トランプ米大統領(左)への対抗意識を燃やすプーチン・ロシア大統領(右)(AFP/アフロ)
トランプ米大統領(左)への対抗意識を燃やすプーチン・ロシア大統領(右)(AFP/アフロ)

 「成功が我々を待っている!」

 2018年3月18日に行われたロシア大統領選挙で76.6%の票を得て(投票率67.9%)圧勝したウラジーミル・プーチンは、同日夜、支持者の待つクレムリン前のマネージ広場で謝辞を述べた上で、最後にこう勝ちどきを上げた。

 憲法で定められたロシア大統領領の任期は6年。恐らくこれが最後となるであろう4期目を全うすれば、彼は首相時代の4年間も含め、実に24年間もの長期に亘って、大国・ロシアの最高指導者であり続けることになる。

 2000年5月、大国・ロシアの復活を掲げて大統領の座についたプーチン大統領は、この最後の6年間で自国をどこへ導こうとしているのか? 

 そこで2回に分けて第4期プーチン政権の外交戦略について、とりわけ「冷戦終結後、最悪」とされる米ロ関係を中心に考えてみたい。

ロシア版「力による平和」演説

 ロシア大統領選挙を目前に控えた3月1日、プーチン大統領はロシア上院での年次教書演説を行った。通常は12月だが、大統領選挙の年ということで敢えて後ろ倒しで行われた今回の年次教書演説は事実上の選挙公約演説といえた。

 同演説の前半では大方の予想通り、経済・社会といった国内問題をめぐる諸政策が語られた。だが、国内外で大きな反響を呼んだのは、安全保障問題について語った後半部分だった。ここにおいて、ロシアが、新型重ICBM(名称:サルマート)、原子力推進の巡航ミサイル(名称公募)、空中発射型の極超音速ミサイル(名称:キンジャル)、原子力推進の無人潜水システム(名称公募)、ICBM搭載用の極超音速巡航弾頭(名称:アヴァンガルド)、といった複数の新型戦略兵器の開発が実用段階に近づいており、その一部は間もなくロシア軍の部隊に配備されるとビデオ映像を交えながら公表したのである。

 一国のリーダーがその年次教書演説において、このような軍事技術開発の現状について、これほど詳細に語るのは極めて異例のことだ。

 まずはプーチン大統領自身の声に耳を傾けてみよう。(以下、演説の要旨)

  • 最新戦略兵器を開発した理由は、米国が2002年に弾道弾迎撃ミサイル制限条約(ABM条約) から一方的に離脱したことと、グローバルなミサイル防衛(MD)の配備に対する対抗措置である。
  • 2002年の米国によるABM条約からの一方的な脱退後も、ロシアはMD分野での協力を提案したこともあったが、それらは全て却下された。
  • ソ連邦崩壊後、ロシアは劇的に国力を低下させた。米国はロシアが最新戦略兵器を生産するまで復活できないので、その意見を考慮する必要は無いと考えた。従って、米国単独で圧倒的な軍事力を確立し、それにより他の国々を自らに従わせようと考えた。そのような状況を招いた我々自身が悪いのだ。
  • 今回発表した新型戦略兵器の開発はこれらの挑戦への対抗措置だ。2004年には既にこれらの新型兵器が近い将来配備予定だと公の場で語っていた。
  • 2014年当時、このことを隠すことなく公言したのはなぜか?それは、我々のパートナー達に交渉の場に戻るように促すためだった。
  • 当時は我々の言葉に誰も耳を傾けなかった。だが、ロシアは様々な問題を克服し、最強の核大国であり続けている。今こそ聴いて欲しい。
  • ロシアの軍事力により、世界の平和は維持される。何故なら、これにより世界の戦略的均衡は維持され、また将来的にも維持されるからだ。この戦略的均衡こそ第二次世界大戦後、今日まで国際安全保障の最重要ファクターの一つであった。

 さて、このプーチン大統領による一連の発言から伺えるのは、米国のドナルド・トランプ大統領がその大統領選挙キャンペーン当時から掲げてきた外交・安全保障概念としての「力による平和(Peace Through Strength)」に対する強い対抗意識だ。

 昨年12月からこの2月にかけて、トランプ政権は『国家安全保障戦略(NSS)』、『国家防衛戦略(NDS)』、『核態勢見直し(NPR)』を相次いで発表。「力による平和」を基調として作成されたこれらの戦略文書では、ロシアが中国と並んで米国主導の世界秩序に対する「現状変更勢力(revisionist power)」と明記された。

