長い長い政治報告の狙いと意味は…(写真:AP/アフロ)
長い長い政治報告の狙いと意味は…(写真:AP/アフロ)

 党大会が始まった。この原稿が掲載されるころに、ちょうど閉幕し、人事が明らかになっているかもしれないので、現時点で人事については触れない。ひょっとすると、メディアが報じているような、人事予測がまったく外れることもあり得る。しかしながら、3時間半、3万2000字以上におよぶ習近平総書記の政治報告は予想どおり、自分が毛沢東に比肩する唯一の党と国家の指導者として新しい時代を創るのだという、一見、極めて自信に満ちたものだった。はっきり言ってしまえば独裁者宣言である。この長い政治報告で特に、個人的に注目したいポイントを整理していきたい。

36回の「新時代」で「強国化」を宣言

 まず、この長さ自体に意味がある、と言われている。

 3時間半の演説の間、習近平は一度、水を飲んだだけで、ずっと直立したまま報告を朗読。この長さ自体が、党と国家の指導者としての強い意志、頑健な体力をアピールする演出であったと思われる。

 もう一つは演説後に胡錦涛らと握手し、胡錦涛が腕時計を示しながら談笑し、江沢民とも短く握手してみせた点。これは習近平の強権を長老たちが認めているのだという演出、あるいは党内団結の演出だと見られている。この演出が、習近平が胡錦涛らに何かを譲歩して成り立ったものなのか、それとも習近平の力が、胡錦涛たちも認めざるを得ないほど強いということなのかは、人事などの結果も併せてみないとわからない。一つはっきりしているのは、相変わらず習近平と李克強の仲は険悪なままで、演説後、習近平は李克強には会釈すらしなかった。

 内容についての最大の注目点は、党規約に盛り込まれるであろう習近平の「新時代の中国の特色ある社会主義思想」が具体的に何を指すのか、である。

 「中国の特色ある社会主義は新時代に入った。これは我が国の新たな歴史的方位である」という表現。これは趙紫陽の政治報告で提示された「社会主義初級段階論」(第13回党大会、1987年)の一段階上に入った、ということで間違いない。つまり初級から中級への段階を上った、初級段階を鄧小平時代とすると次なる習近平時代という意味で、鄧小平時代との決別宣言であるともいえる。

 とにかく「新時代」という言葉だけでも36回も繰り返している。自分が新時代の創立者であるということを強調したいのだ。そして鄧小平時代が党の権威、求心力の根拠を高度経済成長に求めていたのに対し、習近平時代は「中華民族の偉大なる復興の中国の夢」を実現する「強国」化に求めるということが特徴だ。

 その強国化の方法が、軍の現代化建設であり、世界一流の軍隊を創る、ということだ。

 さらに「我が国の社会の主要な矛盾は変化した。我が国の社会主義があるところの歴史的段階の判断を変えねば、つまり社会主義の初級段階に我が国が長期に居続けるという基本的国情が変化しなければ、我が国が世界最大の発展途上国であるという国際的地位も変わらないのである」。この表現から見てもわかるように、習近平は強国化することで、中国の国際的地位をいわゆる「発展途上・新興国」の立場から世界のリーダーシップをとる大国へと格上げしよう、と考えている。

 そして「中国の夢」実現にとって重要なのが、「四つの偉大」(偉大なる闘争、偉大なる工程、偉大なる事業、偉大なる夢)としている。気になるのが「偉大なる闘争」であり、単純に目標に向かっての奮闘ともとれるが、過去の発言などとすり合わせると、反腐敗闘争ともとれるし、いわゆる新たな階級闘争ともとらえられるし、外国の敵対勢力との闘いともとらえられる。反腐敗闘争の継続、党の一切の指導の徹底、なども合わせると、習近平のやろうとしていることは、独裁強化以外の何物でもない。

「二つの百年」は任期継続への布石か

 また習近平の目指す社会主義現代国家建設のタイムスケジュールとして、第19回党大会から第20回党大会(2022年)の5年が、「二つの百年」目標に向けて進む時期とした。

