日産のカルロス・ゴーン元会長逮捕のニュースは世界を駆け巡った(写真:AFP/アフロ)
日産のカルロス・ゴーン元会長逮捕のニュースは世界を駆け巡った(写真:AFP/アフロ)

 今回は、プロ野球の「FA(フリーエージェント)宣言」について書こうと思っていたが、日本中に、いや世界中に激震が走ったので、導入はこの話題から入ることにする。日産自動車の元会長カルロス・ゴーン氏の件である。

 事件の経緯や是非について、ここで述べるつもりはない。もうすでにあらゆるメディアが取り上げているはずだ。

 この稿でゴーン氏に触れるのは、彼のキャリアについてだ。

 ブラジルで生まれたゴーン氏は、両親の故郷レバノンで育ち、大学からフランスに渡る。その後、仏タイヤメーカーのミシュランに就職し18年の勤務で好成績をあげる。その実績が評価されて仏ルノーの上席副社長としてヘッドハンティングされる。ここでもルノーの再建に手腕を発揮した。

 

 そして、日産の再生を託されて日本にやってきたのが1999年だった。以来、世界が注目する経営者として日産を再び世界的メーカーに押し上げた。近年は、ルノーと三菱自動車工業の経営にも携わり、世界的カリスマ経営者として君臨していた。ところが数々の業績を残しながらも、今回の逮捕劇に発展する……。

 スポーツにおける「INTEGRITY」(誠実、高潔、品格など)を考えるにも格好の材料だが、今回は彼のキャリアに注目して話をプロ野球に戻そうと思う。

 本来は20憶円近い年収があったとされるゴーン氏だが、それを叶えたのはいくつかの転職である。前職からキャリアアップするたびに年収も高騰していく。

 これはゴーン氏に限らず、ビジネス社会では一般的な栄転の仕方と言えるだろう。逆に言えば、サラリーがアップすることを求めて人々は転職していく。今回考えたいプロ野球の「FA制度」もまったく同じ理屈である。

 「FA宣言」をした選手のほとんどが、「自分の評価を聞いてみたかった」と言うが、あえて俗っぽく言えば「年俸がどのくらい上がるのか知りたかった」ということだ。こうした姿勢を非難するつもりは毛頭ない。それは、実績を残した選手だけが手にできる特権だ。極めて健全なプロとしての在り方ともいえるだろう。

 

 ただ、昨今の「FA」事情を見ると、これが健全に(ビジネスライクに)行われるようになった分、金額相応の活躍ができなかったときのリスクを「FA宣言」した選手が負うことになったといえるだろう。

 セ・パ交流戦が始まる2005年前後のプロ野球ビジネスは、まだ読売巨人軍を中心に回っていた。各球団の収益は、巨人戦を主催することで入るテレビ放映権が主体だった。それゆえに経営の厳しいパ・リーグ各チームは、巨人との試合を求めていた。ひと言でいえば、それが交流戦の主旨である。

巨人戦の視聴率低迷でFAが活況に

 ところがテレビ放送の市場環境が一変する。テレビコンテンツとしてドル箱だった巨人戦中継の視聴率がどんどん低下していく。これは巨人の魅力減少が影響していることも否めないが、主たる理由はスポーツの多様化がもたらしたものだろう。サッカーW杯、五輪、世界陸上、世界水泳、世界柔道、世界卓球、世界フィギュア、米大リーグ、各スポーツのプロリーグ、等々、巨人戦以外にも見るべきものはたくさんある。

 そこで変わってきたのが、プロ野球のビジネスモデルだ。かつては巨人戦ビジネスだったのが、いまは観客収入を中心とした地域密着型のビジネスモデルに移行している。そうした環境変化に伴って、「FA」における選手動向も変化している。

 これまでは、選手の移籍はほぼ巨人にだけ向かっていた。FAでスター選手を揃えた巨人が強くて輝けば、その恩恵は他球団にも及んだ。なにしろ巨人戦の中継が魅力的でそのテレビ的価値があがれば、放映権料として他球団も潤っていたのだ。だから他球団も巨人にFA選手が集まることに寛容だった。

 ところが今は、巨人戦の地上波放送もほとんどない。各球団は自分たちで稼いでいかなければならなくなったのだ。そのためには自前のスター選手を用意して、強いチームを作っていくしかない。

 そこで活況を呈しているのが、昨今の「FA市場」である。

 今秋、「FA宣言」をしている広島東洋カープの丸佳浩選手(外野手)や埼玉西武ライオンズの浅村栄斗選手(内野手)には、複数の球団が数十億円単位の複数年契約を提示しているらしい(浅村選手は、東北楽天ゴールデンイーグルスとの契約が決まった)。同じく西武の炭谷銀仁朗選手(捕手)やオリックス・バファローズの西勇輝投手(投手)などにも各球団が触手を伸ばしている。各チームを自由契約になった選手たちの獲得と並行して、「FA」選手の争奪戦は、これからヒートアップしていくことだろう。

 高額の複数年契約は「FA宣言」した選手たちの望むところだろうが、そこで待っているのは額面通りの活躍だ。応分な活躍があればファンも認めてくれるが、その後鳴かず飛ばずでは「針の筵(むしろ)」に置かれることになる。そして最悪の場合は引退を早める結果になってしまう。かつては、巨人経由で再度どこかに行くことができたが、いまはそれほど甘くない。だからこそ健全な「FA環境」と言えるのだろうが、FAで移籍する選手たちが負うリスクは、高まっているといえるだろう。

 ゴーン氏が金融商品取引法違反の疑いで逮捕された背景には、高額な給与に対する株主を含めた日産内外の不満もあったと聞く。それも内部告発の推進力になったようだ。

 プロ野球における「FA宣言」も、華やかな夢のある話題ではあるが、一方で厳しいビジネスの現実を忘れてはならない。高額な年俸にはそれなりのリスクがある。

 FAを宣言した選手たちは、その期待に応えなければならない。もし思うような結果が出なければ、どんな実力者でも「GONE(去る)」である。

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