2012年3月16日、日本を含む世界10カ国で一斉に新しいiPadが発売された。当日は日経NETWORKの校了日だったため買いに行けなかったが、翌日、銀座のApple Storeであっさり購入できた。この第3世代iPadの最大の特徴は、従来のiPad 2に比べ大幅に解像度を高めたRetinaディスプレイだ。iPad 2の1024×768画素、132ppi(ピクセル・パー・インチ)に比べ、第3世代iPadは2048×1536画素、264ppiと解像度が一気に2倍になった。

 筆者はすでにiPad 2を持っているが、新しいiPadに買い替える強い動機があった。いわゆる「自炊」――自分の所有する本をドキュメントスキャナーで電子化すること――で大量の本をPDFにしているからだ。一般的な印刷物と同等の300dpi(モノクロページは600dpi相当)でスキャンしているが、それらを見るのは一般のパソコンと同程度の解像度しか持たないiPad 2だった。

より品質の高いペーパーレス化が実現

 同じデータを新しいiPadで表示したらどうなるか。当たり前のことだが、紙と同等の解像度で、電子化する前の紙と同じように表示される。予想はしていたことだが、実際に目の当たりにするとインパクトは相当大きい。iPad自体はアプリケーション次第で様々な用途に使える端末だが、新しいiPadの高解像度化は文書(テキストや写真)の表示に大きな影響を与えるだろう。こうした紙と同等の解像度で表示できる大画面デバイスの登場は、個人的に以前から興味を持っているテーマ「ペーパーレス化」を大いに進展させる可能性がある。今回は、新しいiPadとペーパーレス化についてちょっと考察してみたい。

 実は、iPadによるペーパーレス化については、日経コミュニケーション2011年2月号の特集記事「iPad時代のペーパーレス」で取り上げた。その内容の一部をITproにも掲載している(iPadが促す「現場」のペーパーレス化)。この特集では、iPadを活用した企業のペーパーレス化の取り組みを紹介した。

 オフィスのペーパーレス化と一口にいっても具体的なやり方は様々だ。オフィスで使われる文書にもいろいろな種類があるからだ。例えば、業務フローの中でやり取りされる文書もあれば、ビジネスパーソンの手元にある一時的な文書(巷でiPad活用術の対象となるのは主にこれ)や、最終的な生成物として保管される文書もある。

 これらの紙のデジタル化にiPadが効果を発揮できるのは、iPadが紙の機能あるいは「紙のアフォーダンス*1」をある程度備えているからと考えられる。富士ゼロックスでオフィスのペーパーレス化について研究している大村賢悟氏に以前取材したとき、「ページめくりの再現性」と「高速な起動」を例として挙げた(この辺の考え方は記者の眼「最後までオフィスに残る紙は何か?」で述べている)。こうした特性が紙の代替物としてiPadを使いやすくしているのだ。

*1 もともと「アフォーダンス」は知覚心理学の用語だったが、ドナルド・ノーマン氏が「誰のためのデザイン?」で、UI(ユーザーインタフェース)やUX(ユーザーエクスペリエンス)の分野に導入した。ただ、もともとのアフォーダンスの意味とノーマン氏の用法にズレがあり、誤解を招くということで、最新の著書「複雑さと共に暮らす」では「シグニファイア」という用語に置き換えることを提案している。この新著自体、今後のUI/UXを考えるのに有用な知見が豊かで、お薦めする。

 とはいえ、「文書を読む」という部分については、かなり妥協せざるを得なかった。先にも述べたが、iPad 2の液晶ディスプレイの解像度は一般的なパソコンとなんら変わらなかったからだ。資料や書籍を一般的な印刷物とほぼ同等の300dpiでスキャンしてデジタル化しても、それを見るデバイスはパソコンにしろiPad 2にしろ100~130ppi程度の解像度しかない。このため文字がぼんやりとにじんで視認性が悪かった。文章を読む前に、文字を認識するのに短時間ながら集中が必要で、余分に疲れるように感じていた気がする。「気がする」というのは、iPad 2だけを使っていた以前はそれほど意識しなかったが、新iPadを使い始めて比較してみると、改めてそう感じたという意味だ。

 これに対し、iPad(第3世代)では文字の輪郭がくっきりとし、複雑な漢字でも苦もなく認識できる。表示されている文字を読むということに関しては、まさに紙と同じような使い勝手に感じられた。こうした感覚はかなりはっきりしたもので、明らかに差があると思えるのだが、客観的な測定に基づいているわけではなく、あくまで個人的な体験といえるだろう。

新iPadの登場で「大画面高解像度時代」が到来

 ただ、ディスプレイの解像度と読みやすさの関係についての研究はすでに試みられている。例えば、「Effects of display resolution on visual performance」という論文では、ディスプレイ(CRTを利用)の解像度だけを変え、他のパラメータを同じ条件にして比較したところ、解像度を高くした方が校正作業の速度や正確さ、注視時間が明らかに向上したという結果が得られたとしている。

 電子デバイスで表示された文字の読みやすさについては、いろいろな要素がある。例えば、バックライトを使った透過型液晶(あるいは有機ELのような自発光型ディスプレイ)か、あるいは電子ペーパーのような反射型ディスプレイかで読みやすさに違いが出る。筆者はKindle Touchも使っており、反射型の「E Ink」は目に優しいとも感じている。しかし、新しいiPadに慣れてしまうと、Kindle Touchの167ppiでは解像度が足りないのは明らかで、漢字はいわずもがな、アルファベットでさえも文字の認識に集中が要るとわかってしまった。

 新しいiPadの解像度に慣れると、Kindle Touchのような電子書籍デバイスにとどまらず、普段使っているパソコンの表示まで“眠く”感じるようになってしまった。アップル自身には早いところ高解像度のMacbook Air/Proを発売して責任を果たしてほしいところだ。それは半分冗談だが、他のタブレット端末メーカーやパソコンメーカーも高解像度化に追随してほしいし、すべきだと考える。

 期せずして新しいiPadの登場により、「大画面高解像度時代」が到来した。これからは、パソコンやタブレット端末といった比較的大型のディスプレイを搭載したデバイスでも、新iPadと同等の解像度が求められていくはずだ。