 二つの百年とは、①中国共産党成立百年に当たる2021年に小康社会(ややゆとりある社会)建設を達成し、国内総生産(GDP)と都市・農村部住民の所得を2010年比で倍増する。②中華人民共和国が成立百年を迎える2049年に富強・民主・文明・調和をかなえた社会主義現代国家の建設、という目標を指し、習近平政権二期目の5年がこの目標達成の鍵となる時期である。2020年から2035年までの15年で小康社会を実現し、次の15年のさらなる奮闘で富強民主文明調和の美しい社会主義現代化強国の建国実現する、とした。

 この習近平政権二期目の途中から15年ずつ区分していることが、あたかも第20回党大会以降も自分が任期を二期に限らず、継続して党と国家の指導に当たるという含みをもたせているように感じるのも、私だけではなかろうと思う。

 このとき、「中国は総合国力と国際影響力が世界の指導的国家となり、全人民の共同富裕を実現し、我が国人民はさらに幸福で健康な生活を享受でき、中華民族は世界民族の林に更なる昂然と屹立する姿を見せることになる」という。

経済の「厳しい挑戦」に青写真なし

 一方、だがこの長い演説において、具体的な経済成長戦略、たとえば市場改革については触れていない。「経済発展について厳しい挑戦に直面する」という危機認識を政治報告で示すことは珍しい、と欧米メディアなどは報じているが、じゃあどうするのか、という青写真がない。

 米国の中国経済専門家のオーサー・クロエバーがVOAの取材で次のようなコメントをしている。

 「この報告書は政治を重視し、経済を軽視し、国有企業を重視し、市場を軽視し、党の指導を重視し、政府機能を軽視している…。習近平は党大会では何ら政策の方向性の変化を打ち出しておらず、ただ政治議論のプロセス重視を強調し、経済優先を無視している。

 すなわち、胡錦涛や江沢民や鄧小平のような経済優先ではなく、政治プロセス、とくに社会の安定維持、監督審査の拡大と強化と維持、社会福利、あらゆる機関含め社会のすべてを中国共産党の強大な指導下に置くことを重視している。これは決して目新しいことではなく、これまでやってきたことを一つの正式な声明にしただけだ」

 ちなみに、彼は中国経済が抱える債務の急増について、すでにGDPの250%を超えており、90年代の日本経済のようなどん詰まり状態であることを指摘し、習近平がこの報告で行うような国有企業重視の政策が、さらにこの状態を悪化させるであろうと予測している。

 とすると、経済成長というパイが広がらないなかで、収入格差、貧富の差、教育や医療の地域格差の問題解決について、「危険を冒しても、主要な阻害要因を克服する」というならば、方法論としては、豊かになりすぎた中間層を既得権益層として引きずり下ろす方向で格差を調整する、ということなのか。反腐敗キャンペーンは、権力闘争という面も、党内粛清という面もあるが、同時に党内の資産家潰し、既得権益潰しという面もある。それが継続されるとみていいだろう。

「南シナ海」称賛、「安全」倍増、「市場」激減

 国防や外交については、南シナ海の島々の埋め立て行為を称賛し、中国共産党が国家安全と社会の安定を維持する力として強調している点に、ワシントンポストなど米メディアが注目している。

 これは習近平の強軍化路線が今後も継続されるというシグナルであり、またハーグ裁定を公式に無視するという宣言というとらえ方もできる。中国には中国のイデオロギー、秩序、価値観があり、それは西側の常識、秩序と全く違う。しかし、習近平はそれを世界に認めさせようという、西側世界に対する公然とした挑戦姿勢も打ち出している。さらに西側の影響を強く受けている台湾や香港の独立派に対する強い牽制も示した。

 中国経済が厳しい挑戦に直面し、社会が不安定化したとき、国内の視線を外に向けさせるため、南シナ海の成果を喧伝することが、党の執政党の正統性維持につながる、ということかもしれない。

