「板門店宣言」署名後に喜びを表現する両首脳(写真:代表撮影/AP/アフロ)
「板門店宣言」署名後に喜びを表現する両首脳(写真:代表撮影/AP/アフロ)

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 4月27日、板門店で開いた南北首脳会談は米国の空爆を防ぐための「平和ショー」だった。

広報作戦に乗せられた

韓国と北朝鮮は「完全な非核化」を約束しました。

鈴置:南北首脳会談後に発表された共同宣言――板門店宣言に「南と北は完全な非核化を通じ、核がない朝鮮半島を実現するとの共同の目標を確認した」という文言が入りました。

 このため韓国はもちろん、日本でも北朝鮮が非核化に応じたと受けとめる人が出ました。が、「完全な誤解」です。

 北朝鮮はこれまで何度も「非核化」を約束し、すべて破ってきました。それを信用するのはお人好しです。

しかし日本のメディアは首脳会談の前から「非核化の約束を文書化できるかがカギ」と報じてきました。

鈴置:韓国の広報作戦に引っ掛かったのです。青瓦台(大統領府)の任鍾晳(イム・ジョンソク)秘書室長は4月26日「(北朝鮮の)非核化の意思を明文化できれば、今回の会談は成功と考える」と語りました。

 聯合ニュースの「任鍾晳『北朝鮮の非核化の意思を明文化すれば会談成功』」(4月26日、韓国語)などが報じています。

 北朝鮮がこれまで破ってきたすべての約束は「明文化」されていたものです。だから噴飯ものの主張です。が、多くのメディアがこの「明文化すれば成功」論に沿って記事を書いたのです。

 例えば、朝日新聞の4月27日付のいわゆる「前触れ記事」の見出しは「完全な非核化、焦点 きょう南北会談 『板門店宣言』目指す」でした。

 この記事を読んでいた人は板門店宣言を見て「南北首脳会談は成功した」と考えたに違いありません。韓国政府はもちろん北朝鮮も「メディアなどちょろいものだ!」とハイタッチしているでしょう。

トランプこそが戦争勢力

南北はなぜ、メディアを誘導したのでしょうか。

鈴置:「北朝鮮が本気で非核化を目指している」との錯覚を世界に拡散する目的です。米朝首脳会談を開けば、トランプ(Donald Trump)大統領がぎりぎりと「非核化」を突くのは確実です。

 北朝鮮が言い逃れをすれば、トランプ政権は軍事行動に出る可能性が高い(「しょせんは米中の掌で踊る南北朝鮮」参照)。

 それを防ぐ数少ない手法が「南北が対話を通じ、非核化なり平和に向け前進している」とのイメージを世界に植え付けておくことです。上手に持っていけば「トランプこそが戦争勢力」との空気を世界に広め「米国の暴走」を防げるかもしれません。

トランプ政権が国際世論に屈するでしょうか。

鈴置:分かりません。でも、南北にとって他に手がないのです。今回の板門店宣言では「完全な非核化」という世論工作に加え、もうひとつ術策を繰り出しました。

 「南北と米国の3者、あるいは南北と米中による4者協議の開始を推進する」ことでも合意しました。目的は「朝鮮戦争を終息させ、停戦体制を平和体制に変更するため」とうたっています。

 3者会談にしろ4者会談にしろ、会談が開かれることになれば「非核化も多者会談で話し合おう」と南北は言いだすつもりでしょう。要は、米朝首脳会談で「非核化」を論議するのを避ける作戦です。

●朝鮮戦争年表
1950年
1月12日 米国、アチソン声明を通じ「韓国は防衛線の外側」と示唆
6月25日 北朝鮮軍が38度線を南進し勃発
6月27日 国連安保理、北朝鮮への非難決議採択
6月28日 ソウル陥落
7月7日 国連軍結成
9月15日 仁川上陸作戦
9月27日 米海兵第1師団、ソウル奪回
10月2日 中国「米軍が38度線を越えれば参戦」とインドを通じ警告
10月9日 米第1騎兵師団、38度線を越北
10月19日 中国人民志願軍、鴨緑江を渡河
10月26日 韓国第6師団、鴨緑江に到達
12月5日 中朝軍、平壌を奪回
1951年
1月4日 中朝軍、ソウルを奪回
3月15日 韓国第1師団、ソウルを奪回
4月11日 マッカーサー、国連軍総司令官など全ての役職から解任
6月23日 ソ連、休戦協定の締結を提案
7月10日 開城で休戦会談を開始
1953年
1月20日 アイゼンハワー大統領就任
3月5日 スターリン死去
7月27日 休戦協定締結

