「オトコが育児に参加するのが当たり前」の時代に変わりつつある。旬の経営者や学者、プロフェッショナルたちも、自らの育児方針や育休取得についてパブリックに言及することが増えてきた。優秀なリーダーたちは、我が子にどんな教育を与えようとしているのか。また自身はどう育てられたのか。そしてなぜ、育児について語り始めたのか。

 連載19回目にスペシャル版として登場するのは、私立龍山高等学校理事で弁護士の桜木建二氏。成績底辺校で、経営破綻寸前に陥った私立龍山高校の再建計画として、「5年後までに東大進学者100人」を掲げ、独断で特別進学クラスを創設。奮闘の末、東京大学へ送り出した実績がある。東大合格を目標に多くの高校生を導いてきた桜木氏が考える子育て論とは。今回はその前編。

<span class="fontBold">私立龍山高等学校理事/弁護士、桜木建二(さくらぎ・けんじ)氏</span><br>三田紀房氏による大ヒット漫画『ドラゴン桜』シリーズに登場する弁護士。成績底辺校で、経営破綻寸前に陥った私立龍山高校の再建計画として、「5年後までに東大進学者100人」を掲げ、特別進学クラスを創設。個性豊かな教師を招き入れ、落ちこぼれ生徒だった水野直美と矢島勇介を徹底指導し、奮闘の末、東京大学へ送り出す。10年後を描くシリーズ2では、東大進学者0人と停滞した龍山高校に桜木が理事として返り咲き、東大進学コースを独断で創設。スマホSNS、(交流サイト)の活用など、10年前とは全く異なるアプローチの勉強法を伝授している。(取材日/2018年10月26日、(C)三田紀房/コルク)
私立龍山高等学校理事/弁護士、桜木建二(さくらぎ・けんじ)氏
三田紀房氏による大ヒット漫画『ドラゴン桜』シリーズに登場する弁護士。成績底辺校で、経営破綻寸前に陥った私立龍山高校の再建計画として、「5年後までに東大進学者100人」を掲げ、特別進学クラスを創設。個性豊かな教師を招き入れ、落ちこぼれ生徒だった水野直美と矢島勇介を徹底指導し、奮闘の末、東京大学へ送り出す。10年後を描くシリーズ2では、東大進学者0人と停滞した龍山高校に桜木が理事として返り咲き、東大進学コースを独断で創設。スマホSNS、(交流サイト)の活用など、10年前とは全く異なるアプローチの勉強法を伝授している。(取材日/2018年10月26日、(C)三田紀房/コルク)

マンガ「ドラゴン桜」シリーズでは、受験法を伝えるだけではなく、独自の子育て論を発信しています。今日は本連載「僕らの子育て」のスペシャルゲストとして桜木建二さんに、これからの時代の子育てセオリーについて語っていただきます。……と申しながら失礼ですが、桜木さんは独身で、お子さんもいらっしゃいませんよね。

桜木氏(以下、桜木):その通りだ。しかし、まず言っておく。「親しか子どもを育てられない」というのは嘘だ。

本連載に登場した、気鋭のビジネスリーダーやプロフェッショナルなど10人の子育て論をまとめた『子育て経営学』
本連載に登場した、気鋭のビジネスリーダーやプロフェッショナルなど10人の子育て論をまとめた『子育て経営学』

 アメリカの心理学者、ジュディス・リッチ・ハリスが書いた『子育ての大誤解』(早川書房)という本を読んだことはあるか? この本では、「子どもは、誰が育てたって一緒だ」と書いてある。親が手をかけて子どもを育てた場合と、親とは切り離したコミュニティーで協力し合って子どもを育てた場合で、大きな差異は生まれなかった。

 実際、俺は龍山高校で偏差値30台だった落ちこぼれ生徒を指導して、東大に合格させた。それだけではなく、人間としても格段に成長させた。

 俺は親に負けないくらい、いや、親以上に、あいつらを深く理解した自信がある。

確かに、親以外の大人に出会うことで、子どもが大きく成長する事象はよく見られます。

桜木:そもそも、子どもという生き物は、本能的に親を否定するようにプログラミングされている。親はまず、それを分かっておいた方がいい。

 なぜなら、親を否定しなければ、生物として進化しないからだ。親だけの力で子育てするのはナンセンスであり、悪手と言ってもいい。

なるほど。周囲の力も借りながらの子育てがあるべき姿だ、と。ということは、学校に子どもたちを集めて“教えるプロ”である教師が教えるというシステムは理にかなっているということですね。

教師の仕事は「ナビゲートすること」だ

桜木:教師が超一流であればな。

その点は、やはり現状に問題があると。

桜木:残念ながら、今の学校システムは、時代に合っていない。

 転換のきっかけはITだ。かつての授業方法というのは、系統だった知識を教師が生徒に伝えるというものだった。だが今は、知識はインターネット上にいくらでもある。情報をうまく選ぶことができれば、誰でも、最高の教材に出会えるのが、今の子どもたちに与えられた環境だ。

