2018年のノーベル生理学・医学賞には、画期的ながん免疫治療薬「オプジーボ(一般名:ニボルマブ)」の開発に大きく貢献する研究成果を出した京都大学特別教授の本庶佑氏が選ばれました。オプジーボは当初、「悪性黒色種」という皮膚がん(メラノーマ)が保険適用の対象でしたが、その後、非小細胞肺がんに適用範囲が拡大されるなど、注目を集めています。

 本庶教授とともにオプジーボ実用化に向けて共同研究に取り組んだのは、中堅医薬品メーカーの小野薬品工業。受賞発表翌日の2日には、小野薬品の株価は一時、3430円まで上昇し、年初来高値を更新しました。また、2014年9月にオプジーボが発売されて以降、同社の業績は右肩上がりに伸びています。

 ただし、オプジーボをはじめとする高額医薬品は、財政を圧迫する問題も指摘されています。今回は、オプジーボ発売以降の小野薬品の業績の推移を分析した上で、高額薬の抱える問題について考えます。

京都大学特別教授の本庶佑氏が2018年のノーベル生理学・医学賞を受賞した(写真:ロイター/アフロ)
京都大学特別教授の本庶佑氏が2018年のノーベル生理学・医学賞を受賞した(写真:ロイター/アフロ)

オプジーボ発売から収益が伸び始めた小野薬品

 オプジーボの実用化への道のりは、極めて困難なものだったと言われています。実用化まで約22年、本庶教授と小野薬品との長い共同研究によって、ようやく誕生したがん治療薬です。

 薬剤開発の成功確率は3万分の1とも言われており、1つの薬が実用化に至るまでに数百億円から数千億円のコストがかかります。膨大な時間と研究開発費が必要なのです。その点から考えますと、オプジーボの実用化は、まさに本庶教授と小野薬品との信頼関係が実を結んだと言えるでしょう。

 それでは、小野薬品工業の過去6期の業績から見ていきましょう。

小野薬品工業株式会社
 売上収益 営業利益 当期利益
百万円 百万円 百万円
2013年3月期 142,806 29,935 23,190
2014年3月期 143,247 0.3 26,423 △ 11.7 20,548 △ 11.4
2015年3月期 135,775 △ 5.2 14,794 △ 44.0 13,216 △ 35.7
2016年3月期 160,284 18.1 30,507 106.2 25,192 90.6
2017年3月期 244,797 52.7 72,284 136.9 56,036 122.4
2018年3月期 261,836 7.0 60,684 △ 16.0 50,397 △ 10.1

 小野薬品がオプジーボを発売したのは、2014年9月。15年3月期の期中です。それ以前の13年3月期、14年3月期の業績を見ますと、売上高にあたる売上収益は約1430億円、営業利益は約300億円弱、純利益にあたる当期利益は200億円強という水準でした。

 発売した期である15年3月期は業績が少し落ちたものの、翌期である16年3月期は、売上高は前期比18.1%増の1602億円、営業利益は106.2%増の305億円まで伸びています。

 当初、オプジーボの保険適用の範囲はメラノーマに限られていましたが、15年12月に肺がん治療薬として承認され、保険診療の適用対象となりました(2次治療から)。16年3月期の業績が伸びた要因はここにもあります。

 さらに、17年3月期も、売上高は前期比52.7%増の2447億円、営業利益は136.9%増の722億円まで大幅に伸びました。17年秋には、胃がんに対しても適応拡大となります。

 ただし、オプジーボは極めて高額であり、医療財政への影響が極めて大きいと指摘され、17年2月に薬価が50%引き下げられました。当時の価格は、100mgあたり約73万円。50%の引き下げ後は、約36万5000円です。

 18年3月期の売上高は前期比7.0%増の2618億円、営業利益は16.0%減の606億円を計上しています。減益となりましたが、良い水準です。オプジーボは、18年4月の薬価改定でさらに価格が引き下げられ、約28万円となりました。19年3月期の収益にどれだけ影響するかにも注目です。

 売上高営業利益率を見ても、オプジーボの効果が大きかったと言えます。発売前の13年3月期は21.0%。保険適用の範囲が肺がんまで拡大された17年3月期は29.5%まで伸びています。格段に上昇しているのです。

 以上の点から、薬の開発が成功し、その需要が大幅に増えますと、医薬品メーカーの業績が飛躍的に伸びることが分かります。

抜群の財務内容があったからこそ、オプジーボを開発できた

 小野薬品は、先にも見たように、元々は売上高1400億円という中堅規模の製薬会社です。オプジーボ発売前の13年3月期の研究開発費は、443億円。営業キャッシュフローが216億円であることを考えますと、膨大なコストをかけていたと言えます。

 注目すべきは、中長期的な安全性を示す自己資本比率です。発売前の13年3月期は92.3%。14年3月期は92.1%。驚異的な数字です。抜群の財務内容だったからこそ、小野薬品は思い切った開発投資をすることができたのでしょう。

 もう一つのポイントは、投資キャッシュフローです。発売前の13年3月期は43億円、14年3月期は69億円とプラスの数字になっていましたので、投資を抑えていたことが分かります。

 ところが、近年では傾向ががらりと変わりました。17年3月期の投資キャッシュフローはマイナス179億円、18年3月期はマイナス341億円。キャッシュフローのマイナスは投資をしたことを表します。収益が伸びたことから、営業キャッシュフローを稼ぎ、稼いだそのキャッシュを積極的に投資していることが読み取れるのです。これは非常にいい循環だと言えます。

 小野薬品は典型例ですが、製薬会社は新薬の開発に成功し、需要が一気に拡大すれば、収益が大きく伸びる傾向があります。逆に主力薬の特許の期限が切れると、急激に悪化してしまうこともあります。例えば、武田薬品は主力製品である糖尿病治療薬「アクトス」が2011年に米国で特許切れを迎え、大幅な減益となりました。

高額医薬品は医療財政を圧迫する

 新しい治療薬の実用化は素晴らしいことではありますが、高額薬の使用が増えれば医療財政に与える影響も無視できません。18年度の医療費総計が42兆2000億円。このうち調剤費用が7兆7000億円計上されています。

 高額の治療薬が出ますと、調剤費用はどうしても膨らんでしまいます。薬価は研究開発費や製造原価、新規性のあるものには画期性、有用性、市場性など加算され、さらに供給量によって決まります。

 オプジーボの薬価引き下げも、医療財政への逼迫懸念もありましたが、肺がんなどへの保険適用拡大によって供給量が増えたことも一因としてあるでしょう。

 本庶教授のノーベル賞受賞は極めて誇らしいことではありますが、高額薬の開発とともに、医療財政とのバランスをどう保っていくのかという課題が喫緊の課題となっているのです。

 しかも2022年から団塊世代が75歳になり始め、後期高齢者の人口が急増します。この時期から、社会保障費、とくに医療費の膨張スピードが速まることは間違いありません。

 10月5日、安倍改造内閣発足後の初の経済財政諮問会議が開かれ、安倍晋三首相は「今後3年間で社会保障改革を成し遂げる」と発言しました。毎年の社会保障費の増加分を、年間5000億円以下に抑えようとしています。

 中でも、高額薬については費用対効果や財政への影響などを考慮し、保険適用の可否を判断する仕組みが検討されています。

 このままでは医療財政の維持は難しいでしょう。医療財政の改革は喫緊の課題です。その一方で、新薬の開発には巨額の投資が必要です。医薬品メーカーの開発意欲にも配慮してバランスを取るのは簡単なことではなさそうです。

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