エレベーターガール(ボーイ)は「絶滅危惧種」だが、生まれた仕事もある(写真=PIXTA)
エレベーターガール(ボーイ)は「絶滅危惧種」だが、生まれた仕事もある(写真=PIXTA)

 「AIで仕事がなくなる」というストーリーを検証するために、前回は私たちの仕事を細かくタスク分けしてみた。その結果、各職業がどれくらい自動化できそうかの目安にはなりそうだが、数字自体は計算の前提次第でコロコロ変わってしまうので、あまり当てにならなそうだと分かった。

 そういうベタなミクロ実証研究とは対照的に、今回は思いっきりマクロな視点から眺めてみよう。

自動化とは「資本」で「労働」を置き換えること

 1国全体でどれくらいの労働力が必要とされるか(労働への需要)は、自ずと「自動化」の影響を受けることになるだろう。タスクの自動化が進んだとき、労働需要は増えるのだろうか、それとも減るのだろうか?

 「自動化」は、コンピュータ・アルゴリズムやロボットという機械への「投資」によって可能になる。だから自動化とは、それらの投資の積み重ねである「資本」の働きによって、人力での「労働」を代替するものだと言える。こう頭を整理すれば、その先のロジックも見通しが立てやすい。

 もしもマクロ経済学に触れたことのある読者がいたら、経済活動の生産面に注目したコンセプトである「生産関数」が、

アウトプット = 「労働インプット」と「資本インプット」の関数

 という形で表現されていたことを思い出そう。1つひとつのタスクについて、あるいは企業について、「ミクロな生産関数」を考えることもできるし、ある地域や国全体について「マクロな生産関数」を考えることもある。

 問題は、この「関数」がどんな形をしているかだ。生産関数のカタチ次第で、機械と人力のあいだの代替・補完関係や、ひいては「自動化が労働需要にもたらすインパクト」も変わってくる。

消える仕事 vs 新たな仕事

 自動化によって労働力への需要がどのくらい増えるか、それとも減るかは、必ずしも自明ではない。

 たとえば、エレベーターガール(エレベーター運転士)という仕事は、今でも時折デパートで目にすることはあるものの、基本的には「絶滅危惧種」だ。自動化の犠牲者とも言えるだろう。しかしその一方で、エレベーターの自動運転化によって生まれた仕事もある。「エレベーター運行システムの開発や管理」といった役割だ。

 個々のタスクや職業が自動化されたときに「経済全体で労働需要が増えるか減るか」については、どれだけ熱心にエレベーターガールを観察していても、分からない。新たな仕事は同じデパート内ではなく、むしろエレベーター製造会社や運営会社の方で生まれているからだ。広い範囲における自動化のインパクトを知るには、その自動化技術が「奪う仕事」と「生む仕事」の両方を視野に入れねばならない。

アメリカでは「消える仕事」の方が多かった

 米マサチューセッツ工科大学(MIT)のダロン・アセモグル教授がカナダ・トロントで発表した論文「自動化と新タスク」(原題は「Automation and New Tasks:The Implication of the Task Contents of Technology for Labor Demand」)は、この「消える仕事と新たな仕事」という視点を重視し、独特なカタチをした生産関数を提案(=仮定)している。

注:第2回全米経済研究所(NBER)「人工知能の経済学」学会における発表の模様は、こちらの動画で見られる

 そのようなマクロ経済モデルに即して、過去30年間のアメリカのデータを分析した結果、自動化(ここでは「工場への産業用ロボットの導入」のこと)によって生まれる仕事よりも、消える仕事のほうが多かった、と結論づけている。

 もちろん、過去における「工業用ロボットの導入」と、未来における「AIによる各種タスクの自動化」の間には、分野や使途の違いも多いはずだ。過去のデータからそのまま未来を予測するのにも限界があるから、国と時代ごとの状況の違いを考慮した方がいいだろう。

ドイツでは、ロボット導入後も人材の配置転換がうまくいった

 実際、ドイツについて同様の分析をした別の論文「ロボットに適応する」(原題「Adjusting to Robots:Worker-Level Evidence」)では、アメリカとは対照的な結果が報じられている。ドイツの場合は、ロボット導入後も、企業内での人員の配置転換がうまくいったらしい。

注:論文へのリンクはこちら

 なお、これらのマクロ的な実証分析は、扱う対象やデータの性質上、因果関係の識別についてはツメが甘い傾向がある。だから、これらの研究によって「自動化が原因で、仕事が消える(または消えない)という結果が起こった」という因果関係が示された、と信じ込むのは早合点だ。

 そうではなく、あくまで「過去30年間のアメリカのデータに見られた相関関係が、同時期のドイツのデータでは見られなかった」という程度にユルく理解しておく方が安全だろう。統計や計量経済学になじみのない読者のためにもう少しかみ砕いて言うと、「ロボットの導入」と「仕事の増減」のどちらが原因でどちらが結果かが厳密に証明されたわけではなく、単にそれらの2つの出来事がほぼ同時に起こったという意味だ。