 政治報告に頻繁に出てくるキーワードでは、「強国」「大国」が26回も繰り返されている。これは、鄧小平の「韜光養晦」をやめて、あからさまに強国・大国を目指すこと、その高い目標を堂々と掲げることによって党の求心力、執政党としての正統性を維持しようということだろう。「民族主義を利用して、政権の正統性の基礎とするやり方は、経済発展が困難になったからだ。中国の夢、強国の夢を打ち出すことが、習近平個人の威信、個人的影響力を高めることにつながるという考え方がある」(香港城市大学の元政治学教授・鄭宇碩)という。

 だが、同時に「安全」という言葉が55回もある。これは10年前の胡錦涛の政治報告の倍以上だ。ということは、習近平は大国の自信を打ち出している姿勢とは裏腹に、実際は安全感がまったくないのかもしれない。「社会矛盾が突出して、中国共産党体制は安全でなくなっている。大衆・公民が官僚や政府部門に対して大きな威圧感となっているので、これが彼らにとって強烈な不安感となっている」(人権活動家・胡佳のコメント、ニューヨークタイムズ)ということかもしれない。

 一方、「市場」という言葉は19回という少なさだった。江沢民が1997年に行った政治報告では「市場」は51回繰り返された。習近平がいかに市場を重視していないかが浮かび上がる。「市場だけでなく、民営企業に関する言及も非常に少なく、一度しか触れていない。民営企業の多くは投資を望まず、むしろ資金を外国に撤退させたいと願っている」(北京理工大学経済学教授・胡星斗、RFA)。

「習近平時代」経済依存度で評価に差

 さて、この政治報告に対する海外メディアの評価は結構幅がある。

 例えばシンガポール華字紙聯合早報は「この報告書に国際社会はほっとしたことだろう。中国が毛沢東時代の権威政治と計画管理時代に回帰するのかと心配していたから。政治報告は全体として温和な態度で改革姿勢を打ち出している」とポジティブに評価している。こういう肯定的な評価はスペインメディアや、中国経済の依存度が高いところでは目立つ。

 ニューヨークタイムズは「注目点は五つ。①経済調整はするが市場改革はしない、②外交と軍隊の現代化、③台湾と香港、④国内安全、⑤中国が新時代に突入」「報告は広範な政策大綱を示すが、具体的な青写真は一つもない。とはいえ、習近平自身が何を重視しているかは余すところなく体現している。つまり中国の偉大なる転換期に立つ一人の指導者である」と北京駐在記者の署名記事で論評している。

 厳しいのはVOAなど、在外華人向け華字メディアで、在米共産党研究者の高文謙は「政治報告に何ら目新しいものはなく、空話(中身のない話)、老話(言い古された言葉)の羅列、“四つの偉大”も“党の一切の指導”も文革時代の言葉を繰り返しただけ」「今後5年も高圧統治を続けていくことは政治の後退であり、経済の萎縮であり、文化の凋落であり、中国の自己封鎖時代の到来である。“新時代”とは実際のところ毛沢東時代と鄧小平時代の悪い所を集めたもの、それが習近平時代だ」という。

 さて私個人の評価は、やたら壮大で自信たっぷりで強気の政治報告が、習近平の実力、政治基盤の強さに裏付けられたものなのか、足元の不安定さとコンプレックスの裏返しなのか、人事の蓋をあけてみないとわからない、ということで党大会が終わるまで保留しておきたい。しかしながら、この“習近平時代”というものが、中国国内の人民と国際社会にある種の混乱をもたらすものであることは間違いないと思う。習近平時代がそう長く続かない方が、少なくとも日本と日本人にとっては良いだろうし、中国人民にとってもハッピーだろうと考えている。

 トランプと習近平のしくじり合戦が始まり世界は大混乱へ…。秋に党大会を控えた中国が国内外に対してどう動くか。なぜ中国人はトランプを応援していたのか。軍制改革の背景とその結果は? 北朝鮮の暴発と米中の対立、東南アジアへの進出の可能性など、様々な懸念材料が散らばっている、かの国を徹底分析する。
ビジネス社 2017年6月9日刊

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