深刻な経営危機に陥り、クラブの存続すら危ぶまれていたものの、改革を始めた7カ月後には初のJ1昇格を決めたV・ファーレン長崎。監督も主力選手の顔ぶれも変わっていないにもかかわらず、なぜこれほど短期間で強いチームへと変貌できたのか。快進撃の理由を探った。

Jリーグ昇格後、初勝利を挙げた日、クラブのマスコットキャラクターのヴィヴィくんと抱き合う髙田明社長
Jリーグ昇格後、初勝利を挙げた日、クラブのマスコットキャラクターのヴィヴィくんと抱き合う髙田明社長

「V・ファーレン長崎のJ1昇格が決まったとき、『さすがジャパネットさん(運を)持っていますね』と言ってくださる方が多かった。確かに(昇格は)予想より早かったものの、丁寧にさまざまなことに取り組んできたので当然の結果だと思っている」

 サッカークラブチーム、V・ファーレン長崎の親会社であるジャパネットホールディングスの社長 兼 CEO(最高経営責任者)で、V・ファーレン長崎の社外取締役も務める髙田旭人(あきと)氏はこう強調する。

 ジャパネットが火中の栗を拾ったのは、2017年3月のこと。当時、V・ファーレン長崎はJ2で22チーム中15位と成績は低迷。経営的にも17年1月期の決算で1億3770万円の最終赤字を計上した。累積赤字は3億2460万円まで膨らみ、一時は選手の給料未払いが懸念されるほど経営が悪化していた。

 それからわずか7カ月。奇跡が起きたようにも見えるが、その背景にあったのは、旭人氏主導で実施した地道な取り組みだった。

 旭人氏は「ジャパネットを育ててもらった地元への恩返しのため」、チームの支援を決めた。旭人氏の父でジャパネットの創業者である明氏に新生V・ファーレン長崎の社長就任を要請。5月には全株式を取得して子会社化した。

17年11月11日、カマタマーレ讃岐に勝ってJ2リーグ、2位が確定。初のJ1昇格を決めた。試合終了後のJ1昇格セレモニーで喜びを爆発させた(写真:報知新聞/アフロ)
17年11月11日、カマタマーレ讃岐に勝ってJ2リーグ、2位が確定。初のJ1昇格を決めた。試合終了後のJ1昇格セレモニーで喜びを爆発させた(写真:報知新聞/アフロ)

 株式の100%取得にこだわったのは「選手たちに株主の顔色をうかがわず、試合に勝つことに集中してほしい」という思いからだ。また複数の株主がいると、誰が責任を持つのか、誰が権限を持つのかがはっきりしない。「100%ならジャパネットが100%権限も責任も負える」と考えた。

 もともとスポーツマネジメントに興味があり、10年ぐらい前からこの分野の勉強を続けていたという旭人氏。ただ、V・ファーレン長崎の社長は初めから明氏に担ってもらう考えだった。「長崎を1つにまとめられる人は父しかいない。サポーターからの支持も厚く、父が試合会場に行くとアイドル並みの歓声が上がるほど」。

 V・ファーレン長崎のスタッフは約30人。既存の社員が半分、もう半分は新規採用者とジャパネットからの出向・転籍者だ。

「V・ファーレン長崎の選手はナイスガイばかり。そんな彼らにJ1を経験させたいというのが、僕自身の大きなモチベーションになった」と話すジャパネットホールディングスの高田旭人社長 兼 CEO(写真:鈴木愛子)
「V・ファーレン長崎の選手はナイスガイばかり。そんな彼らにJ1を経験させたいというのが、僕自身の大きなモチベーションになった」と話すジャパネットホールディングスの高田旭人社長 兼 CEO(写真:鈴木愛子)

 スタッフの選考は旭人氏が率先して取り組んだ。支援を表明した記者会見の10日後、旭人氏はジャパネットの全社員約750人に「V・ファーレン長崎を一緒につくっていきたい人は手を挙げて」とメールを送った。旭人氏が直接、社員に呼び掛けたのは「思いがある人とやりたかった」から。旭人氏のメールに、40人近くから返信があった。そこから社内で調整し、選抜したのが今のスタッフだ。