金正恩は気さくな人

韓国の保守は板門店宣言を認めるでしょうか。

鈴置:北の核武装を認めることになりかねないので、保守派は全力で反対するでしょう。ただ、韓国人はムードに弱い。

 各放送局は今回の南北首脳会談を極めて前向きに報じました。韓国政府のキャッチフレーズ「平和、新しい始まり」のノリそのものでした。

 金正恩(キム・ジョンウン)委員長に対しても「予想外に気さくで柔軟な人だ」との評価を語る解説者がほとんど。「叔父と異母兄を殺しました」などと語る人は私が聞いた限り、いませんでした。

 若くてはつらつとした李雪主(リ・ソルジュ)夫人も板門店にやってきて、文在寅(ムン・ジェイン)大統領夫妻と楽しげに談笑しました。この光景を見た普通の韓国人は、総じて板門店宣言を評価することになると思います。

 アンケート調査でも、南北が平和協定を結ぶことに賛成と答えた人が78.7%もいます。反対は14.5%でした。リアルメーターという調査会社が4月18日に調査した結果です。

米国は誇りに思う

トランプ大統領がどう出るかですね。

鈴置:まさにそこです。トランプ大統領は米国東部時間の27日朝、以下のようにツイートしました。

KOREAN WAR TO END! The United States, and all of its GREAT people, should be very proud of what is now taking place in Korea!

 「朝鮮戦争が終わる! 今、韓国で起きていることに米国は誇りに思う」とつぶやいたのです。

南北が仕掛けた、3者会談なり4者会談のワナに気付いているのでしょうか。

鈴置:それは分かりません。トランプ大統領は「良いことが起きているが、時間がたたねば分からない」ともつぶやいています

After a furious year of missile launches and Nuclear testing, a historic meeting between North and South Korea is now taking place. Good things are happening, but only time will tell!

 南北の今後の出方を様子見するつもりと思います。

●北朝鮮の非核化を巡る動き(2018年)
1月1日金正恩「平昌五輪に参加する」
1月4日米韓、合同軍事演習の延期決定
2月8日北朝鮮、建軍節の軍事パレード
2月9日北朝鮮、平昌五輪に選手団派遣
3月5日韓国、南北首脳会談開催を発表
3月8日トランプ、米朝首脳会談を受諾
3月26日金正恩訪中、習近平と会談
4月1日頃ポンペオ訪朝、金正恩と会談
4月17―18日日米首脳会談
4月21日北朝鮮、核・ミサイル実験の中断と核実験場廃棄を表明
4月27日南北首脳会談
5月中旬文在寅訪米、トランプと会談か
5月末から6月米朝首脳会談
米朝首脳会談の後 習近平、訪朝か

次回に続く)

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孤立する韓国、「核武装」に走る

■「朝鮮半島の2つの核」に備えよ

北朝鮮の強引な核開発に危機感を募らせる韓国。
米国が求め続けた「THAAD配備」をようやく受け入れたが、中国の強硬な反対が続く中、実現に至るか予断を許さない。

もはや「二股外交」の失敗が明らかとなった韓国は米中の狭間で孤立感を深める。
「北の核」が現実化する中、目論むのは「自前の核」だ。

目前の朝鮮半島に「2つの核」が生じようとする今、日本にはその覚悟と具体的な対応が求められている。

◆本書オリジナル「朝鮮半島を巡る各国の動き」年表を収録

中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』『中国という蟻地獄に落ちた韓国』『「踏み絵」迫る米国 「逆切れ」する韓国』『日本と韓国は「米中代理戦争」を闘う』 『「三面楚歌」にようやく気づいた韓国』『「独り相撲」で転げ落ちた韓国』『「中国の尻馬」にしがみつく韓国』『米中抗争の「捨て駒」にされる韓国』 に続く待望のシリーズ第9弾。2016年10月25日発行。

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