ロシアでプーチン大統領の人気に陰りが見え始めた。年金制度改革で国民の反発を招いた影響が大きいが、実質4期目に入った長期政権への「飽き」を指摘する声も根強い。政治専門家の間ではポスト・プーチン時代を見据え、後継候補を予測する動きが早くも本格化しつつある。

今年5月に4期目を始動したばかりだが、早くも人気に陰りがみえてきたプーチン大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
今年5月に4期目を始動したばかりだが、早くも人気に陰りがみえてきたプーチン大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 最終任期となる実質4期目に入っているプーチン大統領にとって、今年9月の統一地方選はかなりの打撃となったようだ。9月9日の選挙では、極東の沿海地方、ハバロフスク地方など複数の地方知事・首長選挙で、プーチン大統領が推す政権与党「統一ロシア」の候補者が1回目の投票で当選できなかった。

 政権の誤算はさらに続いた。

 沿海地方では間髪をいれず、1回目の投票から1週間後の9月16日に知事選の決選投票が実施された。ちょうど中心都市のウラジオストクで、プーチン大統領や中国の習近平国家主席、日本の安倍晋三首相らが出席した東方経済フォーラムが大々的に開かれた直後のタイミングだった。

 ところが、与党候補のアンドレイ・タラセンコ知事代行は決選投票でも苦戦。開票率が98%台になっても、対立候補のロシア共産党のアンドレイ・イシチェンコ氏に得票率で大きく負けていた。

 タラセンコ候補の敗北は濃厚とみられていたが、意外にも最終的な開票結果で逆転し、同候補が“勝利”する結果となった。当然のことながら、開票過程で与党候補への得票の水増しなど、大規模な不正行為があったのではないかとの疑惑が噴出した。

 中央選挙管理委員会もさすがに看過できなくなり、パムフィロワ委員長は「違反が確認されれば結果を無効にする」と表明せざるを得なくなった。結局、沿海地方選挙管理委員会は知事選の決選投票結果の取り消しを決めた。

 タラセンコ候補は2017年10月、プーチン大統領によって沿海地方の知事代行に任命された。大統領のお墨付きを得た与党候補だけに、本来なら楽勝して正式に知事職に就くはずだったのに、選挙で苦戦したうえに、不正選挙を主導した“悪徳政治家”のレッテルまで貼られてしまった。

 面目丸つぶれとなったプーチン大統領は、負の影響を極力抑えるべく、直ちに人事交代を断行した。タラセンコ氏を辞任させるとともに、後任の知事代行にサハリン州のオレク・コジェミャコ知事を任命したのだ。沿海地方の知事選決選投票の再投票は12月16日に実施される予定で、こんどはコジェミャコ知事代行が与党候補として選挙に臨むことになる。

 沿海地方だけではない。同じく極東のハバロフスク地方、中部のウラジーミル州でも、9月23日に実施された知事選の決選投票で現職の与党候補が苦戦。結局、ハバロフスク地方ではビャチェスラフ・シュポルト知事が極右のロシア自由民主党のセルゲイ・フルガル候補に大差で敗れた。

 ウラジーミル州では接戦の末、スベトラーナ・オルロワ知事が同じくロシア自由民主党のウラジーミル・シピャーギン候補に敗北してしまった。さらに中部のハカシア共和国では、首長選の第1回投票で共産党候補に次いで2位となった政権与党系の候補が決選投票への出馬を辞退する異例の事態となった。

 しかも沿海地方と同様に各地で、決選投票をめぐる不正疑惑が取り沙汰されている。たとえばハバロフスク地方では、現職のシュポルト氏がフルガル候補に対し、決選投票への出馬を自ら辞退すれば見返りに地方政府の要職を提供すると提案して拒否された、といった噂まで広がっていた。

マンネリで支持率低迷

 地方選で与党候補が相次ぎ敗北したのは、プーチン政権が進めた年金制度改革の影響が大きかったとされる。政権は財政健全化の一環として年金の受給開始年齢の大幅な引き上げを打ち出したが、国民の反発は政権側の想定以上に根深く、統一地方選で与党勢力が苦戦する要因となったという。

 年金制度改革をめぐっては、プーチン大統領が8月末に譲歩案を提示。年金の受給開始年齢を、男性は当初案通りに現行の60歳から65歳に引き上げる一方で、女性については現行の55歳を63歳まで引き上げるとした当初案を撤回し、60歳までの引き上げにとどめると約束した。結局、議会の上下両院は大統領の修正案に沿った年金制度改革法案を採択し、プーチン大統領は10月3日に同法案に署名。法律は予定通りに施行された。

