ベトナム中部の都市、ダナンで開かれたAPECの首脳会議でトランプ米大統領と中国の習近平国家主席が相次ぎ演説した。孤立主義的な姿勢を取るトランプ氏とは対照的に、習氏は開放的な地域経済の構築を進めると説いた。だが東南アジア諸国のインフラ開発プロジェクトの受注に向けて、官民一体となり、リスク度外視で乗り出すその姿は「開放」や「公平」という言葉が持つイメージには一致しない。中国流の「開放的な地域経済」に日本が入り込むのは容易ではない。

 アジア太平洋経済協力会議(APEC)に東南アジア諸国連合(ASEAN)関連首脳会議――11月に入りアジアの首脳が一堂に会する大規模な会議がベトナムとフィリピンで相次ぎ開かれた。一連の会議のハイライトの一つは、ベトナム中部の都市ダナンで11月10日に開かれたAPECでの、米中両トップの演説だろう。

 「我々は公正に扱われてこなかった」。最初に登壇したドナルド・トランプ米大統領はWTO(世界貿易機関)批判を繰り返し、多国間の貿易枠組みに背を向けて2国間協定を重視する考えをはっきりと示した。

 孤立主義的な姿勢を強めるトランプ大統領と対照的だったのは、続いて登壇した中国の習近平国家主席だ。「我々は多国間の貿易体制を支持する」「全て人々が利益を享受できるように、よりオープンかつ包括的に、より公平に経済のグローバリゼーションを追求しなければならない」と明言。「一帯一路構想を通じて他国と協働し、新しい経済の成長ドライバーを作っていく」と宣言した。その語り口には「中国こそアジア太平洋、東南アジア地域の経済を拓く盟主」という強い意思にじむ。

APECのサミットで演説する習近平国家主席(写真:新華社/アフロ)
APECのサミットで演説する習近平国家主席(写真:新華社/アフロ)

 もっとも、東南アジアにおける中国の経済活動を見る限り、中国流のグローバル経済が実際に「全て人々が利益を享受できる」ものかは疑問符が付く。

 「日本政府の方針に沿って、中国企業と協力できる道を探した。だが現状では入り込む隙が見つからない」。ある商社の幹部はこう漏らす。たとえば雲南省からラオスを横断し、タイまで通じる高速鉄道の建設計画。工事が進んでいるラオスでは「企業も作業員も全部中国からやってきて仕事を独占している」状態だと関係者は話す。

 ある大型プラントの入札で昨年、中国国有企業と競った日本企業の関係者は中国側が提示した価格に衝撃を受けた。「どう考えても赤字になる水準だった。我々も頑張って市場価格よりも安い値段を提示したが、さすがに赤字受注まではできない」。中国企業は日本の民間企業では取れないレベルのリスクを取って受注を獲得し、基本的に自前主義でプロジェクトを進める。そこに日本企業が割って入るのは難しい。

「結局、奪われるのではないか」

 中国とタイを結ぶ高速鉄道に象徴されるように、東南アジアでは各地で大規模なインフラ投資計画が立ち上がる。たとえばタイでは東南部の経済を活性化させようと、この地域をECC(Eastern Economic Corridor、東部経済回廊)地域と名付け、高速鉄道の建設や、空港・工業港の拡充などインフラ開発を進める考えだ。

 タイ政府はこの地域への投資を日本に呼びかけている。それに応える形で今年9月11日から13日にかけ、世耕弘成経済産業相や500人を超える民間企業の関係者らが視察に訪れた。迎えたタイのプラユット暫定首相は視察団全員と集合写真を取るなどサービス精神を発揮しつつ、「日本に帰ったら即EECへの投資を決断してもらいたい」と迫った。

 焦点はバンコク近郊にある2つの空港(スワンナプーム国際空港、ドンムアン空港)と、バンコク都心から150㎞ほどの場所にある、タイランド湾に面したウタパオ空港を結ぶ高速鉄道のプロジェクトだ。

 官民が連携して取り組むこのプロジェクトに日本側は関心を寄せるが、受注にはハードルがある。鉄道運営に関わる損益責任などのリスクをタイ政府と受注企業とがどう負担するか、その具体的な中身がまだ見えない。日本側は民間企業が過度なリスクを負うことになるのを警戒。バンコク日本商工会議所は9月、タイ政府に対し「政府と民間が適切な割合でリスクを担うPPP(官民連携)ルールを整備いただきたい」との要望書を送っている。

 もっとも、この高速鉄道に興味を示しているのは日本だけではない。中国も強い関心を持ち、日本に先立って大規模な視察団をEECに送り込んでいる。双方の視察団に接したあるタイ企業の幹部は、「日本が民間主体だったのに対して、中国側は政府関係者の姿が目立った」という。

 さらに地元紙によれば今年半ば、タイ政府のソムキット副首相はEECの開発構想を説明する際、中国の国名に言及したという。

 「結局、日本側が入札の条件を検討している間に、官民一体で動く中国側がリスクを度外視して商談をさらっていくのではないか」。日本の視察団に参加した複数の企業関係者からは、そんな悲観的な声が漏れる。プロジェクトは来年にも入札が始まる見通しだ。

空中戦と地上戦2正面作戦

 大筋合意に至ったと11日に発表された、米国を除く11カ国による環太平洋経済連携協定(TPP11)は、東南アジアにおける日本のプレゼンスを高める後押しになるだろう。同日開かれた会見で、交渉を主導してきた茂木敏充経済財政・再生相は「このような多国間の重要な協定を、日本が一貫して主導的な立場で取りまとめたのは初めての経験ではないか」と振り返り「米国や他のアジア太平洋諸国・地域に対し(高い水準の協定でも多国間で合意できるという)積極的なメッセージになった」と話した。

 一方、中国側は同日開いた会見で「TPP11がRCEP(東アジア地域包括的経済連携)交渉の妨げになることはない。RCCPこそアジア太平洋の統合に貢献する」(中国外交部)と話した。RCEP交渉において、日本がTPP11交渉と同様に「一貫して主導的な立場」につくことや、高い自由化の水準で交渉がまとまることを警戒し、RCEPとTPP11とをあくまで別ものとして捉えようとする意図が滲む。

 14日、RCEPの交渉参加国は首脳会合で、年内合意は断念し、来年以降に持ち越すことを確認した。RCEPのような多国間の枠組みをめぐる空中戦と、個々の大規模なインフラプロジェクト受注をめぐる地上戦。東南アジアの成長の恩恵を日本が今後も取り込んでいくには、この両面で中国と対峙していかなければならない。

 日中を天秤にかけ、有利な条件を示す側の投資を受け入れ、国の発展に生かそうとする姿勢は、東南アジア各国に共通のもの。個別のインフラプロジェクトを日本が数多く獲得することができれば、日本の経済・ビジネス上のプレゼンスが高まり、RCEPのような多国間の貿易枠組みをめぐる議論にも良い影響を及ぼす。地上戦の現場で中国の猛攻に対峙するには、日本も官民の連携を一層強め、民間企業が投資リスクの許容度を広げられる仕組みを拡充する必要があるかもしれない。

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