「月曜日の朝、中高年の自殺が増える」という研究結果が話題になっている。
調査では1974年から2014年までの41年間に日本国内で自殺した20歳以上の日本人のうち、死亡時刻が記録されている87万3268人を用い、死亡時刻と曜日を、性別、年齢別に分析した。
その結果、40~65歳までの中高年男性の場合、月曜日に自殺で死亡する頻度は、土曜日の1.55倍。出勤前の時間帯に自殺する頻度は、午後8時以降に比べ1.57倍で、最も少ない土曜夜(午後8~午前0時)の2.5倍だったことがわかったのである(早稲田大学の上田路子准教授や大阪大学大学院の松林哲也准教授らのグループによる)。
- 「月曜の朝って、通勤電車乱れるもんね」
- 「また1週間が始まると思うと……つい……てことなのかなぁ」
- 「気持ちはわかる……」
- 「50過ぎると会社でいじめられるし」
- 「中高年ってことは中間管理職か」
- 「僕も……他人事じゃないなぁ……」
- 「中小企業の経営者もしんどいよね」
……etc etc.
SNSでも、テレビの情報番組でも、そして私の周りでも、「月曜の朝」「中高年」「自殺」というワードが結びついたことへのショックと、切ない共感が広がったのだ。
「私、駅のホームで電車待ってるときに、フラッと……ホントにフラッと……落ちそうになったことがあるんです。後ろの人に腕を掴まれて。『あ、自分、ナニやってるんだろ』って自分でも驚いてしまって……」
フィールドワークのインタビューに協力してくれた男性が、こんな話をしてくれたことがある。
自殺に至る人の多くが、生きていることの苦しみから逃れたいという衝動と、「生きたい」という願望を同時に持ち合わせ、ほんの一瞬の心の動きで不幸な結末にいたってしまうことがあるが、男性はまさにその狭間をさまよった。
「死にたい」わけではなく、「人生に満足できない」。もしかすると、この男性と似たような感覚に陥った経験をした人も少なくないのではあるいまいか。
20年近く前になるが、知人が電車のホームで線路に転落する「事故」があった。
「貧血を起こして転落したらしい」とのことだったが、彼がプレッシャーのかかるポジションで夜遅くまで働いていたのを知っていただけに、誰もが脳裏に浮かぶぼんやりとした暗闇を必死で押し込んだ。自分が何もできなかった、いや、しなかったことへの後ろめたさもあり、「不幸な事故」として受け止めるしかなかったのである。
ところが、である。実は今回の調査結果でわかったのは「月曜の朝の中高年の自殺=電車の事故」ではなかったってこと。
中高年男性の自殺者が最も多かった「朝4時から7時59分まで」の時間帯の自殺は、「縊死」。
家族が寝静まったあと、「強い意志」で命を絶っていたケースが一番多いことが明かされたのだ。
それだけではない。
日本で月曜の朝に自殺が顕著になったのは、1990年代後半以降。つまり、1974年の高度成長期からバブル崩壊までには、いわゆる「ブルーマンデー」が認められなかったのである。
「ブルーマンデー」とは、文字通り月曜日に憂鬱になる現象で、欧米で使われるようになった言葉である。自殺に季節変化が存在することはかなり昔からわかっていたが、日本より早くストレス研究が蓄積されてきた欧米で、1970年前後から月曜の朝に、中高年男性の自殺者が増える傾向が報告されたのだ。
その傾向は現在も続いていて、例えば英国では93年から02年の間に記録されたすべての自殺死亡のデータを分析し、月曜日のピークを確認。日本国内では、03年に全国で記録されたすべての自殺死亡のデータ分析で、月曜日の自殺率は、週末の1.55倍だったと報告している。
長期間のデータを詳細に分析
ただ、これまで使われてきたデータは、いずれも今回の調査ほど長期にわたる大規模なデータではなかった。
つまり、どんな研究にも「ウリ」が必要不可欠だが、今回のそれは「41年間の自殺者88万人のデータ」を用いたってこと。バブルが崩壊で日本経済がどん底になった1995年を境に、前期(74年~94年)と、後期(95年~14年)に分け、さらに曜日だけでなく、時間別に分析した点が今回の研究の特徴である。
さらに、他の年齢、性別では、次の傾向が明かされている。
- 中高年男性と同様の傾向は若い男性(20歳~39歳)にもみられる。しかしながら、中高年男性に比べると、月曜早朝に集中する頻度は、3割~5割ほどに低い。
- 失業率が上がると、若者と中高年男性のみ自殺が増える
- 女性や高齢男性は景気に関係なく、昼の12時前後に自殺する割合が高い
研究チームでは上記の結果を踏まえ、「自殺予防を目的とした電話サービスなどは、夜の時間帯より、むしろ早朝から通勤時間帯にかけて相談体制を充実させる必要がある」と指摘。
