大学生時代、サンドイッチチェーン「SUBWAY(サブウェイ)」でアルバイトをしていたことがある。当時住んでいた家から徒歩1分ほどのところにあったサブウェイは徹マン明けの朝、朝食を取る場として重宝していた。ある時、「いつも食べているから」という理由で店長にその場でスカウトされ、そのままトイレで着替えて働くことになった。
サブウェイの最大の特徴はなんといっても顧客が自分の好みに応じて仕様を変えられること。パンの種類から始まり、挟む野菜を選んだり、増量したりできる。調味料も複数用意されており、ベーコンやチーズといったトッピングも追加できる。とにかく自分の好きなスタイルで作ってもらえる、「自由」さが売りだ。
サンドイッチを買いに来たお客さんにまず伝えるのは、「パンの種類はどちらにしますか?」だ。当時は「ホワイト」「ハニーウィート」の2種類だけ(現在はさらに2種類追加されている)。その後、「野菜はすべてお入れしてよろしいでしょうか」「調味料はいかがいたしましょうか」など、色々と顧客の好みを伺いながら、サンドイッチを作り上げていく。
自分好みにできる仕組みの落とし穴
時々、「オニオンは抜いてください」というお客さんがいたり、「チーズを追加で」というお客さんがいたりする。その頃、パソコン業界ではデル、ゲートウェイといった仕様を自分好みに変えて注文できるBTO(Built to Order)という販売手法が流行っており、画期的な仕組みを取り入れたサンドイッチチェーンで働いているという自負があった。
ただ、一度だけ強烈に記憶に残る大失敗をしでかしたことがある。注文を伺っている途中に、お客さんが帰ってしまった時だ。
そのお客さんは恐らく、サブウェイに初来店と思われる高齢者だった。あろうことか私はマニュアル通りに「パンの種類は?」「野菜の種類は?量は?」と矢継ぎ早に質問を浴びせてしまった。ただ何となくサンドイッチが食べたくてふらっと入っただけのお客さんだ。店長には怒られるかもしれないが、黙々とお薦めを作ればよかったと反省した。今のサブウェイでは「お任せ」と言えばお薦め仕様で作ってもらえるが、当時はそのような仕組みがなかった。
そんな記憶が蘇ったのは先週、携帯電話の販売ショップの店長と飲んでいた時だった。
もともと携帯電話は料金プランをはじめ、付加機能やサービスなど、非常に選択肢が豊富だ。スマートフォンの普及はさらなる選択肢をユーザーに与えてくれた。好みのアプリケーションを自由に入れて自分仕様の携帯電話に作り変えられる。
ふと、「高齢者に対してはどうしているんですか?」と尋ねると、「簡単に使える高齢者向けのシンプルな従来の携帯電話を勧めますよ。目的がはっきりしていますから」と返ってきた。ただ、そのうえでこう付け加えた。「今はスマートフォンの方が販売奨励金がたくさんもらえるから、何が何でもスマートフォンを売っちゃうお店が圧倒的に多いんですけどね」。
その店長が言うには、お客さんがその場でスマートフォンを買ったとしても、結局は選択肢の多さに混乱し、使い方が分からずに再来店する。店はまたそこで説明しなければならず、時間や手間がさらに発生することになる。その場限りの販売奨励金目当てで安易に売れば、結局は自分たちの首を絞めることになるから、「うちはやらない」ということだった。
そもそも日本の携帯電話は高機能化にまっしぐらで成長してきた。今でこそ、先述の高齢者向けのシンプルな携帯電話も販売しているが、携帯電話端末メーカーが軽量化を競っていた時代、付属するマニュアルの方が重いと揶揄されていたことを思い出す。
機能や選択肢を豊富に揃えることがすべての人を満足させるわけではない。むしろ、多機能と選択肢の増加は使い方を複雑にし、多くの人にとって悩みの種になってしまう。
入れていくのは簡単でも、抜いていくのは難しい

「このカップ、どう使うか分かるだろう?」
コーヒーが入ったカップを手に持ち上げながら、米ツイッターのジャック・ドーシー会長はこう答えた。「ツイッターがなぜ、世界で1億2000万人もの人に使われているのか」という私の問いに対してだ。
「もしこのカップにカバーがかけてあったり、ハンドルが付いていたりすれば、渡された人は考え込んでしまう」。ドーシー会長はこう続けた。ツイッターのミッションは全世界の70億人に使ってもらうことだという。だから「シンプルであることはそれだけ多くの人が使えるということ」というポリシーを今なお持ち続けている。
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