少子化と労働需給

 さて、未来の日本がアメリカとドイツ、どちらに近い展開になるのか、あるいは全然違う第3のパターンを示すのかは、分からない。だが、仮に工業用ロボットとAIが似たような技術革新である場合(そして仮に日本企業がドイツよりもアメリカに近い人事制度をとっている場合)には、AIの実用化が進むにつれ労働需要は減っていきそうである。

 それでは、AIの商業利用などさっさと禁止してしまったほうがいいのだろうか? そして日本の労働者は、「AI先進国」であるアメリカと中国の企業が(日本に本格進出する前に)全面戦争に突入して共倒れしてくれることを、ただ神頼みするしかないのだろうか?

 しかし、ここで忘れてはいけないのは、人口問題である。

 先に紹介した研究が扱ったのは、過去のアメリカとドイツ、すなわち、「国全体の人口が増加している局面」であった。人口が増加すると、だいたい労働力(労働の供給)も増える。だが、ひとたび将来に目を転じると、日本や韓国、それにドイツを筆頭に一部の欧米諸国も、すでに少子高齢化と人口減少のステージに突入している。

 言いかえると、1国内に存在する労働力(労働供給)は、どの国でも減少傾向にある(ただし、アフリカの多くの国々を除く)。

AI失業 vs 人口減少

 ……ということは、AIによるタスク自動化によって労働需要が減る(可能性がある)一方で、人口の高齢化によって労働供給も(現実にすでに)減りつつあるわけだ。

  • 片や、「AIで仕事がなくなる!」
  • 片や、「高齢化で人手が足りない!」

 これらは本当に、現代社会を悩ます2大マクロ問題となるのだろうか? 冷静に(ただしある程度ザックリ単純に)考えてみると、2つの悩みは両立し得ない。「自動化によって人手不足を補う」ことさえできれば、2大問題はどちらも解消し、一件落着となるかもしれない。

 このような楽観的なシナリオを強調したのが、米グーグルのチーフエコノミストであるハル・ヴァリアン氏が発表した「自動化と生殖」(原題は「Automation vs Procreation」)という論文だ。まあ、AIを開発する企業に勤めている彼の立場を考えると、このような「ゆるふわ」風味の論文それ自体は、多少割り引いて読んだ方が賢明だろう。

注:発表時の動画はこちら

 しかし、「高齢化が進む国ほど、ロボットの開発と導入も盛んである」という別の研究もある。というか、日本はまさにその世界最前線にある国だ。だから私自身の意見としては、日本の企業や家庭(そしてもちろん政府)は、どんどん実験的な取り組みを進めるべきだと思う。

注:「人口動態と自動化」(原題は「Demographics and Automation」)は、前掲の「自動化と新タスク」と同様に、アセモグル氏とボストン大学のパスクアル・レストレポ氏の共著による論文である。

 ……というわけで、AIが労働の需給にもたらすインパクトは、「消える職業」と「生まれる職業」、そして「人口減少スピード」の三つ巴のバランス次第ということだ。

私たちが本当に考えるべきこと

 もちろん、たとえばエレベーターの「運転」と「管理」は別の職種であり、タスク構成も必要なスキルも異なる。だから、エレベーターガールが「エレベーター自動運転プログラムを設計する仕事」に、いきなり転職できるとは限らない。もう少し一般論として考えても、

  • 「無くなる仕事」と「新たな仕事」は、別物だ。
  • また自動化で「人余りになる仕事」と、人口減少で「人手不足になる仕事」にも、ズレがあるだろう。

 となると、もし私たちが「AI失業」と「人口減少」について真面目に考えるのであれば、社会全体として重視すべきなのは、

  1. 仕事と人手の出会いを、業界・社会全体でスムーズにする工夫。
  2. いまある人手でこなせるように、仕事のカタチを柔軟に変化させる工夫。
  3. 「新たな仕事」に柔軟に対応できるような、新スキル習得の場所と機会。
  4. 「人手不足の分野を狙って自動化を進める」ような、研究開発と企業活動。
次回は、AIの「内側」を議論しよう
次回は、AIの「内側」を議論しよう

 ……といったポイントになる。

 これらの前向きな方策について(特に④について)考える際には、前回と今回の議論のように「自動化技術」をブラックボックスとして外側から眺めているだけでは、ラチがあかない。

 「自動化技術」そのものも、私たち人間が開発・運用してきたものなのだから、AIの「外側」の話はこれくらいにして、次回からはAIの「内側」に入っていくことにしよう。

※文末注:本稿の執筆に当たっては、豪クイーンズランド大学のマクロ経済学者である田中聡史氏と、米エール大学の労働経済学者である成田悠輔氏から有益なコメントを頂いた。この場を借りて感謝したい。
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