(操縦士の飲酒によるトラブルが頻発している/写真はイメージ/PIXTA)
(操縦士の飲酒によるトラブルが頻発している/写真はイメージ/PIXTA)

 パイロットの安全意識への批判が高まっている。

 乗務前の飲酒により、JALの副操縦士はロンドンのヒースロー空港で逮捕され、ANAウイングスの機長は沖縄県内の計5便に乗務できない事態となった。スカイマークでも機長から規定値を超えるアルコールが検出され遅延を起こした。

「パイロットのアルコール問題は古くて新しい問題。10年くらい前から日本だけでなく、欧米でも度々トラブルが起きていたんです。ただ、各社ともスタンバイ要員がいたから、表立った問題にならなかっただけです」

 こう話してくれたのは、現在海外のエアラインで乗務する50代のパイロットである。

 彼が指摘する通り、2002年には、米国のウエスト航空のパイロットから大量のアルコールが検出され、その場で逮捕。09年には、ユナイテッド航空の副操縦士が酒に酔ったまま操縦しようとした疑いで逮捕。最近では、今年6月に英ブリティッシュ・エアウェイズのパイロットが酒気帯びのまま乗務に就こうとして禁固刑に、11月にはインドのエア・インディアのパイロットからアルコールが検出され3年間の免許停止処分となっている。

 いったいなぜ、こんなにも問題が顕在化しているのか。単なる個人のモラルの問題なのか? あるいはパイロットの「2030年問題」が関係しているのか?(2030年問題は後ほど説明します)。

 知人など数人の関係者に話が聞けたので、今回は「パイロット問題の裏にあるもの」というテーマであれこれ考えてみようと思う。

事件後のJAL社長会見への違和感

 まずは11月29日(日本時間30日)に、禁固10カ月の実刑判決が言い渡され、懲戒解雇処分を受けたJAL副操縦士の事件のおさらいから(出所:JALの報告書)。

 事件が起きたのは、10月28日のロンドン発羽田行きのJL44便。

 副操縦士は、ホテルを出てから機内で身柄を拘束されるまで、機長ら同乗クルー計13人と行動を共にしていたが、アルコール臭に気づいたのは、バスを運転していた運転手のみだった(運転手の通報がきっかけで逮捕)。

 副操縦士はバスの運転手のすぐ後ろに座り、その距離は約60センチ。機長は、さらにその1.8メートルほど後ろに座っていた。機長2人は、JALの聞き取りに対して「今になって思えば、(副操縦士は)自分たちから距離を置くようなそぶりがあった」と答えたという。

 そして、乗務前の検査をすり抜けた機長らが機内に乗り込んだところに、バス運転手から通報を受けた保安官が副操縦士を呼び出しにきた。

 ところが、副操縦士は、「アルコールは飲んでいない。マウスウォッシュによるものだ。うがいをさせてほしい」と大声で叫び、トイレに入る。その過程で保安官がアルコール臭を確認したため、警察官に連絡し身柄が拘束された。

 副操縦士の飲酒は、「乗務開始12時間前から運航終了までの飲酒を禁じる」とした運航規程に沿っていたものの、結果的に英国の法令に定められた血中アルコール濃度が基準値の200mg/Lの9倍以上の1890mg/Lだった。

 JL44便は、本来は機長2人と副操縦士1人の計3人で運航予定だったが、副操縦士の拘束を受けて2人だけで予定より1時間9分遅れで出発した。

 一方、29日の裁判で副操縦士の担当弁護士は、
「仕事で家族と長期間離れる寂しさに加え、不規則な勤務時間などによって被告は不眠症に陥っていた。酒を飲んで解決しようとしてしまい、本人も(飲酒を)問題として認識していた」
と主張している。

 この事件を知った時、私が真っ先に思い出したのが、1977年にJALの貨物便が離陸直後に起こした墜落事故だ。乗員と添乗員の5人全員が死亡し、アメリカ人機長の遺体から大量のアルコールが検出されたのだ。飛行機が炎上する映像は、当時私が住んでいた米国アラバマでも大々的に報じられ、子供ながらにショックで、めちゃくちゃ怖かったのを鮮明に記憶している。

 事件後に会見を行ったJALの赤坂祐二社長は、「世代間のコミュニケーション手段として、(飲みニケーション)を是としているところはあった。公共交通機関を担う一員として、これについても考え直さなくてはならない」と言及していたけれど、今回の一件って、コミュニケーション手法だとか、その手の問題なのだろうか……。

航空会社任せの「性善説」ルール

 そもそも日本では現在、航空法に基づき、乗務前8時間以内の飲酒を禁じているものの、アルコール検知器の使用は義務ではなく、検査基準なども会社任せ。それはある意味、「会社側のモラルを信頼した」運用になっていたと捉えることができる。