 環境が変われば、必然的に教師の果たす役割も変わってくる。現在、教師に求められる役割は、インターネット上に無限にある知識を、どういう順番で学べばいいのか、成長段階や心理状況に合わせてナビゲートしていくことだ。

 生徒よりも少しだけ先に人生を歩む先輩として、計画の立て方や、失敗した時の立て直し方をアドバイスする。それが教師の役割なんだ。

 『ドラゴン桜』もシリーズ1までは、独自の教授方法を誇る教師が、「最高の授業をする」というアプローチで学力を身につけさせていった。だが2018年1月から連載開始した『ドラゴン桜2』では、教師の役割は「生徒の心に寄り添うことだ」と言っている。

 例えば、(リクルートマーケティングパートナーズが運営するインターネット予備校の)「スタディサプリ」では、全教科の最高峰の講師による講義を、項目ごとに用意し、ネット上で誰でもアクセスできるようにした優れた教材だ。

 こういった上質な教材をうまく活用するには、その膨大な教材の中から、何をどの順番で組み立てていくかという“計画”が重要になる。

 その計画を立てるためには、生徒一人ひとりの得意・不得意、行動のクセやモチベーションの発火点を正しく見極めることが必須だ。その見極めを助けて伴走するのが、大人の役目なのだ。

SNSのツイッターやYouTubeを勉強に活用せよ、という教えも斬新です。

桜木:これらに共通するのは、“発信による学び”だ。

 自分が発信したことを振り返るきっかけをつくって、それを見た他人からのフィードバックも受け取れる。ネットを通じて世界とつながれる点もとても大きい。

 家庭と学校以外に、他者と“つながる場所”をつくることで、成長や承認の実感を持てるチャンスは増える。例えば「ドラゴン桜2」では、英語の勉強法として「英文でつぶやく」「英語で話す動画をアップする」という方法を伝授している。

「ドラゴン桜」から「ドラゴン桜2」へ。その違いがそのまま、今直視すべき教育環境の変化だということですね。

桜木:その通りだ。

小学校低学年くらいの、より幼い子どもたちへの教育に関してはいかがですか。

桜木:小学1、2年生の教科書を見てみると、足し算を終えたら、次は引き算、その次はかけ算……と、階段状に習熟レベルを上げていくような流れになっている。

 大人になって振り返れば何ということもないかもしれないが、子どもによっては、その段差を大きく感じ、踏み外してしまうことがある。そして一度踏み外すと、勉強に対する自信を喪失し、落ちこぼれをつくる原因になってしまうのだ。

 つまり、階段をできるだけ緩やかな上り坂に変える工夫が必要なのだが、現状のカリキュラムではそうはなっていない。

小学低学年を対象にした上質な学習アプリが登場することを待ちたいところだが、その欠落を埋めているのが「公文式」だ。

 公文式は、「足す1」の足し算をひたすらやっているうちに、徐々に「足す2」の足し算を混ぜていって、いつの間にか二桁の足し算ができるようになっている、という仕組みだ。

 子どもたちは、「できることをたくさんやっているうちに、いつの間にか、できることが増えていた」という感覚で、なだらかにステップアップしていける。

 人間はもともと成長欲を備えた生き物だ。だから同じことばかりやっていると、飽きて勝手に難しいことに挑戦しようとする。

 「孟母三遷の教え」の言葉通り、子どもが伸びる環境を探して与える。親の役割はそれに尽きる!

凡人でも東大なら行ける

教育熱心な親ほど関心が高いのは、学校選びです。桜木さんはシリーズ2でも引き続き「東大に行け!」と言い続けています。そもそも“東大の価値”にも変化はないと考えていますか。

桜木:東大の価値に変わりは全くない。東大の価値とはつまり、「天才じゃないやつらが、努力さえすれば得られる人生の保証」という意味だ。

 本当の天才なら、東大なんか行くわけがないだろう。

 東大は努力という公平なパスポートで得られる最高のチケットだ! 早稲田・慶応と変わらない努力で東大に行けるのだから、同じだけ頑張るなら、東大に行った方が得に決まっている。俺はずっとそれを言い続けているだけだ。

では、子どもを受験させる時期についてはいかがですか。首都圏では、小学受験や中学受験などの選択肢が豊富なために、迷う親も多いようです。

桜木:いいか? これだけは覚えておけ。受験というのは、子どもの「思考段階の発達」とタイミングを合わせることがとても重要だ。

 人間は、まず6歳前後で「直感的思考段階」から「論理的思考段階」へ移行すると言われている。しかし、これには個人差はある。

 さらに12歳前後には、「論理的思考段階」から「抽象的思考段階」へ移行する。これも、個人差がある。身長が伸びる速さが運動神経の優劣に関係ないのと同じで、この移行の速さは、頭の良さと相関するものではない。

 

 そして小学校の入試は、「直感的思考段階」から「論理的思考段階」へ移行した子どもが解きやすい問題が出題され、中学入試では、「論理的思考段階」から「抽象的思考段階」に移行した子どもが解きやすい問題が出る。