「V・ファーレン長崎を変えるには、やはり人が重要。ジャパネットのメンバーが思いを持って正しいことをすれば、必ずうまくいくと思った」

まず選手の不安を払拭

 5月には新体制が動き出した。旭人氏が強化・育成、明氏は運営、スポンサー・行政対応の担当と役割を分けた。

 社長に就任した明氏はまず一番に、選手の前で「自分たちがしっかりサポートするから安心して試合に専念してほしい」と明言した。

 それまで「給料はきちんと払われるのだろうか」「このチームは今後どうなるのだろうか」という不安から、選手たちはプレーに打ち込める状態ではなかった。この不安を真っ先に解消し、チームに落ち着きを与えるためだ。

 旭人氏は選手たちの士気向上を狙い、環境の整備に着手した。「とにかく毎週、選手が何か変化を感じられる取り組みをしていこうとスタッフと話していた」。

 取り組みの一つひとつは地味。例えば、フリーキック練習用の壁を新しくした。「何か困っていることはない?」「フリーキックの練習用の壁がぼろくて」「すぐに新しいのに買い換えたらいいじゃん」「いいんですか!」「すぐ買おうよ。それでゴールを決めてくれたら、安いものだよ」。旭人氏と選手とのこんな会話がきっかけだ。

 他にもある。「『練習着がくさい』『枚数が少ないので、毎日洗濯をしないといけない。時間もかかる』と言うので、すぐ新たに練習用ユニホームを1人につき3着用意。業務用の洗濯機と乾燥機をクラブハウスに入れた。選手は『めっちゃ良くなった』と喜んでくれた」。

 明氏も旭人氏も、監督や選手、スタッフとできるだけ多く接点を持つように心掛けた。「特に体制が変わったばかりの頃は、みんな不安がっていると思ったので、どういう考えで経営をしているのかをきちんと伝えたかった」。

 選手とは何度か食事に行ったし、会場にも15回ほど足を運び、試合前の送り出し(スターティングメンバーがピッチに出るときに、監督や控えの選手などがハイタッチで送り出すこと)にも参加した。

「選手に『良くなった』という実感を持ってもらわなければ意味がない。現場の正直な声を聞きたいが、選手もそれほど気軽には経営側にものを言えないと思う。だからできるだけ話しやすい雰囲気をつくるように努めた」

持てる財産をフル活用

 ジャパネットのリソースや旭人氏の人脈をフルに活用し、選手の身体とメンタル、食事と睡眠にも手を尽くす。

 例えば、ジャパネットで商品を取り扱っている健康計測機器メーカーのタニタと食生活サポート契約を締結。同社が考案したアスリート向けの食事を提供する。寝具メーカー、エアウィーヴとは睡眠サポーター契約を結び、選手や監督にマットレスパッドとクッションを提供してもらっている。

 選手強化に関しても、高木琢也監督や強化部の責任者と旭人氏が密にやり取りして決定した。

「監督などが直接オーナー会社の社長とやり取りすることは、他のクラブではあまりないと思う。ただ、僕が『この選手を獲りたい』といった主張をすることはない。何か意見をするというより、ファンが何を望んでいるかを監督らに伝え、それに対する考えを聞いて、意見をまとめている」

 他チームでの経験がある選手が「強烈なトレーニングメニュー」と驚くくらい、チームはタフな練習を続けてきた。「こうした土台があるからこそよりチームが強くなった。父や僕や社員が、それを少しだけ加速させるサポートをしたのかなと思う」。

 昨シーズン中、明氏に話を聞くと「自分で一から会社をつくるのとは全く違う。再生は想像した以上に難しい」と厳しい表情で話したこともあった。明氏が今回の躍進に果たした役割とはどんなものだったのか。

 旭人氏はこう話す。「僕はどちらかというと理論を積み上げていく役割だが、理屈を超えた力を集めるのは父でなければできなかったこと。父が発信するメッセージの伝わる力はものすごく大きい。ここまで注目を浴び、力を結集できたのはクラブの顔としての役割を父が十二分に果たしてくれたからだと思う」。

 その一方で、「髙田明が目立つクラブのままではいけない」とも言う。明氏が創業したジャパネットを旭人氏が引き継ぎ、順調に成長させているように、V・ファーレン長崎もカリスマ的な社長が引っ張る会社ではなく、社員が主体的にミッションを持って前進していく会社に変えていく必要がある。それにはもう少し時間がかかるだろうが、ジャパネットがそうだったように、2、3年で核になるメンバーが育つはずだ。

 シーズン終了後、旭人氏は選手全員を3人ずつぐらいに分けて、来期の目標について5分ずつディスカッションしてもらった。現状に満足することなく、高みを目指してもらうためだ。

