[前編]周波数オークションは世界的な流れ、高騰は設計次第で避けられる

総務省の政策決定プラットフォームは「光の道」基本方針で、周波数オークションの導入について議論を進める方針を打ち出した。事業者の新規参入を促し、競争を活性化させるには、どのような制度が必要なのか。周波数オークションに詳しい経済学者の鬼木名誉教授に聞いた。

周波数オークションの導入に向けて、日本でもようやく議論が始まりそうだ。

 政策決定プラットフォームの取りまとめでは主に、2015年頃に実用化とされる第4世代移動体通信を対象に導入を検討することになっている。

 周波数オークションは複数の無線通信事業者がサービスに使う周波数を、資本主義の原則に基づいて競る仕組み。周波数が不足して奪い合いになってきたため、政府による割り当てではなく、市場原理を持ち込もうという考えが働いた。いまや世界の大勢だ。

 最初の周波数オークションは1980年代末のニュージーランド。世界的には2000年頃から、第3世代移動体通信(3G)開始に合わせてオークション制度を導入する例が増えた。日本でも検討課題には挙がったが、「落札額が高騰し、最終的にサービス普及を阻害する恐れがある」などとして、結局は見送られ、今日に至っている。

 しかし現状は、OECD(経済協力開発機構)に加盟している30カ国以上のほとんどが導入済み。日本は先進諸国のうちで導入していない数少ない国の一つだ。

 日本で直近の再編対象になっている700M/900MHz帯、いわゆるプラチナ周波数には適用されそうもないのが残念だが、将来に向けて議論が始まるのは良いことだろう。

オークション制度を導入することで得られる効果はどのようなものか。

鬼木 甫(おにき はじめ)氏
写真:吉田 明弘

 やり方次第で、新規参入、特に中小規模の事業者の参入を加速させ、競争の活性化を促せることだ。自由な参入と競争を促せば、サービスの高度化や料金の低廉化につながる。

 ある地域内にいくつも競合店舗が並び、顧客の奪い合いになるコンビニエンスストアは、競争が良い結果に結びついている一例だ。どこに行っても店内が清潔で、商品が過不足なく顧客のニーズに合うように並べられている。この便利な環境は、市場への「参入」と「退出」が盛んだからこそ出来上がったといえる。

 今の通信業界の状況は、出店する地域や、その地域内での出店数を政府が制限しているようなもの。今よりももっと便利なサービスを生み出していくには、自由に出店したり、撤退したりできる環境が必要になる。

 日本の携帯電話サービスを見ると、現時点ではサービス内容に大きな問題はなさそうだ。ただ10~20年先までの長期的な視野に立ったとき、それでも問題ないとは言い切れない。周波数オークション制度は、日本の携帯電話サービスの未来を左右する制度だ。

落札額が高騰することが問題視されている。そうなると、かえって新規参入は難しくなる。

 確かに、その懸念はある。実際、欧州で落札額が異常なほどに高騰した例があった。場合によっては資金力のある既存事業者が戦略的に額をつり上げることも考えられる。全く同じ条件での競争となると、新規参入者にとっては確かに厳しいだろう。だから何かしらの工夫が要る。

 例えば新規参入事業者だけが応札できる枠を設ける。対象となる周波数を複数のスロットに分けて、一度に応札できる範囲を制限してもよい。

 ただ、これらの方法には課題もある。新規参入枠には大手のダミー会社が入ってくる場合がある。だからといって応札資格を設けると、質の高いサービスを展開できる事業者が参加してこなくなる危険性もある。スロットを分ける場合も、いくつに分けるのが適切かという指標がなく、手探りになる。

 そういった中で私が提案しているのが、「イコールフッティング」だ。既存事業者が応札する場合だけ、既に保有している周波数の分も応札額を支払うよう義務付ける。つまり、新規獲得分の応札額の1.5倍、2倍といった資金が必要になる。恐らく実践した例はないが、効果はあるとみている。

 もう一つ、自らサービスを提供しないまま周波数を譲渡・賃貸するような場合に備えた規制を作っておけば、金額をつり上げる目的での応札も回避できるかもしれない。

大阪大学・大阪学院大学名誉教授
鬼木 甫(おにき はじめ)氏
1933年生まれ。東京都出身。1958年、東京大学経済学部卒業。1968年、米スタンフォード大学経済学博士。米ハーバード大学、カナダのクイーンズ大学の客員助教授などを経て、1976年、大阪大学社会経済研究所教授、1995年に大阪大学名誉教授。並行して、1996年に大阪学院大学経済学部教授、2009年に大阪学院大学名誉教授。2009年より、情報経済研究所代表取締役所長。著書に「電波資源のエコノミクス」(現代図書)。

(聞き手は,河井 保博=日経コミュニケーション編集長,取材日:2011年2月1日)