2005年3月に創業した東京大学発ベンチャー企業のアドバンスト・ソフトマテリアル(ASM、千葉県柏市)は、新材料開発事業を順調に進めている。2011年6月1日に、同社のコア材料の「スライドリングマテリアル」を応用した「熱硬化性エラストマーのセルム エラストマーシリーズの販売を始める」と発表した。「硬さがほぼゼロで、圧縮永久歪みがほとんどゼロ」という夢のようなエラストマー材料である同エラストマーは、同社が自社ブランドで発売する第一号の製品となった(図1)。自社ブランドの新材料を初めて発売することで、事業収益が期待できる事業態勢を築くことができたといえる。

タイトル
図1 スライドリングマテリアルを応用したセルム エラストマーシリーズの1例。透明性の高さを示す円柱状の成形品

 7月21日には、日産自動車と共同開発した、スライドリングマテリアルを応用した塗料技術「スクラッチシールド」の応用塗料が「ビフレステック(東京都千代田区)のタマゴ型スピーカーの振動板に採用された」と発表した。日産は共同開発した「スクラッチシールド」を用いた塗料を、2005 年12 月から一部の車種の車体に塗装用として採用済みだ。細かな擦り傷であれば、時間経過とともに元通りに復元できるなど、傷つきにくい塗装面を実現できるからである。

  一般に材料系ベンチャー企業は、材料生産の設備投資額が巨額になるためになかなか成功しないといわれている。こうした伝説に挑戦しているアドバンスト・ソフトマテリアルは、コア材料「スライドリングマテリアル」の生産を既存企業2社に委託し、製品開発に専念する、ある種の“ファブレス”企業形態を戦略をとっている。同社は「スライドリングマテリアル」を利用する製品の研究開発に特化している。

タイトル
アドバンスト・ソフトマテリアルの原豊代表取締役社長

 その生産を依頼している既存企業の1社である宇部興産と、2010年9月に「包括的契約に関する基本合意書」を締結した。ベンチャー企業が、既存の大手企業と補完的な事業提携をするという、ベンチャー企業が飛躍するための“王道”となる連携態勢を実現している。この連携態勢によって事業基盤を固めたことが今年に入ってからの新製品発表を可能にしたといえる。

 現在、アドバンスト・ソフトマテリアルを率いる原豊代表取締役社長は、2代目の社長だ。実は2000年当時は、同社が設立されるきっかけとなった「スライドリングマテリアル」の研究成果・特許などを技術移転する担当者を務めていた。その当時は、リクルートのテクノロジーマネジメント開発室のチーフアソシエイトとして、大学発の研究成果・特許などを企業などに技術移転する事業に励んでいた。当時は「ベンチャー企業の社長になるとは夢にも思わなかった」という原社長に、技術開発型ベンチャー企業の経営を実際に手がけて会得した企業経営のポイントなどを聞いた。

 アドバンスト・ソフトマテリアルは、東京大学大学院の新領域創成科学研究科の伊藤耕三教授が発見した「スライドリングマテリアル」を実用材料に仕上げる目的で創業されたベンチャー企業だ。スライドリングマテリアルは、分子で作られたナノサイズの“ネックレス”が直鎖状高分子を貫通して、滑る架橋点として機能するのが基本構造の超分子(Supramolecule)である(注)

 スライドリングマテリアルの発明者の中心メンバーである伊藤教授は、当該研究成果を特許出願する際に、技術移転機関である東京大学TLO(東京都文京区)の支援を受けた。東京大学TLOの山本貴史代表取締役社長は独創的な研究成果であるスライドリングマテリアル案件を、最初は企業との共同研究向けと考えた。