 つまり、たまたま移行が早い子どもであれば合格しやすい、というだけのことだ。

 逆に移行が遅いタイプの子どもを無理やり受験させるとどうなるか。

 失敗の確率は高くなるし、もし運良く合格できたとしても、本人にとっては「何か成功を手にするには、苦しいトレーニングを重ねないといけない」と体得する経験にしかならない。

 それが将来にわたっての刷り込みになることを、親は理解しておくべきだ。

 「自分が楽しいと思うこと、難なくできることを繰り返していれば、成功できる」という思考回路を育てるのと、どっちが子どもの人生を明るくするのか? 答えは明白だ。

わが子を年収1000万円の“社畜”にするのか

この「苦しまなければ成功しない」という刷り込みは、将来の仕事観にも影響しそうです。

桜木:そうだ。かわいいわが子が、給料のために深夜残業を喜んで受け入れるような“社畜”になってもいいのか? さらに言えば、その受験の先にある「成功」というのも、たかが知れてる。

 いい会社に勤めて、年収1000万円を稼ぎ、生活に困らない将来というものを、早く確定させるためだけに、5、6歳の子どもに、受験させるかどうかの意思決定をさせている。それが小学受験の本質だ。

 それは俺から言わせると、ただの“せっかちレース”でしかない。「将来1000万円コース」を早期確定することが、子どもの可能性を潰すことだってあるにもかかわらず、だ。

 「私は子どもに、将来年収1000万円コースを歩ませたい」。小学、中学受験というのは、親がそういった選択を周囲に公言しているようなものだと、自覚したほうがいい。

 結論を言うと、受験の最適期は、子ども自身が意思決定できる高校受験と大学受験だ。高校受験までは子どもの好きなようにさせておけ!

 小学校や中学校は、どこに進学しようが、たかが知れている。インターネットの世界に比べれば、学校の世界なんてむちゃくちゃ狭いんだ。

 昔ほど、学校が子どもに与える影響は大きくなくなっている。かつては「知識移転」がうまい学校が“名門”と言われていたが、前述の通り、知識はネット上にあふれる時代なのだからな。学校側がわざわざ教える必要はない。

 これからは、「子どもに深く寄り添えるか」が名門のスタンダードになるだろう。ただ、まだそんな学校はほとんどなく、ある意味では“名門不在”の時代なんだ。つまり、どこに子どもを入れたって、大同小異でしかない。

 そんなことより親がやるべきなのは、学校以外に、子どもが何かに夢中になれる環境をつくることだ!

受験の常識も変わろうとしているんですね。

桜木:子どもの将来の安定を早期確定したい親の典型的な行動が、医学部レースに子どもを投入することだ。

 「どこでもいいから、とにかく医学部に入りなさい」と子どもに強いる親がどれだけ多いことか。現に、昔はカネさえ積めば入学できたような三流私大の医学部の偏差値でさえ、最近は高騰している。本人が医者になりたいのなら別だが、多くの場合は親のエゴだ。

 「エゴではない。子どもの将来のためだ」と反論する親全員に言わせてもらう。

 お前たちの時代の常識が、これからの時代に通用するわけがない!世の中が驚くようなスピードで変化している時代に、過去の常識は今の非常識。そのギャップに気づけば、親の「よかれ」という思いは、子どものためにはならないと分かるはずだろう。

 今から30年前くらいであれば、まだ子どもが親世代の経験則を参考にする価値はあったかもしれない。それほど、世の中の変化はすさまじくなかったからな。「親の言うことを聞いて得をした」という人もいるだろう。

 だが、今は違う。自分のアドバイスが子どもの役に立つなんて思うな!

(後編に続く)

「ドラゴン桜」シリーズ作者の三田紀房氏によるトークイベントを東京大学の「第69回駒場祭」会場で開催します。

■日時:2018年11月23日(金)14~15時

■場所:東大駒場キャンパス1331教室

■申し込み方法:こちらから

本連載に登場した、気鋭のビジネスリーダーやプロフェッショナルなど10人の子育て論をまとめた『子育て経営学』
本連載に登場した、気鋭のビジネスリーダーやプロフェッショナルなど10人の子育て論をまとめた『子育て経営学』

 本連載「僕らの子育て」が1冊の本になりました。新しい時代を担う若手経営者たちや、様々な業界のプロフェッショナルたちが、どのように「育児」と向き合っているのか。また子育てと仕事(組織運営や人材育成)との関係は——。

 注目の経営者たち10人へのインタビューを通して、驚きの実態が見えてきた!

◇学校はあえて「公立」。?多様性ある環境で、リーダーシップを学ばせる

◇スマホは3歳から。?失敗も含めて、早くから体験したほうがいい

◇経済の仕組みは「メルカリ」を通してレクチャー

◇単身赴任でも、LINEを使って毎日コミュニケーション

◇スポーツはサッカーとゴルフ。サッカーで友達を増やして、ゴルフで忍耐力を養う

◇「オールA」より、B・C混じりの成績をほめる。?あえて不得意なことに挑戦!

◇「将来有望」なスキルを身につけるより、「大好きなこと」を見つけさせる

◇一緒にいられる時間が短くても、「濃く」「深く」愛していく

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