 とはいえ、9月の統一地方選で浮き彫りになったように、国民の不満が解消されたとは到底いえない。国民の間で根強くあった「プーチン人気」も大きく後退してしまった。

 民間世論調査会社のレバダ・センターによれば、プーチン大統領の支持率は2018年10月時点で66%まで落ち込んだ。2014年春のウクライナ領クリミア半島の併合後、プーチン大統領は「大国ロシア」を率いる強い指導者のイメージを確立して80%台後半の高い支持率を長らく誇っていたが、ここに来てクリミア併合直前の状態まで戻ってしまった。

プーチン大統領の支持率
プーチン大統領の支持率
出所=ロシアの独立系世論調査会社レバダ・センター
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 「プーチン人気」が後退しているのは、年金制度改革に対する反発に加え、実質的に2000年から続く超長期政権のマンネリズムに対する国民の不満も徐々に広がっているからだろう。

 プーチン政権は、1~2期目は高い経済成長と社会の安定、3期目は主にクリミアの併合で政権の求心力を保ってきたが、4期目に入って経済は低迷し、外交も手詰まり感が深まりつつある。“目玉”の政策も見当たらず、2024年春の任期末を待たずに早くもレームダック化が進むのではないかとの見方もある。

プーチン大統領の後継候補は?

 政治学者の間ではすでに、「プーチン後」を予測する動きも出始めている。

 もちろん、いくら年金制度改革で国民の批判が強まったとはいえ、野党勢力がその勢いで政権を奪取するというシナリオを描く専門家は皆無だ。ロシアはエリツィン政権下の急進的な市場経済改革が大きな社会混乱を招いた苦い経緯があり、改革派の野党勢力に対する国民の支持率は1~2%ほどしかない。しかもプーチン政権は選挙制度に様々な規制を設け、政権に批判的な野党勢力の台頭を許さない仕組みを築いているからだ。

 このため後継候補はプーチン大統領本人が決めるというのが、大方の専門家の共通認識だ。政治工学センターのアレクセイ・マカルキン第1副所長は「メドベージェフ氏を大統領候補に指名した2007年末当時は、いつでもプーチン氏に大統領の座を譲れるような代行役の選択だった。今回はもっと真剣な選択になる」と指摘。シナリオのひとつとして、2021年の下院選(議会選)直前に後継者を新首相に任命し、段階的に権限を移譲していく可能性があると予測する。

 では、現時点で有力な後継候補は誰か。マカルキン氏が「注目すべき人物」として挙げるのは、トゥーラ州のアレクセイ・ジューミン知事(46)だ。

 1972年8月生まれで、もともとは連邦警護局出身。プーチン大統領の1~2期目に大統領警護局の将校として長らく大統領に仕えた。その後、国防省次官などを歴任後、プーチン大統領によってトゥーラ州知事代行に任命され、2016年9月に同州知事に就任した。「ジューミン知事が就任後、他の州では想像できない資金が集まり、都市整備も急ピッチで進んでいる。いまは成功した模範的な州として宣伝されている」とマカルキン氏はいう。

 政治情報センターのアレクセイ・ムーヒン所長も「ロシアではプーチン大統領が後継者を選ぶシナリオ以外は考えにくい」と言明。その上で、後継候補の条件は「プーチン氏の信認が厚く、特殊機関出身で、国家機関や大企業の幹部を務め、さらに地方政治家の経験がある人物」だと予測する。

 現時点でムーヒン所長が挙げる候補者は3人。ヤロスラブリ州のドミトリー・ミローノフ知事(50)、エヴゲニー・ジニチェフ非常事態相(52)、そしてジューミン知事だ。「3人とも連邦警護局出身で、互いに仲も良い」(同所長)。

 ミローノフ氏は内務省次官などを経て、プーチン大統領によって2016年にヤロスラブリ州知事代行に任命され、翌2017年9月から正式に知事に就いている。ジニチェフ氏も2016年、プーチン大統領によってカリーニングラード州知事代行に任命されたが、「自己都合」を理由にわずか数カ月で辞任。それでも大統領は同氏を直ちに連邦保安局次官に任命した。さらに2018年5月には、非常事態相に抜てきされている。

 3人とも国際的な知名度はほとんどないが、ムーヒン所長は「ロシア国内ではマスメディアを通じて、いずれも成功している政治家として慎重に宣伝され始めている」という。

 プーチン大統領の残る任期は5年半。権力継承の問題はまだまだ先のようにみえるが、専門家の間で後継候補が取り沙汰されているのは、水面下で「ポスト・プーチン」に向けた駆け引きが始まった証しといえなくもない。

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