博鰲アジアフォーラム年次総会の開幕式で演説をする習近平(写真:AFP/アフロ)
博鰲アジアフォーラム年次総会の開幕式で演説をする習近平(写真:AFP/アフロ)

 ダボス会議のアジア版(?)という評価もある中国が主催する博鰲アジアフォーラム年次総会の開幕式(4月10日)での習近平の演説が素晴らしい、と欧米の経済エリートたちがやたら持ち上げている。中国の対外開放拡大を打ち出し、知財権を強力に保護するといい、輸入自動車の関税引き下げや合弁自動車企業の外資持ち株比率制限の緩和、金融市場の外資参入制限の緩和などを約束した。

 世界中のグローバル企業関係者たちはこの演説に拍手喝采。中国に貿易戦争をしかけた米トランプ大統領も、こうした習近平の発言に感謝と歓迎の意をツイッターで早速表明。アナリストたちは、米中貿易戦争は回避されると安堵し、アジア株、米先物株も一時的に上昇した。トランプの攻撃にうまく対処し、トランプのメンツをたてつつ、国際社会の懸念を解消したという評価が報道され、国際通貨基金(IMF)理事も元国連事務局長も元WTO事務局長も習近平があたかも自由貿易と国際秩序の擁護者であるかのように絶賛。中には中国の専制政治すら肯定する投資家やグローバル金融関係者まででてくるほどだ。

 だが、ちょっと待て。本当に、これは私たちが望むフェアで自由で開放的な経済の方向性なのだろうか。

 習近平のこの演説の中身をざっと振り返る。まず2018年が改革開放40周年であり、フォーラム開催地の海南省に経済特区が建設されて30周年であるという話を皮切りに、改革開放路線を継続拡大していくことを強調。「中国は対外開放は基本国策として堅持する」「中国人民が今日自信をもって言えることは、改革開放は中国の第二次革命であり、中国を大きく改変するだけでなく世界に深い影響を与えるものだ」と主張。

「中国人民は継続して世界とともに行き、人類のさらなる大きな貢献のために、平和発展の道を堅持し、グローバルパートナーシップ関係を積極的に発展させ、多極主義を堅持し、グローバルシステムの変革に積極的に参与し、新たな国際関係を構築し、人類運命共同体構築を推進する」「中国の発展がどの程度であれ、誰かの脅威となることも、現行の国際システムを転覆することも、勢力範囲を打ち立てようと陰謀を弄することもない。中国は終始世界の平和の建設者であり、グローバル発展の後継者であり、国際秩序の擁護者なのだ」としたうえで、金融市場の開放、自動車など製造業における外資参入制限の緩和、投資環境の改善、知財権保護の強化、貿易不均衡是正のための輸入自動車関税の大幅引き下げなどを約束。さらに「一帯一路」政策について、「中国は地政学博打のそろばんをはじくつもりもなく、排他的な地域グループを構築するつもりでもなく、強制的に商売を押し付けるものでもない。……一帯一路は経済グローバル化の潮流に最も広範に適応した国際協力プラットフォームであり、各国人民をさらに幸福をもたらすものだ」と訴えた。

 この演説を、フィリピンのドゥテルテ大統領、シンガポールのリー・シェンロン総理が絶賛。IMFのラガルド専務理事は「習近平の提唱する開放的な態度を称賛する」と自分の演説で語り、潘基文国連事務総長やパスカル・ラミー元WTO事務局長らも熱烈な拍手を送った。

「国進民退」現象が進む中国

 確かに素直に内容をよめば、素晴らしくて、本当に中国が市場開放を拡大し、グローバル経済の新たな旗手として新たなビジネスチャンスを生み出してくれるのだ、と期待する人もいるだろう。だが、よくよく考えてみると、習近平政権は2012年に政権を受け継いで以降、似たようなことを言い続けているのだ。発言内容自体にあまり新鮮味はない。

 そして過去6年を振り返り、習近平政権が実際にどのような経済政策をとってきたかをみれば、演説で言うようなことは何一つ実施していないのだった。

 この6年、習近平政権がやってきたことは、市場を一層管理することであった。経済活動に対する共産党と政府の干渉は増えている。国有企業改革は民営化の方向で進められず、私営企業の活動はむしろ退行を迫られる「国進民退」現象が進んでいる。口でいくら改革開放拡大をうたっても、実際は鄧小平が進めてきた改革開放路線に逆行している。

 一帯一路に至っては、過剰な債務を負わせて地政学的要衝地に港湾や鉄道などのインフラを建設させるも、当事国が債務不履行に陥ると、インフラ施設の租借権そのものを差し押さえるという、ひと昔前の帝国主義の植民地獲得の再現みたいなことをやり始めている。これをグローバル経済のプラットフォームと言うなら、グローバル経済そのものの定義が従来のものと全く違う、ということになろう。

 いやいや、これまではそうだったが、今後は、習近平政権は路線を変更するのだ、という人もいるだろう。人民銀行総裁の易鋼によれば、6月前に保険企業と証券企業に関しては外資の持ち株比率の制限を緩和し、ロンドンと上海の株式市場をリンクさせ、中国金融市場に外資を誘導していく計画があるという。だが、それは本当に外資と中国の金融企業が共通のルールと秩序に従ってフェアな競争ができる市場の実現、ということになるのだろうか。

 私は、こうした習近平政権の打ち出す「対外改革」を歓迎する企業家、投資家たちはおそらく、肝心なことをあえて気付かないふりをしているのではないか、という気がする。

共産党ルール下の「グローバル市場」?