 今回のプーチン演説は、これら一連の米戦略文書に対する「ロシアも力には力で対抗する」とのロシア版「力による平和」宣言ということができるだろう。

米国だけではなく中国も念頭

 ただし、プーチン大統領はやみくもに米国との対立を望んでいるわけでも、まして冷戦時代のような軍拡競争を仕掛けようと考えているわけでもない。

 その最大の狙いは、冷戦時代には存在したが、ソ連邦の崩壊によって消滅した米国との戦略的均衡状態を取り戻すこと。そのためにも、最新の軍事技術も考慮に入れて、さらに国際情勢の変化を踏まえたグローバルな戦略的安定性の再構築に向けて、新たな軍備管理交渉のテーブルに米国を着かせることである。

 さて、今回のプーチン演説について、軍事技術問題に詳しいロシアの外交安全保障専門家ヴァシリー・カーシン 氏が興味深い指摘を行っている。そこには次の3つの意味が込められているという。

  1. 圧力には屈しないという西側諸国へのシグナル
  2. 新たな軍備管理交渉でのポジション作り
  3. 米中による新型戦略兵器の開発競争に参加するとの宣言

 この中で特に注目すべきは③であろう。カーシンによれば、2010年代に入り、中国と米国の間では既に最新軍事技術の激しい開発競争が始まっており、今回の演説でプーチンが言及したい幾つかの最新軍事技術はまさにそれに当たる。今回の演説により、ロシアもまた、この米中間の競争に参加することを宣言したというのだ。

 さて、このカーシンの解釈を読み、筆者が真っ先に想起したのは、2011年10月、3期目の大統領職への復帰意向を明らかにした直後のプーチン首相(当時)が、ロシア国営テレビ局3社との合同インタビューの中で行った次の発言である。

 「西側のパートナー達は中国の脅威を言い立ててロシアを脅そうとするが、中国の野心は隣接領土の天然資源なんかではなく、グローバルな指導的地位を獲得することである。我々はこれについて中国と争うつもりはない。中国にはこの分野で別の競争相手がいるので、彼らの間で白黒つけさせればよい」

 前出のカーシンはこのプーチン発言の真意を「ロシアの目標は、高まりつつある中国と米国のライバル関係に完全に関与するのを回避しつつ、第三者として利益を得ていくことだ」 と読み解いていた。

 あれから6年の月日が流れたが、プーチン大統領の見立て通り、ここ数年、中国が自ら主導する広域経済圏構想である「一帯一路」構想を掲げ、米国主導の自由主義国際秩序に挑戦する構図が浮かび上がってきている。

 ただし、米オバマ政権時の2014年に勃発したウクライナ危機を契機に、プーチン・ロシアと米国との関係は劇的に悪化してしまった。その結果、中国との関係をこれまで以上に接近させざるを得ない状況が続いている。これは6年前に大統領職に復帰する前にプーチン氏が描いた戦略シナリオとは明らかに異なる展開である。

 以上を踏まえた上で、今回のプーチン大統領による「米中による新型戦略兵器の開発競争への参加宣言」の戦略的含意を考えると、次のようになろう。

 「ここ数年、ロシアは米国と対立し、中国に接近する状況が続いている。だが、ロシアは米国の強大な軍事力の前にひれ伏すつもりがないのはもちろん、米国と世界の指導者の立場を争う中国のジュニアパートナーの地位に甘んじるつもりもない。そのために、米中二極とは一線を画する独立した一極の立場を、特に軍事技術面において維持しつつ、中長期的には米国との関係改善の機会もうかがう」
(本記事の内容な筆者個人の見解であり、所属先とは無関係である)

畔蒜 泰助(あびる・たいすけ)

プロフィール
国際協力銀行モスクワ駐在員事務所 上席駐在員。
1969年生まれ。早稲田大学政経政治卒。モスクワ国立国際関係大学修士課程終了(政治学修士)。民間シンクタンク・東京財団研究員を経て、2017年1月より現職。主著に『「今のロシア」がわかる本』(08.3三笠書房知的生きかた文庫)。また、『プーチンの世界』(2016.12 新潮社)の翻訳監修・解説。

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