想像を超えると、人は感動する

 このとき、ほとんどの選手が「J1残留」を挙げた。そこで旭人氏は「もう1つ聞くけど、来年どうしたら世の中の人を感動させられると思う?」と質問した。するとACL(AFCチャンピオンズリーグ)出場という答えが返ってきたという。

「だったらACLを目指そうよ。J1に残留するだけでは誰も感動しない。みんなの想像を超えることをしないと感動は生まれないよね。J2の選手がJ1の選手になって、J1の選手がACLに出る選手になって、日本を代表する選手になってという夢を僕らで実現しよう」。旭人氏はこう話した。

 旭人氏はこれから10年、20年の長きにわたって、V・ファーレン長崎に関わっていく考えだ。旭人氏にとって、V・ファーレン長崎の売り上げを伸ばすことが第一の目的ではない。リーグ優勝や日本一というレベルにとどまらない、唯一無二のチームをつくることを目指している。

 今シーズン、日本ユニセフ協会に新ユニホームのトップパートナーになってもらい、背中にロゴが入ることになった。

18年シーズンの新ユニホームは、長崎からサッカーを通して平和への思いを発信し続けることをテーマにした。その象徴として、背番号の上にユニセフのロゴを展開
18年シーズンの新ユニホームは、長崎からサッカーを通して平和への思いを発信し続けることをテーマにした。その象徴として、背番号の上にユニセフのロゴを展開

 通常ユニホームにロゴを入れると、スポンサー料が入ってくるが、この場合、ジャパネットがユニセフに寄付金を支払い、ロゴを使用する格好だ。3年で実質1億円。ジャパネットが6000万円を寄付するほか、残り4000万円はチャリティー試合を開催したり、募金活動をしたりするなどして寄付金を集める。

「長崎は世界で2つしかない被爆地。そこで今回、一番多くの人の目に触れるユニホームに平和のメッセージを込めた」

 2月にJ1が開幕、V・ファーレン長崎にとって初めてのシーズンが始まった。1月15日からV・ファーレン長崎のシーズンチケットを発売したところ、電話が鳴りやまず、わずか1日で相当数のチケットが売れたという。

他のチームにはないユニークなグッズを展開(左はグミ、右は水)

 V・ファーレン長崎の変革は続く。4月19日、V・ファーレン長崎はドイツ1部リーグ、ブンデスリーガのレバークーゼンと、アカデミー選手育成・指導者の強化を目的に育成業務を提携すると発表。

 24日には三菱重工業が公募していた長崎市中心部の工場跡地再開発事業で、ジャパネットホールディングスを含む企業グループが優先交渉先に決まった。

 5年後をめどに2万3000人を収容するサッカー専用スタジアムを核にホテルやオフィス、商業施設の建設を目指す。「ますます忙しくなりそうだが、みんなの夢をかなえられるよう後方支援に励みたい」と髙田明氏は話す。

 V・ファーレン長崎に寄せる地域の期待は一段と高まっている。V・ファーレン長崎は4月26日現在、18チーム中9位。リーグ戦6試合目まで勝利なしで心配されたが、7試合目から4連勝と勢いがついてきた。

 全34試合中、10ゲームが終わったところ。リーグは12月まで続く。再び奇跡を起こせるか。正念場はこれからだ。

(この記事は「日経トップリーダー」3月号に掲載した記事を再構成したものです)

昨日の自分を超えていく――。
ライバルは「昨日の自分」。
他人と自分を比べず、「自分史上最高」を全力で追う。
ただそれだけでいつか自分がなりたいと思う自分になれる。
ジャパネットたかたの創業者・髙田明が
いつも頑張っているあなたに伝えたい成長のルールとは。

 不遇の時代をいかに過ごし、絶頂のときにいかに慢心を抑えるか。他人の評価に一喜一憂することなく、ただ、ひたすらに自分の夢を追い続けるための心構えとは何か。外見を飾り立てるのではない、内面からにじみ出る人の美しさとは何か――。

 ジャパネットたかたの創業者、髙田明氏が600年の時を超えて出会った盟友が世阿弥。能を大成した世阿弥の名言「初心忘るべからず」「秘すれば花」などを髙田流に読み解き、現代人に役立つエッセンスを紹介しています。また、能研究の第一人者、増田正造氏が監修。初心者も楽しく読めて、内容の濃い4編の解説を寄せています。

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