その際、トヨタ自動車をはじめ財界の方と数多く意見交換をしました。金融システムはインフラであり、日本経済の活力を高めている主役は民間企業だと改めて思い『機会があれば民間企業でしかるべき役割を担いたい』と三重野さんに話をしました。私の力量を飯田にも認めてもらい『じゃあ、うちで働くか』と話が進みました。

:当時、いずれは社長になるというお話、お考えがあったのですか。

:全くありません。経営陣の一角としてある程度の責任を担いたいと思っていましたが、社長とまでは本当に考えていませんでした。

:昨年5月11日の社長就任について伺います。当時の前田修司会長と伊藤博社長は会長職、社長職を退き、取締役も辞任しました。同日の取締役会で決議された、突然の交代劇でした。何が理由だったのですか。

:社外取締役などいろいろな人の考え方があり、基本的には指名報酬委員会と取締役会で議論した結果です。その理由は一言、『将来のセコムの企業価値を向上させていくためには、ここで人心を一新した方がいい』。そこに尽きます。お二方の功績はもちろん大きい。それは認識した上で、将来を見たときに一新が必要だったということです。

前会長の退任、長く議論

:前田氏がかなり実力会長としてやられていたので、風通しが多少悪くなっていたと聞いています。以前から会長を退いた方がいいと周囲から言われていたのに、受け入れずにきて、ついにやむを得ずご退場願ったというのは事実ですか。

:そういう状況だったのかどうかについてはコメントする立場にないですが、ある一定の長い時間をかけて議論してきたということはあるとは思います。

:同時に飯田最高顧問の娘婿が取締役になったので、それとも関係するのではないかと。そこはどうですか。

:それは違います。違いますが、私自身も100%分かるわけではありませんし、全部に関与したわけでもありません。したがって不用意なコメントをすべきではない。

:今回のご自身の社長就任はイレギュラーだったという認識ですか。

:いえ、そういう認識はないです。要するにやってくれという話でしたので。

:今年で84歳になった飯田最高顧問は、どのような存在ですか。

:元気で週に3~4日は出社しています。ほぼ毎日、私とも話をします。セコムを築き上げてきた人ですから、大変な経験と直観と知識を備えている。これはすごいものですよ。大変、勉強になりますね。ただ、何か『ああせい』『こうせい』と言われることはない。教えてもらうことが多いですね。

:就任から1年3カ月。振り返ってみてどう評価していますか。

:業績にも表れていますが、手応えを非常に感じています。社長就任後、すぐに社員に対してメッセージを打ち出しました。1つ目は従業員満足を原点にした全員経営で持続的成長を図ること。2つ目は『トンネルの先の光』という言葉を僕はよく使いますが、経営者が大きな方向を示すこと。今年5月には『2030年ビジョン』を策定しました。

 3つ目はお客様の目に見えているニーズだけではなく、その後ろにある潜在的ニーズである『まだ見ぬ安心』を探り出して先読みして手を打っていくことです。セコムには創業者の飯田の素晴らしい理念があり、『事業と運営の憲法』をつくっています。ここに『セコムの行う社会サービスシステムは、高度な技術に立脚した革新的最良のものでなければならない』と書いています。つまり、必要なのはイノベーションです。それを起こすために自由闊達なコミュニケーションがほとばしる、オープンな組織を目指しています。

5Gでドローンに威力

:そのイノベーションについてですが、セコムは今後、どんな技術に注力して使っていくつもりですか。

:月並みな言葉で言うとAI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)です。今年6月に専門チームを発足させていて、これらの技術をフルに使っていきます。ホームセキュリティーをベースに、健康状態などを計測する腕時計型端末、さらには現在開発中の宅配ロッカーもコネクトしていきます。そのコネクト力を高めるために必要なのが高速通信網の5G(第5世代移動通信システム)です。そのため今年2月、KDDIと実証実験で提携しました。

:通信事業者の経営トップと会っても5Gをどう使っていくかが話題になります。セコムが5Gを使うと、どのようなセキュリティーが可能になりますか。

<b>飛行船による監視システム。昨年の東京マラソンで採用</b>(写真=YUTAKA/アフロスポーツ)
飛行船による監視システム。昨年の東京マラソンで採用(写真=YUTAKA/アフロスポーツ)

:私たちは立体セキュリティーを標榜しています。3次元の地図データを使い、警備員が身に着けるウエアラブルカメラ、気球や飛行船に取り付けた固定カメラなどで多様な映像を監視する仕組みです。画像認識の技術でちょっと不審なものがあればチェックして安全を確保する。これは大規模イベントに有効で既に東京マラソンなどで実績があります。さらに、ドローンによる警備も手掛けていますが、5Gによって通信機能が高まればドローンが活躍できる場が増えていきます。