また、高齢者や主婦などは、昼間にひとりにならないよう、家族や地域社会のサポート体制を強化することが大切だと話している。
中高年男性の自殺。いったい何度このテーマでコラムを書いてきただろう。
景気が自殺に影響を与えることはわかっていたが、今回の新しい事実は私自身、相当ショックだった。
自殺者の多くは、うつ病やうつ状態にあると考えられていて、うつ病の人は世界総数推計で3億2200万人に達し、10年間で18%以上増加。地域別ではアジア・太平洋地域で世界全体の約48%を占め、日本はうつ病に悩む人が多い国の一つだ(WHOの2015年時のデータに基づく)。
男性は弱音を吐くのをいとう傾向が強いため、どんなにストレスの雨にびしょ濡れになっても、耐えることが多い。ホントはSOSを出したいのにムリして耐える。それを口にした途端、自分がとんでもなく弱虫な気がして、自分でストップをかける。「貸してください」というたったひと言が言えないのだ。
自殺は、社会的に強いられる死だ。
高齢化が進む多くの先進国で「75歳以上の男性」の自殺が増加しているのに、いったいなぜ日本では40代~50代男性の自殺者が多いのか。
なぜ、先進国である日本の中高年が、いまだ経済状態の悪い途上国と同じなのか。
なぜ、家族が寝静まった時間に「縊死」という、より確実な方法で死を選択してしまうのか。
月曜の明け方に男性を追い詰める「正体」が不気味で仕方がないのである。
「過労死白書」にみる中高年の苦悩
奇しくも先の調査結果が報道された数日後、厚労省の「過労死等防止対策白書」(2018年度版)が発表され、そこにも「中高年の苦悩」が報告されていた。
白書によれば、自殺者数総数に対する、勤務問題を原因・動機の1つとする自殺者の割合は増加傾 向にあり、17年は 9.3%(07年は6.7%)。年齢層別にみると、もっとも多いのが 「40~49 歳」で全体の28.3 %、次いで「50~59 歳」(21.7%)、「30~39 歳」(21.1%)、「20~29 歳」(20.2%)と、仕事に悩む中高年の姿が浮き彫りになっていたのだ。
しかも、2008年以降を年次推移で見ると、
- 「40~49歳」・・・25.1%→28.3%
- 「50~59歳」・・・20.8% →21.7%
- 「30~39歳」・・・26.3%→21.1%
と、40歳以上で「勤務問題」が原因・動機とする割合が増加しているのである。
もちろんここでの「動機」は遺書などが残された場合に限っているので、全体を把握しているわけではない。と同時に、上記のパーセンテージはあくまでも総数から割合を算出した数字で、統計的に有意に「増加している」と言い切れるものでもない。
が、「肌で感じる感覚と合う」といいますか。40代後半~50代の男性会社員たちの中で、「漠然とした不安を抱いている人がこの数年で増えた」と、フィールドワークのインタビューで感じていたので、深刻に受け止めるべき数字だと考えている。
ただし、その「対象と不安」は2つに分けて考えねばならない。
一つは、90年代後半から00年代前半に就職活動を行った「就職氷河期世代」で、非正規雇用を余儀なくされた人たちの不安だ。
彼らは賃金も処遇も改善されないまま40代後半に突入し、不安定な雇用形態で結婚もできず、親の介護との両立を強いられるなど、バブル経済崩壊後の経済不安の犠牲となり続けていている気の毒な世代である。
同じ非正規でも20代、30代の正社員化が進んでいるけど、40歳以上は別。というか、派遣法の改正で今までより厳しい状況に追いやられた人も少なくない。
実際、数年前に私のインタビューに協力してくれた某大手企業の非正規の方は、17年に「雇い止め」にあった。
「14年間も働き、自分で資格まで取ってスキルアップしてきたのに……、怒りを通り越して涙が出ました。幸い上司の知り合いの会社で雇ってもらえることになりましたが、この先、死ぬまで職を転々としなければならないと思うと、今優先すべきことが何なのか? 自分でもわからなくなるんです」(本人談)
氷河期世代の無間地獄。
17年度から政府は、「就職氷河期世代の人たちを正社員として雇った企業に対する助成制度」をスタートさせたが、支給要件は「過去10年間で5回以上の失業や転職を経験した35歳以上の非正規社員や無職の人」となっている。「10年で5回以上も転職を繰り返した人=問題あり」と判断されるのがオチ。ましてや40代以上が対象になるわけもない。
こんなアリバイ作りの制度ではなく、早急にこの世代を救済する具体的かつ実効性のある議論を尽くさない限り、路頭に迷い、追い詰められる中高年は増えるばかりだ。