 欧米でアルコール乗務が問題化していた10年ほど前、ANAでは国内のメインとなる空港にストローに息を吹き込むタイプの「精密型」アルコール検知器を設置し、乗員への啓蒙活動を行なった。その結果、基準値をオーバーする例は激減したため、現在設置されているのは羽田空港のみとなった。

 JALは国内ではストロータイプ「精密型」の検知器を採用しているが、海外で使っているのは「簡易型」だ。さらに、朝日新聞が国内の航空会社25社を調査したところ、8社が検査を義務付けておらず、検査を実施している17社のうち12社は精度の低い「簡易型」を主に使用していることがわかっている(参照記事はこちら)。

 しかも、私が関係者に確認したところ、
「精密型の検知器のある空港では、意外と、散発的にひっかかる人がいて。交代とかで対応できていたけど、今回は検査ではなく、バスの運転手の通報によるものだったので、たまたまクローズアップされた感がある」
とのこと。

 乗客の人命を第一に考えるなら、会社側はこんなに大きな事件になる前に何らかの手立てを講じられたはずだ。

 JALは報告書で副操縦士について、
・普段から飲酒量が多いという情報があった。
・体調面(腰痛)の問題も抱えており、出社後に乗務をキャンセルしたことがあった。
・過度なストレス環境下にあった可能性があり、組織が個人に何らかの対応を実施していれば、過度の飲酒を抑制できた可能性がある。
との要因分析を行っている。

 とどのつまり、事件は起こるべくして起きたもので、「個人のモラル」の問題ではあるものの、「個人のモラルだけ」の問題ではない――と言えるのだ。

“危なそうな人”を作り出しているのは誰か?

 あまり知られていないとは思うが、17年10月から日本でも、パイロットの「疲労リスク管理(FRM)」がスタートしている。

 FRMは09年に起きた米国コルガン空港の航空機事故をきっかけに、事故遺族の運動により欧米でスタートした制度で、そこには「乗員、乗客、住民のすべての命を大切にしてほしい」というメッセージが込められている。

 この事故は米国の短距離国内線で起きたもので、機体が炎上し、住宅地に墜落。乗客乗員49人が全員死亡したほか、墜落現場となった民家で住民1人が死亡、2人が負傷した。その原因は、「機長の過労」が引き金となった単純な操縦ミスだったのである。

 機長・副操縦士は、低賃金(機長の年収は約6万ドル、副操縦士は同1.6万ドル)のためホテルに泊まらず、操縦士用の待合室で仮眠を繰り返していたそうだ。会社のソファで一夜を過ごすのは規則違反だったが、黙認されており、機長たちは事件当日もソファで睡眠を取っていたことがわかっている。

 さらに、ボイスレコーダーや関係者への聞き取りから、操縦士が日常的に疲労に悩まされていたことが判明し、CVR(コックピットボイスレコーダー)には何度もあくびをするのが記録されていたという。

 こうやって書いているだけで怖くなってしまうのだが、1993~2009年に起きた航空機事故で、パイロットの「疲労」に起因した事故は11件だったとの米国国家運輸安全委員会の報告もある。疲れ切ったパイロットの操縦ミスにより、310人もの人たちが犠牲になっているというのだ。

 日本に先立ち、2010年以降、米国や欧州ではFRMが義務化・施行されている。

 FRMを導入すると、事業者は運航乗務員の疲労を考慮するとともに、支障がある場合には乗務させない、運航乗務員は自らが疲労状態を管理する、疲労により乗務に支障がある場合には乗務しない――といったルールを規定に明記しなくてはならない。

 航空会社が「人の命の重さ」をもっと真剣に考え、FRMをしっかりと実施していれば、未然に防げる事件だったのである。

 「再発防止に向けた取り組みを徹底し、信頼回復に努めてまいります」などとお決まりの文句はもう聞き飽きた。“自分”の任務を忘れた“危なそうな人”を作り出しているのは、いったい誰なのかを今一度考えてほしい。

 働いているのは人であり、その働く人に「人の命」がかかっていることを本気でわかってほしい。もっと言ってしまえば、それを考えない航空会社に飛行機など飛ばしてほしくない、というか、飛ばす資格はない、と思えてならないのである。

 もちろん、疲労とアルコール問題との直接的な関係性は、単純に論じるべきものではないのかもしれない。しかしながら、疲れ切った体の癒しや、睡眠問題の解決のためにアルコールに頼ってしまうケースは現実に存在する。海外のエアラインの中には、アルコール検査で引っかかった乗務員には、会社の責任で専門治療を行う会社もあると聞いた。「ただし、それも2回までで、3回目は問答無用で解職」とのこと。

