2017年度第4四半期をメドに、人工知能(AI)の学習で世界最高速の環境をクラウド上に構築し、日本の関連産業を振興する。産業技術総合研究所が打ち出した計画は、このままでは海外に後れを取りかねないとの危機感の裏返しだ。計画を主導した産総研特定フェローで東京工業大学教授の松岡氏に、一連の計画の狙いと勝算を聞いた。

──AI向けの超高速サーバー機のインフラ「ABCI(AI Bridging Cloud Infrastructure)」を作ることになった、そもそもの発端は。

松岡 聡氏(まつおか・さとし)
松岡 聡氏(まつおか・さとし)
1993年に理学博士(東京大学)。2001年より東京工業大学 学術国際情報センター 教授。2014年11月に、スパコンの研究分野で世界最高峰の賞と言われるIEEE Computer Society Sidney Fernbach Memorial Awardを日本人として初めて受賞。多くの主要な国際学会の委員長職などを歴任。(写真:加藤 康)

 昔の話からすると、(1980年代に)通商産業省(現・経済産業省)の「第五世代コンピュータ」プロジェクトでAIコンピューターを作る計画がありましたが、全般的に見ると失敗しました。理由の1つはAIのモデルが論理学ベースだったこと。人間の高次だけど明らかな推論処理はともかく、画像認識などの低次だけど微妙な判断の処理を記述するには論理学では無理がある。もう1つが、当時は計算パワーが足りなかったことです。人の学習の仕組みを計算機上で模擬し、認識率の高いディープ(深層)ニューラルネットワークのアイデアはありましたが、当時はスパコンを持ってきても実用化は無理だった。

 その後、1990年代半ばぐらいから並列処理が進歩して、超並列のスパコンの時代が来ました。今や30年前と比べると、スパコンは数億倍速くなった。そうすると、(ニューラルネットの学習方法である)バックプロパゲーションが深層ネットワークでも使えることにみんな気がついて、実際にやってみたら、認識率が今までの機械学習や画像認識のアルゴリズムに全然勝ってしまった。これはすごいと、一気に火がついたわけです。

 (HPCを手掛けてきた)僕らから見ると、今までやってきた分子や流体などの、分野によって手法が異なるHPCのシミュレーションと比べて、HPCによって加速されたAIによるビッグデータの分析は非常に汎用な技術です。例えばセンサーがひたすら集めるデータや、巨大なシミュレーションからどんどん出てくるデータも、同じような手法で分析できる。これによって、世の中のさまざまな分野、特に産業分野や社会などへのHPCの適用が広く、より容易になる。例えば自動運転や工場の機械の異常診断、医療における画像診断とか、さまざまな実応用の分野があります。

 この先はちょっと怪しい話ですが、「ひょっとしたら第一原理に基づくシミュレーションの代わりに、機械学習で獲得したモデルを使えるかも」という話が、2つの理由から出てきています。1つは、あまりに複雑で、第一原理ではなかなか予測精度が上がらない現象があることで、例えば今注目されているのが核融合分野への適用です。もう1つは、これからどんどんムーアの法則の限界が近づいてきて、これ以上半導体の性能を伸ばせなくなること。機械学習の方が、第一原理シミュレーションよりはるかに軽量ならば、かなりの部分を置き換えられる。もちろん完全な置き換えは無理だと思いますが、AIで人間の頭脳を完全に置き換えるという話よりも現実的で大事だと思います。