新中間層の抱える不安
そして、もう一つの「漠然とした不安を抱いている人たち」が、いわゆる新中間階級に属する正社員の人たちである。
彼らは、
「今までは50歳以上が対象だった肩たたき研修が、45歳以上がターゲットになった」
「今までは役職定年は賃金2割減だったのに、4割減になった」
「今までは55歳で選択していた雇用形態を、53歳で決めなくてはならなくなった」
と、会社員としての自分の賞味期限が前倒しされている現実を憂い、
「ホントは誰かに話を聞いてもらいたいのに、相談することもできない」
「忙しそうにしている妻がうらやましい」
と不満を漏らす。
会社という、年齢、役職、職位、職種など、あらゆる「上下関係」を基盤とした組織で長年生きてきた「会社員」にとって、自分が「下」になる現実が耐えられない。
下の世代からお荷物扱いされ、「他者からの尊敬」という心理的報酬を奪われたことへ喪失感。それは「自分の価値への指標」を失うことでもある。
人の欲求とは内的より、外的(=他者関係)要因に強く影響をうけるものだが、自分と比較可能な他者(同期や同級生など)の活躍を知れば知るほど、不安だけが募る。
「今の自分の状況と折り合いをつけなくては」と思いつつも、自分と向き合えない。というか、とりあえず経済的な心配もないし、やるべきことはあるので、向き合わないで済んでしまうのが「会社員」という存在なのだ。
その反面、彼らは「このまま腐ってなるものか」という気持ちももっているので、何もできない自分に負い目を感じ、
「でも、会社に残った方が給料いいし」
「転職しても大して変わらないし」
と自分を慰める一方で、周りに嫉妬し、周りに壁を作り、自分のふがいなさを不機嫌な中高年を演じることで紛らわし、孤立していくのである。
私はそんな彼らの話を聞くにつけ、50歳以上=使えない と線引きされ、先輩たちのキャリアパスが全く参考にならない雇用環境に投じられている中高年男性たちを気の毒に思いつつも、20年以上ある残りのキャリア人生を消化試合にしてどうする? とじれったくなる。
「漠然とした不安に押しつぶされないで。どうにか上手く対処して乗り越えて欲しい」と心から願う一方で、「不安の反対は安心じゃないよ。前に半歩でもいいから進むことだよ。腐るな、踏ん張れ!」と活をいれたくなってしまうのである。
……私はこれまで何人かの「勇気ある決断」をした人たちの声を聞いてきた。
ある男性が孤独の日々から抜け出すきっかけ
彼らは会社で肩たたきされ、自信を失い、精神的にも落ち込んだ経験のある人だった。そんな彼らの言葉は重く、切なく、それでいてとても勉強させられるものだった。
その中で私がハッとさせられた、ある男性の言葉がある。
会社を辞めるまで追い詰められたその男性は、辞めたあとは、世間の目が怖くて、外を歩くのも怖く、漫画喫茶で時間を潰したり、美術館にいったり、孤独感に苛まれた。
そんな男性があることをきっかけに、前に踏み出した。
河合:「孤独の日々をどうやって脱出したんですか?」
男性:「すがったんです」
河合:「すがった? というのは?」
男性:「会社にいる頃から、何度か誘いを受けていたコーチング研修があった。あ、勘違いしないでくださいね。変な自己啓発とかじゃなく、一般的な研修です。その頃はオレにはオレのやり方があるって自信満々だったから相手にしてなかった。でも、会社を辞めて半年くらいたった頃に、偶然また電話がかかってきて。その時僕は『行きます』と即答したんです。自分でもわからないけど、どん底にいた自分は、誰かにすがりたかったんだと思います」
男性は、他者にすがってでもなんでも、とにかく行動を起こせたことで、物事の見方が変わり孤独から解放された、と何度も繰り返した。
「すがる」とは一見あまりよくない行為のように捉えがちだ。中には「カルトにでも走れというのか!」と勘違いする人もいるかもしれない。だが、彼の言葉を文脈で捉えればわかるように、それは「自分だけでできることには限界がある」ことを認め、他者に頼ること。考えて動くのではなく、すがってでもなんでも動けば、物事の見方変えることができる、と。
依存の先にこそ自立は存在し、他人に弱さを見せることで、逆に強くなれることだってあると思う。
もし、もしこれを読んでいる方の中で一人きりで悩んでいる方がいらっしゃったら、どうかすがってほしい。弱い自分をさらけ出してほしい。それが同じように苦悩する「中高年の勇気」にもつながると思います。
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