9月にU18アジア選手権で活躍した根尾昂選手。中日ドラゴンズと仮契約した(写真:BFP/アフロ)
9月にU18アジア選手権で活躍した根尾昂選手。中日ドラゴンズと仮契約した(写真:BFP/アフロ)

 プロ野球にとんでもなくしたたかなルーキーが入ってきた。試合に出て、注目されるためなら何でもやる。
 監督も……
 チームメイトも……
 プロのスカウトも……
 そして野球ファンもメディアも……
 みんなだまされてしまった。

 すべては、プロ野球に入って活躍するために仕掛けたストーリーだ。そのプロセスをこの若者は完璧に遂行して、見事ドラフト1位で夢を叶える。

 中日ドラゴンズ1位指名、大阪桐蔭高校、ご存知「根尾昂」選手である。

 「だまされた……」。いきなり彼のことをこんなふうに表現すると、批判的であったり、ネガティブな匂いがしたりするかもしれないが、私が言いたいことは、その正反対のことであり、これは最大限の誉め言葉である。

 たとえ、高校を卒業(来春)したばかりの18歳のルーキーであっても、これだけのセルフマネジメント(自己プロデュース)ができる選手であれば、チーム内外の先輩猛者たちも彼を甘く見ない方が良いかもしれない。

 普通ならプロ野球OB(当方)として、高校生の入団に際しては、以下のような文言でプロ入りを祝福してあげるのが、先輩の優しさであり礼儀だろう。

 「投手と野手の二刀流。夏の甲子園の優勝メンバー、高校日本代表にも選ばれた、文武両道の高校球児。爽やかな根尾君の活躍に期待しましょう!」

 もちろんその気持ちは私の中に十分にあるのだが、彼のことをそんな決まり文句で紹介したくなくなってしまったのは、入団会見で明らかになった「野望(計画)」を知ってしまったからだ。

 根尾昂選手は、11月4日、名古屋市内のホテルで中日ドラゴンズと仮契約した。契約金1億円、出来高払い5000万円、年俸1500万円(ともに推定)、高校生としては最高レベルの条件である。加えて、今秋ドラフト指名された選手(104人)の中で仮契約第1号のスピード対応である。ここからも彼のプロ野球に賭ける強い思いが伝わってくる。

バカボンのパパよろしく「それでいいのだ!」

 

 仮契約後の記者会見で、根尾選手は以下のことを明かした。

 冒頭、彼はこう口にしたのだ。
 「(二刀流ではなく)ショート一本でいかせてください、と伝えました」

 (記者)いつ決心したのか?
 「高校1、2年の時に決めていた」
 「入った時は試合に出たかった。投手の方が出る機会があると思った」

 (記者)二刀流については?
 「評価していただいていたので、球団によってはと考えていた。(中日には)自分の気持ちを尊重していただいた」

 これを聞いて、私は正直「やられた……」と思った。

 テレビで彼についてコメントを求められた時にも、「しばらくは両方やるのではないか」と二刀流の可能性に言及してきたからだ。しかし、彼の中ではもうすでに「ショート一本」でいくイメージができあがっていたのだ。それも高校1,2年生の時から。

 我々は、完全にだまされていたのだ。でも、私はこの「裏切り(本人にまったく責任はないが)」が、この上なく痛快でならなかった。そして、私は「天才バカボンのパパ」よろしく、こう思った。

 それでいいのだ!!!

 競争の厳しい大阪桐蔭で試合に出場するためには、投手の方が出番は早い。それならば、監督に投手をやれと言われれば、喜んでマウンドに上がる。ショートをやる前は、外野も守っていた。プロ野球でも、チーム事情で「二刀流」をやれと言われれば、本人の言葉通りいとわず両方やったことだろう。しかし、漏れ聞こえてきたところによれば、中日は当初から根尾君に「ショート」を打診しており、根尾君もその意向を球団に伝えていたというのだ。

 思い出すのは、ドラフトのテレビ中継だ。中日(与田監督)が抽選の末に指名権を獲得した直後、学校の記者会見場にいた根尾君の顔がアップで映った。その時は、あくまでも私の印象だが……あまりうれしそうな顔ではなかった。

 もしや行きたかった球団は、中日ではなかったのか??? その時には、そんな感想を抱いたのだが、これもきっと彼にだまされたのだろう。本当は「ショート一本」と決めていながら、ここまで胸の内を明かさなかったのだから、自分の内面を隠すぐらいのことは朝飯前だろう。

野球はだまし合いの連続

 岐阜県で育った彼は、子どもの頃からドラゴンズを見て育ったそうだ。もちろん中日も好きなチームの1つだったことだろう。ここでも彼の固い表情にすっかりだまされてしまった。

 これだけ根尾選手への見立てが外れている当方の原稿に、どれだけ説得力があるのか分からないが、こうしたこと(周囲を良い意味であざむけること)が彼の野球選手としての才能を物語っていると私は感じている。

 そもそも野球とは、正々堂々と相手をだます競技だ。敵の裏をかいたり、塁を盗んだり、ランナーを刺したり。だまし合いの連続で試合が決着する。

 ピッチャーをやらせれば時速150キロの速球を投げる肩を持ち、ショートを守らせれば俊足を生かした守備範囲の広さは抜群で、状況判断にも優れている。しかも打者をやらせれば、ホームランも打てれば、打率も稼いで、盗塁も狙える。野球選手として、必要なセンスをすべて持ち合わせていると言えるだろう。

 ただ、プロ野球に指名されて入団する逸材は、多少の差はあれ誰でもそのあたりは普通に持ち合わせているのだ。

 それでは、成功の可否は、何で決まるのか?

 それは、根尾君が持っている「自分で自分をプロデュースする力」だ。周囲に流されることなく、自分の能力を冷静に見つめて、何が最善かを見抜く力。彼は、驕ることなく悲観することなく、常に自分自身を客観視する視点を持っているのだ。

 そんな彼が、「二刀流」という華麗なスタイルに踊らされることなく、将来を見据えて現実的に出した答えが「ショート一本」だった。

 身長177センチ、体重80キロ。

 高校野球なら問題ないが、プロ野球の投手としては、いまや小柄と言っていいフィジカルだ。二刀流の本家「大谷翔平」選手は、身長193センチ、体重97キロである。その意味でも根尾君の「ショート一本」は賢明な選択と言えるだろう。

 彼は、ショートの魅力を次のように語っている。

 「すべてのプレーに関わるポジション。ショートがチームの顔、一番の花形。憧れの場所です」

 そこまでショートに惚れ込んでいるなら、もう言うことはない。ショートとしてドラゴンズの顔になる。いや、プロ野球の顔になる。

 これだけ冷静に周囲をだませれば、その資質は十分だと言えるだろう。
 最後にもう一度書くが、ここで使う「裏切る」や「だます」は、18歳の強い意志を持つ青年に対する最大限の誉め言葉だ。

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