:セコムのサービスは既に多くの家庭に導入されているプラットフォームともいえます。米グーグルや米アマゾン・ドット・コムがAIスピーカーを発売しましたが、もしセコムが手掛けると、利用者に受け入れられやすいのではないでしょうか。

:確かにそうですね。いい指摘を受けました。当社では『あんしんプラットフォーム』と呼んでいます。情報管理でも実績がありますし、データセンターも運営していますから、そうした新技術について果たせる役割はあると思います。

:20年には東京五輪があります。セコムは綜合警備保障(アルソック)とともにオフィシャルパートナーになりました。

:当社は人的な警備と計画立案を担う予定です。五輪全体で1万4000人の警備が想定されます。立体セキュリティーの考え方など当社の技術を生かして旗振り役を務めたいと思います。

:1万4000人という規模のインパクトはどの程度でしょうか。

:通常で東京都内の警備員数は10万人程度ですので、これはかなり大きい規模になります。大会期間中にこの人数を確保しないといけないのは並大抵ではありません。五輪に向けて『世界一安全な都市、東京』が掲げられているわけですから、警備業界全体、オールジャパンで当たる必要があります。

:日本全体で高齢化が進む中、警備員の高齢化も進んでいる気がします。今後さらに人が足りなくなる恐れもありますが、どう対応しますか。

:セコムの警備員は30代以下が主力ですので、高齢者が多過ぎるという状況ではありません。ただし、業界全体としては今後、高齢者の活用は増えていくでしょう。

:いま世界でサイバー攻撃への備えは急務です。東京五輪でも狙われるという見方があります。

:当社のサイバーセキュリティーは高い評価を受けています。そこで、東京五輪の組織委員会にも社員を派遣しています。インターポールと呼ばれる国際刑事警察機構(ICPO)の関係者も僕を訪ねて議論しました。これは1社だけ、1つの国だけではなく連携して当たるべき課題です。

:海外事業はどのような戦略で進めていますか。

:1978年に台湾に進出したのが最初で、そこから40年で、21の国と地域にまで事業を広げています。地域の実情によっては、現地パートナーが重要になります。例えば91年に進出した英国では現地の警備会社を買収して規模を拡大しました。今年3月には北アイルランドに本社を持つスキャンアラームを買収して、英国全土にサービス網ができました。セコムは英国で3番目の警備会社となりRBS銀行などの大手銀行にもサービスを提供しています。

中国でハイアールと提携

:欧州など海外ではテロに対する不安感が増しています。セキュリティーのニーズは高まっていますか。

:欧州も米国も将来的にニーズは十分にあります。テロだけではなく難民問題に対する需要もあり、ロンドンに担当者を置いてリサーチをしています。ただし、市場は成熟し老舗企業も多く、競争も激しい。米国は銃社会でもあります。セコムの強みをどう生かすか、考える必要があるでしょう。

 目下、海外事業ではアジアが最優先です。今年5月、中国のハイアールと提携しました。同社は年間6万~7万世帯にスマート・ホーム・システムを導入しています。そこにセコムのサービスを付加していきます。

:日本国内でセコムのセキュリティーシステムは、お金持ちの家庭向けというイメージがあります。今後、料金を安くする考えはありますか。

:家庭向けセキュリティーは月6800円(税別)からで1日に200円程度ですが、高いとお感じでしょうか。これから家を建てるような30代、40代にも訴求しています。利便性を高めているのでかなり受け入れられていくのではないかと思います。セキュリティーの質を高めるために研修などかなり人材にコストをかけています。そこは業界でもダントツだと自負しています。

:中枢にいらした経験から、今、日銀がやるべきことは何だと思いますか。

:2%の物価目標を掲げたのは外部から来た黒田東彦総裁だからこそできた。期待通り円安効果を生むなど、就任後の2年間はよかったと思います。ただし、インフレターゲットは時限的であるべきです。現在のような低い潜在成長率で2%の物価上昇はほとんど無理です。目標達成は不可能でしょう。実質GDP(国内総生産)は5期連続増加しており、経済の安定はほぼ達成されています。ここは一度、旗を降ろして、超金融緩和モードから持続モードへと移行すべきでしょう。

傍白

 セコムは警備にセンサーなどのテクノロジーを持ち込み、家庭にまでセキュリティーサービスを広げた会社です。イノベーションが新たな市場を切り拓いた好例と言えます。今後もAIやIoTなどに積極的に取り組むと中山さんは意気込んでおられました。新技術は当然「より安全」なサービスを可能にしますが、それで十分でしょうか。

 玄関に貼るセコムのシールはお金持ちの象徴です。ネットオークションで1万円近くで売られることもあります。イノベーションで「より広く」使われるサービスにできないものでしょうか。誰でも安心できる社会は素晴らしいはずです。中山さんに提案したら反応はいまいちでした。隣に座った社員は激しくうなずいて下さいましたが。

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