 つまり、中国のいうグローバル経済とは、中国共産党のルールと秩序で運営されるグローバル経済圏ということである。

 これを裏付けるように、最近のニューヨーク・タイムズが「中国、在中国外国企業への影響力強化」の見出しで、中国市場に進出する外資企業への共産党の干渉が強まっている現実をリポートしている。例えば日本の自動車メーカー・ホンダは中国共産党が在中国工場の運営管理に参与できるように法律文書を書き換えたという。

 米インディアナ州のディーゼルエンジンメーカー・カミンズも、在中国合弁事業における人事などにおいて共産党の干渉を認めるように定款を書き換えたとか。つまり外国企業が中国の市場に進出する場合、その人事や経営方針は共産党の指導・同意を最優先にせねばならない。もちろん、中国の上場企業も共産党の干渉をこれまで以上に受ける。株主総会を開く前に、共産党組織の意見・方針の聞き取りが必要、といった条項が多くの企業の定款に書き加えられることになった。株主の利益より、党の利益が優先されるのである。

 中国サイドに言わせれば、中国市場で儲けるつもりなら、共産党の指導に従うのは当然であろう、ということだ。だが、これまで多国籍企業が自分たちの利益以上に優先してきたものなどあっただろうか。企業の利益よりも、あるいはその企業の本社がある母国の利益よりも、株主の利益よりも、そしておそらく消費者の利益よりも、共産党の利益を優先させねばならない市場を、本当に開放された市場、グローバル市場と言えるのかどうか。

 もちろん、これまでのグローバル経済は米国主導であり、反グローバル経済を主張する人たちは、グローバリゼーションではなくアメリカニゼーションである、と批判してきた。ドル基軸で米国スタンダードの秩序のもとでの競争で、米国が根本的に主導権をもってきた。

 鄧小平の改革開放は、共産党の指導が政治と思想と党と行政組織に徹底される一方で、経済活動にはできるだけ干渉しないという方向で進められていた。だからこそ、中国はこの米国スタンダードのグローバル経済の波に乗って、奇跡の高度経済成長を遂げることができた。中国の今現在の経済的成功は、米国スタンダードのグローバル経済に中国側が合わせた結果である。

 中国はこの成長のために、“農民”という膨大な労働力を安価にグローバル企業に差し出した。“農民”たちは搾取されたが、その代わりに中間層が形成され、その中間層を賄賂や利権という形で取り込んでいった共産党も豊かになって、共産党専制体制の維持を図ることができた。

 だが、習近平政権はこれまでのシステムを大きく変えていこうとしているのだ。鄧小平路線で中間層が育ち、世界一に成長した巨大市場を武器に、今度は、米国式グローバル経済に寄り添うのではなく、中国式グローバル経済を打ち立てて、米国をはじめとする国際企業に従えと言い始めた。習近平演説の本音は、そういうことである。

政治の風向きに敏感な中国人たち

 おそらく一部の投資家、企業家、経済エリートたちは、そういうこともわかって、習近平演説を歓迎しているのかもしれない。中国の巨大市場でビジネスチャンスが見込めるならば共産党に迎合してもいい、と思っているのか。特にトランプの米国が自国主義に走るならば、その穴を埋めるのは、巨大市場を有する世界二位の経済体である中国しかない、と思っているのか。

 だが、ちょっと冷静に考えてみれば、曲がりなりにも選挙で国家指導者・大統領を選ぶ民主主義国家の主導するグローバル経済になじんでいた人々が、社会主義専制国家が主導するグローバル経済になじめるだろうか。「中国のような巨大でもともと秩序のないような国家は、習近平のような独裁的リーダーによる新権威主義的経済が合っているのだ」という欧米の経済エリートもいるのだが、その習近平政権が主導する中国経済市場に進出するためには、ときに自分たちの利害を度外視して共産党に忠誠を尽くさねばならないということを、果たして本当に受け入れられるのだろうか。

 実は、この原稿を書いているのは4カ月ぶりの北京なのだが、しばらく来ないうちに「中国に習近平の独裁は必要なのだ」と言い出す人が周りに急に増えたのには驚いた。政治にうっすら不満を漏らしていた知識人たちでさえ、声に出して習近平の独裁を肯定するようなことを口にするようになってきた。ある出版関係者は「たぶん、選挙を行えば、習近平が必ず当選する。知識エリートは確かに不満を抱えているが、おそらく中国人民全体からいえば支持派が多い」。

 たびたび政治動乱を経験してきた中国人は政治の風向きに敏感である。全人代で憲法が修正され、習近平が長期に権力を握る可能性が拡大し、国際社会の経済エリートたちが習近平の独裁をも肯定するような流れになっていけば、彼らは、これはおかしいと思っていても、おくびにも出さなくなってくる。

 だからこそ、安全保障上は一番中国の脅威を感じながらも冷静に中国と付き合える日本が、本当にこの政権の行く方向に、国際社会が求める共通の利益を見出せるのかを、国際世論などにあまり左右されずに、見極めようと努力する必要があるのではないか、と改めて思うのである。

■変更履歴
記事掲載当初、「潘基文元国連事務局長」としていましたが「潘基文国連事務総長」の間違いでした。お詫びして訂正いたします。本文は修正済みです。 [2018/04/19 18:00]

 2017年10月に行われた中国共産党大会。政治局常務委員の7人“チャイナセブン”が発表されたが、新指導部入りが噂された陳敏爾、胡春華の名前はなかった。期待の若手ホープたちはなぜ漏れたのか。また、反腐敗キャンペーンで習近平の右腕として辣腕をふるった王岐山が外れたのはなぜか。ますます独裁の色を強める習近平の、日本と世界にとって危険な野望を明らかにする。
さくら舎 2018年1月18日刊

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