 会社側がまず、然るべき責任を負って就業環境を整備し、従業員のケアを施す。従業員は、その環境下で自らの責務をしっかりと果す。そうした形で、安全のための仕組み作りに努めているのである。

パイロット不足の中で問題が深刻化する恐れ

 言うまでもなく、世界中でパイロット不足は深刻である。

 いわゆる「2030年問題」。最近では、「そんな悠長なことは言ってられん!」と、10年前倒しした「2020年問題」という呼び名も一部で使われ始めた。

 国際民間航空機関(ICAO)によれば、2010年段階でのパイロット数は全世界で46万人だったにもかかわらず、30年にはおよそ2倍の98万人が必要になると予測されている。とりわけアジア太平洋地域は深刻で、パイロット需要は10年比で4.5 倍増と試算されている。LCCの台頭、経済発展に伴う航空需要の伸び、飛行機の小型化・多頻度化などがその背景だ。

 思い起こせば、昨年11月にはAIRDO(エア・ドゥ)が、新千歳─羽田間と新千歳─仙台間で計34便(17往復)を運休。ピーチ・アビエーション、バニラエアが「パイロットが足りない」「パイロットが病欠」等の理由で、運航を取りやめていたこともわかった。欧州ではLCC最大手のライアンエアが11月から来年3月までで、計1万8000便を運休することを決めるなど、世界中の航空会社、とりわけLCCでパイロットが確保できていない現状が明るみに出た。

「まったく足りてないのに会社は次々と飛行機買うんだもん。ほんと、どうしろって言うんだろうね。パイロットの争奪戦のおかげで、LCCでも賃金はだいぶ上がっているけど……」
と話してくれた関係者もいた。

 路線の拡大と生産性の向上を目的に、燃費効率のいい航空機を大量に購入し、便数を増やす。月間乗務時間を延長し、渡航先の宿泊数を削減。ミニマムクルー(最少乗員数)の基準も変え、インターバル(休憩)をなくし、夏休みを廃止するetc etc……。「国内線を飛ぶ、エアバスや737の乗務員は、便の多さ、長時間勤務、運航宿泊の多さが問題。一方、国際線が中心の787や777は、乗務時間の長さ、時差、徹夜勤務が問題です」(関係者談)。

 16年に日本乗員組合と大原記念労働科学研究所が行なった調査では、次のような興味深い結果が得られている。

・機長の98.3%、副操縦士の97.1%が、「昼間と夜間・深夜の時間帯で、勤務による疲労が違う」と感じている。
・勤務時間帯による疲労の違いの原因としては、「乗務前に眠れず、疲労を持ち越したまま乗務せざるをえないこと」「夜間は乗務環境が日中と違うため緊張を強いられる」といった声が挙がっている。
・機長と副操縦士で別々に分析すると、副操縦士は「乗務前から疲労」している傾向が見られる。年齢が若く、身体的体力の回復も早い副操縦士が乗務前から疲労する理由としては、副操縦士は機長より年齢が若いため、家族がいる場合、子供の年齢が低いことが影響している可能性が考えられる。
・「深夜時刻帯のフライトがスケジュールに含まれている場合、事前に分かっていれば、昼間のフライトと同じように体調の管理ができるか」という問いに対しては、機長の82.9%、副操縦士の69.5%が「できない」と回答。フライトの多さ、時差調整、早朝・深夜勤務、年齢的なものなどが阻害要因として考えられると指摘されている。

10kg以上ある重い「パイロットケース」を持つ理由

 個人的な話だし、何度かこのコラムでも書いたが、新人CAのときフライトエンジニアが10kg以上ある重い「パイロットケース」を持つ理由をこう話してくれたことがあった。

「重たいだろ? これがね、僕たちが人命を預かっているという、仕事の重さ、なんだ」

 コックピットの計器の数値は絶対に暗記してはいけない。覚えた途端にミスは起こる。絶対に覚えないことが、ミスを防ぐ最大の方法。“人間ならでは”のミスを防ぐために、“自分”の仕事の重さを忘れないために、たくさんのマニュアルの入った大きな重たいカバンを持って歩くと教えてくれたのだ。

 私がCAだった頃、海外のステイ先では乗務前日は20時までにホテルに帰り、パーサーに帰宅したことを伝えるように教育されていた。あの頃は、「学生でもないのに……」と思っていたけれど、アレも“自分の仕事の重さ“教育の一環だった。

 「JAL純利益◯%増、ANA同●%増」といったカネのことより、「JAL乗員、客室乗務員、整備士の健康度◯%増、ANA同●%増」などと、働く人たちの心身充実度も併せて会社が評価される社会になってほしい……。

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