家にいなくても荷物を受け取れる宅配ボックスのパイオニア。新築マンション向けの需要減を賃貸向けの開拓で克服。サービスを進化させて成長を加速する。
(日経ビジネス2018年8月27日号より転載)
東京都中央区で、夫と1歳児と暮らす高原友美さん(34歳)には、日々の生活に欠かせないものがある。マンションの共用部に設置された宅配ボックスだ。住人が不在でも宅配業者が配達する荷物を入れられる設備で、ロックがかかるため、盗難の心配もない。帰宅時など、好きなタイミングで荷物を受け取ることができる。
「共働きなので平日の昼間は宅配便を受け取れない」と高原さん。かといって休日も子ども関連の用事ができたりして、荷物を受け取るためだけに部屋に張り付いていられない。紙オムツや粉ミルク缶などのかさばる商品を中心に、高原さんは買い物の多くを楽天市場やアマゾンで済ませる。最近は週2回のペースで利用しているという。
日本の新築マンションのほぼ全てに設置されるようになった宅配ボックス。このうち約7割のシェアを握るのがフルタイムシステム(東京・千代田)だ。創業者の原幸一郎社長が日本で初めて宅配ボックスを実用化したのは1980年代半ばのこと。設置台数はこれまでに累計3万台を超え、現在では全国で370万人が利用する。2018年4月期の売上高は58億6000万円と、7期連続で過去最高を更新した。
いつでも受け取れる安心感
本社 | 東京都千代田区岩本町2-10-1 |
---|---|
資本金 | 4億9800万円 |
社長 | 原幸一郎 |
売上高 | 58億6000万円 (2018年4月期) |
従業員数 | 206人 |
事業内容 | 宅配ボックスの製造・販売、関連サービス提供 |
●フルタイムシステムの売上高推移
会社設立は1986年。きっかけは、当時マンションの管理会社を経営していた原社長の悩みだった。同社では住人の不在時に宅配便が届くと、管理人が預かっていた。ところが管理事務所は狭いので、すぐ荷物で埋まってしまう。
夜に住人が戻ってきても、今度は管理人が帰宅している。「『荷物が届いているはずだが、どうしてくれるんだ』って、よく電話がかかってきてね。社員を夜中に働かせるわけにもいかないので、僕が代わりに対応していたんですよ」(原社長)。追い打ちをかけたのが盗難事件。管理人が事務所に収まらないゴルフバッグを廊下に置いたところ、何者かに持ち去られてしまったのだ。
毎回のように弁償対応していたら会社がもたない……。原社長はそう考え、宅配ボックスの開発に着手する。重視したのは、どんな場合でも荷物を確実に受け取れる安心感を実現すること。単に施錠可能なボックスを作るのでは不十分と考え、トラブルで扉を開けられなかったり、操作キーが分からなくなったりした時でも、制御センターに連絡して本人確認ができれば、遠隔で解錠できる仕組みを整えた。
24時間365日稼働する有人の制御センターを運営するには、コストがかかる。だがあえて、宅配ボックスというモノだけでなく、「確実な受け取り」という利便性の実現にこだわったことが、後に同社の強みになる。
それまで世になかったサービスだけに設立当初は苦戦が続いた。転機となったのは94年。旧郵政省への働きかけが奏功して郵便小包を宅配ボックスで受け取れるようになったことだ。
フルタイムの認知度は向上し、大手の不動産会社からも受注が相次いだ。その後は宅配ボックスでの荷物発送サービスや、荷物が届くとメールで通知するといった機能追加や改善を重ねて、着実に売り上げを伸ばした。
しかしそれも長くは続かない。創業以来、最大の危機となったのが、2008年のリーマンショックだ。国土交通省によると、07年の国内マンション供給数は22万7000戸。金融危機を起点に不動産業界にも激震が走った08〜09年には約17万戸に落ち込み、10〜11年には10万戸を下回った。フルタイムシステムも連続減収を余儀なくされる。
ところが、ここで「神風」が吹く。インターネット通販の普及が進み、宅配需要が一気に拡大。さらに冒頭の高原さんのような共働き世帯が増え、宅配業者が荷物を届けても不在で、再配達を余儀なくされる「宅配危機」が深刻化する。困難な状況を打開する解決策の一つとして、宅配ボックスに大きな期待が寄せられるようになった。
こうした流れの中、フルタイムは賃貸マンション向けの市場開拓を本格化。既存の賃貸マンションに後付けしやすいシステムを開発して、賃貸住宅オーナーに売り込んだのだ。かつて賃貸向け宅配ボックスの売り上げはほぼゼロだったが、18年4月期には、合計約4000棟への納入のうち、賃貸向けが半数を占めるまでになった。
サービスを強化して収益拡大
同社の成長を下支えするのは、システム販売だけでなく、サービスから得られる収入が拡大していることだ。フルタイムが運営する制御センターの利用料や、保守管理、緊急時の駆けつけといった、納入してからも継続的に得られる収入が伸びている。当初はモノの販売が大部分を占めた同社だが、宅配ボックスの稼働数が増えたことで、今では売り上げの半分強をサービス収入が占めるまでになっている。
フルタイムのサービスは進化を続けている。大規模マンションで導入が増えているカーシェアやシェア自転車のカギの受け渡しのほか、宿泊できるゲストルームやパーティールームなどの共用施設の予約システムにも参入。さらに6月には掃除ロボットのシェアリングサービスにも乗り出している。
人口減少が進む日本では、将来的に宅配ボックスを設置できるマンションの数に限りがある。より一層の成長を実現するには、これまで以上にサービスを充実させていくことが欠かせない。「防犯など成長が期待できる分野はまだまだある」。原社長はサービスの強化に余念がない。
登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。